「まさか・・・来てくれるとは思わなかった」  
ベッドで上半身だけを起こした彼が、香穂子をこれ以上ないくらい驚いた顔で見ている。  
 
「夢でも見ているんだろうか?まだ君を家に招待したことはないのに」  
「夢じゃないよ。学校で内田君に会ったから、住所きいたんだ。  
立派なおうちだから、すぐわかっちゃった。お手伝いさんがいるんだね」  
 
香穂子は微笑み、ベッドのそばまで来て彼の顔を覗き込む。  
 
「よろしく頼むよって言われたよ。だから横になって。」  
彼は渋々布団を肩までかけて横になる。しかしすぐ、ふくれたように口を尖らせる。  
 
「・・・君が来たのに眠れるはずがない」  
「困ったなあ、私のせいで悪化したって言われたら、内田君に怒られちゃう。  
帰ったほうがいいかなあ」  
「ダメだ」  
 
語尾を待たないほどの即答。熱のせいで赤い顔が、もっと赤くなる。  
香穂子は彼の汗ばんだ額を、やさしくなでる。  
 
「私、ヨーグルト持ってきたんだ。果実入りの。食べない?」  
「食べる」  
 
彼はまた上半身を起こして、香穂子の持ってきたヨーグルトのふたを開けた。  
そしてふと手を止めた。  
 
「その、・・・頼みがあるんだが」  
「何?」  
「君が、食べさせてはくれないだろうか。いや、無理ならいいんだが」  
 
普段のクールな態度からは想像もつかないかわいらしさだ。  
香穂子は満面の笑みで、ヨーグルトを盛ったスプーンを彼に差し出す。  
 
「あーん」  
「・・・」  
「あーんしないと、食べられないよ?」  
「・・・あーん・・・」  
 
子供のようにスプーンをくわえる彼の頭を、香穂子は嬉しそうになでた。  
 
「君は、病気になったときいつもこうしてもらっていたのか?」  
「うん、そうだよ。お母さんがお粥を食べさせてくれた」  
「いい家族だな。俺の家は、両親が不在のことが多くて・・・」  
「そっか。あのね、硬いものを食べるときはこうするんだよ」  
 
香穂子はヨーグルトのフルーツを口に含んで噛み砕き、彼に口移した。  
柔らかく小さな舌が、口の中へ進入する。  
 
「君は・・・風邪がうつるじゃないか」  
「私、丈夫だから平気。ほら、もう一回」  
 
風邪がうつると心配しながらも、彼は言われるがままに唇を開く。  
 
「・・・もう、眠れそうにない。普通に起きて話をしよう」  
「ダメだよ」  
「ひどい人だな、君は」  
「じゃあわかった。少しそっちに寄って」  
 
彼が少し壁際のほうへ身を寄せると、香穂子は布団へ滑り込んだ。  
無防備な太ももが、彼のパジャマごしの脚にふれる。  
 
「!」  
「添い寝してあげる。話し疲れて眠るまで」  
「君は、危機感というものがないのか」  
「病人がなに言ってるの。ほら」  
 
恋人同士とはいえ、香穂子とはキスまでしかしたことがない。  
一緒に布団に入るなど、彼はまだずっと先のことだと思っていた。  
 
「そんなに近くに寄ると・・・あっ」  
 
ベッドは当然ながらシングルで、二人で寝るには狭い。  
少し動いただけでも体が触れずにはいられない。  
香穂子が彼のほうを向こうと半身を返しただけで、胸に触ってしまった。  
 
「エッチ」  
 
意地悪そうに香穂子が微笑んでいる。  
驚くほど柔らかかった。こんなに華奢な体なのに。  
制服越しに少し触れただけでもあれほど気持ちがいいなら、  
直に強く触れたり、口に含んだりできるなら、どうなってしまうのだろう。  
 
