スカッとひと練習終えた頃には、十七時を過ぎていた。  
 
「あー、つっかれたー!」  
大きな声でそう言うと、日野は額の汗を拭いた。  
こうしてみると、文化部も運動部も大差ない。  
――汗をかいた回数が、そのまま実力へ繋がるという点では。  
 
「そろそろ下校時間だね。今日はここまでにして、帰ろうか」  
「はい」  
 
日野が明るく声をかけると、本日の相棒である後輩は、  
いつもどおり、抑揚のない声で返事を返した。  
 
志水 桂一。  
小柄で、少女のような可憐な顔立ちの彼は、しかし、こと音楽の、  
特に演奏技術に関することでは、己の主張を一歩も譲らない  
頑固さを持つ少年でもある。  
 
そのせいで、日野と志水は、何度かぶつかりあったこともあった。  
が、お互いがお互いの才能と努力を認めているので、  
禍根を残すといったことはない。――それどころか。  
 
「あれー?開かない?」  
階下に続く扉のノブを回すが、手ごたえがない。――そのうえ、開く気配もない。  
何度か試みるが、扉はうんともすんとも言わず、そびえ立つのみだ。  
 
「う、うそ……。どうしよう…!」  
「どれどれ。――開きませんねぇ」  
 
焦り出す日野に対し、志水は暢気なものだ。  
 
閉め出されてしまった――。  
この場合、日野の反応の方が正しいだろう。  
 
まず、彼らが今いるのは、無人の屋上である。  
荷物は、楽器以外持ちこんでいない。  
携帯も、教室近くのロッカーに置いてきてある。  
 
屋上の周りはフェンスで取り囲まれており、外の、  
例えば校庭にいる誰かに声をかけるということも、できなさそうだ。  
 
つまり、外部との連絡が取れない――ここは陸の孤島というわけである。  
 
「うーーーーーん、どうしよう……。」  
「まぁ、ここでひなたぼっこしてる人も少なくないし、  
いつかは誰かが来てくれるんじゃないでしょうか」  
「最悪、明日の放課後までは、ここに閉じ込められてるってこと?  
やだなぁ、そんなの…。」  
 
などと、深刻なんだか、そうじゃないのか分からないような軽口を叩きあった後、  
日野はぶるっと体を震わせた。  
 
「さむ…。」  
季節は秋も半ば。夜になれば、肌寒い。  
体を手で摺り合わせて暖を取る日野を見て、志水はひょいと上着を脱いだ。  
 
「これ」  
差し出された彼のブレザーを、日野は慌てて辞退する。  
 
「えっ、いいよ、いいよ!それじゃ、志水君が寒いでしょ」  
「いえ。僕はへーきです」  
「……じゃ、じゃあ、あのね……。」  
「?」  
 
日野はおずおずと手招きすると、志水を屋上の東にあるベンチへと誘った。  
二人でそこに腰掛けると、彼女は、先ほど渡された上着を、  
二人の背にかかるよう被せた。  
 
「こ、これなら……。」  
「はい、暖かいですね」  
 
志水はにっこりと微笑んだ。  
彼のそんな笑顔を見ていると、現在の状況はそっちのけで、  
ほっこりと胸が暖かくなる。  
 
日野はにまにまと微笑みながら、空を見上げた。  
 
日は沈み、夜が広がりつつある大空。  
夕焼けと暗闇が交じり合い、重なった場所は、普段見慣れない紫色だ。  
 
どこか神秘的な、不思議な色。  
――志水君と、それを見てるなんて、なんだか変な感じ。  
 
最初は、先輩と後輩。  
その後に、ライバル同士。  
最近は、恋人同士に。  
 
二人の関係は、まるで今見上げている空のように、  
刻々と色合いを変化させていったのだ。  
 
――などと、感傷に浸っているところ。  
 
「ひゃっ!」  
日野は無粋な悲鳴を上げた。  
――何かが、太ももに触れている。  
 
「先輩、すごく冷えてますよ……。」  
どうやら不意に現れた痴漢は、隣に座っている彼女の恋人だったようだ。  
彼は涼しい顔で、日野の背中に手を回し、自分の反対側にある彼女の足を撫でていた。  
 
