「今日はやめとこっか、香穂さん」  
「……え?」  
言葉とともに押し当てられていた熱が突然引いて、香穂子は自分に覆いかぶさっていた加地の顔を  
こわごわと見上げた。  
けれど、そこには失望も落胆の表情もなかった。いつも通りの加地が、少し困ったように笑う。  
「だって、こんなに震えてる」  
加地の大きな手のひらで膝を包むように押さえられて、香穂子は初めて自分の足が強張って  
震えていることに気づいた。  
「そんな申し訳なさそうな顔しないの。別に今日しなきゃいけないってわけじゃないんだから」  
「でも……」  
優しく微笑む加地に、焦っているのは自分なのかもしれない、と香穂子は思った。  
この春休みが終われば、香穂子は音楽科へと転科する。もう同じ教室で机を並べることもなければ、  
秋のコンサートのようにアンサンブルを通して一緒に何かをすることもないだろう。  
今日のように加地の別宅を練習に使わせてもらうことも、彼の受験が本格化すれば、今まで通りの  
ようにはいかない。  
キスだけの関係に、どこか不安だったのは香穂子の方だ。  
だから今日、抱きしめられてその先を求められたことに、どこかほっとすらしていた。  
なのに、経験のない身体は香穂子自身も途惑うほど臆病で、加地のものが押し当てられただけで  
身体全体が固まった。  
 
「僕のことは気にしないで。むしろ、少し急ぎすぎちゃったかなって反省してる」  
香穂子の唇を親指でなぞり、加地はゆっくりとキスを落とす。一、二度舌を差し込んで唇を離してみても、  
腕の中の香穂子はまだ少し落ち込んでいるようだった。  
責任感じるのはうまくリードできなかった男の役目なんだけどな、と思いつつ香穂子のそんなところも  
加地は愛しくてたまらない。  
「じゃあさ、僕のお願い一個聞いてくれる?」  
「う、うん」  
反射的に頷いた香穂子に、とんでもないお願いだったらどうするの、と加地が笑う。  
交換条件のようなことをいったのは、彼女の心の負担を軽くするというより、単なる狡さかもしれない。  
香穂子の首の後ろを掬うように抱いて、耳元で囁く。  
「香穂さんと、一緒にお風呂に入りたい。……駄目?」  
途端に香穂子の白い耳たぶがカアッと羞恥で朱に染まる。驚いて一瞬だけ加地と眼を合わせたものの、  
恥ずかしさのあまり腕の中で俯いてしまった。  
やがて少しのためらいのあと、長い髪を揺らして香穂子はコクンと小さく頷いた。  
 
 
 
先に入ってて、といわれ香穂子はお湯の張られた浴槽にそっと身を沈めた。  
自分の家より随分と広い浴室が、ここが加地の家だということを香穂子にいやでも自覚させる。  
「香穂さん、これいれようよ」  
ノックをして入ってきた加地に、香穂子は思わず浴槽の中の胸を両手で隠した。  
加地が手にしているのは、デキャンタに入った赤ワイン。しかしそれよりも何も纏わない彼の下半身に  
あるものが目に入ってきて、香穂子はあわてて目を逸らす。  
明るい浴室で見るそれは、さきほどの大きさこそはないものの、まだ立ち上がってその存在を誇示していた。  
「酸化しちゃったから飲めないんだけど、お風呂に入れたらいい匂いするから」  
どこまでも普段と同じペースで、加地はさっとシャワーを浴びると少し屈んでデキャンタを傾けた。  
流れ込んだワインが湯に赤いマーブル模様を描き、湯気で立ち昇った甘い芳香が香穂子を包む。  
加地がさっと手でかき混ぜると、すぐにそれは湯船全体を薄い赤紫色に染め上げ、浴室全体が  
ワインの香りで満たされた。  
 
