カタカタとキーボードを叩く音が響く。
年少組が力を合わせて宿題に挑む姿、年長組がそれに助言を与える声が時折聞こえる。
クーラーを多少低めの温度に設定しているせいか、誰もジュースやお茶を飲もうとはしていなかった。
「(しかし、平和だな…)」
プロデューサー(以下P)は、アイドルたちの学校のことを考えて、三日間続けて仕事をしない日を作るように日程を設定していた。
にも関わらず彼女らは事務所に来て、和気藹々と宿題に挑んだり、はたまた遊んだりしている。
それがPとしては少し嬉しかったり。
「あ、そうでした」
本当に静かな事務所に、アイドルの声が響く。
25歳児、神秘の女神などと渾名される高垣楓だった。
「楓さん、どうしましたか?」
「プロデューサーさん、以前一緒に銭湯に行こうって約束してくれましたよね?」
ガタッと大きな音がした。
しかしPはと言えば、それを気にもせずに楓に頷いた。
「はい、言いましたね。温泉は無理ですけど、スーパー銭湯ぐらいならって」
「明日一緒に行きませんか?朝からデートして、その後にでも」
「楓さんとデートですか。光栄ですけど、ファンに刺されそうだなぁ」
「なら、私がアイドルを辞めれば」
「それはだめです。楓さんみたいな輝いてる人が、僕なんかのために辞めるなんていけませんよ」
「とにかく、明日は一緒にお出掛けしましょうね?」
「はい、解りました」
嬉しげに笑いながら、楓が事務所を出ていく。
困った人だなと苦笑しながら、Pは再びPCに目をやり―――
背筋に走る寒気に、身震いした。
コレはいけない、クーラーの温度が低すぎたか、などと逃避を考えて見るが、そんなことで彼に迫る危機を回避出来るわけもなく。
ただ自分を射抜く猛禽のような眼差しから逃れるしか、彼には出来なかった。