「はっぐしゅん!!」  
悪鬼の規格外品でも風邪はひく。  
数年ぶりに体調を崩した仁は引き始めの症状を甘く見積もって、結果として  
悪化させてしまった。高熱を発し、仕事もできずに臥せっているしかない我が身  
が歯痒くてならない。持てる気力・体力・技能でもって即座にねじ伏せられない  
敵など、仁にとってはこの《地獄》で違法行為を犯す魔法使いよりも遥かに  
タチの悪い相手だ。  
 
ピピッと体温計の電子音が鳴る。  
数字を見てしまえば余計に萎えるのが自明だったので、付いた汗をウェット  
ティッシュで拭うとそのままケースに戻してしまった。ついでに鴨居まで這って  
行って、欄間に潜んでいた幼なじみの企ても、ぜえぜえ言いながら処分を済ませる。  
体力を底まで使い切って布団に突っ伏すと、口の中がひたすら渇いてねばついた。  
顔を押し付けた氷枕から心地よい音が聞こえて、水が欲しくてたまらなくなる。  
けれどだるさの極みにあっては枕元に手を伸ばすだけでも億劫だ。  
そこへ、  
「……武原さん」  
十崎家客間の襖がとんとんと叩かれた。  
いいよ、とくぐもった声で応じる。  
「ヨーグルトを持ってきたんですけど、起きられますか?」  
おじやだったら断っていたところだが、水物ならなんとかなるだろう。  
頷いて焦点の定まらない目を向けると、きずなが心配そうな表情をほっと和らげる  
のが見えた。  
それは、魔法で体力を回復させてしまうゲームキャラクターの構造が仁にも理解  
できた瞬間だった。  
 
 
背中に大きなクッションが差しまれる。仁は除菌消臭剤が香る客用布団から、  
どうにか半身を起こした。  
「あれっ? だめじゃないですか、わたしが見てないのに体温計戻しちゃ。  
 うわー、さっきより熱い!」  
おでこに触れた手のひらから伝わる天国の感触に、仁はしばし浸る。  
「その……、ごめん」  
「そういうつむじまがり、メイゼルちゃんみたい」  
「俺って小学生レベルか?」  
忍び笑いしながら、きずながガラスの器を持ち上げる。  
「冷たすぎるのはおなかによくないので、ミカンはなまぬるいですよ。  
 はい、あーん」  
もしかすると、仁の容態を見ておじやから急遽方針転換したのかもしれない――  
なぜかスプーンではなく、陶器のれんげが目の前に迫ってきた。  
仁はきずなに促されるままに口を開く。  
照れも恥じらいも、そんなものは後でどんと来やがれと。  
主にメイゼルといると陥る非常事態に、いつもより投げやりになりながら、仁は  
確かになまぬるいが瑞々しい果物と冷たいプレーンヨーグルトとを含んで、熱い  
舌を冷ました。  
優しげな垂れ目をさらに垂らしたきずなにその姿を見守られているのが、どうにも  
こそばゆい。それは教育書片手に仁が一生を懸けて努力したとしても、メイゼルに  
向けてはやれない包容力だ。  
小さな少女を挟んできずなに対抗心を燃やすつもりはないが、羨ましくはあった。  
 
「どうかしました?」  
首を傾げてきずながたずねる。  
「うん。いや、あいつがきずなちゃんに懐くのは時間の問題だったな、って」  
「メイゼルちゃん? あはは、わたしじゃ武原さんの万分の一にも及ばないですけどね」  
「そんなことないよ。そうだな、百分の一ぐらいには追いついてるだろ」  
「わっ、謙遜どころかうぬぼれすぎ! あてられちゃうなあ……はい、これは  
 いやがらせです」  
れんげの上のミカンが増えている。  
のろけの罰として雛鳥の境遇に甘んじた後、食後の薬と水で仁の口の中の甘さは  
洗い流されてしまった。  
 
*  
 
それからどのくらい経っただろう。  
午後を回ってそんなに経っていないはずだから、京香もメイゼルもまだ帰って  
来ていない。  
……帰って来て、もしもこの状態を見られたら――待つのは破滅に限りなく  
近い境遇だろうに、仁は途中で止めようと思わなかった。  
熱が下がって持て余したものが、ただきずなにだけ向かうのを、正常な仁ならば  
止められたはずだったのに。  
けれどそのときの仁は普通の状態ではなくて、きずなは――  
「た、たけはらさ」  
シーツの上に敷かれた汗取りパッドに、きずなの中から溢れた血と体液が  
染みこんでいく。  
 
きずなは拒まなかった。  
だが拒まれないことを心のどこかで知っていてラインを踏み越えたからこそ、  
仁の罪は殊更に重い。  
その罪すらも今はどうでもよかった。  
初めての痛みを訴える彼女よりも先に、自分の意識が危うくなる。  
「あ! あう! あっ!!」  
敷布を握り締め、きずなは一定の間隔で呻いている。  
後頭部と肩を支点に腰を引き上げられ激しく揺さぶられている娘は、すべてが  
終わってもきっと仁を許すだろう。  
咎めるメイゼルの幻が、理性を靄に包んだエゴ剥き出しの頭に警告を発する。  
それでも、キャミソールや水着の下で谷間の濃い陰影を刻んでいた乳房が、  
その瞬間にも眼前にあるのを無視できない。それは仁の汗に濡れて、ぞっと  
するほど旨そうだった。  
 