「……っと。失敗したかな」  
手についたワイン混じりのお湯を味見するように舐めながら、加地はしまったという表情をした。  
「失敗?」  
「これじゃ、香穂さんの身体がよく見えない」  
「加地くん!」  
「ごめんごめん」  
掬ったお湯を香穂子に浴びせられ、加地が腕で自分の顔をかばう。浴室に明るい笑い声が響いて、  
ふたりの間に流れる空気がふっと柔らかくなった。  
もう、香穂子も加地から目を逸らさなかった。  
 
「入ってもいい?」  
「うん」  
香穂子の背中側に滑り込むように浴槽に入ると、そのまま加地は後ろから彼女を抱きしめて座る。  
お尻に加地のものが当たり、その弾力に香穂子は腕の中でびくん、と身を震わせた。  
「あっ……」  
後ろから伸びてきた手が、香穂子の左胸をそっと下から揉み上げる。腰が上がって水面から覗いた  
右胸の突起を、加地は器用に首を曲げて口に含んだ。  
「…っ……、お湯、飲んじゃうよ」  
香穂子の声が耳に届かないかのように、加地は顔が濡れるのも構わず、口に含んだ突起を愛撫し続けた。  
唇でやわやわと吸い上げ、時折歯を軽く立てて甘噛みする。  
「っ…はぁ……、……んっ」  
舌先で右胸の突起を転がされると同時に、左胸の突起を指で摘まれる。頭を突き抜けるような快感が走り、  
香穂子はお湯の中でもがくように脚をばたつかせた。浴槽の湯が跳ね、香穂子の顔を濡らした。  
加地の右手が浴槽に沈む香穂子の太股の内側へと伸びる。人差し指と薬指で秘所のひだをかきわけて、  
中指の頭で入り口をぽんぽん、と叩く。お湯の中でも加地の指先にぬめりが伝わった。  
「濡れてるね」  
突起を弄んでいた唇を離し、からかうように加地はいう。その間も、左胸にある手と秘所を擦り上げる  
指先の動きは止めない。  
「さっきの? それとも、今のでまた濡れちゃった?」  
「そんなの…っ、知らない……」  
拗ねて横を向く香穂子の頬を追って、加地が頬をすり寄せ、首筋に顔を埋める。  
濡れた髪から落ちる水滴が香穂子の鎖骨から胸元へと流れ、新たな血管のように白い肌に赤紫の筋を作った。  
「普通にお風呂に入るんだとばっかり思ってたのに」  
「そのつもりだったけど、香穂さん見たら止まんなくなっちゃった」  
秘所を広げていた人差し指を上に滑らせ、加地の指先がクリトリスを捉える。コリコリと指先で捏ね回すと、  
入り口にある中指のぬめりが一層増した。  
「……んっ…、っん…ぁ…、…あっ…」  
左胸の突起とクリトリスを同時に捏ね回されて、息も絶え絶えに香穂子は喘いだ。  
むず痒いような快感が身体の奥で何度も湧き上がり、波にも似たその繰り返しに翻弄されていく。  
「っあ……、加地くん……」  
自分の中でどんどん大きく膨らむ熱い波にうなされて、香穂子は意味もなく加地の名前を呼ぶ。  
潤むような瞳が、香穂子の中で初めての絶頂が訪れかけていることを告げていた。  
 
「今の香穂さん、すごく色っぽい」  
香穂子の脇を下から掬いあげて、加地は香穂子と一緒に浴槽の中で立ち上がる。くるりと彼女の身体を  
反転させて、そのまま浴室の壁に背中をつけさせた。  
香穂子を立たせたまま、加地は浴槽の底に膝を立てて低くなると、目の前にある湯で濡れた茂みを  
指でかきわけた。割れ目からぷっくりと赤く膨らみきったクリトリスが現れ、尖らせた舌でそれを押す。  
「ひゃっ…! …ぅん…、あっ…は…ぁ…」  
舌先でくるくると円を描くように舐められ、香穂子は指とも違うその質感に眩暈がしそうだった。  
時折、加地の舌は割れ目をなぞり、そのたびに自分の秘所が今までになく潤んでいることを思い知らされる。  
 
