朝からのどんよりとした空は夕方から雨に変わった。雨足は秋の訪れを告げるように次第に強さを増した。  
 
そんな放課後、音楽棟で練習室を探す香穂子の姿があった。  
リリから買った楽譜はまだみんなで練習するには難しく、香穂子は今日は一人で練習に励むつもりだった。  
しかし予約せずに来た上に時間が悪かったのか…それともこの陰鬱な天候の天候のせいかどこも空いていない。  
香穂子もセレクション参加者、そして今もアンサンブルを音楽科の人間も含めて組んでいるのだし、  
気にせず堂々と歩けばいいのだが、普通科の制服で音楽科の校舎を歩くのは  
どうしても悪目立ちするし、なにより音楽科特有の空気が未だ少し苦手だった。  
 
もう諦めてどこか別の場所で弾こうかなぁ…と諦めた顔で廊下を歩いていると向こうから知った姿が見えた。  
「柚木先輩…これから練習ですか?」  
「うん、そうだけど…日野さんはもう帰り?」  
「それがどこも空いてなくて…どこか他の場所で弾こうかと思って」  
 
遠くからでも目を引くその人は容姿端麗・成績優秀、人徳もあり加えて家柄まで申し分無い。  
そして、華やかで優しい本人の人柄そのままのような演奏。  
 
ただ、香穂子はそんな柚木二人きりのときに見せる別の顔を知っている。  
周りに与えるイメージ作り、そして騙してでも都合良く利用できるものは利用する計算高さ。  
…あの仲の良い火原ですら知らないというのだから徹底振りは大したものだ。  
でも、そんな部分も含めて柚木の事が気にならない訳ではなかった。  
 
「あぁ、それなら…僕と一緒で良ければ一緒に練習する?予約はしてあるんだけど」  
「…え」  
困り顔の香穂子に柚木からの提案は想像外のものだった。  
「…本当ですか?嬉しいですけど…お邪魔じゃないですか?」  
「とんでもない。日野さんと合わせる曲も出てくるだろうし、良ければ是非ご一緒したいな」  
香穂子としても願ったりである。お言葉に甘えて…と柔らかい笑みの柚木に続いた。  
 
練習室に入ると柚木は長い髪を一つに結い、香穂子に楽譜を確認するその様は『普段』の柚木と何ら変わりがない。  
 
―――なんだ、怯える事ないじゃない。  
本人の人柄のように華やかで、上品な艶のある演奏に、香穂子も合わせようと練習にも力が入る。  
練習の合間に見せる表情も穏やかで、香穂子は安堵した。  
「ここまでにしようか」と言う柚木の言葉で香穂子は弦を緩め、ヴァイオリンをケースに仕舞い窓から外の様子を伺う。  
雨足はまだ激しく、一瞬光ると遠くで雷鳴が轟いた。  
(…ひどい雨)  
香穂子は窓辺にあった椅子に腰掛け、楽譜の書き込みを確認し、復習をする。  
顔を上げると後ろ姿の柚木もフルートを仕舞い、懐中時計の蓋がパチンと閉じる音が聞こえた。  
振り返り、楽譜に視線を落とす香穂子に寄ると頬から香穂子の髪を掬う。  
「…先輩?」  
…これから起こることなど誰が予測できただろうか。  
「…本当に疑うってことを知らないんだな、お前は」  
クッ、と笑う声は…あの別人のような、低い、とても意地の悪いもので。  
「もう少し警戒心を持った方がいいぜ?」  
「…あの、柚木…先輩?」  
「まさか甘やかして貰えるなんて思ってないよな」  
そう耳元で囁くと唇は首筋を伝い赤い印を付け、その間にも香穂子の制服を器用に解いていく。  
首筋にかかる吐息に香穂子の体がゾクリと反応する。  
―――怖い。  
胸元に手がかかり、セーラー服のファスナーが下ろされ下着が覗いた時、  
やっと消え入りそうな、怯えた声で首を横に振り、抵抗の色を示す。  
「だめ…先輩っ、やめて…くだ…さい…それに、誰か来たら…」  
身体が凍り付き、後ろずさろうにも壁と柚木の間で逃げ場がない。  
壁に手をつき、至近距離で捉えられた視線から目が逸らせない。  
そこにニヤリと笑いながら香穂子に更なる追い打ちをかける。  
「まさかそう言えばやめてもらえるとでも思った?馬鹿な子だね。  
…大体、そんなヘマする訳ないだろう?この俺が」  
鼻で嗤い、冷たく言い放つと自身も襟元のタイを取り、襟元を緩めた。  
ここは練習棟で一番目につきにくい一番奥の角部屋。そして練習室にはどこでも少なからず死角がある。  
…分かった上で、意図的にやっているのだ。  
「っ…!んっ」  
舌が荒々しく口内に割って入り、香穂子の口腔内を犯す。  
唇を解放されると自分と相手のが混じる唾液を飲み込んだ。  
なんとか拒絶しようとした腕も掴まれ壁に押さえつけられてしまう。  
香穂子は柚木はどちらかと言えば線が細い方だとは思ってはいたが、  
しかし男の腕力は香穂子のそれとは根本的に違う。震える香穂子の抵抗は抵抗にならない。  
「やっ、先輩…本当にやめて…っ!」  
「あんまり抵抗すると、縛るよ。俺も仮にもヴァイオリニストの腕を縛るのは本意じゃないし、  
お前もそこまで頭の悪い子じゃないと思いたいんだけど?」  
「…!」  
 
