晩冬の室温の肌寒さなど、とうに忘れてしまった。  
「あっ、あ…やっ、んんっ…はっ…。」  
突き上げる動作に応じて喘ぐ香穂子の背が一瞬浮き上がり、喉頚が仰け反る。  
その軽い緊張が緩んだ隙に、浅い角度でやや強めに打ち込むと、香穂子がはっと眼を見開いた。  
「ふぁあっ!…っ、んくっ…う、あぁっ…」  
大きな声を上げた自身に戸惑い恥じらうように、ぎゅっと目を瞑った香穂子の顔が横を向く。  
しがみついてくる手にきゅうと力が篭もり、滑る。短い爪が背を掻いて、じりっと細い痛みが神経を走った。  
「っつ…!」  
思わず土浦が眉根を寄せたのは、背中の痛みのみに因るわけではない。  
それと前後して、分け入っている膣全体がぎゅうっと収縮して締め付けてきたからだ。  
密接に交わったその状態から、深々と貫いていた陰茎をゆっくり引き抜くと  
張り付いた肉をずるずると引き剥がすような甘い痛みに似た摩擦と喪失感がもどかしく堪らない。  
細い腰を掴む。抜け落ちる寸前まで引き抜き、濡れた亀頭で膣口の周辺を嬲り陰核をくすぐると  
香穂子の手がシーツの上に波打つ髪の上へ滑り落ちて、縋るように布を掴んだ。  
感じ入って悶える内壁へ再び穿ち、一気に突き出す速度を上げると  
ぐちゅぐちゅと淫猥な水音と香穂子の喘ぎ声とが冷えた空気を震わせた。  
合間に、縫い止められて尚、もがき撥ねる背中がひっきりなしにシーツを擦る乾いた音が混じる。  
「や、あんっ、んっ…あ…ひっ、ぅ…」  
引き攣る腿が、最早遠慮を捨てて快楽を貪る土浦の腰におずおずと纏わりついてきた。  
小刻みな律動で揺さぶりながら、うわごとのように意味のない音を漏らす唇を塞いで  
差し入れた舌で口腔をまさぐると、掌で包み込んだ頬が、華奢な肢体が大きく震える。  
とろけた粘膜を掻き回して的確に弱い箇所を擦ると、離れた唇を切なげに歪めた香穂子が荒く息を継ぐ。  
溢れんばかりの水底で揺らいだ瞳の縁からぽろぽろと雫が零れ、膣全体が細かく震え出した。  
一瞬張り詰めた脚が身体の横を崩れるように滑り落ちる。  
浮いた拍子に腕を差し込んだ背中は、シーツを擦ったせいか熱い。  
「香穂…っ」  
抱き締めた香穂子の身体は、幾度抱え直してもしっくりと土浦の腕に馴染んだ。  
甘く震える彼女を全身で抱え込んで、ひときわ大きな動作で貫く。  
「ああっ…いっ、だめ…はあっ、ああぁ!」  
悲鳴と共に硬直し、糸が切れたようにくったりと弛緩した香穂子を抱きすくめたまま果て、  
脱力して倒れ込んだ土浦の荒い呼吸がシーツへ零れ散る髪をかすかに揺らした。  
 
 
 
風の音も閉めきったカーテン越しの細い光も、いつの間にか随分弱まっている。  
土浦の腕に頭を預けて眠り込む香穂子の乱れた髪を梳き、熱と湿り気の残った瞼に触れ  
心地よい虚脱に包まれながらも睡魔に落ち切れず、土浦は怠惰な時間を過ごしていた。  
ぼんやりと香穂子の髪を撫でる。  
この数週間で、一線を踏み越えたばかりの香穂子との距離はますます近くなったはずが、  
その彼女との間に隔たりに似たもどかしさを感じ始めるという矛盾に囚われていた。  
違和感の原因であろう問題が、何なのかはわかっている。  
――音楽科への編入。  
そもそも土浦自身も同じその問題に突き当たり、早々に答えを出してしまっていた。  
前例がなかったせいか、審査たる段階はコンクールやコンサートを以って済んでいるということなのか  
申請と言う名目に反して簡素だった転科申請の書類は、とうに書き終えて机の引き出しに入っている。  
その方角へちらりと意識を遣って、土浦は溜息をついた。  
3年生から音楽科へ編入する話を金澤が持ち掛けてきたのは秋の半ばだった。  
コンクールを機に立ち戻った音楽こそが道であるとの思いをコンサートを通じて確信したとはいえ  
学生生活の環境を変え、音楽に賭けようと意を決するのは、土浦にとっても容易いことではなかった。  
如何に素晴らしい資質を備えていようと、音楽経験が一年にも満たない香穂子にとっては  
知識面の不十分さから来る音楽科の専門的な授業への不安感や、家族の理解を得る困難など  
編入を迷う要因が多く、時間がかかるだろうとは土浦のみならず金澤も予想していた。  
 
だが、しかし。  
「日野、煮詰まってるんじゃないか?」  
数日前、音楽室で立ち話をしていた折に金澤が漏らした言葉は土浦の懸念そのものだった。  
どこから漏れたのか、土浦が次年度から転入してくるとの噂が既に音楽科のあちこちで囁かれていると  
こっそり教えてくれた火原と柚木は、香穂子にも同様の噂が立っているとも言っていた。  
それなのに未だに香穂子は、編入するのかどうかの決意を固めていなかった。  
申請の事務的な期限は、間近に迫っている。金澤からは次の金曜までの返答を求められている筈だ。  
だが、香穂子が自ら編入の話題を口にすることすら殆どなくなっており  
土浦から話題を持ち出すと歯切れが悪くなり、口篭もってしまうことも少なくなかった。  
クリスマスコンサートの直前に、自分で決めるようにと告げてしまっていた為か  
香穂子から相談らしき相談が持ちかけられることもないままである。  
そうして期限が近付くにつれ、香穂子の笑顔も、彼女の奏でる音もどことなく精彩を欠いているように思えて  
歯痒い思いを持て余しつつも、ここ数日は土浦もその話題を控えていた。  
指を絡めた香穂子の髪が、くるくると指先からほどけるのを眺める。  
親に反対されているのかと聞いたが、姉の加勢でなんとか承諾を得られそうだと言っていた。  
ならばあとは香穂子の意思の問題ではないかと問うと、彼女は否定ではない沈黙を返したのだ。  
そしてそれ以上は香穂子の考えを聞くことはできずに時間が過ぎていた。  
いくら考えても彼女の本心が読めるはずなどなく、とはいえこのままでいいとも思えずまんじりとしていると  
もぞもぞと身じろいで瞼を開いた香穂子が、物憂げに息を吐いた。  
「目が覚めたか。」  
髪から手を離すと、数拍おいて香穂子が翳りのない視線を上向けて照れたように微笑む。  
「ええと、今、何時?」  
まだ雰囲気に慣れていないのか、尋ねる言葉もぎこちない。  
「4時。」  
「もうそんな時間?」  
帰らなくちゃ、と呟いて身体を起こした香穂子の裸の胸元にうっすらと赤い痕跡が散っているのを認め、  
つられて起き上がった土浦は床に放り落としていたセーターを拾った。  
「ありがとう。」  
セーターを胸に押し当てた香穂子がベッドを降りる。  
衣服に手足を通す姿をそれとなく眺め、自らも服を身に着けながら土浦は口を開いた。  
「帰る前に、もう少し弾いていけよ。」  
「ううん、しょっちゅう長居しちゃってるし。」  
触れ合う時には心にまで手が届くような錯覚すら覚えられたというのに、  
柔らかい拒絶の言葉が見えない亀裂のように感じられて、かすかに土浦の胸が痛む。  
「…そうか。」  
先に身支度を整えてしまってベッドに腰を下ろした土浦を、ようやく香穂子が振り返った。  
「どうしたの?」  
「ん?」  
困ったような表情で首を傾げる香穂子を見上げて曖昧な言葉の続きを促すと、躊躇いがちに言葉が続く。  
「もしかして機嫌悪い?」  
なんと返事をしたものかとほんの数秒のあいだ逡巡しながら、土浦は自嘲を噛み殺す。  
「いや。」  
否定したものの、良いか悪いかというなら今の機嫌は悪いと言い得るだろう。  
悩んでいる筈なのに何も話そうとしない香穂子への苛立ちが静かに積もってゆく反面で  
やんわりと香穂子を突き放しておきながら、黙って見守ることのできない狭量さに自己嫌悪を覚えている。  
優しくしてやりたい。だが、こんな仲になって言いたいことも言えないのは理不尽だとも思う。  
脳裏を赤い痣のようなものがやけにちらつくのは、執着心が悪化しているせいだろうか。  
この気持ちを端的に一言で表すには、なんと言えばいいのだろう。  
「そう?」  
どことなく不安げな面持ちだが、香穂子は何か言いたそうな様子を残したまま口を噤んでしまった。  
再び沈黙が降る。このところ感じているもどかしい開きのある距離感。  
帰ると言いながらも、すぐに帰ろうとしない香穂子がそわそわと立ち尽くしていることに  
気付いて、まだ気にしているのだろうかと土浦はひとり笑った。だが、実際そうなのかはわからなかった。  
やはり、はっきりと言わなければ伝わらないことはあるのだ。  
 