「!!」  
 
彼は急に大きく寝返りをうち、壁のほうを向いて丸くなった。  
 
「何?どうしたの?」  
「ダメだ。来るな。見ないでくれ。頼むから」  
「断る!!」  
 
耳まで赤くした彼がしっかり持った布団をはがすと、ズボンの前がふくらんでいた。  
 
「・・・」  
「その、これは人間、生命の危機状態になると子孫を残そうと体が反応するから―」  
 
彼はそこまで言うと深くため息をつくき、香穂子を見た。  
 
「君が悪いんだ」  
 
半ばやけ気味で言う。  
 
「君がそんなに可愛い顔で、布団になんか入ってくるからいけないんだ。  
幻滅されても仕方がないんだ。君が無防備だから―」  
「幻滅なんかしてないよ」  
 
香穂子は真面目な顔でまっすぐ彼を見る。  
 
「ごめんね。試すようなつもりじゃなかった。でも、二人きりだと思ったら、  
つい嬉しくなって。本当にごめんね」  
 
香穂子は今にも泣き出しそうだ。  
 
「どうしたらいい?どうしたら許してくれる?」  
 
彼はこのあまりにも無防備な恋人と、すっかり覚醒してしまった下半身の間で困惑していた。  
 
「俺は怒っていない。怒っていないが―」  
「?」  
「これをどうにかしてはくれないだろうか。  
最後まで、しなくてもいい。君の出来る範囲でかまわないから」  
 
香穂子はコクンと頷くと、跪いて彼のパジャマのズボンを下ろし、  
トランクスに手をかけ、おうかがいをたてるように彼を見上げる。  
彼の瞳が指示を出すように香穂子をとらえる。  
香穂子はそっと、彼の勃起するペニスに抗うようにトランクスを下ろした。  
 
・・・大きい。これが・・・。  
脈を打つ彼の分身を香穂子はじっと見つめる。  
生々しい。いつも冷静な顔をしているのに、こんな風になるなんて。  
 
「君は脱がないのか」  
 
考え込んでいるところに香穂子はそう言われて少し驚いたが、  
言われるがまま制服のジャケットを脱ぎ、ブラウスを脱ぎ、上半身は下着一枚になる。  
 
「これも?」  
ブラの紐をつまんで香穂子が聞き返すと、彼は無言で頷いた。  
香穂子がホックをはずすと、彼が手を伸ばしてそれを剥ぎ取る。  
 
「真っ白だ・・・」  
「胸、小さいでしょ?恥ずかしい」  
「いや、すごく綺麗だ。その・・・いやでなければ、触ってもいいだろうか?」  
 
香穂子がコクンと頷くと、彼の大きな手が左胸を掴む。  
 
「痛っ」  
「すまない」  
「・・・もうすこし優しくして」  
 
どうしてこんなに柔らかいものが、人間の身体についているのか。  
走ったり少しぶつけたりしたら、たやすく崩れてしまいそうなのに。  
彼は香穂子の胸に頬を寄せる。鼓動が聞こえる。香穂子も緊張しているのだ。  
きれいな鴇色の乳首を口に含むと、香穂子の手が彼の首筋へ回った。  
 
「月森君、可愛い」  
「・・・俺が?」  
 
可愛げがないとは言われても、可愛いとは言われたことがない。  
香穂子はキョトンとした彼をいとおしそうに見ると、彼の股間へ顔をうずめ、口へ含んだ。  
 
「・・・」  
 
暖かい頬の内側と舌が、彼のペニスを愛撫する。  
ぎこちない動きだが、しっかりと性感帯を刺激していく。  
ときおり涙ぐんだような瞳の香穂子が心配そうに見上げるのがたまらない。  
きゅっと腿から尻の筋肉を締めるようにして快感に耐える。  
 
「俺、死ぬかもしれない」  
 
香穂子が眉根を寄せて彼を見つめる。本当に気持ちが良くて死んでしまいそうだ。  
彼が生きてきた十七年間が別物のようだ。  
昨日までは知らなかった。こんな世界があることを。  
 
「香穂子・・・俺はもう・・・」  
 
限界に達した彼は、急いで香穂子の口からペニスを引き抜こうとする。  
香穂子は彼の手を強く握ってそれを阻止した。  
香穂子の口内に、濃く熱い精液が一気に流れ込み、彼女はそのすべてを受け止めた。  
 
 
「君の前で、こんなに格好悪い俺を見せるとは思わなかった。・・・恥ずかしいな」  
「格好悪くないよ。普通の男の子だってわかって、嬉しかった」  
 
制服の襟を直しながら香穂子が微笑む。  
 
「私、月森君のことが好きだよ。すごくすごく、好きだよ」  
「俺もだ。君のことが好きだ。片時も離れていたくない」  
 
そうして二人はキスを交わした。  
いつもの触れるだけのキスとは違う、長く深いキス。  
 
「元気になったら・・・」  
「うん?」  
「何でもない。・・・君も、風邪には気をつけてくれ」  
 
彼は微笑んで、ベッドの中に入り、肩まで布団をかけた。  
 
「ようやく眠くなってきた。いい夢が見られそうだ」  
「うん、おやすみなさい」  
「おやすみ、香穂子」  
 
ゆっくり瞳を閉じ、彼はやすらかな寝息を立て始めた。  
香穂子は穏やかな顔で、彼とゆるくつないだ指を幸せそうに眺めた。  
 
【終】  
 

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