小さい頃、鬼ごっこってよくやらなかった?  
 
鬼に追いかけられるのって、すごく嫌な感じだよねぇ。  
遊びだって分かってるけど、必死に走って逃げてさぁ。  
怖かったよねぇ。  
 
――で、いざ鬼に捕まってみると、なんかホッとしなかった?  
あれって、不思議だよねぇ。  
 
 
 
一流ホテルのスイートルームにて。  
ゆったりと広いリビングで、日野と加地はのんびりくつろいでいた。  
 
「我ながら、いい式だったね」  
「あはは、自画自賛ー!」  
 
おめでたい日だから、と開けたシャンパンは美味で、上品な酔いを提供してくれる。  
昼間が慌しかったから、ようやく訪れた静かな時間は、二人にとって貴重だった。  
 
飲み物のお代わりを互いのグラスに注ぎながら、加地は尋ねた。  
 
「本当に披露宴やらなくて、良かったの?」  
「うん。式だけで十分。加地君はやりたかった?」  
「うーん、少しだけね。いつにも増して綺麗な君を、  
みんなに見せびらかしたかった」  
 
加地は一旦言葉を切り、しばらく何事かを思い出している様子だった。  
やがて、にまにまと表情を緩めながら、言う。  
 
「今日の香穂さんは、世界で一番綺麗だったよ。  
――二番目に綺麗なのは、いつもの君だけどね」  
「はは。加地君は、結婚しても、そんな風なんだねー」  
「そんな風って、どんな風?」  
 
夏を遠く感じる、ある秋の日。  
加地と日野は結婚式を挙げた。――だから現在、日野は「加地」香穂子なのだが、  
それはひとまず置いておく。  
 
「それにしても、みんな元気だったねぇ」  
「うんうん。――僕、男性陣には恨まれてるだろうなぁ。香穂さんを奪っちゃって」  
「そんなことないってば」  
 
その後、二人は、とりとめのない会話を続けた。  
 
結婚式での出来事。  
忙しい中、駆け付けてくれた旧友たち。  
彼らとの思い出。  
二人の恋が始まったきっかけ。  
――そして、これからのこと。  
 
二、三時間ほど話しただろうか。ボトルが空になったのを見はからって――とは言え、  
そのほとんどは彼が飲んだのだが――加地が提案する。  
 
「そろそろ寝ようか」  
「……。」  
 
日野は答えず、グラスを見詰めた。  
背の高いフルートグラスを満たす、薔薇色の酒。  
――ロゼ・シャンパン。見た目はエレガントだが、  
実は辛口のそれからは、次々と細かい泡が浮かび、儚く消える。  
 
「…香穂さん。その…、したくなければ、今夜は、えーと…、  
アレはなしでも……。疲れてるだろうし」  
 
珍しく、加地が言い淀んでいる。日野はくすっと笑うと、視線を彼に戻した。  
 
「ううん、いいの。加地君が嫌じゃなければだけど…。」  
「嫌だなんて、とんでもない!!――でも、いいの?」  
「私も、したいの…。」  
「香穂さん……!!」  
 
言ってしまった後、日野は、自分の台詞がどれだけ恥ずかしい  
ものだったか気付き、慌てた。しかしちらりと覗き見た加地は、  
とても嬉しそうだったから――まぁいいだろう。  
 
こうして二人は、ベッドへ向かった。  
 
 
裸の背中に口付けが降りてくる。彼の愛撫は細やかで、まるで、  
日野の肌全てをキスで埋め尽くそうとしているかのように、丹念だった。  
 
「可愛いよ、香穂さん…。本当に本当に、可愛い…。」  
「…っ」  
熱い吐息が、日野の耳を焼く。  
 
「ん…っ、そこ……。」  
男の指が自分の中心に触れたとき、日野は小さな抵抗を示した。  
が、加地はそれを無視し、先を続ける。彼はこういうとき、  
全く迷わないようだ。とても場慣れしている印象を受ける。  
 