「……ワインより、君に酔いそう」  
ほんのりワインの香りが混じった蜜を舐めとり、熱っぽく加地が囁く。彼の吐息すら太股をくすぐる  
刺激となって、香穂子はわき上がる快感に上半身を小刻みに揺らした。  
すっかり潤みきった秘所に、加地はそっと中指を潜り込ませる。一瞬香穂子の腰が引くものの、  
その表情に苦痛がないのを見てゆっくりと指の付け根まで差し入れていった。  
「指一本なら、もう痛くないよね?」  
加地の問いかけに、香穂子は荒く息をつきながら頷いた。ベッドの上では指一本であんなに抵抗を  
感じたことが嘘のように、今の自分の身体は加地の指をたやすく飲み込んでいる。指が抜き差し  
されるたびに関節で入り口を擦られ、もっともっととねだるように加地の肩を掴んで悶えた。  
クリトリスを唇で挟まれ、舌でつんつんとつつかれる。膣に入れられた指が中で小刻みに左右に揺れ、  
内壁をくすぐられるような動きに香穂子の背筋を大きく快感が駆け抜けた。  
「ぁあ…んっ…、やぁっ…、も…う……もうっ……!」  
背を仰け反らし、加地の肩を掴む香穂子の力がぐっと強くなる。  
初めて来る絶頂の予感に脅えながらも、香穂子の本能がそれを求めてやまない。  
激しい指の抜き差しから生まれる水音が生々しく、だけどどこか遠くに聞こえる。息苦しいほど速まる鼓動と、  
白くぼやけてくる視界。まるで自分のものではないようなふわふわした身体の内を、津波のような大きな  
快楽がさらっていく。  
「……ん…ぁ…、あ…っ、…あぁ………っ!」  
加地の指を飲み込む秘所を震わせて、香穂子は声を上げて達した。  
内壁のわななきが収まってから指を引き抜くと、加地は立ち上がって脱力する香穂子の身体を支えるように抱く。  
まだ絶頂の余韻が残る身体の熱を持て余し、香穂子は浅い呼吸を繰り返しながら加地を見つめた。  
「……加地くん」  
「うん」  
香穂子の唇に人差し指を押し当てて、加地は続きの言葉を封じた。その先をいうのは、僕の役目だというように。  
「続き、してもいい?」  
人差し指の下の香穂子の唇が微かに動いて笑顔をつくる。それは小さな笑みだったものの、  
今日香穂子が見せる笑顔で一番やわらかなものだった。頷くかわりに加地の首に手を回して、  
香穂子は自分の体重ごと身を彼へと委ねた。  
 
 
 
 
浴室から寝室までの距離を、加地はまるでガラス細工を扱うように香穂子を慎重に抱き上げて運んでいった。  
再びベッドへ自分を横たえる加地の両腕を見上げ、香穂子はあることに気がつく。  
わずかの差だが、左に比べて右の腕の線が太い。  
「あ、気づいた? テニスやってたから、右腕だけちょっと太いんだよね。あんまり偏らないように  
気をつけてたんだけど」  
体育の時間に怪我をして運ばれたときは、お互い体操服を着ていたから気がつかなかった。  
あのときも見かけよりずっとがっしりしていた身体に驚いたが、こうして裸の上半身を間近に見ると  
香穂子は改めてその筋肉の質感にどきどきせずにはいられない。  
「知らなかった」  
「そうだね。僕も、君の知らないところを知りたい。きっと知れば知るほど、好きになるから」  
加地がベッドに滑り込むと、シーツの間にふたり分の体温が流れて溶け合う。最初と同じ場所で同じ体勢なのに、  
今の香穂子はこの先にある行為への緊張だけでなく、どこかほっとする温もりも同時に感じていた。  
「ああ。でも、今日ひとつ知ったかも」  
「なにを?」  
「香穂さんが、想像以上に感じやすくてエッチな身体だったこと」  
「―――――っ!」  
恥ずかしさのあまり絶句してしまった香穂子に、加地はくすっと笑って囁いた。  
「そんなところも、大好きだよ」  
耳たぶに、頬に、唇に、顎先に、首筋に、鎖骨に。  
香穂子のあらゆるところにキスをしながら、加地は片手で器用にゴムをつけていく。指先で秘所が充分に  
濡れていることを確かめてから、限界まで張り詰めた切っ先をひだの間に押し当てた。  
 
