アイドル:市原仁奈、片桐早苗、北条加蓮、渋谷凜、佐久間まゆ、  
シチュエーション:ハグ  
 
 
「ねぇ、もっと強く抱きしめて?」  
「う……いや、その」  
「……プロデューサーは、私のこと、嫌い?」  
「……」  
 
 ――どうしてこうなった。  
 そんな疑問に首をひねり頭を抱えるが、しかし、答えが返ってくる筈もない。  
 なにより、そんなことは俺自身が一番良く知っている。  
 不用意に発言した――簡単に頷いてしまった、その事こそが一番の問題であったのだ、と。  
 
 もぞり、と腕の中で少女が――渋谷凛が身を動かす。  
 俺の胸に頬を埋めるように動いて、腰に巻きつける腕に力を込めてより密着してくる。  
 必然的に彼女の胸が俺に押し付けられるようになって、鼓動が一気に高鳴って体温が上がってしまう。  
 だがそれでも、プロデュースするアイドルにほんの少しでも不安そうに見上げられてしまえば、プロデューサーという職にある身としては答えない、という答えは有り得ない。  
 年相応の華奢な身体が壊れてしまわないように――出来るだけ彼女の胸の感触が伝わらない程度に――俺は凛の身体を抱きしめた。  
 
「……えへ、えへへ」  
「……」  
 
 不安な表情は何処へやら。  
 何処か安心したように、それでいて嬉しそうに笑みを浮かべる加蓮にほっとする反面、どうしてこうなった、と再び自問する。  
 
「Pちゃん、Pちゃん、次はきらりだにぃ」  
「んーにゃ、みくの番だにゃぁ」  
「うふふ……もちろん、まゆを選ぶんですよねぇ?」  
「プ、プロデューサーさん……あ、あたしも……」  
「ロックだね」  
「いや、だりーな、お前はロックを分かっちゃいない」  
「プロデューサーさん、エナドリ1本あげる代わりに1回で……その、どうですか?」  
「せんせぇ、つぎはかおるー!」  
「薫ちゃん、順番は守らなきゃ!」  
「みんな仲良しだねぇ、未央ちゃんや」  
「そうだねぇ、卯月ちゃんや」  
 
   
 事の始まりは何時だったか。  
 わいわいと聞こえる声を聞かないように遠い目をしながら、何時かの日を思い出す。  
 いろいろな事が一気に襲い掛かってきていまいちよく覚えていないが、始まりが何だったかはよく覚えている。  
 あれは、そう――我らがプロダクションに所属し、俺が担当するアイドルの一人でもある市原仁奈が全ての始まりだった。  
 
◇◇◇  
 
 ケース1、市原仁奈。  
 
 それはある日の穏やかな一日だった。  
 プロダクション対抗マッチフェスティバルという大きなイベントが終了し、多くのファンを獲得し、次のステップや仕事に向けて少しばかりの休息――そんな日に、市原仁奈は最大級の爆弾を投下したのであった。  
 
「ぷろでゅーさー、ぷろでゅーさー」  
「ん……どうした、仁奈?」  
「抱いて欲しいーですよ」  
「ぶふぅっ?!」  
「な……ッ?!」  
「え……えええぇぇぇッ!」  
「……プロデューサーくん、一緒に出頭しよ? 大丈夫、初犯ならまだ何とかなると思うから」  
「物騒なこと言わないで下さい、早苗さんッ。俺は何もしてませんよ、な、なあ、仁奈?」  
「……どもる所が怪しいよね」  
「加蓮も何言ってるんだよ!」  
「……さいてー」  
「いや、何もしてないよ、信じてくれよ、凜ッ」  
 
 口に含んで仁奈の一言で吹いてしまったコーヒーをティッシュで拭き取りながら、わいわいきゃいきゃいと騒ぎ出したアイドル達に視線を向けて、少しだけほっとする。  
 市原仁奈、片桐早苗、北条加蓮、渋谷凜。  
 俺がプロデュースしている――といっても事務所のアイドル全員だが――のうちの4人だが、それ以外が休みを取っていて本当に良かったと胸を撫でる。  
 これに年長組がいた日にはえらいことになっていたな、と何処か遠くに飛びそうな意識を巻き戻して、俺は騒動の元である仁奈に話しかけた。  
 
「そ、それで……抱く、とはどういう?」  
「こん間の休みの時に外人の人達が抱き合うのをテレビで見たですよ。ママに聞いたら仲が良い人達はああするものだって聞いたです」  
「ああ、ハグのことか」  
「はぐ?」  
「外国の挨拶の一種だな。まあ、確かに仲が良い人がするな、うん」  
 
