「お逃げください! 姫様っ!!」
血まみれで、背中に深い刀傷を負ったまま、
それでも最期の力を振り絞って叫んだのは、年老いた侍女頭だった。
エレが幼い頃から城に仕えていて、
優しくて厳しい、もう1人の母のような存在だった。
彼女はそう叫んでエレを隠し通路へと続く扉の中に押し込めた。
そしてその直後に、厚い扉を通して、
争うような物音、金属のぶつかり合う鋭い音、人の悲鳴が聞こえた。
(ばあや……!!)
それらが何を意味するのか、エレには分かった。
悲鳴をあげそうになる喉を押さえつけて、もつれそうな足で隠し通路を走った。
逃げなければならない。
ここでつかまれば、ばあやの命を無駄にしてしまう。
どうにか、生き延びなければ……!!
けれど、通路を走り出したものの、
エレはどうすればいいのか、どこへ逃げればいいのか分からなかった。
彼女の国は、隣国と長い間戦争をしていた。
精霊術士が戦争に力を貸してくれることになり、
きっと戦争はもうすぐ勝利の形で終わるだろうと信じていた。
だが、突然、敵軍が城に攻めてきた。
これは一体どういうことなのか。
今まで戦地は国境付近に限定されていた。
これだけの数の兵が、どうやって国の中心部にある城まで来たのか。
誰かが手引きでもしたのか、それとも、わが国が精霊術士を使おうとしたように、
敵国でも何らかの術を使う者を味方に引き入れたのか。
いやそれよりも、契約をしたはずの精霊術士たちは何故助けにこないのか。
一体何が起こったのか、エレは事態を正確に把握できていなかった。
ただ分かるのは、逃げなければいけないということ。
生き延びなければいけないということ。
ただそれだけの思いを胸に、隠し通路をひた走った。
隠し通路は、万が一の時、城の外へ安全に逃げられるようにと造られたものだ。
通路は、迷路のように入り組んでいた。
けれどその構造は、幼い頃よりエレの頭の中に叩き込まれている。
まさか実際に使う日が来るとは、思ってもいなかったけれど。
(父様……母様……姉様……!!)
エレは走りながら、彼らのことを考えた。
彼らは無事だろうか。
走りながら、この隠し通路の構造を頭に思い浮かべた。
今エレがいる位置は、姉の部屋近くにある入り口に、とても近かったはずだ。
(姉様……!)
本当は、なりふり構わずただ逃げるべきだと分かっていた。
けれどエレはそれができなかった。
姉の部屋へ寄って、彼女も連れて逃げようと思った。
姉がすでに逃げて、部屋がもぬけの殻になっているならそれでいい。
それが確認できたなら安心して逃げられる。
あとで前もって決めてある離宮で落ち合えばいいのだ。
エレは姉の部屋の方へ向けて、隠し通路をひた走った。
隠し通路には、万が一に備えて色々な仕掛けが施してある。
万が一敵兵がこの中に来たときのことも考えて、所々の壁の中に武器も隠されていた。
エレはその中から、細身の剣を抜き出した。
剣の扱いは得意だった。
剣を振るうなど姫らしくないと、ばあや達には散々渋い顔をされたが、
思わぬところで役立ちそうだった。
剣を片手に、姉の部屋へと続く扉にそっと近づく。
このむこうは、敵兵でいっぱいになっている可能性もあった。
大きく争うような物音は聞こえてこないが、慎重にいかなければいけない。
姉は無事なのか。すでに逃げているのか。
エレはそっと隠し通路から続く扉をうすく開いた。
「…………!!」
扉の隙間から見えた光景に、エレは息を呑んだ。
もとはそこは、姉のサロンだった部屋だ。
南向きで窓の大きなつくりのその部屋は、いつも薫り高い花が飾られ、
レースのカーテンやテーブルクロスが優しく風に揺れていた。
姉はいつもソファに座って、紅茶を飲みながら、
編物をしたり、読書をしたりしていた。
美しくたおやかな姉は、まさにお伽話に出てくるお姫様のようで、
そこにいる姿は、一枚の完成された絵のような美しさだった。
その場所が、無残に荒らされていた。
窓は割られ、レースのカーテンはただのぼろきれとなってぶら下がっていた。
テーブルも椅子も蹴り倒され、ソファは切り裂かれていた。
兵が持ち込んだと思われるランプの明かりに、
荒れ果てた部屋が揺らめきながら映し出されていた。
そして────。
数人の──いや、十人以上はいるであろう兵士が、
塊のように一ヶ所に群がっていた。
はじめは、その男どもの姿ばかりで、何が起こっているのか分からなかった。
けれど、その塊の中にいた男の1人が動いたときに、床に投げ出された白い腕が見えた。
その白くなだらかな腕は、姉のものに違いなかった。
姉に、何人もの男が群がって──何をしているかなど、考えなくても分かった。
「──────おまえらあぁぁぁ!!」
