「お姉ちゃん、またね・・」
その言葉で彼女は振り返り、軽い笑顔を見せた。
僕はその顔を、その表情を、目の裏にはっきりと焼き付け、照らし合わせた。
間違いなかった。間違えるはずも無かった。ようやく見つけたのだ。
「さあ、行きましょう」
頭上から女が言った。
(そろそろ、この女も用済みだな)
ちらり、と女の顔を見つめる。しかしまだ殺すわけにはいかない。もう少し生きていてもらう必要がある。少なくとも、肉体的には。
二時間後、僕はホテルを抜け出していた。
部屋には、全裸を曝け出したままの女教師が残されていた。
「随分遅くなっちゃったなあ・・」
ノランと名乗る記者と、一日街を回り、質問に答えた帰り道。
しかし、やはり私の記憶には、肝心な部分が戻ってこない。教授の、催眠による記憶回復にしても、本当に効果があるのか分らない。
カツッ・・・
思案する頭の中に、小さな雑音が入った気がした。
「?」
それが何であるか、徐々にはっきりして行く。
カツッッ
足を止める。分った。足音だ。私が止まると同時に、その足音も止まったのだ。
・・つけられている?
私の足元から、一気に恐怖が上ってくる。なりふりかまわず、私は近くの店の扉を叩いた。しかし反応は無い。
顔を上げると、同居人で、保護者でもある女性・ヘレンの勤める大学が目に入った。
(そうだ、この大学は)
周りをもう一度見回すと、私は門をくぐって行った。
仮面を着ける。巨大な鋏を握る。
血液が体内で沸騰するような感覚。唇の端から漏れる呼吸。自分はやはり悪魔なのだと実感する瞬間だ。
扉を強く叩く音が聞こえてきた。見るまでもない。
不意に、驚かしてやろうという気持ちが沸いてきた。足音も立てず、距離を取りながら標的の背後に素早く回る。
「変質者かな・・?」
間抜けな言葉と一緒に出てくるガードマン。瞬間、視界は薄汚い紅で覆われた。
「きゃああああっ!」
悲鳴が聞こえた。ああ、ようやく聞けた、この声を。1年もの間ずっと聞きたがっていた声を。
少女の見開いた目は、僕にとってはあまりに扇情的だった。今すぐ、その身体に流れる血を見たい欲望に駆られた。
けれど。
僕の一瞬の躊躇の隙に、少女は建物内へバタバタと駆け込んだ。もちろん、僕もすぐ後を追う。
「あれ?」
廊下に、人の姿は無かった。
どこかの部屋へ逃げ込んだか。それとも、近くに隠れているのか。僕は辺りに目をやりながら、それでいて大胆に歩を進めた。
「逃げられないのに」
言い終わりも待たずに、背後から派手な物音がした。背後には・・ロッカーがあった。
振り返ると、ちょうど少女がロッカーから出てくるところだった。
隠れていたなら、何故こんなすぐに出てくるのか?
疑問はすぐに晴れた。少女が入り口の扉に手をかけたからだ。
「無駄だよ、ジェニファー」
開かない!何故なの?
