ほうれん草のキッシュ。  
ミートパイ。  
根菜のポトフ。  
びわのコンポートとジャムたっぷりのケーキ。  
そしてヤマモモ酒は大量に。  
 
「こんなもんかな」  
料理を用意し終わって、まくっていた袖を下ろす。  
「カディオったら張り切りすぎ!」  
「今夜は酔っぱらいの世話で夜更かしするんだから、手を抜けばいいのに〜」  
最近口うるさくなってきた補佐竜二人が文句を言うが、手を抜けないのは性分みたいなもので。  
今日は木竜家で寄り合いが開かれる。自分は飲まないが、飲み会は嫌いじゃない。  
「旨そうに食ってくれる奴らがいるからな。喜んでもらえるなら、ちょっとくらい大変でもいいさ」  
むくれる二人の頭をぽんぽんと叩いて、今度は遺跡の調査結果の資料をまとめにかかる。  
 
いつもどおり、話し合いが終わると夕食会という名の飲み会が始まる。  
用意していた料理にマシェルが持ってきてくれた料理が加わって、かなりな量になったが、  
竜術士八人(のうち主にランバルス、ミリュウ、エレの三人)と、木竜家の子竜たちによって  
これらの料理はことごとく消えてなくなるだろう。  
 
 
と、エレの睨み付ける視線に気がついた。  
ああ、俺がミリュウの隣なのがいやなのか……いや、ちがうか、自分がミリュウの隣に座りたいのか。  
俺は席を立って、何食わぬ顔でエレの隣に座る。  
こうすれば、自分を嫌っているエレは席を立つ理由が出来、さらに、空いた席−−ミリュウの隣に座れるというわけだ。  
進んでミリュウの隣には行かないだろうが(意地っ張りだから)、確実に席は立つ。  
そうすれば、ミリュウが気がついて隣に呼ぶさ。  
思った通り、嫌そうな顔をしてみせてから、そっぽを向いて席を立つ。  
そうだ、それでいい。  
俺は新たな隣人、ランバルスと談笑してる風を装えばいい。  
「あんたも苦労性だな」  
談笑しようとした相手−−ランバルスが苦笑した。  
どうやらこの人には見抜かれているらしい。  
「最初っから見てたのか。あんたも暇だな」  
「最初っからかどうかは分からんが。おまえらを見てると飽きないよ」  
「趣味が悪いぞ」  
「カディオに趣味の悪さについていわれるとはな(笑)」  
「……」  
このおっさんには敵わない。が、まあ、話し相手になってくれるならなんでもいい。  
ミリュウの歌声とエレの笑い声とから気を紛らわせてさえくれれば。  
 
「そんな景気の悪い顔をしてると、おまえんとこの子竜に気付かれるぞ。家では嘘でも楽しそうに、な」  
「嘘でも、か。あんたはしょっちゅう子竜に嘘ついてそうだもんな」  
「ははは。それでも素直に元気に育ってくれるんだ。子どもってのはありがたいものだな」  
そう言ったランバルスの顔は、俺にあんなことを言ったくせに景気が悪そうだった。  
「嘘なんてつきたくない。が、俺はどうしても子竜に自分の娘を重ねちまう。そんなこと、気付かれるわけには行かないからな」  
言いながら、ランバルスは俺のグラスのお茶を横取りして飲み干し、そこにヤマモモ酒を注いだ。  
「おい、俺は飲まな……」  
「ああ?俺の酒が飲めないってのか?」  
「目が据わってるぞ……そんなだからユイシィが酒を隠すんだ」  
「いいから飲めって。んで、嫌なことは忘れちまえ。うまいぞ〜このヤマモモ酒」  
「それはありがとう、だが俺は飲まないよ」  
このままだと無理に口に流し込まれかねなかったので、俺は再び席を立つ。  
そろそろ、子竜たちを寝かしつけなければならない時間だった。  
 
