ここはプロデューサーの家。
雑然としていた部屋は綺麗に片付けられ、中央には大きめの炬燵が居座っている。
そしてその炬燵には――
「文香チャンとPチャン、なんだか夫婦みたいだにゃ……?」
ぷくぅっと頬を膨らませる、ネコのアイドルこと前川みくがいた。
みくの眼前には眠ってしまった鷺沢文香と、彼女が寝苦しくないよう、支えとなっているプロデューサーの姿が。
「俺と、文香が、夫婦、か?」
「そうだにゃ。Pチャンは文香チャンと一緒に暮らしはじめてから、いつも文香チャンばっかり大事にしてるにゃ」
「まぁ大事なアイドルだからな。文香は家事もよくしてくれるし、いっちゃあなんだがようやく心を許してくれたところだからな……?」
「むぅ……新しいにゃんこにかまけてみくにゃんを蔑ろにしたり、新しいアイドルチャンをスカウトしてばっかりでズルいにゃ。たまにはみくにゃんも沢山可愛がって欲しいのにゃ!」
前川みくは、このプロデューサーを慕っている。それを自覚しているし、隠そうとも思わない。
自分の想いを大切なものだと理解しているから。
最も事務所のアイドルたちの中で彼を嫌うものなどいない、そう断言しても良いのだけれど。
「残念ながら、俺と文香はアイドルとプロデューサー、家主と同居人、そこから先はないさ。大体俺は彼女なんていたこともないぞ?」
「Pチャン、それはドヤ顔で威張ることじゃないのにゃ」
自身に身を委ねるアイドルを起こさぬよう、細心の注意を払いながらの会話が、みくには心地好い。
優しげな眼差しで文香を撫でている姿は、どうみても恋人か夫のそれにしか見えないのが少し気に障るが。
元々極度の照れ屋の文香が最初に心を許したのがプロデューサーだったため、家事を面倒くさがるプロデューサーの私生活の世話をする名目で、プロデューサーと文香は同居している。
触れ合う時間の有利はみくや凜ですら追い付かれ、追い越されるような関係が、羨ましくて仕方ない、とみくは思う。
「第一、俺だって辛いんだ。アイドルに囲まれる童貞の気持ちがわかるか」
「解りたくもないにゃ。……にゃら、なんでおねーさんたちのお誘いにのらないのかにゃ?」
「のりたいさ。だけど、俺が迂闊なことをして彼女たちの道を汚すことは出来ない」
「真面目だにゃあ……」
だけど、みんなそんなPチャンが好きなんだけど、とは言わない。
率先してライバルを増やすような真似をするほど、みくにゃんは愚かではない。
しぃんと、部屋が静寂に包まれる。
会話が途切れてしまってはいるが、不思議と居心地は良い。
眠ってしまった文香を抱き締めながら、プロデューサーも眠そうにしている。
そんな無防備な姿のプロデューサーを、みくは初めて見たことに気付いた。
いや、無防備な姿だけではない。
怒る顔、泣く顔、寝顔、知らないプロデューサーの顔は幾つもある。
「……文香チャンが羨ましいにゃあ…」
「……ん?なんかいったか、みく?」
「みくにゃんは、Pチャンが大好きなんだにゃ、って」
「ははは、それは嬉しいな」
いつもと変わらぬ苦笑。
このプロデューサーは、いつもこうだ。
佐久間まゆや十時愛梨、本田未央……名だたるアイドルたちから囁かれる想いを、苦笑で誤魔化しては煙に撒いている。
「冗談じゃないにゃ。……みくは、もう立派に大人のにゃんこなんだにゃ。Pチャンのことを想って、発情しちゃうぐらいのメスにゃんこなのにゃ」
かぁっと、頬が一度に熱くなる。
だけれども、プロデューサーに誤魔化されたりはしたくない。
みくの想いを、プロデューサーに、はっきりと知って貰いたいのだ。
「ね、Pチャン?みくにゃんのこと、好き?」
普段とは違う、真摯な声がプロデューサーに投げられる。
言葉に詰まったプロデューサーが、深く息を吸い。
口を開こうとした瞬間。
「……わ、私も……プロデューサーさんが、好き、です、よ……?」
プロデューサーに抱き締められていた文学美女が、震えたような声を、呟いていた。