抵抗をやめた香穂子の制服はするりと剥ぎ取られ、ブラジャーも外されると白い胸が露になる。  
まだ、男の前で晒したことのない肌を晒し、弄ばれる恥ずかしさで気が違いそうになった。  
硬くなった淡い胸の尖りを摘まれ、指先で転がす。軽く歯を立て吸われると、  
震える声に思わず甘い嬌声が混じった。…本意ではない筈なのに。  
「ひぃ…ぅ…あぁっ!んっ…やだぁ…っ!」  
震えは止まらなかったが、秘部からのクチュリという音で濡れている事に気付き、香穂子は思わず膝を硬く閉じた。  
「…ふぅん」  
―怖い。口元の笑みはまるでこの状況を楽しんでいるかのようにも思え、香穂子はぞっとする。  
「やっ…」  
「足、開けよ」  
これだけでももう限界だというのに、まだ意地悪く要求を突きつけられる。  
おずおずと膝を開き、下着とスカートを剥がされ、自分でもまじまじと見たことのない秘部を見ればとろりと蜜が溢れ、伝う。  
「…ぁ」  
「こんなに濡らしてヤダもないよな?…日野」  
芽を摘み、長い指が香穂子の中に侵入する。肉壁を撫でられると秘部はきつく締まり、香穂子は一段と高い声で啼いた。  
柚木も時折指を曲げては攻める位置を変え、弱い所を探る。  
身体を走る刺激と己の卑猥な水音は次第に香穂子の意識と理性を溶かしていく。  
「ひぁっ…んんっ…いやぁっ、ダメぇっ…!あっ、やぁっ…んっ」  
香穂子の蜜が柚木の指を絡め、ますます締めつける。  
「感じるならもっとなけよ…日野」  
「気持ちよくなんか…ひあぁっ!」  
「…お前も強情だな。体に教え込まないと分かんない?」  
「やぁあっ…!駄目っ、やだっ、柚木先輩っ!」  
息を乱し、肩で息をする香穂子を満足げに見下ろす。既に意識が朦朧としていた香穂子はベルトを外す金属音でハッと現実に引き戻された。  
初めて見るそれに驚くのと同時に、『これからされる事』を想像するとますます血の気が引いた。  
「ゆ…」  
まさか初めて?と訊かれてもコクリと頷くのが精一杯で。  
「ふぅん」  
もう逃げたくても逃げられないのは分かっている。  
香穂子に諦めに似た感情と涙が目尻に浮かんだ。  
「変に力むと余計痛いよ。…分かった?」  
そう耳元で囁き、熱い昂りを押し当てられる。無意識のうちに頷いた気もするが香穂子の記憶にはない。  
挿入された物の最初の異物感に腰が引けたが、それはすぐに身を割る痛みに変わる。  
「え…やっ…やだ、痛っ!ゆのっ…!」  
いくら解され潤っているとはいえ、破瓜の痛みは想像以上だった。  
唇を噛みしめ、掴んだ胸に必至に爪を立てる。…己の中を割って進む熱いものに、意識を奪われないように。  
「あああっ…!」  
通過し動き始めても、締め付ける中のきつさに柚木も眉を顰める。  
「ん…やっ…先輩っ、どうして、こんな…っ」  
膣内を動く柚木の物の痛みや、特有の不快感に堪えながらも目尻に涙を滲ませ、訴えるように香穂子が柚木を見つめる。  
「―黙って」  
皆まで言い切る前に香穂子の唇を封じる。  
「せんぱ…い…どう」  
合った目は笑っていなかった。問いかけた香穂子にぞっとするような冷たさで香穂子に返す。  
「どうしてかって?」  
柚木が達すると同じくして香穂子の意識が落ちた。  
 