「ああ…。すごく濡れてる」  
「やだ、言わないで…!」  
「ごめん。でも嬉しくて」  
 
加地の指、そして唇が触れる場所からは、あますことなく快楽が生まれていく。  
まるで日野の体に彼女の感じるポイントが印されていて、  
それに習っているかのような――。  
おかげで初めて男に踏み滲まれる泉は、恐れを知らず、  
とめどなく淫水を生み出した。  
 
「本当に…たまらない。香穂さんって、すごく感じやすいんだね。  
素敵だよ…。」  
興奮に滲む声でそう言うと、加地はうつ伏せに寝かせた妻の膝を立たせた。  
 
「あ…!なんで、こんな…!」  
陰部を突き出すような格好に、日野もさすがに抗議する。  
 
「よく慣らさないと、痛いだろうから…。ね?」  
労わるようにそう言いながら、加地はぴんと張り詰めた彼女の太ももに、  
舌を沿わせた。  
 
「う…。」  
ぬめる感触が、下から上へ這い上がってくる。  
ぞろり、ぞろりと――まるで、ナメクジに上られているような。  
 
本来なら気色の悪いだろうその感覚も、しかし、  
加地に施されていると思うと、日野の体はどうしようもなく熱くなった。  
 
もうじき、彼の舌が、自分の、性器を――。  
そんな期待だけで潤う自分自身。なんて浅ましい女なんだろう。  
だけど、止められない。ただただ、愛液を垂れ流すだけ――。  
 
「…!」  
秘裂が開かれた。膣に空気が当たる。  
 
ああ、彼は今、自分の、誰にも晒したことのない場所を見て  
 
いるのだ。  
 
だが、物足りない。じれったい。  
もっと、もっと、もっと…!  
 
――だから、男の舌がようやくそこに触れたとき、  
日野は思わず声を出してしまった。  
 
「あっ、ああっ!」  
「ああ、やっぱり。香穂さんは焦らされる方が、感じるんだね?」  
 
待ち焦がれた刺激をやっと手に入れた日野は、貪欲に求めた。  
細い腰が、ねだるように揺れる。その様を見て、加地は微笑んだ。  
 
「気持ちいい?」  
「うん…。気持ちいい…!」  
「正直ないいコだね、香穂さん。――たくさん、してあげるよ」  
 
加地は舌先を尖らし、日野の膣の中に差し入れた。  
 
「ああっ…!」  
舌は、指や性器に比べれば、細く、短い。だが、独特の柔らかさがある。  
そして口と直結しているから、吸い上げることもできるわけで――。  
加地はその特性を生かし、日野の内側を優しくいたぶってやった。  
 
「やっ、やぁ!やだ…!加地君…!気持ちいいよ!  
おかしくなっちゃう!やだ…!もう、やだぁ…!」  
「僕が舌を動かすたび、君のここ、きゅっきゅって締まるんだ。  
――いやらしいね。ホント、いやらしい…。」  
「やっ、やあぁっ、ダメだよ…!」  
「耐えてる君も、めちゃめちゃ可愛いけど…。苦しいでしょ?  
そろそろイッちゃいなよ?」  
 
そう言うと、加地は日野の淫核に指を伸ばした。  
こうなれば、ひとたまりもない。  
 
「やだ…!あああっ!」  
切なげな悲鳴を上げ、彼女は達した。  
 
――結局、二度、三度イカされただろうか。  
ぐったりと横たわる日野に、加地は懲りずにちょっかいを出す。  
彼女は抵抗する気力もないのか、しばらくされるがままになっていたが――。  
 
「!」  
思わず飛び起きる。彼が、本来他人が触れてはいけない場所に――  
排泄に使うためだけの器官に触れたからだ。  
 
「そ、そんなとこ…!」  
日野はががっと音が出るほど、後ずさった。  
彼女にとって、加地の行動は異常としか思えない。  
だが、当人は涼しげな顔だ。  
 
「意外と気持ちいいらしいよ?」  
「だっ、な、ええっ!!」  
「大丈夫だよ。入れたりしないから。触るだけ」  
「な…!!やだ!!!絶対やだ!!!」  
「――快感の幅が増えるなら、試してみてもいいと思うんだけどなぁ」  
「………。」  
 