「ちょ、ちょっと…。変なところ、触らないで!」  
抗議するが、志水の手は止まらない。  
なでなでと、いやらしさと親しさの交じり合う絶妙なタッチで、彼女の足を撫で続けた。  
 
「スカート…短いから、こういうときは大変ですね」  
「そ、そんな可愛い声で言っても、やってること、セクハラだから!!」  
「ひどいです…。僕は、先輩を暖めてあげようと思ってるだけなのに」  
 
太ももを探っていた手は、膝の下に入り込む。  
志水のもう片方の手も、彼と接している側のそこへと――。  
 
「え?」  
「よいしょ」  
「!」  
 
ぐらりと視界が揺れて、日野は思わず志水の頭にしがみついてしまう。  
――それが結局、彼の暴挙を助けてしまうことになるのだが。  
 
気付けば、日野は、志水に抱き上げられ、彼の膝の上に載せられてしまっていた。  
 
「なっ…!」  
日野の背中に、志水の、決して薄くはない胸板が当たる。  
日野は慌てた。背中越しに振り返り、抗議する。  
 
「ちょ、あの…!お、下ろして!!」  
「先輩の体が暖まったら、下ろしてあげます。――ん」  
「!んっ!」  
 
唇を奪われ、二の句が告げない。  
普段ぼんやりして人畜無害そうな彼は、こういう場面で  
抜け目のないプレイボーイと化す。  
 
――可愛い可愛い外見の中に包まれた雄の手は、  
日野を求めて、悪さを繰り返すのだ。  
 
「んっ…。う…ん……。」  
哀れな生贄が、自らの口内で暴れる男の舌に翻弄されている間、  
志水の手は贈り物のリボンを解くときのように、楽しそうに、  
しかし素早く、正確に動いた。  
 
ブラウスのボタンを外し、背後にあるブラジャーのホックを外し。  
そのあまりの手際の良さに――。  
 
「ひゃっ!」  
日野が、自分が大変な事態に陥っていることに気付いたのは、  
彼女の形の良い胸が露になってからだった。  
 
「や、やだ…!」  
胸を隠そうともがく手は、あっさりと捕まり、背後に連行されてしまう。  
日野は両の手首を掴まれているが、それを抑えている志水の手は片手で、  
しかもそれをやすやすとやってのける。  
 
「ず、ずるいよ……!志水君、普段は女の子みたいなのに…!」  
「だから、男と二人っきりで、体を寄せ合ってたっていうのに、  
先輩は油断してくれたんですか?  
だとしたら、こういう外見に産んでくれた親に、感謝しないといけませんね」  
 
このしたたかさ。  
日野は志水のことが、時々分からなくなる――。  
 
「そ、それに、こんな格好…余計、寒いよ…!風邪ひくよ!!」  
「本当に?」  
 
背後の志水が、笑ったような気がした。  
――嫌な予感がする。  
そう思った瞬間、日野の胸元は志水の手に襲われた。  
 
「っ、ふぁ…っ!!」  
「――熱い、ですけど?」  
「うっ…。」  
 
日野は唇を噛んだ。――彼の言うとおりだ。  
こんな恥ずかしい格好をしているのに、体は熱い。  
――そんな自分が嫌だ。  
そう自己嫌悪に陥る彼女の、桜色の乳首を、志水の指は遠慮なく苛む。  
 
「あっ、やっ、やあっ……ん」  
「先輩、可愛い…。」  
 
日野の乳首が十分に勃ち上がるのを認めると、志水は指を下に下ろしていった。  
同時に、彼は自分の足を開いた。  
当然、その上に載っている彼女の足も、その動きに引き摺られる。  
 