 
(―――自分で考えてごらんよ)  
 
 
雨足こそ遠のいたが、外の重く厚い雲は晴れる気配はない。  
ふと気がつくと、何事もなかったかのように参考書を捲る柚木の姿が見えた。  
身体は椅子に戻っていたし、制服もきちんとしていて…まるで何事もなかったかのようだった。  
肩から柚木のブレザーをかけられている事には気付いたが、まだ意識がはっきりとしない。  
「…あ」  
「気がついた?」  
先程までの行為が頭の中を駆け巡り、顔がかっと赤くなる。  
自分が夢見たものとはほど遠い、愛のある幸せな行為ではなかった。  
柚木は香穂子を見遣るが、香穂子はフイと視線を外し、痛み、力がはいらない半身を気にしながらなんとか立ち上がった。  
ブレザーを突き出し、スカートをはらいながら柚木に訊く。  
「…いま、何時ですか?」  
「6時すぎ。さっきチャイムが鳴ったよ。  
おいで、俺も流石にそこまで人でなしじゃないからね。送るくらいはするさ」  
 
そのまま、人気ももうまばらな校門前まで腕を掴んで行かれる。  
車に押し込まれ、走り出してからもしばらく沈黙が続き、車内には低いモーター音だけが響いた。  
そしてその沈黙を先に破ったのは、重い香穂子の声だった。  
「…なんで、あんなことしたんですか」  
「さぁね」  
悪びれる様子のない柚木に香穂子は柚木をキッと睨みつける。  
「…絶対許さないです、先輩の事」  
「大いに結構。楽しませてもらおうか…俺を失望させないでくれよ?」  
 
 
何が真実で何が嘘なのか。  
何故、こんな無理矢理な形で?  
目の前にいる人は何を考えているのか。  
―――この人の、真意が知りたい。  
犯された体もだが、見えない柚木の本心が香穂子の心に細かいひびを入れる。  
 
「憎みたいなら憎むといいさ。…忘れられなくなるくらいに」  
 
唇を噛み、溢れそうな涙を必至に堪える。既に疲労は頂点に達していた。  
家に着き、解放され一人になると下肢の鈍い痛みとだるさ、そしてショックと混乱が一気に押し寄せ、涙が溢れる。  
香穂子は身の回りの事もそこそこに、倒れ込むように眠りについた。  
 
 
…どうか、悪い夢でありますように。そう、思いたかった。  
だが肢体の痛みが香穂子にこれは現実なのだと思い知らせる。  
体を弄ばれた事は勿論到底許せる事ではない。…それでも。  
柚木が最後に一人ごとのように呟いた言葉が香穂子の胸に引っかかる。  
 
 
 
忘れられなくなるほどに…私に憎ませるように、傷つけるのは、どうして?  
 
