深夜。  
プロデューサーは灯りが消えぬ我が家へと帰る。  
事務所の大半が知らぬ、恋人の待つ家。  
しばらくはまともにキスすら出来ていないのに、彼女はいつも彼を待っていてくれる。  
出来た女だと声高に叫びたい衝動にも駆られるが、そんなことをすれば彼女が破滅してしまうだろう。  
 
「ただいま」  
「お帰りなさい、あなた」  
 
玄関を開けば、そこには笑顔の美女が。  
些か頬が紅いのは、仕事仲間と飲みにでも行っていたのだろう。  
歳上であることもそうだが、成熟した色気、豊満なだけではない肉体、そしてプロデューサー以外は知らぬ淫らさが彼女の魅力である。  
 
「すまないね、礼子さん。最近はロクに一緒にいられないどころか、甘えてばかりで」  
「構わないわ、……あなたに惚れたのは私。あなたに着いていくと決めたのも私。あなただけの女でいると決めたのも私。……惚れた男に甘えられて、嬉しくない女はいないものよ?」  
 
高橋礼子。  
今をときめく一大アイドルプロジェクト『シンデレラガールズ』の最年長アイドル。  
彼女をスカウトし、デビューさせたとき、プロデューサーは散々に言われたものだ。  
その評価を覆し、グラビアアイドルとしての名声を確固としたのは、間違いなく彼女の実力であり。  
 
「それでもだ。プロデューサーである僕と、礼子さんの恋人である僕。同じ僕だけど、公私は分別しなきゃならないのに」  
「そういうところ、嫌いじゃないわ。……なら、私のやって欲しいことも解るわね?」  
 
プロデューサーにしなだれかかる肢体を抱き止め、肉厚の唇に唇を重ねる。  
後ろ手で玄関の鍵を締めると、我慢出来なくなったとばかりに強く強く抱き締めた。  
 
「僕も、ずっと耐えてたよ。礼子さんをめちゃくちゃに抱き締めて、その……愛し合いたいって」  
「私もよ。飼ってくれる御主人様の寵愛を受けたくて、躾して貰うのをずっと。私の性癖を知ってなお愛してくれる人に、全てを捧げると決めていたもの」  
 
高橋礼子はマゾヒストである。  
そのことを、彼女は自らプロデューサーに暴露したことがある。  
アイドルとして、同じ屋根の下に住む恋人として、隠していたくはなかったから。  
プロデューサーは、笑顔でそれを受け入れた。  
翌日には、礼子のために首輪を買って来て、彼女に着けてもやった。  
身体を晒す彼女の仕事を考え、縛ったり強く叩いたりはしなかったが、それでも動物のような真似事をさせながら犯したり、羞恥を煽るようなことは沢山した。  
 
「あなた、明日は何時に出るのかしら?」  
「明日は四時だ。四時から美優さんと川島さんをテレビ局に送って、そのあと早苗さんを別の局に。拓海のグラビア撮影現場に行ったりもある」  
「……なら、今晩も無理かしらね」  
 
発情した牝の匂いを振り撒きながら、年上の女がプロデューサーから離れる。  
彼女はプロデューサーを誰よりも愛していると自負しているからこそ、彼の身を案じている。  
彼を求めれば、彼は礼子が疲れはてて眠るまで愛でてくれるだろう。  
だが、その結果彼は疲労を残すだろうし、睡眠もあまりとれなくなる。  
それではダメなのだ。  
 
「ごめんな、礼子さん」  
「さん、はいらないと。二人きりなのだから、礼子と呼び捨てて欲しいわ」  
「……礼子」  
 
再び唇を重ねる――触れ合った直後に離れたそれに未練を感じるのは、礼子がプロデューサーに心底堕ちた証か。  
二人で風呂に入り、同じ布団で抱き合って寝る。  
それが許されるたった一人でありながら、先を求めてしまう強欲さが恨めしい。  
 
「忘れないで……私は、いつもあなたを想っている。あなたの一番側に居続けるわ?」  
「僕もだ。僕も、いつだって礼子を輝かせるため、輝いてもらうため、心からあなたを愛し続ける」  
 
ふわりと抱きあいながら、二人は穏やかな眠りにつく。  
幾らかの愛しさを残しながら、恋人たちの夜は過ぎていく…。  
 

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