「……エレ?」
水竜家で一番遅くまで起きているリリックが、エレの不在に気付いたのは、もう日付が変わる直前。
多分近くにいるだろうと、家から出て水竜術を使う。
エレの気配は、滝壺のそばにあった。
開けっ放しになっていた扉にきちんと鍵をかけて、リリックは滝壺に向かう。
「また酔っぱらって泳いだりしてなきゃいいけど……」
とりあえず、保温石を持って行くことにした。外は、息が白くなるほど寒い。
エレはすぐに見つかった。
滝壺に足を浸して、岸辺に寝ころんでいる。腕で顔を隠して。
「……」
ちょっと、声をかけるのがためらわれるような雰囲気があった。
エレはときどき、こうして一人で落ち込んでいることがある。
それは、「いつか話す」と言われたまま、まだ教えてもらえていないエレの過去のことでなのか、
そうでなければ、カディオかミリュウがらみだ。
カディオやミリュウといる時のエレは、すごく空回りしているように見える。
カディオの前では負の感情をセーブできずに。
ミリュウの前では好意をうまく表せずに。
(仕方ないな)
雪が降ってきそうな寒さの中で、地べたに寝転がるのが体にいいわけない。
「エレ」
とりあえず、声をかける。が、エレは動かない。
「……エレ?」
そばによって、しゃがんで顔をのぞき込む。…………酒臭い。
また酔っぱらって、子竜に心配をかけて……。
リリックがため息をつきかけた時、エレの喉がひくっと鳴った。リリックは驚いて目を見開く。
「……エレ、泣いてるの?」
「……うるさい、わね。泣いて、なんか、いない……わ」
「泣いてるじゃないか。どうしたの?ねえ、エレ」
「うるさぁい!」
顔を覆っていた方と反対の手に持っていた酒瓶をぶん、と振り回すと、リリックの頭にクリティカルヒットした。
ぱりん、と酒瓶が割れた、が既に空だったのでリリックは酒をかぶらずにすんだ。
「あ」
エレが思わずがばっと起きあがる。
「リ、リリック!ごめんなさい、つい……け、けがは!?」
「大丈夫、何ともないよ」
打たれ慣れているためか運がよかったのか(いや、リリックに限って運がいいということはないか)、
破片でけがをすることはなかった。
「でも!」
「それより、エレ。昨日の寄り合いで、なんかあったの?」
「え……」
不意打ちの質問に、エレはリリックから目を逸らす。
「飲み会の途中で、いなくなったよね。ボクはみんなの料理作ったり運んだりで探しに行けなかったけど」
そのあと、カディオが探しに行ったとマシェルに聞かされて、カディオさんもよせばいいのに、と思ったのだ。
「…………」
「あのね、エレ」
黙ってしまったエレの手をとって、リリックがいった。できる限り明るく。
「エレがいなくなっちゃってから、ボク、酔っぱらったミリュウさんにキスされちゃったんだよねー。あ、ほっぺたにだよ?」
「………………え?」
「だからね、エレ。ボクのほっぺたにキスしてもいいよ、それで元気が出るなら」
エレは思いっきりきょとんとした顔をして、そして、笑った。
「なによ、それ。ふ、ふふっ、あはははははっ」
笑いと、涙が止まらなくなった。
なんて愛しいんだろう、この国に住む人々は。……カディオをのぞいて。
「ありがとう、リリック」
「元気、出た?」
「ええ、出たわ。でもついでだからキスしちゃおうかしら」
「そのお酒くさいのを何とかしてからね。ホラ、家に戻ろう?風邪引いちゃうよ」
塗れていたのは足だけだったけれど、水竜術で乾かして保温石を渡す。
「そっかー、リリックのファーストキスはミリュウなのねー」
「やっ止めてよエレ!事故だし!唇じゃなかったし!」
「ユイシィには秘密にしておいてあげるわ」
「『には』って何ー!!??」
そうして健気な少年水竜は、自分の竜術士に脅しのネタを握られたのだった。
大切な竜術士のために。
−お終い−