 
「よ、日野」  
「土浦君、おはよ」  
いつもと同じ朝、同じ筈の日常。…そのはずだった。  
下肢の痛みが残るが、ここで休んでしまえば己が潰れてしまう気がして無理をして出てきたのだ。  
柚木に会うのも怖かったが、それ以上に一人でいることの方が怖かった。  
…あくまでも、いつもと変わらない一日を過ごそう、と。  
土浦といつもの坂道で会うとそのまま一緒に学校へ向かう。  
一人だと陰鬱な気分も、誰かと話す事で気が紛れた。  
 
校門をくぐるとそこに黒塗りの高級車が現れる。  
昨日も乗ったそれは言うまでもない柚木家の車だった。  
運転手がドアを開けると今一番見たくない顔が覗く。  
「やぁ、おはよう。日野さん、土浦君」  
「…おはようございます」  
「…せんぱ、い」  
その声に思わず落ち着きかけた表情が強ばる。  
「おはようございます、柚木先輩」  
あの柔和に笑ういつもの柚木だ。頭では分かってはいたが、昨日の今日である。  
平常を保とうと思っていても、顔を見た瞬間とっさに嘘が口をついて出た。  
「…あ!やだ、私今日日直だった。ごめんなさい、私先いきますね!」  
 
(…日野?)  
表向きは平常を装ってはいたが、硬く、どこか怯えたような表情が一瞬覗いたのを見逃さなかった。  
以前のような柔らかい笑顔ではない。叫びだしたいのを必死にこらえるような…そんな引きつった表情だった。  
土浦は香穂子の屈託の無い明るい笑顔が好きだった。そして、香穂子自身の事も。  
悔しいが香穂子の気持ちが柚木に傾いているのを知っているからこそ、香穂子の不自然さは余計に目についた。  
 
この二人の間に何があった?  
 
「朝から忙しいね、日野さんも」  
「…そうですね」  
早耳・天羽ではないが察するにも確証も何もない。しかし直感で感じた引っかかりと不信感は募る一方だった。  
「おや、もうすぐ予鈴が鳴るね。日直なのに大丈夫かな、日野さん」  
走り去る香穂子を追う柚木の視線の奥に潜む感情を土浦は知らない。  
「え、ええ…そうですね、俺ももう行きます」  
(日直だ?そんな訳ないだろう…しかし、どうしたってんだよ日野)  
 
その日の帰り道、校門前で一人帰路につく香穂子を捕まえた。  
声をかけると朝に比べれば幾分か元気を取り戻したのか明るく笑う香穂子だったが、  
朝の一件が気になって仕方がない。コーヒーでも、と駅前の喫茶店へ向かう。  
コンサートや授業、他愛無い日常の話…そんな話をする香穂子に疲れと少々表情に曇りは見えたが、それを除けば至って普通に見える。  
杞憂であって欲しいと思いつつも胸の引っかかりは否めず、土浦は賭けに出た。  
「…日野。俺は回りくどく訊くのも苦手だからストレートに訊くけどな…何かあったのか?」  
「…え?」  
「柚木先輩と」  
カップを持つ香穂子の指先が一瞬震える。  
表情が一瞬凍り、さっきまで見れた筈の土浦の顔が正視できない。…朝の表情とだぶった。  
「や、やだなぁ…何にもないよ?土浦君も変な事い…」  
――嫌な予感は的中のようだった。柚木の名前を出した瞬間、明らかに様子が変わる。  
それも精一杯平生を装うということは…恐らくは芳しくないことなのだろう。  
これ以上の事を無理強いで聞き出すのは上策とは言いがたい。  
本当に『何か』があったのなら…更に心の傷を抉る事になる。  
「…ならいいけどな。おせっかいかもしれないが…何かあったんなら、言えよ。俺に出来る事なら力になるから」  
「うん…ありがとう、土浦君」  
 
