「こっちが痛み止めで、これが化膿止めだからねー」
机の上に並べられた薬草の数々。
それらを一つ一つ解説する木竜、ロイとノイの姿があった。
ここは地竜術士の家。
この家の主である、ランバルスが遺跡探索にて負傷し、姿を
ましたまま三日。発見されたのはつい前日の事だった。
木竜術士カディオに遣わされた、二人の木竜の向かいに座り
地竜ユイシィは、その解説を真剣に聴いていた。
「で、この林檎は僕達からのプレゼント!」
並んだ薬草の中に、異彩を放つ真っ赤な果実をロイが差し出す。
「これは…?」
「これはね、強力な睡眠薬がはいってるの」
木竜達は黒い微笑みを浮かべる。
「ランバルスさんが、無理にでも出掛けそうだったら、食べさせ
ちゃってね」
「カディオからも許可貰ってるから」
「あ…有難う」
その微笑みに一抹の不安を感じるが、これは必要だわ、と感じとり
素直に受け取る。
「でもさー、ユイシィも大変だよね。
たま〜に竜術士が家にいると思ったら、要看護な状態なんてさ」
頭の後ろで手を組みながら、ロイが言う。
「そんな事は…」
否定しきれない感はあるが…
「ご飯食べさせたり、体拭いたり…ラブイベント目白押しね♪」
「そんな事っ…!」
ノイの言葉に、一瞬で耳まで真っ赤にしてユイシィが叫ぶ。
―べ、別に腕は動くからっ!ご飯は一人で食べられるのよ?それは
その分怪我が軽いって事なんだから、残念なんかじゃ、残念なんか
じゃ…て、何考えてるのよ私!!そっ…そういえば師匠は昨日、ご飯
食べたらそのまま寝ちゃったけど…そうよね、三日も遺跡で倒れて
たなら埃だらけ。でも傷の手当ての時にカディオさんが拭いてくれ
たと思うし。でもでも、動けるようになるまでそのままなんて訳に
は行かない…わよ…ね…?
「じゃ、長居するのも悪いから私達、帰るわね」
真っ赤のまま硬直するユイシィを余所に、二人の木竜達は
帰り支度を始める。
「「じゃ〜ね〜♪」」
呆然としたまま二人を見送るユイシィに、その木竜達が浮かべる
黒い笑みに気付く余裕は無かった。
「おーい、ユイシィ!」
自室より響くランバルスの声に彼女は我に還る。
慌てて返事をして、師匠の部屋へと急ぐ。
「ど、どうしました…?」
ランバルスはベッドの上で半身を起こし、片手を上げて挨拶する。
「おう、話し中にすまないな」
「いえ、ロイとノイは、帰りましたから…」
心臓は大分落ち着いてきた。だが…
「そうか。なら悪いが、洗面器とタオル用意してくれないか?
体、拭きたいんだが…」
その言葉に再びユイシィの頭に血が昇る。
「…?どうした?」
「な、なんでもないです!すぐ用意しますねっ」
赤い顔を気取られない様、慌てて踵を返す。そんな教え子をランバルスは不思議そうに見送った。
―な、何もこんなタイミングでこんな事頼まなくっても!
洗面器に水を溜め、タオルを浸す。
水の冷たさで、少し冷静に慣れた気がした。
一つ深呼吸をして鼓動を沈めると、洗面器を抱えて廊下を歩む。
―そうよ。私が動揺する事なんて何も無いんだわ。
師匠は自分でやろうとしてるんだし。
…でも、足はまだ動かせないんだし、隅々まで綺麗にするのって大変…………
隅 々 っ !?
またまたカァッと血が昇る。
考えを巡らすうちに思わず想像しそうになったナニかを
吹き飛ばす様に頭を振っていると、背後でガチャリと音がした。
ハッとして振り返ると、自習室から出て来たロービィと目があう。
「ユイシィ…?どうしたの?」
ロービィにしたら、木竜達がまた、ユイシィに余計な事を
吹き込んだであろう事は、一目瞭然であったのだが。
「ロービィ…」
しばしの沈黙。
そして、今度こそユイシィは心底冷静になった。
ふぅと溜息をつき、洗面器をロービィに手渡す。
「ロービィ、師匠が体拭きたがってるから。手伝ってあげて。」
いつもの様にキビッと言い放つユイシィの頬は、今までの
狼狽ぶりに対する照れか、微かな赤に染まっていた。
台所にて。夕食の支度をするユイシィはもう一度溜息をつく。
足元で、お手伝いをしようとチョロチョロしていたリドと
クレットが不思議そうに見上げる。
「あ…何でもないのよ」
―勿体なかったかな…なんて…そんな事っ…!
地竜術士ランバルスの一番竜は、まだ少し挙動不審だった。
了。