 ほう、といよいよ胸を撫で下ろす。  
 何もやましいことは無いのだが、それでも、言葉尻だけを捉えれば俺が幼女趣味であると勘違いされそうな間違いが正されたことに安心した。  
 ――だが、とこの時に後のことまで思い至っていれば良かった、と後に後悔することになるのだが。  
 そんなことが今現在に理解出来るはずもなかった。  
 
「じゃあ、そのはぐをしやがれですよ、ぷろでゅーさー」  
「えッ?!」  
「仁奈とぷろでゅーさーは仲が良いですよ? だから、はぐも当然なのです」  
「いや、確かにそうだけど……俺が仁奈を抱きしめるのはちょっと……」  
「……」  
「えと、あの、だから……な? ほら……」  
「仁奈のこと……」  
「ん?」  
「仁奈のこと……きれーいでごぜーますか?」  
 
 だって、うるうると涙を溜めた瞳で上目使いだぜ、断る方が無理だろ、これ。  
 ハグする=仲が良い、ハグしない=嫌い、というなんとも安直ではあるが、それが仁奈の中にあるイメージらしい。  
 そんなイメージがあるのものだから、俺が仁奈をハグしないということは俺が仁奈を嫌いだと安直に結び付けようとしているらしい。  
 その安直さに子供らしさを感じつつ、仕方ないとばかりに――断れそうもないし――俺は溜息をつきつつ両手を広げた。  
 
「……おいで、仁奈」  
 
 ――その瞬間の仁奈の笑顔をどう形容したものか。  
 花が咲き開くような、曇り空に陽の光が差し照らすような、そんな笑顔。  
 子供らしく、満面の笑みを浮かべて俺へと抱きついてきた仁奈の身体を、俺はそっと抱きしめていた。  
 
「えへへ。ぷろでゅーさー、けっこう固いですよ」  
「文句を言うな」  
「それに、こーひーの匂いがするです」  
「む……そんなに臭うか、俺?」  
「仁奈は好きですよ、この匂い……パパの匂いです」  
「……そっか」  
   
 ぐりぐり、と。  
 子供が親に甘えるように頭を胸に摺り寄せてきて、何処となく温かい気持ちになりながら頭を撫でてやる。  
 仁奈の両親は仕事で忙しいと聞くし、こんな感じで甘えることが中々出来ないのかもしれないな、なんて思いながら、髪を指で梳きながらそんなことを思う。  
 子供がいればこんな感じかな、なんて思いつつも自身も忙しい日常を思い出して、そのまま仁奈みたいな子供が出来るかもしれないな、なんて。  
 子供ながらにぽかぽかと温かい体温と太陽のような香りに包まれた、そんな時間。  
 ありがとうですよ、なんて名残惜しそうながらも口を開いた仁奈によって、その時間は終わりを告げた。  
 
「これで仁奈とぷろでゅーさーの仲はもっと良くなったですね」  
「ん……まあ、そうだな。俺は仁奈と凄い仲良いと思ってたけど、これでもっと仲良くなったな」  
「仲良くしたくなったら、またお願いしますよ」  
「これ以上、まだ仲良くなるのか?」  
「いや……でごぜーますか?」  
「いや……じゃないさ。こちらこそ、お願いするよ。仁奈とはもっともっと仲良くなりたいからな」  
「はいですよっ!」  
 
 ぽんぽん、と頭を撫でてやりながら、満面の笑みを浮かべる仁奈につられてついこちらも笑みを浮かべる。  
 そんな暖かな気持ちを抱きながら、じゅーすを飲んでくるです、なんて冷蔵庫の方へ行った仁奈を見送った俺は、再び仕事に取り掛かろうと――。  
 
 
「――そうは問屋が卸すとは思ってないよね、プロデューサーくん?」  
 
 
「……ですよねー」  
 
 ――として、その目論見が儚くも崩れ去ることを知るのであった。  
 
 
ケース2、片桐早苗。  
 
「――で」  
「ん、どうしたのかなー?」  
「何で俺はソファに座っているんでしょうか?」  
「いや、おねーさんってさ、背小さいじゃない?」  
「いや、そうですけど……あと、何で早苗さんはじりじりとにじり寄ってきているんでしょうか?」  
「そんなこと決まってるじゃない――こうするためよ」  
 