別れ際、帰路が分かれる交差点で「さっきの話…ごめんね」と香穂子は消え入るようなか細い声で呟いた。  
「…日野」  
俯く香穂子からはらりと落ちた涙が夕日を映して光った。  
香穂子も土浦の本心には気付いていた。…だから余計に辛い。本当なら泣き喚いて、縋ってしまいたい。  
でも異性で、ましてや自分を好いてくれる相手だからこそ、言えることではなかった。  
しかし土浦としても好いた女の子に目の前で泣かれてしまっては罰が悪い。このまま帰すのも男が廃る。  
その道から香穂子の家とは方向は逆だったが、互いの家はそう遠くはない。  
そのまま香穂子の腕を掴んで土浦は自宅の方向に向かって歩き出す。  
 
「…落ち着いたか」  
「うん…ごめんね。道のど真ん中で泣き出しちゃって…」  
偶然ではあるが家に誰もいなかったのは好都合だった。  
ソファに腰を下ろし、出された冷たい茶を口に含むと気分も落ち着いたのか、苦笑いをする。  
「悪いな、散らかってて。なんだったら飯、食ってくか?パパッとできるもんでいいなら作るぜ」  
ブレザーを脱ぎ、ネクタイをとると、冷蔵庫の中の物で何か使えないか物色する。  
「そんな、悪いよこっちがいきなり…」  
とんでもない、と手を振りつつ先ほど掴まれた腕の感触が蘇る。少々強引ではあったが…優しい手だった。  
昨日押さえられた腕の感触とは全く違う。  
「…日野?」  
「あ…ううん。ごめん、なんでも…ない」  
しかし、思い詰めた表情は変わらず、重い。ソファに戻った土浦も重い声で言う。  
「言いたくないことなんだろうが、一人で無理して抱え込むな。…俺じゃなくても他の奴でもいい。  
…お前のそんな辛そうな表情見るのは…俺も、辛いんだ」  
折れそうに細い、香穂子の体をきつく抱きしめる。  
「土浦く…」  
「…俺は絶対にお前をそんな風には泣かせたりはしない。日野、お前が…好きだ」  
分かっていたけど、先延ばしにして…ずっと避けていた事。答えを出せば壊れてしまう。それが怖く、嫌だった。  
抱きしめる土浦の心臓が早く脈を打つのが香穂子に伝わってくる。  
そのままソファに香穂子を沈めると、香穂子のさらりとした髪を掬う。  
優しい腕と、指先と。…繋いだ指と大きな手の平がうっすら汗ばんでいるのが分かった。  
 
…好きになれたのが、恋焦がれたのがこの人だったら…どんなに幸せだったろうか。  
 
土浦は両手で包み込むように香穂子の頭を抱き、口付ける。  
「ん…っ」  
きっとこの人は大事に愛してくれる。  
一瞬脳裏にそんな考えが過るが、すぐに香穂子ははっとして顔を離す。目線は下を向き、自嘲気味に呟く。  
「だめ…だよ、土浦君…」  
「…日野」  
 
鮮烈に、深く意識に残る感覚に囚われて、逃れられない。  
香穂子の身体に刻まれた感覚は想像以上のものだった。  
 
「…ごめん」  
涙混じりの声で、香穂子は言い切った。  
その声にハッとする。ここで抱いてしまったら…きっと、互いに取り返しのつかない事になる。  
「悪い…俺…」  
「…ごめんなさ…いっ…私、なんてこと」  
言葉を詰まらせ、ふるふると頭を横に振る香穂子の言葉を遮った。  
「…お前は悪くないだろ」  
 