 
くらーい顔でメリアにお酌していた(させられていた?)ロイを引き取って、キーニとカラナとロットのことを頼む。  
ついでに空いた皿の片付けでもしようか、と思った所でノイがお茶を渡してくれた。  
「酔っぱらいの相手も大変でしょ、ほどほどにね」  
「ああ、ありがとう」  
「あら、いいのよ。今片付けたお皿だけ洗っちゃったら、私も寝るから。残りのお皿は明日の朝でいいからね。  
 無理して片付けないのよ」  
「わかったわかった」  
ロイもノイもしっかりしてきたな、と感慨にふけりつつ、受け取ったお茶を飲み下した。  
:  
:  
「どうだった!?ノイ!」  
「飲んだわよ、無味無臭のお酒入りのお茶!キーニたちを寝かしつけたら観察よ!」  
:  
:  
「あれ?エレさんとカディオはどこに行ったんだろ」  
「さっき、エレさんが外に出て行くのは見たけど……ちょっと、兄さん飲み過ぎじゃない!?」  
「あはははは、あと一杯だけ、ね、マシェル君!」  
 
 
 
「あんた以外の誰を好きになれって言うんだ」  
ノイとロイがこっそりカディオの様子を見ようと部屋を抜け出したとき、表から声がした。  
(今の声、カディオ?)  
(たぶん。酔っぱらってるみたいだけど)  
こそこそと話していたら、今度はエレの声がした。  
「何言ってるのよ、わ、わたしはあなたなんて」  
「あんたがどう思ってようと関係ない。嫌われてるのなんて分かってるさ」  
(ね、ねえ、聞いちゃいけないこと聞いてるんじゃない?)  
(で、でも、補佐竜として知っておくぎむとけんりがっ)  
「あんたが現れたのが悪い。コーセルテルに住み着いたのが悪い。ずっと俺の憧れのお姫様でいればよかったんだ、それを……」  
「あ、憧れって、あなた何言ってるの?」  
「急に現れたと思ったら、口は悪いし気は強いし、おまけにミリュウに一目惚れして……」  
(これ以上聞かない方がいいって!)  
(でも気にならない?この話の続き……)  
(そ、そりゃ……でも!)  
「それでも好きだった!今でも好きだ!あんたがどんなに嫌っていようと……そんなのおれにはかんけいない」  
「……カディオ」  
「だから、おでは」  
「は?」  
「おではおみゃえが……」  
……ばたっ。  
「ちょ、ちょっと!カディオ!?」  
「エレさん!」  
「カディオ倒れちゃったの!?」  
「え?あなたたちなんでいきなりそんな所にいるの!?」  
「僕の部屋から秘密の抜け道があって夜中にこっそり抜け出すときとか……ああ!そんなことよりカディオ!!」  
「カディオ!しっかりして!」  
 
 
「昨夜は本当に何もなかったのか?」  
ずきずきする頭を保冷石で冷やしながら、ロイとノイを問いつめる。  
「ごめんなさいっ」  
「ごめんなさい、カディオ!コーセルテルから出ていかないで!」  
最近、こいつらが謝るときはいつもこれだ。  
「出て行かん。出て行かんから、本当のことを言え」  
「……」  
「……」  
「ロイ!ノイ!」  
「……昨夜、お茶にお酒を混ぜて……」  
「それで?」  
「そこから何も覚えてないの?」  
「ああ」  
お茶を飲み干した所で記憶はぷっつりと途絶えている。  
気がついたらベッドの上にいて、酷い頭痛に襲われた。  
「だから……あのね、お茶を飲んで、そのまま倒れて、ベッドに運んで……おしまいっ」  
「本当にか?」  
子竜もエレ以外の竜術士たちも口をそろえてそう言うが、何か隠されている気がする。  
気になるのが、エレも飲み過ぎで記憶がないってことだ。  
じろり、と二人を睨むと、冷や汗をだらだら流しながら謝り続ける。……ちょっと絞りすぎたか。  
「もういい。ただし、二度はゆるさんぞ」  
「はいっ」  
「もうしませんっ」  
「……あんまり大きな声を出すな。頭に響く。もう一眠りするから、あとのことは頼んでいいな?」  
「うんっもちろんっ」  
「おやすみっカディオ!」  
そのあと見た夢には、初恋の肖像画のお姫様が出てきた気がする。  
 
−END−  
 
 
 

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