「好きだ――好きだ、きずなちゃん」  
口をついて出る言葉に嘘はなくても、どこまで本気なのか自分でも推し量れない  
というのに。  
保険。  
えげつない。  
最低野郎。  
浮かぶのは自己を罵倒する単語ばかりだった。  
そしてそれは、  
「わたし、わたし、も」  
きずなの求めに追い払われた。  
仁は乾いた唇で瑞々しいふくらみをむさぼる。  
きずなの締め付けがまたきつくなり、仁は腰をもっと強くねじ入れる。  
「はぅん!!」  
「まだ痛いか? ……って、ごめん、痛くないわけ、ないよな……なら」  
きずなの辛そうな声に、仁は指を結合部分の上に添えて応える。  
「やっ、そ、そこ、だめぇ、さわっちゃ」  
閉じていたきずなの目が開いて、すがるように仁を見た。  
「どう、して」  
「……っ! だ、だって、また、ぁっ」  
「うん?」  
「こえ、が……おか、おかしい、よぅ……」  
挿入前、恥ずかしい声をしぼり尽くされた記憶も新しい場所への愛撫に、  
怯えたきずなが逃げ腰になった。  
そんなきずなを仁は引き寄せる。吸う対象を胸から唇に移すと、きずなの腕が  
仁の背中で滑った。仁は彼女の柔らかい首筋を支え、口を離してきずなの目を見る。  
「いいんだ。きずなちゃんのその『変になった声』を俺は聞きたいんだから」  
「わ、わたし、やだ……ああんっ、あっ、そこ……やん!!」  
仁は指の腹で触れるか触れないかの接触を続けた。  
逃げ場を断たれたきずなが尻を浮かせ、滴った愛液の染み込んだパッドにまた沈む。  
   
   
やがて仁は動きを止めてきずなを見た。今から抜いても、本気で避けたいのなら  
手遅れなのだ。  
きずなは痛みと快楽がないまぜになった表情で、それでも心得たように目を伏せた。  
「いい……です。わたし……もしそうなったら……ちゃんと、自分で。だから」  
「……そんなわけ、ないだろ」  
きずなのこれからのことを考えなかったわけではない。  
が、いつか――もしその結末が待つのなら、望んでもいいか、と手前勝手なことを  
願いながら、仁は彼女にすべてをぶつけた。  
 
**  
 
陽も落ちた十崎家のリビングに、いつもとちょっとだけ違う日常が戻っていた。  
みんなのおかあさん役のきずなが寝込んでいるのだ。  
夕食を終えたメイゼルにさっさと置いてけぼりにされた京香は、豆腐のフルコース  
(の残骸)を前に2缶目のビールを開けながら、風呂を借りた仁に絡んでくる。  
「仁ー、きずなちゃん、どしたわけー? まさか専属ナースとか言ってあんなことや  
 こんなことやそんなことまで要求しちゃったんじゃないわよねー?」  
“ばっくれ”という、魔炎に消えない魔術を行使する対象としては、鬼の《公館》  
事務官は攻略難度が高過ぎる。  
 
……『そんなこと』まではしてないぞ、まだ。  
むっとして言い返しそうになったのを抑えられたのは、我ながらえらい。  
あとで八咬に自慢してやろうと仁は思った。  
「てゆーかなにそれ、今朝見たときにうんうんうなってた病人がお風呂って、  
 どうなのよ、ホレ。汗を流して全快復う〜!とか言っちゃう?」  
眼鏡を外したジト目がわざとらしい。とにかくわざとらしい。  
俺のまわりにいるのはどいつもこいつもサディストだ――  
仁は頭を抱える。  
こうなればもう隠していた反撃の手を出す以外に、生き残る道はなさそうだった。  
 
仁は重い口を開く。  
「それよりさ……ちょっといいか」  
せいぜいドスをきかせた声を作りながら。  
「実は、俺も訊きたいことがあるんだけど」  
ひしゃげた機械をテーブルに放り出す。  
「――これがなんなのかを、な」  
酔っ払いの顔がたちまち引き攣った。  
「あ、あは……やっぱバレてた?」  
「……」  
仁は戸口を塞ぐようにあぐらをかいたまま、腕を組んで親愛なるピーピング・トムを  
見据える。  
「やややややっだー! かわいいかわいい子分その1だもの、信じてたわよ?  
 もちろん! ……でもさ、ホラ、理性がぶっ飛んでるときにおいしそうな  
 赤ずきんちゃんを前にしたらさあ、万一ってことも……なきにしもあらず、  
 っていうかね。なんと言っても私は年頃の娘を二人も預かる家長だし?  
 あ、言っとくけどあんたんちには今んとこまだ仕掛けてないわ……よ……」  
はっ、と京香が口を塞いだ。  
「――そーかそーか。よーし、そんならまずはその信頼とやらについて、とことん  
 話し合わなきゃならんよな、“京香姉ちゃん”」  
幼なじみとの折衝もしくは尋問は、翌朝も仕事が早い彼女が泣きを入れるまで続いた。  
 
 

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