処女に向かって、アナル強要。  
あまりと言えばあまりの仕打ちに、日野は夫を睨み付けた。  
 
そう、今夜、彼らは初めて結ばれる。つまり二人にとって、  
 
今夜は正真正銘、初夜というわけだ。  
 
別に、例えば「結婚するまでは、清く正しく!」等の信念があったわけではない。  
単に、そういうことをする時間がなかっただけなのだ。  
 
日野と加地が知り合ったのは、高二のとき。  
その後、七年間――ついこの間まで、二人は友人として付き合っていたに  
過ぎなかった。  
 
それが、どうしてこうなったかというと――。  
 
音楽一筋で突っ走ってきた日野は、ある日ふと「恋ってどういうものかしら?」と思った。  
そのとき側にいたのが、加地だった。  
 
加地と恋人同士になってから、一週間後。  
日野はふと「結婚ってどういうものかしら?」と思った。  
そのとき側にいたのが、加地(略)。  
 
とまぁ、思わず心配したくなるような流れで結ばれた二人だが――七年も一緒にいたのだ。  
お互いの性格もよく分かっているし、問題はないだろう。  
 
それに――。  
「漁夫の利」を地で行った加地の喜びようといったらもう、筆舌に尽くし難い浮かれっぷりだった。  
だからきっと、日野は大切にしてもらえるはずだ。  
 
 
「ごめんごめん。嫌ならしないよ。今はね」  
毛を逆立てた野良猫を諌めるように、加地は日野を抱き締めた。  
 
「…加地君。私と付き合う前は、一体……。」  
「うふふ、やきもち?嬉しいなぁ」  
 
――煙に巻かれた。  
憮然とする日野の額に、加地はちゅっと口付けた。  
 
「さてと…。一応、ゴムは持ってるんだけど…。香穂さん、今日は危険日?」  
「ううん、大丈夫だと思う」  
「そう。じゃあ、このままさせてもらっていいかな?」  
「……うん」  
 
日野が恥ずかしそうに頷くと、加地は申し訳なさそうに苦笑した。  
 
「きちんと入籍も済ませたし、赤ちゃんができたら、それはそれでとても嬉しいけど…。  
もう少しだけ、二人っきりで生活したいというのが、僕の本音」  
「うん。私もそうかも…。」  
「ずっと仲良くしようね……。」  
 
口付けを交し合った後、加地は日野の体をゆっくりと横たえた。  
 
 
 