「我慢しないで。駄目だったら、途中で抜くから」  
そう約束して、加地は香穂子が息を吐いた瞬間、ぐっと腰を突き立てた。  
「……っ……!」  
痛みで強張らせる香穂子の脚をさすりながら、加地は一度に入れることはせず、呼吸に合わせて少しずつ、  
少しずつ自身のものを埋め込んでいく。  
「…っ……はぁ…」  
最奥まで達した加地の動きが止まったとき、やっと香穂子は身体全身で息をついた。  
ぎちぎちと広げられた入り口の痛みと、自分の中にあるとてつもなく大きな異物感に頭がついていかず、  
ただただ呼吸を繰り返すことしかできない。  
「大丈夫?」  
心配そうに顔を覗き込み、加地は中に埋め込んだものは動かさず香穂子の身体を包むように上から抱きしめた。  
「大好きだよ、香穂さん」  
言葉とともに、びっくりするほど大きな心臓の音が、香穂子に響いてくる。その鼓動の速さと強さが、  
けして加地も平静ではないことを物語っていた。  
「え、な、なんで泣いてるの香穂さん。そんなに痛い? 抜こうか?」  
ぎょっとして身を起こす加地を見て、香穂子は自分が泣いていることに気づいた。  
首を振り、涙を止められないまま加地の首に抱きつく。視界の端で銀色のピアスが揺れて光った。  
 
ほっとした。  
今日の加地はずっと落ち着いていて、自分ばかりが焦って途惑い、まるで大人と子供のようだと思っていた。  
音楽科へ転入すると決めたときも、心の底から喜ぶ加地に少し寂しさを覚えたりもした。  
 
だけど、今は。この鼓動の強さだけ自分は求められているのだと思えた。  
 
「違うの。大丈夫」  
加地の首を抱いたまま、ベッドの上へ引き戻すように香穂子はゆっくりと身体を横たえていった。  
痛みはまだある。けれど、加地が求めてくれるだけ応えたかった。  
香穂子の腰を抱え直し、加地がゆっくりと抽出を始める。浅い動きが、香穂子の中に痛みだけでなく  
穏やかな快感を生み出していく。入り口を硬い肉桂がこするたび、口から甘い喘ぎが漏れた。  
「……やっ……!」  
加地の先端の笠で入り口の上側を引っ掛けるようになぶられて、香穂子は思わず腰を跳ね上げた。  
初めて肌を合わせるのに、いつのまにか加地は的確に香穂子の感じる箇所を見抜いて重点的に攻め上げる。  
「…あぁ…ん…っ…、…はぁっ…」  
香穂子の声がどんどん甘くなっていくのを聞いて、加地はズズッと再び奥まで自身を進めた。  
やわらかな粘膜がゴム越しに絡みつき、加地はその熱さに息を呑む。  
「すっごい熱い……。ちょっともう…我慢できないかも」  
香穂子の左膝を加地が自分の腕へ引っ掛けて腰を密着させる。一層深くなった挿入に、膣の奥から背筋へと  
香穂子の中を快感が伝った。  
「あっ…、…ふ…ぁっ…、…加地くん…っ…!」  
香穂子の喘ぎと、ぐぷぐぷと卑猥な水音が混じって、加地の抽出のスピードを追い立てていく。  
蒸発していく汗と共に立ち昇るワインの香りが、ふたりを包む。  
痛みも忘れて、香穂子は突き上げてくる加地の動きに翻弄された。広い背中に手を回して、必死でその勢いに  
縋りつく。激しく深い律動に身体の奥底から知らなかった快感がわき上がり、多きなうねりをつくる。  
「……っあ…、……んんっ…!」  
再び訪れる大きな波に促され、香穂子は無意識に腰を上げて加地のものを奥へと誘った。  
ぐんっと中で加地のものが大きく膨らむのを香穂子は感じた。  
「………く…っ…!」  
眉をしかめ、香穂子に覆いかぶさりながら加地が香穂子の中で自身の熱を放出していく。  
入り口を揺らすほど大きく脈打つその動きに香穂子は身体を震わせ、次の瞬間ふっと意識を手放した。  
 