頭の中で、何かが焼き切れたような気がした。
獣のような叫び声をあげて、エレは部屋に飛び込んでいた。
姉に群がる男どもに向けて剣を振り下ろす。
血飛沫が飛んで、一気に3人を殺した。
そのまま剣を振りつづけ、何人も斬り殺す。
エレにひるんだ男たちが、群がっていた場所から少し離れ、姉の姿がはっきり見えた。
美しかった姉は、この部屋と同じく、無残な姿に変えられていた。
おそらく意識はないのだろう、姉はぐったりと目を閉じて倒れている。
殴られたのか、頬は紫色に腫れあがっていた。
服は切り裂かれ、その美しい肌のそこかしこに、血と精液がこびりついている。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
姉のその姿を目にして、エレは何も考えられずに、夢中で敵兵に斬りかかっていった。
1人、2人と、男たちを殺していく。
けれど、いくらエレが剣が強くても、力でも人数でも分が悪かった。
「あっ!」
疲労から、エレの剣が鈍ったその一瞬の隙を突いて、敵兵に剣を弾かれた。
そうなってしまえば、もう腕力で適うはずもない。
エレはあっという間に、敵兵に床に押さえつけられた。
「離せ! 離せ!!」
渾身の力で暴れるけれど、まだ幼い少女が武器もなく、抗う術はない。
「いい服来てやがるな。逃げたもう1人の姫って、こいつか?」
「姫にしちゃ威勢がいいな」
「自分から飛び込んできてくれるとはな」
エレのまわりに、続々と男が集まってくる。
床に押さえつけたエレを上から見下ろしながら、下卑た笑みで笑った。
「あのお姫さん1人で俺らの相手してもらうんじゃ、足りねえからな。
ちょうどよかったじゃねえか」
「いやだ! いやだ!! 離せえぇぇぇ!!」
エレは泣き叫んで暴れた。
けれど、押さえつけられた手も足も、まるでびくともしなかった。
泣き叫ぶ姿を、さらに楽しいとばかりに男達は笑いながら、
エレの衣服を切り裂いていった。
「むこうのお姫さんに比べると、あんま育ってねえな」
「そうか? 俺はこういうほうが好みだけどな」
「おまえは変態だからな」
嘲りながら、まだ幼いエレの肢体を蹂躙していく。
まだあまりふくらんでいない乳房に吸い付き、幼い膣の中に指を突っ込む。
「うわあぁあぁぁ! 離せ! やめろぉ!」
泣き叫びながらも、エレの頭のどこか一部は冷静に状況を判断していた。
この男達は、エレも姉もすぐに殺すつもりはないらしい。
それならば、少なくとも嬲られている間は、生かされているということだ。
その間に、誰かが助けにきてくれれば──。
それだけがわずかな希望だった。
城にこれだけの敵兵がいるということは、自国の兵はほぼ壊滅状態にあるのだろう。
同盟国が援軍を出すとしても、すぐには無理だ。
だが、契約を交わした精霊術士が来てくれれば──。
それだけが、エレの希望だった。
たとえ数人であっても、精霊術士の力は強い。
敵兵を一掃することくらい訳はないだろう。
たとえ嬲り者にされたとしても、なんとか生き延びて、敵を殲滅させることができれば。
エレはくちびるを噛み締めた。今は耐えなければいけない。
自分のためにも、姉のためにも、国のためにも。
「──────っ」
「なんだあ? 急に静かになりやがって」
叫ぶのをやめたエレを、不思議そうに押さえつけている男が覗き込んだ。
臭い男の息が、顔中に降りかかってくる。
それを硬く目を閉じてエレは耐えた。
ほんの数時間、耐えればいいのだ。そうすれば、きっと。
だがそんなエレを、男達は嘲笑った。
「お姫様は健気に耐えるつもりか、泣かせるねえ」
「でも泣き叫んでくれなきゃ面白くねえよな」
「ははは、そりゃそうだ、マグロ女なんざ花街にいくらでもいるからな」
「じゃあ、お姫様が泣きなくなるようなことを教えてやろうか」
男がエレの耳元に顔を寄せた。
「助けが来るのを期待してるのかもしれねえが──助けはこないぜ。
この国の兵士はみんな皆殺しにしたし、
精霊術士どもは、おまえらを裏切って、俺らの側に付いたからな」
「────なっ!!」
エレは硬く閉じていた目を見開いた。
この男は、なんと言った? 精霊術士は、裏切ったと?
「かわいそうになあ、どんなに耐えたって、助けはこねえぜ」
「まあ死ぬまでせいぜいかわいがってやるからよう」
「死ぬ前に天国も見せてやるしな!」
男たちの嘲笑う声がエレに降ってくる。
エレの身体が震えた。
さっきまでは、耐えられると思った。希望があったからだ。
けれど、今、希望は打ち砕かれてしまった。
精霊術士は助けにこない。
それなら──それなら、エレも姉も、ただここで嬲り者にされて殺されるだけだ。
そんなのは、耐えられない!!
