「はぁー……」  
日野はふかぶかとため息をついた。  
そのため息に反応して、隣を歩いていた月森が心配そうに声をかける。  
「どうしたんだ、香穂子。なにか悩みでもあるのか?」  
「えっ……、う、ううん! なんでもない」  
言えるわけがない。  
日野と月森は登下校をともにする仲だ。  
それ以外にも男女のあれやこれやのステップを踏んで、いわゆる「オツキアイ」をしている。  
最初は良かった。月森は少し頑固な面もあったが、言っていることはいつも至極まともで  
日野は彼を真面目ないい人だと思っていた。  
しかし、深い関係になるにつれて、だんだん彼の態度が変わってきた。  
……言えないよ。  
 
二人は音楽科と普通科、別々のクラスである。  
じゃあまた、と別れて月森の姿が見えなくなると、日野はまたため息をついた。  
とぼとぼと歩く姿にも元気はない。そこへ、ぽこりと頭をはたかれた。  
「よお」  
「土浦君!」  
「どうしたんだよ、朝っぱらからしょぼくれた顔して」  
目線を上げれば、土浦のにっと笑った目がぶつかった。  
日野の表情は泣きそうなほどふにゃりと歪む。土浦君なら、相談に乗ってくれるかもしれない。  
「聞いてくれる……?」  
「あ? ああ」  
俺でよければ、という彼を日野は拝み倒したい気分だった。じーん、ときてしまった。  
だってこんなこと、誰に話していいかわからなかったから。彼はいい人だ。  
「最近ね、月森君が変なの」「あいつはある意味いつも変だろ」  
「違うの、いやまあそうだけど……そういう変じゃなくて、えーと、もにょもにょ……のこと、とか」  
「はぁ? なんだよそのもにょもにょって。はっきり言えよ」  
「あ、う……あのですね、えっ……ちの……ことなんだけど」  
 
「……………………ああ」  
「はじめは普通だったの。だってお互いはじめてだったし、たぶんごくごくオーソドックスなやつだったと  
 思うの。でも、私が痛がらなくなったあたりから、月森君次のステップに入るぞ、とかいって」  
「……それで?」  
「練習を重ねないとより良い解釈にたどりつかないとか、スーパー解釈をめざせとか……。  
 その他にも、縛らされたり、むちふるわされたり、踏まされたり……  
 このぶんじゃそのうちろうそくもやりかねない」  
「ちょっと待て、されたり? お前がされるんじゃなくて、お前がしてるのか? 月森に?」  
「うん。猫耳プレイさせられたときはびっくりしたわ。それは金やんの専売特許でしょ!」  
「いや日野、そのつっこみは違う」  
「月森君、コスプレ好きみたいなの。まあ、ナースもメイドも着てみたらけっこう可愛かったからよしとするけど。  
でね、次はスクール水着に挑戦だ! って、はりきってて。ここからが本題なんだけど……」  
「ああ」  
「この間、うちのクラス体育でプールの授業だったじゃない。  
水浴びに来てたファータを2匹ばかりつかまえてご機嫌で更衣室に戻ったら、なかったの」  
「何が?」  
「パンツもブラも! お気に入りのやつだったのに! あ、ほら、女の子って着替えのときとか  
 他の女の子の下着をさりげなくチェックするから、気合入れてかないとだめなのね?」  
「……それで?」  
「それで、着替えるに着替えられなくなっちゃって、でもいつまでもそうしてるわけにもいかないし、  
 とりあえずできるだけ水気ふきとって、水着の上から制服着ましたとも。  
 ……まさかBPで下着を買う日が来るとは思ってなかったけどね」  
「つまりお前、月森を疑ってるわけか」  
「だって、タイミングが合いすぎてて……本当は疑いたくなんてないけど、そういえば月森君  
 この間お前のそのブラジャーかわいいな、とか言ってたし。私のにおいかぐの好きだし」  
「……なるほど」  
「ねえ、どうしたらいいと思う? 直接訊いてみて、もし月森君じゃなかったらすごく失礼だよね!?」  
 
「……黙っとけば? 月森じゃないかもしれないだろ」  
土浦は言った。  
「黙っとく……」  
「だって、月森が犯人じゃなかったとしたら、追及するときまずくなるだろ。  
 逆に月森が犯人だったとしても、追及するときまずくなるだろ。  
 お前、もし月森が『すまない、つい出来心で盗んでしまったんだ』とか言ってきたら、  
 今までと同じ態度取れる自信あるか?」  
「う……ない」  
今までの変態行為は恋人同士であることを考えてなら、かなりぎりぎりではあるがまだ許せる。  
しかし下着泥棒は犯罪だ。万が一月森が変態的犯罪に手を染めていることを  
知ってもなお、変わらず月森とつきあっていくことは、日野にはできそうになかった。  
「だろ。だったら、ここはいさぎよく下着はあきらめて、今までどおり接しとけ」  
「そうか……うん、わかった。ありがとー、土浦君。土浦君に相談してよかった」  
「いや、気にすんなって。俺とお前の仲だろ?」  
「へへ、そうだね。じゃあ、授業始まるからもう行くね」  
「ああ、じゃあな」  
きびすを返した日野は知らない。土浦がこっそり笑ったことを。  
日野は知らない。  
土浦が「それにしても月森の野郎、俺の香穂になんてことさせてやがる」と  
打倒月森を心に誓ったことを。  
日野は知らない。この間の体育のとき、土浦のクラスは自習だったことを。  
日野は知らない。日野のお気に入りの下着は、今土浦の家のベッドの下に隠してあるということを。  
 
 

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