「あの、ね」  
意を決したように香穂子は重い口を開いた。  
ただ、何があっても驚かないで、そして先輩を責めないでと前置きをして。  
「ここ、見て」  
それまで髪で隠されていた首筋を見せられて土浦は息を飲んだ。  
「…日野、お前」  
皆まで言わずとも察した土浦に、香穂子は蚊の鳴くような声で「そうだよ」と頷く。  
 
―――あの親衛隊に虐められたか、想像はし難いがせいぜい柚木自身と口論になった程度だと思っていた。  
しかし現実目にしたのは香穂子の白い首筋に散る、鬱血した赤い斑点。  
一ヶ所だけではなく、点々と痛々しげに伝うその痣はまるで手を出すな、とでも言いたいようだった。  
合意の上ならまだしも、これだけ震え、泣く香穂子からはそうは汲めない。―何があったかは説明するまでもなかった。  
「…悪い」  
香穂子は違うの、と顔を横に振る。  
「だから、私…もう土浦君にそんな事、言ってもらえる資格な…」  
「―――日野!」  
思わず声が荒ぐ。陰鬱な顔で俯いていた香穂子が驚いて顔を上げる。  
「…もう、自分を責めるな。今の事も…お前が謝る事じゃない。…最低なのは俺の方だ。お前の弱った所につけ込んで…」  
「…違うの!」  
自分で荒げた声の大きさにはっとする。  
あれだけの事をされたのに、まだ、心のどこかで柚木を求めていた。  
 
「あのね…あんなことされたのに、自分でも馬鹿だと思う。  
…絶対、許せないし…嫌いになれたら、凄く楽なのに…嫌いになれない…ううん、私柚木先輩が」  
された行為の惨さが頭をよぎると香穂子は好き、という言葉に詰まる。  
体の奥まで好きなように弄ばれて、素直に好きと言える訳が無かった。それでも  
 
「…先輩のこと信じてみたい…ううん、信じたいの…」  
 
「…そうか」  
もう、迷わない。そう確信して、涙を拭った。  
「お茶、ごちそうさま。遅くまでごめんね。…ありがとう、土浦君。私の事、好きって言ってくれて」  
「送って…」  
香穂子は笑って「ありがとう、気持ちだけ貰うね」と、土浦家を後にした。  
振られたのは勿論痛手だったが、吹っ切れた香穂子の表情に、いろんな胸のつかえが取れた気がした。  
その後ろ姿を見送りつつ、どうか香穂子がもう辛く泣く事が無いように、夜空の星に願った。  
 
壊してはいけない。  
しかし生半可な事では意識に刻み付ける事は出来ない。  
憎まれてでもいい、捕らえて決して忘れられなくなるように。  
―――あと、もう一息。  
 
 
数日後の放課後、人気のない屋上で弾く香穂子の元を訪れたのは柚木の方だった。  
次のコンサートへの時間は刻一刻と近づいてくる。…迷っている場合でもなかった。  
香穂子の音色には心無しか艶と深みが増していた。感情のぶれの無さがそう感じさせるのだろうか。  
「頑張ってるね」  
「…柚木、先輩」  
この間の重い雨空と違い、赤い日差しが滲むような、鮮やかな夕焼け空。  
頬をなでる風が肌寒く感じるようになってきたのを感じる。  
「続けて」  
二人きりの屋上で香穂子は言われるがままに続ける。一曲弾き終わるとベンチに腰掛け聴いていた柚木に横を促された。  
ヴァイオリンを仕舞うと、西に傾く陽を見ながら香穂子は呟く。  
「…本当の事、教えて下さい」  
「本当の事、ねぇ」  
口元がふ、と寂しげな笑いを作ると香穂子は続けた。  
「…私、先輩のこと、信じようと思ったんです」  
「ふぅん…あれだけ好き放題されておいて随分とお人好しだな、日野」  
しかし香穂子の目に怯えや揺れ、迷いはもうなかった。  
「…された事は、勿論許せないです。…でも…もう、怖くないんです…先輩のこと…好きだから、頑固な馬鹿でいいんです」  
そう言うと香穂子の方から優しく口付ける。  
全部、受け入れる。そんな覚悟が香穂子に生まれていた。  
 
