アクセルを踏む足に、知らず知らずの内に力が篭る。一キロ、一メートルでも速く、あの屋敷から遠ざかりたかった。  
 一体、何故こうなったのだろう。何故、あんな光景を見ることになったのだろう。  
 深夜だというのに、少女・ジェニファーの顔は一部の隙も無いほど締まっていた。  
 
 その日は、記念となる日のはずだった。  
 その建物は町から随分と遠かった。そのためジェニファーは長い距離を歩いた。しかし苦ではなかった。これからの未来に、小さな不安を抱えつつも、大きな期待をしていたからだ。  
 (だが実際に、屋敷で待っていた事は・・・)  
 ジェニファーは、首を大きく振った。  
 (今は考えても仕方ない。あんな怪物に私が勝てるはずない。今の私にできることは、一刻も早く町まで行き、警察を呼ぶことだ)  
 そう、自分に言い聞かせても、ジェニファーは友人への罪悪感を捨て切れなかった。  
 そしてその葛藤が、結局、車の速度を上げる事へと繋がっていた。  
 
 
 車の後部座席を、ジェニファーは何故確認しなかったのか。  
 その身体には似つかわしくないほど、大きな鋏を持った、恐ろしい容貌の殺人鬼・シザーマン。シザーマンはその醜い顔をゆがめながら、今か今かと、後部座席で襲い掛かるタイミングを見計らっていた。既に二人の乗った車は、屋敷からは大分離れている。  
 姿を現すには絶好の時だと、シザーマンは判断した。すうーっ・・と鋏をゆっくりと持ち上げて行く。ジェニファーの目を意識してのことだった。  
 バックミラーに大きな鋏がはっきりと写りこんだが、ジェニファーは気づかなかった。慣れない運転のためか、バックミラーなど見る余裕が無かったからだった。  
 すぐに気がつくだろうと思っていたのに、いつまでもジェニファーは気づかない。それに業を煮やしたシザーマンは、シャキンシャキンと音を立てた。  
 さすがに、ジェニファーも背後の存在に気がついた。  
 (ようし!)  
 と、内心で喜びの声を上げ、満面の笑みを浮かべるシザーマンだったが、その顔はすぐに驚きの表情へと変わって行った。  
 鋏に驚いたジェニファーが、慌てて変な方向へとハンドルを切ったためだ。  
 「キャアアッ!」  
 「ウオオオオッ!!」  
 ジェニファーの悲鳴とほぼ同時に、車は木に正面から激突した。  
 
 そこから、話は意外な方向へと転がって行く事になる・・  
 
 
 先に目を覚ましたのはシザーマン・ボビーの方だった。まだ夜は明けておらず、そこに誰かが来た様子も無い。ボビーはすぐに、不死身の肉体を誇るように立ち上がった。  
 一方、人間の肉体を持ったジェニファーは、一目で分るほどの酷い怪我を負っていた。  
 (しかし、息はある)  
 シザーマンは、一思いに止めを刺そうと、鋏に手を伸ばした。  
「あ」  
 鋏に手を伸ばしたものの、それは既に、鋏だと分らないほど拉げていた。  
 シザーマンがシザーを持たなければ、一体何だというのか。  
 仕方なく、ボビーは自らの腕で、ジェニファーを絞め殺すことにした。非力な殺人鬼とはいえ、重体の娘を殺すことぐらい、そう難しいことではない。  
 ボビーはジェニファーの首に手を伸ばした。  
 夜の冷たい外気に触れながらもジェニファーの首は、ボビーにとって、生きた人間の温かさを感じられるものだった。  
 ふと、鼻につく匂いがあった。よく覚えている匂い。ボビーはそれが何と分る前に、母・メアリー・・その体温を思い出した。  
 悪魔とはいえ、不完全体のボビーにとっては、少し感じるところがあった。  
 両手は、いつの間にか首ではなく、その下、乳房をまさぐり始めていた。  
 
 (暖かい・・)  
 ボビーはやがて、ジェニファーの胸に顔を埋めた。  
 その懐かしい心地よさと感触に、ボビーは酔ってしまっていた。  
 今より幼い頃の、わずかな母の思い出。メアリーの愛情や期待は、そのほとんどが完全体のダンに向いてしまっていた。  
 ボビーにとって、母は近くて遠い存在だった。  
 ・・・そんなもの、殺人鬼にはいらないものの筈だ。  
 だが確かに、ボビーは今、母を求めるただの少年へと戻ってしまっていた。  
「ジェニ・・ファー」  
 (確かそんな名前だった)  
 柔らかく、しかし未だ幼い胸に頬を寄せながら、ボビーは微笑んだ。  
 それは、とても殺人鬼とは思えない、無垢な微笑みだった  
 
 やがて胸だけでは飽き足らず、全てを欲しがるように、ボビーは身体をこすりつけた。ジェニファーの身体は、どこも温かかった。  
 まだ小さく、その使い方すらよく知らないペニスにも、自然に興奮が伝わり、大きくなって行く。  
 「ジェニファー、ジェニファー・・」  
 うわ言のように呟きながら、ボビーは自分の興奮を、ジェニファーの太ももの付け根に寄せた。  
 それがどういった行為かも分らずに、気持ち良さと、興奮だけを求めて。  
 (何で、何だろ、何だろうこれ?)  
 まるで、小便の出る時のような、せり上がって来る感覚。それを感じながらも、止められない体の動き。  
 「あ、ああっ!」  
 その瞬間、ボビーの股間から白い液体が飛び出した。  
 それは円を描き、ジェニファーの頬を濡らした。  
 ボビーは漏らしてしまったと錯覚したまま、意識と、力を失った。  
 
 
 明くる朝。  
 森で二人の死体が付近の住民によって見つけられた。  
 一人は、十代半ばの黒髪の少女。もう一人は、まだ幼い子供だった。死因は車の事故によるものだった。少女の顔には精液がついていた事 から、どこかから逃げてきた可能性が考えられた。  
 ただ、子供の方に関しては、死因など分ろうはずも無かった。  
 それもそのはず。  
 その身体は、風でも吹けば飛びそうなほど軽い、白骨だったからだ。  
 後になっても、その白骨の身元は分らなかった。だが、驚くべき死亡時期は判明した。何と今から九年も前だというのだ。九年間も、一体、どこに保管されていたというのか。  
 少女に抱きついたまま見つかった子供の骨の正体。その謎が明らかになる事は永遠になかった。  
 
 そして、クロックタワーの秘密も・・・  
 
 
隠しエンディングI  

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