「いやあああぁぁぁぁ!!」
エレの口から悲鳴がほとばしった。
どうにか逃れようと、懸命に身をよじって手足を動かそうとした。
そんな抵抗は、男たちには楽しみを増やす余興程度でしかなかった。
下卑た笑いが深くなる。
自分の身体を這い回る男の手や舌が気持ち悪くてたまらなかった。
もう助けがこないのなら、いっそ死にたかった。
だが、舌を噛もうとしたとき、それも見越していたのか、
顎を掴まれて、口の中に無理矢理肉棒を入れられた。
「ぐ……っ」
顎が外れそうなほど口を開かされて、窒息しそうなほど口の奥まで突き込まれて、
舌を噛むことができなかった。
そして、のしかかる男が、そそり立つ一物をまだ幼いエレの性器に無理矢理ねじ込んだ。
「ひいぃぃぃ!!」
身を引き裂くような痛みがエレを襲った。
処女のうえ、あまり濡れていないところに突きこまれたのだ。
破瓜の血だけでなく、膣がわずかに裂けて血をにじませていた。
そのまま、エレのことを気遣うこともなく、腰を激しく突き動かされた。
この痛みで、死んでしまえればと思った。
そうすれば、もう楽になれるのに。
腰を動かしていた男は容赦なくエレの中に射精した。
一人が終われば、すぐに次の男がエレを犯した。
「いやああぁぁぁ!!」
それを何人繰り返されたのか、もう数えることも出来なくなっていた。
男に突き上げられるたび反射のように悲鳴をあげるけれど、
その声も掠れてもう出なくなりそうだった。
そのときだった。
「……エレ!!」
不意に、声が聞こえた。男たちの下卑た声とは違う──美しい、姉の声だった。
その瞬間、エレにのしかかっていた男が脇へなぎ倒された。
「……姉様……」
エレは呆然と見上げた。そこには姉が立っていた。
髪は乱れ、服は破かれ、体中に男たちの体液をまとわりつかせた姿で、
それでもそこに姉が立っていた。
男たちもまさか姉が反撃してくるとは思わず油断していたということもあるだろうが、
その細腕のどこにそんな力があったのかと思う強さで、
姉はエレのまわりにいた男たちをなぎ払っていった。
エレはただ呆然と、その姿を見ていた。
エレが最後に見た彼女は、気を失って床に倒れていた。
いつ目が覚めたのだろう。身体は大丈夫なのだろうか。
エレがずっとぼんやりしていると、姉は彼女の腕をきつく掴んで、
引きずるように部屋の隅へと連れて行った。
隠し通路への扉がある場所だ。
そして、エレだけを隠し通路に押し込めると、その扉を閉めた。
ガシャンと、鍵のかかる大きな音に、エレは我に返った。
「……姉様!」
通路には、追っ手が来られないように、
扉を閉めたらもう開かないようにする仕掛けがいくつかあった。
おそらくそれを動かしたのだろう。
2人ともが隠し通路に逃げたのなら、すぐに追っ手がかかるだろう。
だが、片方がむこう側に残ることで、しばらく時間が稼げる。
そのために、姉はエレだけを隠し通路に入れ、自分は敵兵のいるあの部屋へ残ったのだ。
「姉様! 姉様!」
泣きながら、エレは扉を叩いた。
けれどもう扉は開かない。
扉の向こうで、一体どんなことが起きているだろう。
下賎な男たちと、たった一人残された姉──。
想像など、たやすくついた。
「姉様……!」
ずるずると、扉に拳を当てたままエレはその場に座り込んだ。
大粒の涙がいくつも落ちてゆく。
だがすぐに涙をぬぐうとエレは立ち上がった。
(ここで、立ち止まっていてはいけない)
いくら隠し通路でも、やがては敵兵がやってくるだろう。
このままこの場所にいたら、つかまるのは時間の問題だ。
それでは、最後の力を振り絞った姉の心を無駄にしてしまう。
今エレにできることは逃げること。逃げて、生き延びること。それしかなかった。
まっすぐに立てば、膣から、先ほど注がれたばかりの男たちの精液が腿を伝って落ちた。
破られたばかりの膣は、激しい痛みを訴えていた。
けれどそれでも、エレはその場に座り込むことも倒れることもなかった。
まっすぐに立ち続けた。
破かれて身体の端にまとわりついているだけだった服の切れ端で、乱暴に股をぬぐった。
(逃げなければ。逃げて、生き延びなければ)
その思いだけが、エレを奮い立たせていた。
それでも身体は自由にならず、壁に肩をもたれかけながらではあったけれど、
エレは通路を歩き始めた。
【終】