 ぽんぽん、と肩を叩かれた俺は、そのまま早苗さんに連れて行かれるがままに、ソファへと誘導された。  
 逆らうことも出来たかもしれないが、しっかりと握って離さないその手と力にどことなくその気を無くした俺は、そのままぽすんとソファへと座らされる。  
 そんな俺をにこやかに眺めつつも正面に立つ姿は、本人の言う通りに背が小さいこともあってか、どことなく可愛らしい。  
 童顔とそれに似合わないほどに豊かな胸、それでいて年上であるというギャップに少しだけドキリ。  
 見た目だけならそこらの10代のアイドルと変わらないんだけどなぁ、と思いつつ、口を開けば高垣楓と息の合う親父臭さにがっくりする。  
 そんな早苗さんは、じりじりとにじり寄ってきたかと思うと、ぎしり、とソファを軋ませた――膝立ちでソファに乗りながら、俺の上で待機していた。  
 
「……何をしているのでしょうか、と聞いても?」  
「だって、私がハグしようと思ったらこうでもしないとプロデューサーくんの顔が見れないじゃない?」  
「いや、見る必要無いでしょうッ?! っていうか、あなたアイドルでしょう、もう少し落ち着きとか恥じらいってものをッ――」  
「プロデューサーくんは……おねーさんのこと、嫌い?」  
「う……その質問は卑怯です」  
「ん……どうして?」  
「どうせ仁奈を引き合いに出すに決まっているでしょう? 俺の負けは決定的じゃないですか」  
「……にしし。あちゃぁ、ばれちゃったか。まっ、観念したまえよ、プロデューサーくん?」  
「……お手柔らかにお願いしますよ」  
「任された――っと」  
 
 女は女優とはよく言ったもので。  
 仁奈と同じように――その実は嘘で塗り固められているが――小さなな身長をフルに使った、涙を浮かべての上目使いという男性に対しての最終兵器を惜しげもなく繰り出してくる早苗さんに、俺は早くも降参した。  
 今はこの場にいないが、どうせのことながら俺が断りでもしたら仁奈に告げ口をして問題を大きくするに決まっているのだ。  
 好きじゃなければ嫌い、嫌いじゃなければ好き、なんて簡単な答えばかりが世にあるわけではないが、仁奈にそこまでを理解させるには中々難しい。  
 そうなってくると余計にややこしくなることは目に見えていて。  
 体勢的にもこれ以上逆らうと余計なこと――僅かに感じる熱とか匂いとか、柔らかそうな胸部を惜しみもなく使われるに決まっている。  
 そんなことを嫌ったからこそ――我慢できるか分からなかったからこそ、早急に事を終わらせるために、俺は頷くことしか出来なかった。  
 
「ん……っと。……ふふ、意外とがっしりしてるんだねぇ」  
「……」  
「んふっ、どう、おねーさんのカラダは? 抱いた心地は如何かな?」  
「……その聞き方は止めて下さい。おじさん臭いです」  
「うぐっ、酷い、酷いよ、プロデューサーくん。あたしのハートはぼろぼろだよ」  
「あー、はいはい、そうですかー」  
「むー、何かなげやり。……それで、どう、おねーさんの胸は柔らかいかね?」  
「……ノーコメントで」  
「んもう、いけずだねぇ、プロデューサーくんは。……でも、しっかりとドキドキしてくれてる」  
   
 だからこそ、と言うのも何か変だが。  
 ぎしりっ、とソファを軋ませながら俺の上に跨るように腰を下ろしてきた早苗さんの身体を、俺はそっと抱きしめた。  
 ふにん、と柔らかいながらもしっかりとした弾力が胸に理性をガリガリと削ろうとするが、俺は極めて冷静に心身を落ち着かせて、理性を再構築していく。  
 そっともたれかかるように身を預けてくる早苗さんは俺の肩に顎を乗せた状態で喋るので、その吐息が耳を撫でて少しばかりくすぐったい。  
 ドクンッ、と胸が一際高く脈動し、それを感じ取った早苗さんは僅かに微笑んで、柔らかな吐息を俺の耳に吐き出した。  
 けれども、そのくすぐったさに身をよじろうとすれば否応無しに弾力の塊を動かすことになり。  
 結局のところ、俺は冷静でいるために微動だにすることは出来なかった。  
   
 そんな俺が動けないことを楽しみながら、早苗さんはすりすりと俺の胸へ頬を寄せてくる。  
 それが仁奈と同じような子供のようで。  
 俺はぽんぽんとその頭を撫でていた。  
 
「ん――っと、名残惜しいけどここまでにしておこうか。プロデューサーくんのあっちが元気になっても困っちