講堂の舞台袖で、冬海は観客席を見ていた。  
 コンクールの最終セレクションとあって、客席はほぼ満員である。その中には、少なく  
ない数の普通科の姿もあった。  
「うわー、けっこう入ってるね」  
 突然かけられた声に、冬海はビクリと肩を振るわせた。  
 普通科がコンクールに興味を持つようになった最大の原因となった少女――日野香穂子  
が、冬海の後ろから伸び上がるようにして客席を見ている。  
 冬海は振り向かない。  
 すでに彼女は薄いクリーム色のドレスに着替えていた。コンクール用に母親が選んでく  
れたというそのドレスを、冬海は太って見えるのではと気にしていたが、少女の持つ柔ら  
かで清楚な雰囲気にとてもよく似合っていると香穂子は思っていた。  
 壁にかけられた手が小刻みに震えているのを見て、香穂子は冬海が緊張してるのだと思った。  
(冬海ちゃんの順番、いちばん最初だもんねえ)  
 安心させるように彼女の肩に手を置く。――その瞬間。  
「んぁっ」  
 びくんっと冬海が体を跳ねさせた。  
「ふ、冬海ちゃん?」  
 香穂子が驚いて手を離す。大きく見開かれた目が、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。  
「ど、どうしたの? 大丈夫?」  
「大丈夫…です。すみません……ちょっと、驚いて…しまって」  
「こっちこそゴメンね。ビックリさせちゃったね」  
 
(冬海ちゃんを落ち着かせようとしたのに、驚かせてどうする。逆効果じゃないの)  
 頭の中で、自分自身に突っ込みを入れる香穂子。冬海は彼女と視線を合わせようとせず、  
じっと俯いている。  
「ほんとにごめんね、冬海ちゃん」  
 香穂子は冬海の顔をのぞき込んだ。途端に、香穂子の表情が気遣わしげなものに変わる。  
 冬海の頬が紅い。緊張からくるもの……というより、病気の時のような紅さだと香穂子  
は感じた。そう思ってみれば、唇から漏れ出る呼吸も浅くて熱い。  
「だ、大丈夫? もしかして体調悪い?」  
 冬海は何も言わずに首を振った。  
「でも、辛そうだよ。熱があるんじゃないの?」  
 香穂子が冬海の額に手を伸ばす。冬海は首を反らしてそれを避けた。  
「冬海ちゃん……」  
「す、すみません、香穂子先輩……。で、でも……平気、です」  
 最後のセレクションですから――細い細い声で、冬海はそう囁いた。  
「…………。そっか。最後、だもんね」  
 納得した表情で、香穂子が引き下がる。気弱に見える少女が、意外に頑固で、芯が強い  
ことを香穂子は知っている。それに、最後のセレクションを棄権したくないという気持ち  
は、香穂子にも痛いほどわかった。  
「でも、あんまり無理しちゃだめだよ? 終わったらすぐに保健室行こうね」  
「は、い……。ありがとうございます、香穂子先輩……」  
 軽く頭を下げて、冬海はその場を後にした。  
 ――彼女の体から聞こえる微かな電動音に、香穂子は気づかなかった。  
 
 
 下肢からの刺激に耐えながら、ゆっくりと冬海はステージの中央に進み出た。全身が鋭  
敏になっていて、ドレスの布地が肌に当たる感触にさえ、体が切なく疼いた。  
 観客席のいちばん前に座った音楽科の生徒が、手の中にあるものをわずかに持ち上げる。  
それは細長い形の機械だった。冬海は、一瞬、哀願するような視線を男に送った。だが、  
相手が口元に浮かべた笑いを見て、諦めたように視線を外す。  
 クラリネットを持ち直し、目を伏せて、呼吸を整える。  
 管楽器であるクラリネットに呼吸の乱れは致命的だ。もしも、途中で吹けなくなったし  
まうのだとしても――その時までは全力を尽くしたい。  
 体に埋めこまれたモノの振動に耐えながら、冬海は演奏を始めた。  
 星奏学院のコンクールは、課題曲がなく、参加者の楽器もバラバラという変則的なもの  
だ。各セレクションによってテーマが決まっていて、参加者はそれに見合った楽曲を各自  
で選択し、1分半に編曲しなければならない。  
 最終セレクションのテーマは『かけがえなきもの』。冬海は、クラリネット・ポルカを  
選択した。  
 それは香穂子の演奏に刺激を受けて、選んだ曲だった。  
 
 香穂子の演奏は自分とは違う。華やかで明るくて、聞いていて元気が出るような――ま  
るで香穂子自身そのもののような音だ。  
 その音に憧れて、彼女と同じ音を出したいと思ったこともあった。  
 けれども、今では違う。香穂子に香穂子の音があるように、冬海にも冬海の音がある。  
自分自身の音を追求したいと、そう思って選んだのがこの曲だった。  
 そうして、いつか……香穂子の隣に、肩を並べて立つことができたら。そんな望みを抱  
いていたけれど――。  
 冬海はもう、香穂子とともに立つことはできない。  
 だから。だからせめて、この最後の曲だけは…………――――――。  
 最後の音が、余韻を持って空中に消えていく。  
(終わっ……た?)  
 無事に吹き終えることができたのが、信じられなかった。  
 極限まで高められていた集中が解けて、忘れていた体の疼きが戻ってくる。それでも、  
最後まで演奏できたことの達成感が体を包む。  
 淡い微笑みを浮かべ、冬海はゆっくりと瞼を開けて客席を見た。  
 ぼんやりと潤んだ視界の中、客席の男が見せつけるように掌の機械を動かした。冬海の  
表情が凍り付く。  
(い、いや……!)  
 ――演奏が終了し、ひと呼吸おいて、会場が大きな拍手に包まれる。しかしそれは、す  
ぐに驚きの声に変わった。お辞儀をしようとした冬海が、突然全身をこわばらせたかと思  
うと、舞台に崩れ落ちたからだった。  
 
「冬海ちゃん大丈夫!?」  
 真っ先に駆けつけた香穂子が、冬海を抱き上げる。  
「……っ、っっ」  
 何かを我慢しているような表情で、冬海は固く目を閉じていた。その体は小刻みに振る  
えていて、驚くほど熱い。  
「やっぱり熱あるよ……。気分悪い? 立てる?」  
「どうしたんだ、冬海。具合悪いのか?」  
 香穂子の肩越しに、金澤がのぞき込んでくる。その後ろに他の参加者の顔も見えた。  
「誰か、冬海を保健室に――」  
 金澤の言葉を遮って、冬海は声をあげた。  
「……っあ、……平気……です。少し、休めば……よくなります」  
 体の中で暴れ回るモノに引きずられて、ともすれば蠢いてしまいそうな腰を、冬海は必  
死になって押さえつける。  
「駄目だよ、冬海ちゃん。一緒に保健室行こう?」  
「い、いえ……香穂子先輩は、まだ演奏が……」  
 
 力の入らない足を叱咤して、無理に立ち上がる。一瞬、バランスを崩しそうになったが、  
香穂子が支えてくれた。そのまま舞台袖まで歩く。客席から見えないところまで来て、安  
心のあまりにまた足の力が抜けそうになってしまったが、香穂子の手助けもあって倒れず  
にすんだ。  
「冬海さん、大丈夫?」  
「どうしたの?」  
 参加者や伴奏者が冬海の周りに集まって、口々に心配そうに問いかける。  
 顔を見られないように、深く深く俯いて、冬海は「すみません」と呟いた。  
「冬海ちゃん、演奏前から具合が悪かったの。でも、最後だから……」  
 香穂子が飲み込んだ言葉の続きを、その場にいた全員が正確に理解した。最後のセレク  
ションに対して思い入れを持っているのは、みんな同じだ。たとえ体調を崩していたとし  
ても、なんとしても演奏をしたいと願うだろう。  
「――だが、せめて俺に一言、言っておいてほしかったぞ。舞台の上でぶっ倒れちまう前  
に、さ」  
 椅子に座らせるとか、いくらでもフォローのやりようはあるんだから――と金澤がぼや  
く。いつもの軽口の延長のような口振りだったが、その瞳は思いのほか真面目な色をたた  
えていた。  
「すみません」  
「わ、わたしが、香穂子先輩に、無理を言ったんです……」  
 頭を下げる香穂子を、冬海が庇う。  
「……弾いてるときは…平気、だったんですけど……。き、緊張が、とけてしまって……」  
 
 体の中のモノは、また弱い振動に戻っている。だが、一度達した体は敏感になっていて、  
その微弱な刺激が逆に気が狂いそうなほどにもどかしい。  
「お騒がせして、すみません……。あ、あの、わたし、控え室で……着替えて、きます」  
「あ……うん、そうだね。楽な格好になった方がいいかも」  
 冬海の言葉に、香穂子が頷く。  
 着替えるとなれば、男性陣は手を貸すわけにもいかない。彼らは冬海を気遣いつつ、香  
穂子に後を託して散っていった。  
 香穂子に支えられながら、冬海は舞台裏へと向かった。そこから続く細長い通路を通っ  
て、右に曲がれば女子控え室が見えてくる。もちろん香穂子は、控え室まで冬海を連れて  
行くつもりだったが、通路手前で冬海は立ち止まり、それ以上の同行を謝絶した。  
「わたしは、だい…じょうぶです。……香穂子先輩、演奏前だし……集中しないと」  
「いいんだよ。冬海ちゃんを放っておく方が気になっちゃうもん」  
 わざと軽い調子でそう言って、香穂子は冬海を促す。だが、冬海は首を振って、その場  
を動こうとはしなかった。  
「頑張ってください……。わたし……そばで、応援していたかったけれど……」  
 冬海はぎゅっと香穂子の手を握りしめた。その熱い手に、香穂子は何も言えなくなる。  
 冬海の性格を考えれば、ここで無理に自分がついていったら、かえって引け目を感じて  
しまうだろう。冬海の足取りがしっかりしてきたこともあり、香穂子はそこで引き返すこ  
とにした。  
 
「……うん、頑張るよ。控え室の冬海ちゃんにも聞こえるように、精一杯弾く。だから冬  
海ちゃんも、ちゃんと休んでるんだよ?」  
「は、い……」  
 ぺこりと頭を下げると、ふらつく足を踏みしめながら、冬海は通路の奥へ消えていった。  
 
 
 冬海には予感があった。  
 控え室の扉の前に3人の人影を認めたとき、彼女はその予感が当たったことを知った。  
 だからこそ、彼女は香穂子がついてくることを頑なに拒んだのだ。  
 手の中のリモコンをもてあそびながら、斉藤がニヤニヤと笑う。  
「冬海ちゃん、お疲れさま。満員の観客の前で、イッた気分はどう?」  
 冬海は唇をかみしめる。  
(さ、最後……だった、のに……)  
「おやあ? 何だか不満そうなお顔ですこと」  
「俺たち優しいから、演奏している間は、ずっと弱のままにしていてあげたじゃん。それ  
に……」  
 大木は冬海の腕をつかむと、控え室の扉を開けて、中に引きずり込んだ。床の上に彼女  
を突き飛ばし、足首をつかんで大きく割り開く。  
「いや……っ」  
「ほーら、冬海ちゃんだって悦んじゃってるくせに」  
 ドレスという遮蔽物がなくなって、低いモーター音がはっきりと冬海の耳を打った。  
 
「あ……あ……」  
 押さえつけられた内股がぴくぴくと痙攣し、細くくびれた腰がゆらゆら蠢く。そこには  
ガーターベルトがつけられ、黒い革ひもが彼女の足の付け根に向かって伸びている。だが  
それは、ストッキングを止めるためではなく、彼女の体から突き出ているグロテスクな物  
体――バイブレーターを留めるために使われていた。  
「うわー、もうぐっちょんぐっちょんだ。バイブがテラテラと光っちゃって」  
「いやらしい汁が、太腿まで流れてきてるよ」  
「見られて感じちゃったの? 冬海ちゃんは淫乱なだけでなく変態さんなんだね」  
 いやいやをするように首を振って、冬海は耳を塞いだ。  
 彼女自身、自分が恥ずかしいほどに濡れていることは自覚していた。  
 下着すらつけることを許されず、誰かにわかってしまうのではないかと、どれほど冬海  
は怯えたことか。  
 ――だが、そうやって不安や羞恥を覚えるほど、冬海の体は敏感になってしまうのだ。  
「冬海ちゃんがこーんな太いおもちゃを入れて演奏してたなんて、日野やみんなが知った  
らなんて思うだろうね」  
「か、香穂子先輩には……」  
 言わないでくださいと、消えてしまいそうな声で呟いて、冬海は身を縮めた。  
 その間にも、バイブレーターはぶるぶると振動して、冬海を煽る。内側からジリジリと  
炙られているようで、冬海の焦燥感が高まっていく。  
 
「もぅ……外、して…くださ……い……」  
「え、外しちゃっていいの?」  
「ふぁあぁっ」  
 斉藤の手が、またリモコンを操作する。小刻みな振動が、大きく回転するものに変わっ  
て、冬海は大きく喘いだ。  
「ほーら、こんなに気持ちよさそうなのに」  
 すぐにまた振動は弱に戻されて、もどかしさに自然と腰が揺れてしまう。  
(いや……、わたし、わたし……)  
 体の奥底から湧きあがってくる甘い衝動に、冬海は怯えた。  
 あの日以来、男たちは何度となく冬海を抱いた。未熟な体を時間をかけて愛撫して、ひ  
とつひとつ、淫靡な悦びを覚えこませていった。  
 自慰すら知らなかった無垢な彼女は、男たちが与える圧倒的な快感に抗う方法を知らな  
い。嫌悪する心を裏切って、体は愉悦を求めて反応してしまう。  
「それとも、冬海ちゃんはバイブじゃなくて、こっちが欲しいのかな?」  
 冬海の前に、平井が腰を突き出す。大きくそそり立った男性自身を、快感に潤みきった  
瞳が捉えた。慌てて目を逸らす――その一瞬前に宿った欲情の色を、男たちは見逃さなか  
った。  
 堕ちる――。  
 彼らはそう確信する。  
 これまで、どんなに責め立てても、冬海は求める言葉を発しなかった。体はとろとろに  
蕩けているくせに、ぎりぎりの理性で男たちを拒絶してきた。  
 
 だが、何時間も性具で煽られ続けた冬海の思考は、すでに半ば肉欲に犯されている。そ  
のうえ満座の前で絶頂を迎えるという恥辱を受け、彼女の理性は崩壊寸前だった。  
「欲しいならあげるよ。奥まで突いて突いて、ぐちょぐちょにかき回してあげる」  
 耳元で囁かれた言葉に、冬海の背筋がぞくりと震えた。腰の奥がどくっと脈打ち、物欲  
しげに愛液がこぼれ出す。  
「それに――こっちも」  
 ドレスの上から、大木の指が触れるか触れないかの弱いタッチで、冬海の胸をなぞった。  
それは、より強烈な快楽を知ってしまった冬海にとって、じれったいばかりの愛撫だった。  
「揉みくちゃにして欲しいだろ? こんなドレスの上からじゃなくて、さ」  
「冬海ちゃんのイイところ、全部、可愛がってあげる」  
 斉藤の手が内股を這い上がっていき、ガーターベルトの革ひもを弾く。  
「……っ、あ、ぁ…っ」  
 冬海の体が戦慄いた。男たちの手を求めるように腰が浮き、胸を突きだしてしまう。  
 だが、彼らはすぐに手を引いた。  
「だめだよ、冬海ちゃん。欲しいならちゃんとおねだりしないと」  
「お願いします、入れてくださいってさ」  
「……っ」  
 冬海は唇を強く強くかみしめる。言葉を封じ込めるように。その瞬間、斉藤がバイブの  
振動を最大にした。  
「ぁあああ……っ」  
 
 陰茎を模した機械が激しくかき乱す。冬海の体を――そして、思考を。  
 背筋を何本もの電流が駆けのぼり、視界が白く明滅する。絶頂の訪れを感じて、体が期  
待に震える。  
 だが、頂点へと駆けのぼる途中で、唐突に振動は停止した。  
「あ……あ……」  
 冬海の腰があやしく揺らめいた。淫らな欲が理性を浸食していく。  
 物足りない。  
 欲しいのに欲しいのに与えられない快楽がもどかしくて切なくてもっと強い刺激を求め  
てそれだけしか考えられなくなる。  
「冬海ちゃん?」  
 また体の中でバイブがくねりだし、そのたまらない甘さから冬海は腰を振って逃れよう  
として――負けた。  
「ぁ……い、れ……」  
 だが、冬海が懇願の言葉を発しようとしたその瞬間、彼女の耳をヴァイオリンの澄んだ  
音が打った。控え室のスピーカーから聞こえてくるその音は、間違えようもない、香穂子  
の音だった。  
 
                                               <続く>  
 

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