つまり――。  
 
「やっ、やだ!」  
「暴れると、落ちちゃいますよ、先輩」  
 
抵抗するが、男の膝の上というアンバランスな位置に加えて、  
両手も使えないのだ。  
 
日野はこうして、大きく足を開かされた。  
 
 
「やだ…!こんな格好、恥ずかしいよ…!!」  
「大丈夫。ここに誰もいないのは、先輩も知ってるじゃありませんか」  
「で、でも!急に誰か来たら!!そしたら…!!」  
「そしたら……。」  
 
志水はしばらく考えた後、  
「――終わるまで待っててもらいましょうか?」  
と、いけしゃあしゃあと言ってのけた。  
 
「ばっ、馬鹿ぁ!志水君の馬鹿!!」  
以降続く罵詈雑言を唇で塞ぎ、志水は上機嫌で日野の股間をまさぐり始めた。  
 
「んっ!うっ!……うぅっ…!」  
彼女から怒りが消え、戸惑ったような、甘い吐息が漏れる――。  
 
志水は唇で直にそれを感じ、激しい興奮を覚えた。  
今、彼を包むのは、雄の支配欲そのものだ。  
 
「下着、濡れちゃってますね……。脱ぎますか?」  
「………。」  
「もっと触って欲しいでしょう?」  
「………。」  
 
日野は男を跨いだまま、ベンチに膝を着き、中腰になった。  
そして、志水がスカートを下ろし、次に、下着に手をかけても――  
彼女はもう抵抗しない。――だが、その表情は、どこか悔しそうだ。  
 
「先輩、怒らないで」  
「怒ってない…。」  
「じゃあ、いつもみたいに、セックスを『承知する』って言ってくださいよ」  
「いつ私が、そんな言い方をしましたか!!」  
 
場を和まそうと言ったことだったが、かえって怒らせてしまったようだ。  
真っ赤に染まった頬に口付けをすると、志水は再び日野を自分の膝へ載せた。  
そして愛撫を再開させる。  
 
「う……はっ、あ…!やっ…。」  
 
――志水の指を体内に受け入れ、快感に全身を焼かれながらも、  
ふと冷静な自分がいた。  
 
この寒空の下、下半身丸出しで何をやってるんだろ?  
馬鹿みたい。何これ。ベタなAV?  
 
日野の感想を知ってか知らずか、志水は淡々と彼女を追い詰めていった。  
 
こりこりと固くなった乳首を摘み上げ、淫核を円を描くように刺激し――。  
 
――そして。  
彼の望むように、反応する私は。  
 
きっと彼の、彼だけの楽器。  
だから、彼が望むだけ、乱れていいはず。  
 
――いやらしい声を、言葉を、聞かせてあげる。  
 
日野の体をよく知る指は、彼女を簡単に絶頂に導いた。  
 
「ああっ!」  
ぐったりと志水の背に寄りかかると、彼が頬をすり寄せてくる。  
 
「先、輩……。」  
「――うん、いいよ……。」  
 
志水は自らのズボンと下着を一緒に下ろした。  
途端、張り詰めた彼自身が、勢い良く飛び出す。  
 
「ん……。」  
志水に背中を向けたまま、日野は彼をゆっくりと飲み込んでいった。  
 
「うっ……ああっ!!」  
「ん…っ」  
 
根元まで己を納めると、志水は律動を始めた。  
日野には動く余裕も、技術もない。  
――こういうことだけは、絶対に、彼に勝てない。  
 
「あっ、お、大きい…よ…!」  
「だって…先輩、させてくれないから。たまって…るんです」  
「だ、だって!す、する所、ないし…!それに、こういうことするくらいなら、  
お互い、楽器のれ、んしゅうした、方が…!んんっ…!」  
 
日野は本当にそう思っていた。そして、彼も、それを望んでいるのだと。  
 
「………。」  
志水はそれに反論するかのように、動きを止めると、日野の足首を掴んで  
それぞれ外側に開いた。――結合部が露になる。  
誰もいない空間に見せ付けるかのようだ。  
 