「なあ、香穂。」  
沈黙に抗って名を呼ぶと、ふわりと香穂子が微笑んだ。  
「なあに?」  
「編入の話。」  
微笑みがごく僅かに歪むのを見据えながらも、土浦は敢えて続けた。  
「返事の期限、一週間切ってるよな。」  
言われずとも無論知っている日数に、香穂子の視線が泳いだ。  
「………うん。」  
「どうするんだ?まだ決まってないのか?」  
ため息のような細い声に畳み掛ける。  
噂が流れている以上、土浦以外に編入の話題を持ち出す者は少なくないだろう。  
悩んでいる時に掛ける言葉は、上手く運べば決断の後押しになるが、誤れば徒に追い詰めるだけだ。  
言葉を選ばねばならないと思ったときに限って、語彙が狭窄してしまう。  
「いつまでもひとりで抱え込んで悩んでたって、どうしようもないだろう。」  
沈殿していた鬱屈が言葉に混じってこぼれ、自身にも詰るように聞こえて内心で土浦は焦った。  
続けて言えば、言い訳じみて聞こえるのかもしれないと思いながらも続けようとした土浦を  
香穂子のやや堅い声が遮った。  
「でも、私にしかわからないよ。」  
「…なんだって?」  
思わず聞き返した土浦に気付かないように、掠れた声がする。  
「土浦くんにはわからないから、いいの。」  
――この気持ちを端的に一言で表すなら。  
「なんだよ。言わずにわかるかよ。」  
反射的な呟きに、香穂子が視線を上げた。頑なな視線を受けて、知らず立ち上がる。  
「言っても多分わからないよ。…絶対に。」  
目的を逸れて喧嘩腰になっていることに気付いて、慌てて土浦は口を閉ざす。  
だが、ヴァイオリンケースと荷物を拾い上げた香穂子は顔を見ようともしなかった。  
「しばらく会いたくない。」  
「はあ?」  
「今週中はもう会いたくない。じゃあね、お邪魔しました!」  
それでもドアを静かに閉めて出て行った香穂子を見送って、ひとり取り残される。  
――ひどく寂しかった。  
 
月曜。  
本を読み進めていて、めくった次のページが唐突に真っ白だった、そんな目覚めだった。  
壁の時計を見なくとも、閉ざしたカーテンの隙間から明るい陽光が射している。  
気持ちばかりの朝食を口にした後に服用した薬の効果でぐっすり眠ったせいなのか  
頭の芯に詰まった鈍痛も、酷かった悪寒も多少は和らいでいるような気がして、安堵のため息をついた。  
醒める寸前まで見ていた夢の内容は、瞼を開いたと同時に飛んでしまって思い出せず、  
頬から耳元を濡らす冷えた涙の不快な感触と落ち着かない呼吸だけが夢の名残だった。  
未だに熱い顔に触れ、湿り気をぞんざいに拭って瞼を閉ざすが、時計の針の音がちくちくと脳裏に響き  
規則正しいその音が、アナログメトロノームのように彼女の心の水面に漣を立てた。  
住宅街は、湖底に沈んでいるかのような静けさに満ちている。  
香穂子が学校を病欠するのは久しぶりのことだった。  
 
前日、日曜の夕方。  
帰宅して早々に自分の部屋に閉じ篭って、ヴァイオリンケースとバッグを置くと、  
部屋の照明を落としてベッドに飛び込んで、香穂子はようやく落ち着きを取り戻した。  
いつもより少し荒い抱かれ方をしたことや、捨て台詞を残して帰ってきた後悔と、  
そして日々募っていくばかりの焦燥が疲労に拍車を掛ける。  
そのまま夕食までまどろみ、食後に入浴を済ませた香穂子は机に向かう。  
ベッドに入ったのは、日付が変わり時計の長針が二度回った後のこと。なかなか寝付けなかった。  
そして今朝。  
いつもの朝食の時間を過ぎていると呼ぶ母の声で目を覚まし、生返事をした自身の声が掠れていた。  
熱い体が悪寒に震え、頬まで布団を被って咳込んでいると、母親が部屋に入って来る。  
風邪を引いたみたいと告げるだけで、喉が呼吸で磨り減るように痛む。  
担任に欠席の連絡をしてから朝食を持ってくると言った母親が扉を閉める音を聞きながら  
これで少なくとも今日一日、土浦と顔を合わせることはないのだと自嘲したのだった。  
 
