撫で撫で。撫で撫で。撫で撫で。  
 
「文香の髪はサラサラだな」  
 
撫で撫で。撫で撫で。撫で撫で。  
本を読むアイドル――鷺沢文香の髪を撫でながら、プロデューサーが悪戯気な微笑みを浮かべる。  
人見知りが激しい彼女を愛でられるというのは、プロデューサーの特権なのだ。  
 
「あの、プロデューサーさん……」  
「ん?どうした文香?」  
「くすぐったいです……」  
 
頬を紅潮させた顔を隠しながら、思いきってプロデューサーに声をかける姿が、尚更いじらしく、愛らしい。  
そんな彼女のお願いを断ることも出来ず、プロデューサーは文香から離れる。  
あ、と小さな声を出してしまったが、幸いプロデューサーには聞こえなかったようだ。  
 
「文香は本当に本が好きなんだな」  
「……はい。ずっと慣れ親しんでいますから……」  
「うちの事務所では珍しいタイプだもんな」  
 
プロデューサーが苦笑するのに釣られ、少しだけ頬が緩む。  
確かに特徴的な娘が多い事務所だけに、プロデューサーの苦労も生半可ではない。  
たまにはこうやってゆっくり過ごす一日があってもいいぐらいだ。  
 
「……プロデューサーさん……」  
「お?どうした文香?」  
「……本、読み終わりましたから、もし良かったら…」  
「そうか、なら本屋に行って、その足で夕食も済ませようか」  
「はい……」  
 
撫でてもいいですよ、なんて言えない。  
撫でてくださいなんて、もっての外。  
そんな自分に内心悩みながら、プロデューサーが差し出した手に手を重ねる。  
長い間座りっぱなしだったからか、少しよろけた彼女を、プロデューサーが抱き止めてくれる。  
 
「大丈夫か?」  
「はい……ありがとうございます…」  
 
先程にも増して熱を帯びた顔を伏せながら、プロデューサーと二人、手を繋いで部屋を出る。  
きっとこの後、プロデューサーと本屋に行って本を買って、夕食に連れていって貰い、そして女子寮まで送って貰ってお別れなんだろうな、と考えて、胸がチクリと痛むことに気付いた。  
二人きりでいられる時間は、もうそんなにない。  
明日からはまた、自分はたくさんのアイドルの中の一人になってしまう。  
そう考えてしまうと、もう我慢は出来なかった。  
 
「……………くないです」  
「ん?どうした文香?」  
「…私、今夜は…プロデューサーさんとお別れしたくないです………」  
 
 

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