「!!!!しっ、志水君…!やだっ!こんなの!!」  
「――確かに僕は、チェロが大好きで、演奏しているときは幸せです。  
でも、先輩のことは、また別の次元の話です」  
「し、みずくん…。」  
「僕は先輩のことを愛してます。だから、こういうことをしたいのに……。」  
 
そこまで言うと、志水は腰を突き上げた。  
 
「うあっ!」  
強烈な刺激に、日野の息が詰まる。  
それでも志水は、普段の温厚さが信じられないほどの凶暴さで、日野を攻め立てる。  
 
「先輩が、そういう意地悪を言うなら――僕とのセックスより、  
楽器を弾いている方がいいっていうなら、僕は毎日あなたを襲います」  
「し、みず、く…。だ、め…。激し、過ぎる…!!」  
「そして、そして――あなたにも分からせてあげる。  
音楽によってもたらされる幸せと、好きな人によってもたらせる幸せが、  
どちらも尊く、素晴らしいものだって…!」  
 
日野の泣き声に耳を貸さず、志水は腰を動かし続けた。  
――彼も分かっているのだ。  
 
日野の内側は、決して拒んでいない。  
むしろ、貪欲に大胆な刺激を待ち望んでいることを。  
 
――禁欲に耐えていたのは、彼女も同じだったのだから。  
 
「ふふ、放課後が…楽しみ…です。練習室でっ…、音楽室で…っ、  
講堂とか、観戦場とか、もちろん、ここでも……!  
毎日毎日、先輩を…!ははっ……。」  
 
耳元で聞こえるサディスティックな声。  
――清水君じゃないみたい。  
 
だけど、間違いなく志水君。  
――大好きな、大好きな、彼。  
 
恋人のストロークにあわせ、日野も稚拙な動きを返す。  
 
そう。私は楽器。彼だけの楽器。  
――だから。  
 
「うんっ、いいよっ…!して!毎日、してぇ!!  
大好き、志水君!!志水君!!好きなのっ!好き…!」  
「――香穂…先輩!!」  
 
志水が日野を強く抱きしめた次の瞬間、彼女は自分の奥で、  
大きな爆発を感じた。  
 
「あっ……。志水…君…。」  
唇を恋人に預けながら、日野も再び達した――。  
 
 
――結局、二人が屋上を脱出したのは、あの交合から三十分後のことだった。  
見回りに来た金澤によって、救い出されたのだ。  
 
屋上の鍵は、校舎側部分が壊れていたらしい。  
幸いなことに、旧式の簡単な錠前だったから、今ある工具で取り外すことが  
できたとのこと。ひとえに金澤に感謝である。  
 
 
「しっかし、あやしいなぁ〜?若い男女が二人っきり、夜の屋上で…なんてよ?」  
「………。」  
金澤の冷やかしは、実際のところ事実だったので、日野は黙りこんでしまった。  
 
「――別に、ふつーに練習してました。冷たい夜風には、音がよく響くんです」  
 
そう。  
それでこそ、志水君だ。  
 
「ちぇ。まったく、お前さんたちは、色気がなくてつまんないなぁ」  
とぼやきつつも、金澤も満足げだった。  
 
そう。  
彼だって、志水ならではの模範解答を期待していたに違いないから。  
 
「――本当に、夜風は、想像もしなかった音を、導き出してくれます」  
階下へと続く階段を下りながら、志水はしみじみと繰り返した。  
 
「?」  
不思議そうな表情を返す日野に、彼はにこりと笑いかける。  
 
「毎日、なんて。了承してもらえるとは思いませんでした」  
「!!!」  
「じっくり、練習しましょうね。…ね?」  
 
――その後、日野が、その種の技術向上を強いられたかどうかは、定かでない。  
 
【終】  
 

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