「来ちゃった?」
えへ?っと首を傾げてはにかむメイゼルをたっぷり一呼吸分眺めたあと、
我に返ってガン!とドアを閉める。
「ちょ、ちょっと!せんせ!なんで、いきなり閉めるのよッ!!」
「メ、メイゼル!なんで、こんな時間に?」
塾通いの小学生でもこんな時間には出歩くまい、と仁は思う。
「はっ?まさか、女じゃないでしょうね?あたしというものがありながら、別の女を
連れ込んでいるんじゃないでしょうねーっ!?」
ドアの向こうから大声を張り上げるメイゼルに瞬間的に返す。
「そんな訳あるかー!!」
言ってしまってから、その事実に悲しくなる。
さらに、今の自分の台詞が近隣住人に丸聞こえだった事に、激しく後悔を覚える。
「せんせ、このドアを開けなさい!!」
ガンガン、喧しくドアを打ち付ける音が深夜の静寂の中響き渡る。
もはや、どっちが教師でどっちが生徒か分からない。
開けられる訳がなかった。仁も男である。当然ながら、あーんな本やこーんな本の
1冊や2冊ベットの下には転がってる。もし、そんなものをメイゼルが見つけたら、
なんと言うか?いやどんな視線を浴びせるだろうか?考えるだけで身震いする。
仁はメイゼルからやっと勝ち得た無類の信頼を失うだけでなく、男として否
人間として失ってはならないなにかを失う気がした。
このドアは絶対防衛線だ。このドアは絶対に開けてはならない。
冷や汗をだらだら流しながら心に誓う仁であった。