扉は開かなかった。たった今、入ってきたばかりだというのに。・・シザーマンがかけたのだろうか。
振り返れば、仮面の向こうで笑われた気がした。前にも後ろにも逃げ場はない。奴は絶体絶命の私を笑ったのだろうか。
「無駄だよ、ジェニファー」
突然自分の名前が呼ばれた。その声は妙にくぐもっているせいで、年齢も性別も分らない。
「な、ぜ・・私の名前を?」
答えは無かった。巨大な刃が、目の前に少しずつ迫ってくる。
「ひっ」
鋏が突き出される瞬間、私は尻餅をついた。切られた数本の髪の毛が目の前を舞う。しかしすぐに凶器は角度を変え、私
の眼前に迫った。身体は全く動かない。腰が抜けてしまったようだ。
「きゃああああっ!」
ありったけの悲鳴を上げながら、私は死を覚悟した。
しかし意外なことに、死の瞬間はなかなかやってこない。かといって、目を開けるのも恐ろしかった。その時こそ、私を
殺すつもりかもしれないと言う恐怖があったからだ。
結局私は目を閉じたまま、震えていた。
永遠かと思える時間が続く。
と、不意に鼻先の空気が揺れた気がした。
ついに来たと、私は再び心を決める。今度は確かに、鋏の動く音が耳に入ってきた。
「・・っ!」
その瞬間、とうとう私は目を開けてしまった。
鋏を突き出す。しかし、まだ殺す気は無かった。あれから一年もの間、この時を待ったのだ。すぐに終えてしまうのはもっ
たいない。
「きゃあっ!」
刃は、ジェニファーの右肩を小さく突付いた。その部分に、服の下からすぐに暗めの赤が現れる。
顔色を失ったジェニファーは、さらに小さくうずくまり、肩を震わせた。その目には、怯えの色しか見えない。
「ジェニファー」
・・ああ、ダメだ。それ以上僕を悦ばせないでよ。
体中で暴れ狂う血液が、僕に興奮を認識させる。腕が、指先が、まるで沸騰しているかのように熱を上げる。
「お・・願い。たすけて・・!」
顔を隠すようにしながら、懇願するジェニファー。それは、ついに僕の中の最後の糸を切った。
ドンッという音が、人気のない夜の大学に響き渡った。欲望を抑えきれなくなった僕が、鋏を放り出し、ジェニファーの
身体を入り口の扉に強く押し付けた音だ。
「な、なにっ!」
「ジェニファー、忘れたのかい、僕を」
「えっ?・・・ひゃっ!」
仮面の下半分をはずし、僕は少女の肩に唇を寄せた。甘く、それでいて苦い鉄の味。
「やめっ・・」
僕の身体を離そうとジェニファーはもがく。その抵抗すら、僕には楽しくて仕方が無いのに。その上、肩の傷のせいか、
僕を突き放す程の力は、もはやジェニファーにはない。
唇を、やがて首筋へとずらして行く。母より、そして立場上、僕の担当をしている孤児院の女より、遥かに張りのある、
美しい肌。
僕は確かに、最上の獲物を手に入れたのだ。
右の肩が、痺れるような熱い痛みを短いリズムで伝えてくる。それと同時に、血と共に力が抜けて行くような感覚。
「ひっ」
首筋に、何か生暖かい物の感触があった。それがシザーマンの唇だと気づく頃には、粘着質で熱い物に首筋を触れられる感覚に、私の思考は捕らわれていた。
「いやっ!」
首筋を舐められていたのだ、あのシザーマンに。そのおぞましさは、一瞬で私の全身に寒気を走らせた。
震えながらも、私は自分の両腕に力を込めていく。状況を悟ったのだ。このままいけばどうなるか。
が、いざ動き出そうとした瞬間、突然両腕が押し返され、壁にぶつけられた。
「いった・・・ひっ!」
目を開けば、目の前にシザーマンの顔があった。もちろん、仮面に覆われてどんな表情なのかは分らない。だが、目が合っていることだけは分った。
次の瞬間、私の唇に触れるものがあった。それが口付けだと分るまで、数秒かかった。
「僕を思い出してよ。・・ジェニファー」
先ほどとは違う、まともな人間の声。
深いところに沈み込んでいた記憶が、一気に目の前へ現われたようだった。
「なん・・で・・あなたが・・・?」
信じられないといった表情で彼女は言った。僕の唇が胸の辺りまで来ているというのに、驚きのせいかジェニファーは抵抗すら見せない。
「死んだと思ったのかい?僕はボビーとは違うよ」
年のわりにふくよかな胸にキスしながら僕は答えた。
「そ・・んな・・・」
怯えの表情が、絶望に変わって行く。それに伴い、僕の股間も一気に膨れ上がる。
「そう。その表情だよ。もっと見せて」
いつの間にか僕の呼吸は荒くなっていた。あの女教師を嬲りものにした時よりも、遥かに強い興奮。止めどなく欲情が湧 き上がり、自制のきかない感覚。
それは1年前の、あの悪魔の宴を思い出させた。
「い、いやあっ、離してっ!」
喉を振り絞るような悲鳴。そして最高の表情。
僕は歓喜し、両手で一気にジェニファーの服を破り捨てる。現れる白い柔肌を、感情のままに触れ、掴み、愛撫する。
ジェニファーの発狂したような抵抗。元々狂っていた僕はそれを笑いながら受けながらも、少女を隠すものを次々に引き裂いていった。
しばらくすると、僕の眼前には、体中に引っかき傷をたくさんつけた全裸の少女がいた。
白の上に赤を散りばめた様な肌は、美しく、僕の目を釘付けにした