――挿入は、スムーズに終わった。  
 
「大丈夫?痛くない?」  
「うん、平気…。少しだけ痛いけど、我慢できるよ…。」  
「ごめんね…。」  
 
目の前の、息が当たるほどの距離にある加地の顔が、切なげに歪む。  
 
「加地君こそ、つらそうだよ。どこか痛いの?」  
「違うよ…。君の中がとても良くて…。ん…。」  
 
彼の腰の動きが徐々に早くなっていく。  
 
「ごめん…。優しくしてあげたかったんだけど…。」  
「加地君は十分優しいよ。――好きなように、動いて…。」  
「香穂さん…。」  
 
加地は感極まったように日野の名を呼ぶと、彼女の唇を奪った。  
 
「んっ…ああ…っ、香穂さん…。やっと僕たち、ひとつに…なれた…!」  
 
男の吐息が、体温が、どんどん熱くなる。日野の内にいる彼自身も張り詰めて、  
いつ爆発してもおかしくない状態だ。  
 
「僕の大好きな君が、僕のものに…。このときをずっと待っていたんだ…!」  
「加地…くん」  
 
加地の熱が伝染する。  
 
鈍い痛みと興奮。そして、快楽がぐるぐるぐると回る。  
朦朧とする意識の中で、日野は男の声を聞いた。  
 
「七年、君を追い続けた。――もう、離さない。君は僕だけのものだ」  
 
――その声は、妙に静かだった。  
 
「あ…っ!」  
深く埋め込まれた楔が大きく震える。  
 
「ん、加地…く…ん…!」  
「はは…!君の中が、僕の出したもので、いっぱいになっていく…!」  
 
加地は満足げに笑った。  
ペニスの脈動は止まらない。――まだ射精が続いているのか。  
 
「たくさん出すよ…。君を内側から染めてあげる。  
分かる…?まだ出てるでしょ?」  
「う……。」  
 
加地が放つ大量の精液は、初めての行為に荒らされた秘洞に、沁みた。  
そのじくじくとした痛みは、彼に侵食されていく証のようだ。  
 
「――知ってるよ。君は、本当は、僕のことが怖いんでしょう?」  
 
冷たい目が、見ている。  
 
「だけど、愛してくれていることも事実だ。そうだよね?」  
 
日野は取り繕うこともできず、こくりと頷いた。  
彼を怖いと思うのも、愛しいと思うのも、本当のことだ。  
 
散々甘い言葉を吐くが、去り際は爽やかに。  
加地のそのスタイルは、計算されたものだ。  
 
彼はいつだって、日野を離したくないと思っていた。  
 
独占欲。  
一歩間違えれば、相手を押しつぶしてしまうほどの。  
 
それが加地の愛の形。  
正常か、異常かで判断するべきものではない。  
それを許容できるか、否か。それだけのこと。  
 
「――大丈夫。うまく、やれる…。僕は…君を愛しているから…っ!  
普通に、幸せに…なれるよ…!」  
 
果てた肉棒は、しかし硬度を保ったまま、日野の中に留まっている。  
加地は彼女の腰を掴み、繋がりあったまま膝を立てた。  
引き摺られて上げられた日野の腰はそのまま支えられ、  
二人は更に深い角度で結合した。  
 
「う…ああ…っ!加地く…!!」  
「香穂さん…っ!香穂さん、香穂さん…!愛しているんだ!」  
 
加地が再び精を放つ。  
 
「やっ、あああああっ!!」  
吐き出された欲望は日野の胎内におさまりきらず、零れ落ち、彼女の臀部を汚した。  
きっと朝になる頃には、全身を汚すだろう。  
 
――饗宴は、続けられた。  
 
 
 
 
翌日、日野が目を覚ますと、加地の姿はなかった。その代わり、  
部屋に備え付けられたミニ・キッチンの方から、かたかたと物音がする。  
 
「………。ねむい…。」  
体を起こしてぼんやりしていると、加地が戻ってきた。  
 
「――いい匂い」  
「おはよう、香穂さん。はい、コーヒー」  
 
加地はそう言うと、手にしたカップをにこやかに渡してくれた。  
 
「ありがとう。――おはよう、加地君」  
「君はいつになったら、僕のこと、名前で呼んでくれるの?  
 
いっそ、ダーリンでもいいよ?」  
「――じゃあ、ディランで」  
「僕、君をキャサリンと呼ぶのはやだなぁ…。」  
 
しばらくコーヒーを啜った後。  
 
「…昨日のあれって、普通なのかなぁ?」  
「ふつーだよ、ふつー。皆、あれくらいやってるよ?」  
「……。」  
 
いや、絶対違う。  
 
――加地の愛は濃度が濃い。  
 
七年も言い寄られていながら、日野が加地の手をなかなか取らなかったのは、  
薄々そのことを察していたからではないだろうか。  
 
「でも…。今はなんだかホッとしてるんだよねぇ」  
「ああ、それは、鬼ごっこの心境だね」  
 
日野のそれは抽象的なつぶやきだったにも関わらず、  
加地には何のことだか分かっているようだった。  
 
「日野さんは、オニに捕まったんだよ」  
「……。」  
 
そうか。  
日野は妙に納得しながら、再びカップに口を付けた。  
――彼のような、優しい鬼になら、いいかと思いながら。  
 
この瞬間、長きに渡る壮大な鬼ごっこは、幕を閉じたのである。  
 
 
【終】  
 

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