 
再び目を覚ますと、学校は放課後に入っている時間だった。  
半日以上を寝て過ごしたことに気付く。左手を布団から出して頭上にかざし、軽く握ってばらばらと動かした。  
丸一日ヴァイオリンに触れていないのだと思うと、不安に胸を締め付けられる。  
そして、その不安が音楽への純粋な気持ちとは言い難いものから生まれていることが辛かった。  
人差し指から一本ずつ順に、弦を押さえるときのように強めに曲げたり  
ビブラートをかける時のように指を震わせたりといった運動を繰り返す。  
いっそ消音器を使って楽器で練習しようかと思ったが、頭痛やだるさの為にヴァイオリンが遠く感じられ、  
しかたなくベッドの中で仰向けのまま左手だけを動かす。  
憂鬱に沈んでいたせいで、香穂子は階段を上がってくる足音に気付くのが遅れた。  
母親が病院へ行くよう言いつけに来たのだろうと、前に学校を休んだときの記憶から見当をつける。  
回復を急く気持ちとは裏腹な、声を出すことさえ億劫な体に従って左手を下ろした。  
眠っていると思わせれば遣り過ごせるだろうと目を閉じた香穂子は  
扉を開けた音のすぐ後に、母親がどうぞと言ったのを聞いて、驚愕に身を震わせた。  
お邪魔しますと返す声に、反射的に開いてしまいそうになる瞼をぎゅっと瞑って必死に堪える。  
肝心なことは何ひとつ話さずに逃げ出してきたのはつい昨日のことなのだ。  
動揺に追い討ちをかけるように扉の閉まる小さな音がして、部屋に土浦と二人きりになる。  
緊張のせいだろうか、凪いだ鼓膜をかすかな耳鳴りが震わせる。  
そして、秒針の音と早まる鼓動とに一寸刻みに切り裂かれるように胸が痛んだ。  
今更動くことなどできず、掛け布団の上に置いた左手の力を抜き、努めて穏やかに呼吸する。  
聞こえる足音は絶えたのに、気配は間近に感じられない。  
何かを置くような物音が聞こえ、それが机の方角から聞こえたことを認識した瞬間  
眠ったふりなどせずに追い返せばよかったと遅れた後悔に苛まれる羽目となった香穂子の傍へ  
ついに、静かに足音が近付いて来る。  
寝息を装う余裕がなくなった香穂子は、ただ息を潜めて土浦が去るのを待った。  
 
「おーい土浦。聞いてないだろ?」  
「聞いてる。」  
投げ遣りに応じると、加地が不服を押し出すようなため息をついて曇り空を仰いだ。  
「ああ、参ったな。日野さんはまさしく僕の太陽だ。」  
「気持ちの悪い喩えをするな。」  
「僕の心もちょうど今日のこの空のように曇ってるんだよ。」  
「そうかよ。昨日の天気は晴れだったがな。もう教室に帰っていいか?」  
「駄目だよ。…日野さん、明日は学校来られるかな。」  
「さあな。」  
昼休みに入って間もなく10分が経つが、呼び出した当の天羽はまだ現れない。  
前日よりいくらか冷え込んだ火曜。  
人気のない屋上で、同じく呼ばれた加地と先に昼食をつつきながら土浦は上の空だ。  
 
 
月曜の夕刻。  
加地から渡された2組の配布物と天羽から預かった本を机へ置きながら、土浦は呆気に取られていた。  
一ヶ月ほど見ない間に、香穂子の机上や本棚は、楽典や音楽高校入試用の問題集、  
聴音訓練のCDが付属したソルフェージュの書籍といった書物が増えていた。  
思わず眉を顰めてベッドの方角を見たとき、香穂子がかすかに身じろいだような気がして  
吸い寄せられるように近寄ると、瞼は閉ざしていたものの、明らかに彼女は目を覚ましている。  
無言の拒絶に半ば傷付き、半ば安堵しながら傍らに立って手持ち無沙汰に香穂子の様子を窺い、  
少し迷ってからベッドのふちに腰を下ろした。  
掛け布団から投げ出された左手の甲を緩く掴むように握ると、香穂子の瞼がぴくりと震える。  
伝えたい言葉はたくさんあったが、泣くのを堪える為に目を閉じているような顔を見て言うことはできなかった。  
「ゆっくり休んで、元気になれよ。」  
被せた掌の下には香穂子の心を推し量る材料は何も見付けられなくて、少し切なくなる。  
「待ってるからな。」  
ぼそっと呟く言葉に思いを込めて手を離すと、香穂子の顔が少し背けられた。  
それを視界の端に見とめるが、詫び言は胸のうちに止めたまま立ち上がり、香穂子の部屋を出たのだった。  
 
<つづく>  
 

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