「…頑固、か」  
予想外の香穂子のキスに少々困りながらも、柚木も苦笑いをする。  
「刻み付けて忘れられなくしてしまえばいい…  
誰かにとられる前に、力づくでも手に入れてやろうと思ったのさ…忘れられなくなるように」  
「…誰かに?」  
「…これで満足した?二度と言わないからあとは自分で考えろよ」  
遠い夕日を目を細めながら見つめ、まるで自分を嘲るように話す。  
 
突然の強い風が香穂子の髪を絡めた。乱れた髪を掻き揚げ整えると、優しい、しかし通る声で告げた。  
「もう一度…ちゃんと私の事、抱いて下さい。…私、先輩以外の誰のものにもならないから」  
「――お前」  
「先輩の事…信じていいんですよね」  
ぎゅっと柚木を抱きしめる。勿論、された行為は消える訳ではない。  
…それでも、新たに築き直したい。そんな覚悟を持って。  
「ん…っ…ふぁ…」  
落とされた優しいキスに、まだ辿々しさが残る香穂子も唇と絡められた舌に応える。  
初めての優しい口づけに香穂子の涙腺が緩む。  
「…やだ、涙出てきた…」  
「今度俺の前以外で泣いたら許さないよ?」  
「!」  
何故知っているのかと顔が真っ赤になる。  
「知らないとでも思った?…あんな往来の真ん中で泣いてればね」  
「…先輩にだけは言われたくありません」  
「言うね」  
ニヤリと呟くと香穂子をベンチに寝かせる。喉元から胸元へ唇を滑らせ、  
はだけた制服の下の淡い色の尖りを舌先で突くと香穂子の背が大きくしなった。  
「やっ、そんなとこっ…んぁっ!」  
人はいないとはいえ、学校の屋上だ。声が漏れてはいけないと甘い声を必死に声を堪える。  
太腿に伸びた指先は秘所へ動きを進めた。  
薄い下着の上から湿り気を帯びた割れ目をなぞられると香穂子は高まる快感をこらえるのにきつく唇を噛んだ。  
「っ…んっ…うぅっ…せんぱ…い…先輩の、ほしい、です」  
「もう?」  
信じることが出来る。香穂子の体の奥の疼きは素直に、そして貪欲に柚木を欲した。  
「……先輩のこと、もっと知りたい」  
 
「んあっ…」  
まだ昂った物を受け入れるのに慣れない香穂子の体は、  
まだ少し痛みを感じながらも少しずつ柚木のものを受け入れていった。  
「つっ…」  
「痛い?」  
首を横に振るとぎゅっと抱きしめる。  
「大丈夫、です…」  
最初こそ眉間に一瞬皺が寄るが、次第に花芯の中の動く物の感触を味わいだすと、  
次第に痺れるような快感が香穂子の体を走り、柚木の物を締め付けた。  
「んんっ…あっ、…ひあっ、やぁんっ」  
まだ硬く、きつく締め付ける秘部から蜜があふれ、腿まで伝う。  
引き、体の奥深いところを突かれる感触に香穂子は溶けそうになる。  
「…香穂子」  
「せんぱっ…」  
耳元で囁くように名前を呼ぶと、香穂子の中が一層きつく痙攣し、締め付けた。  
「ひぁんっ…!」  
「…っ」  
ドクンと香穂子の中に熱を吐き出し、達すると香穂子の胸に頭を落とした。  
そんな柚木を香穂子は愛おしそうに抱く。  
(…不器用な人)  
 
 
 
屋上を降り、校門へと向かう道、「行こうか」と差し出された手に香穂子はこくりと頷き手を繋ぐ。  
秋の夕焼け空は雲一つなく、心地よい風が吹いた。明日もきっと晴れるだろう。  
願わくばこんな穏やかな日々がずっと続くよう香穂子は願った。  
 

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