プロデューサーにだって恋人はいる。
昔から通っていた古書店の娘、文香がプロデューサーの恋人である。
アイドルとしてデビュー!はまだ早いアイドル候補生ながら、一癖も二癖もあるアイドルたちの中では珍しい、寡黙な文学美女だ。
……某日向美なスイーツに似たような娘がいるのは気にする必要はない。
さてそんな文香が、珍しく怒っている。
ぷぅっと頬を膨らませ、プロデューサーに抗議しているのだ。可愛いだけなのだが、それを言ったら御仕舞いである。
「こ、こんな本を読ませるなんて……」
「正直赤面しながらも目を離さない文香が可愛くて仕方なかったからね、しょうがないね?」
「か、か、かわっ………」
背中からぎゅっと抱き締められ――所謂あすなろ抱きというヤツらしい――ながら、文香は一気に照れる。
真っ直ぐに誉められることに慣れておらぬ彼女は、プロデューサーに抱かれながら言葉を反芻し続けている。
そんな文香が可愛くて堪らず、プロデューサーは尚更強く抱き締めて。
「文香が読んでた本のタイトルをいってごらん?」
「ほ、本のタイトル……ですか……?」
文香の目が、先程まで夢中で読んでいた小説の背表紙に移る。
『アイドル凌辱――プロデューサーに汚された純潔』というタイトルを言おうとして、しかし恥じらいが先に来てしまう。
「あ、アイドル……りょ、じょ……」
「ん?」
「言えない、です………」
遂に半泣きになってしまう文香。
意地悪のし過ぎか、などとプロデューサーは思ってみるが、しかし反省などはしない。
「言えないんじゃしょうがないな」
「………へ?」
「今日は別々の部屋で寝ようか」
抱き締めていた文香を解放し、プロデューサーが立ち上がる。
文香は一瞬、何があったのか解らないような表情になり、そしてすぐにプロデューサーが自分から離れたことに気付く。
「お休み、文香」
「え、あ……」
普段は寝る前にくれるキスのキの字もなく、文香はただ呆然としていた。
気付いたら、自分一人でベッドに座り込んでいるだけだった。
普段一緒に寝ている人がいないだけで、こうも寂しいのか――
言い様のない寂しさに囚われた文香は、慌てて部屋を出た。
同じ屋根の下にいるはずのプロデューサー、彼に小説と同じことをしてほしいと、心から願うために。