白く霞がかった意識から目覚め、香穂子は自分の腰にまきつく加地の腕の存在に気がついた。  
首を捻って振り向けば、自分を後ろから抱きしめる眠そうな加地と目が合う。  
「おはよ。……といっても、夜だけどね」  
「加地くん、わたし……?」  
「ぼーっとしてたのは、二、三分。でも、そのまま眠っちゃって一時間ぐらい経ったとこ」  
ちなみに今は六時だよ、と付け加えて加地は香穂子の長い髪に口づけた。  
えーと、それってやっぱり…と香穂子は今さら我に返って顔を覆う。初めてなのに感じすぎて気を失ったなんて、  
自分の身体は加地のいった通りかもしれない。  
「香穂さん?」  
「初めてで、こんなの……って」  
「恥ずかしい?」  
背を向けたまま、香穂子は頷く。その肩にキスをされて、まだ余韻の残る香穂子の体温は一気に上がった。  
腕の中で背中を強張らせてしまった恋人に、加地はクスッと笑ってからゆっくりと言い聞かせるように囁いた。  
「―――全部、好きだよ」  
今日何度目かわからない加地の「好き」という言葉に、それでも香穂子の心臓はトクンと高鳴る。  
今までだって何度も好きだといわれてきたのに、こうして加地に抱かれたあとにいわれるのは気恥ずかしくて、  
ひどく甘い。  
「今こうして恥ずかしがってる香穂さんも、さっきの色っぽい香穂さんも。今まで知ってる香穂さんのことも、  
きっと、これから知る香穂さんのことも」  
加地の声が子守唄のように優しく耳に降り積もる。自分を抱く、線の違う左右の腕。  
「全部好きだから、大丈夫。香穂さんが音楽科に行っても、僕が受験で状況が変わっても」  
香穂子を抱く加地の腕の力が強くなる。ぴったりとくっついた背中から、伝わってくる加地の鼓動。  
「君を好きなことだけは、変わらないよ」  
どうして、と香穂子は振り向いて加地の顔を見上げた。  
話したことはなかった。  
音楽科へ行って離れる時間が増える寂しさも、加地の受験でお互いの時間の流れが変わっていくことへの不安も、  
子供じみたわがままのようで口にすまいとずっと黙っていたのに。そんな胸のうちをすべて加地に悟られていたなんて、  
気づきもしなかった。  
身を捩って向き合えば、悪戯っぽく笑ういつも通りの加地と目が合う。出逢った頃と同じ、華やかで人懐っこい笑顔。  
 
加地に抱かれれば、何かが変わると香穂子は思っていた。セックスひとつで大人になれるとは思っていなかったけれど、  
ふたりの間に何か新しい変化が生まれるのだと信じていた。  
けれど違う。  
何も変わらなかった。目の前の加地はいつも通りの優しい加地で、そんな加地が大好きないつも通りの自分がいた。  
きっと、どんなに関係が進んでも、還るのはいつだってこの想い。  
 
お互いを優しく抱き直し、その感触だけを感じ取るようにふたりでそっと目を閉じた。  
加地の温かな胸の体温と心音が心地よくて、香穂子は再び浅い眠りに誘われていく。  
目が覚めたら、加地の好きな曲を奏でよう。加地のために、加地だけのために。  
遠くなる意識の中でそんなことを思いつき、誰よりも近い位置で加地の鼓動を聞きながら香穂子はやわらかな  
まどろみに落ちていった。  
 
 
<FIN>  
 

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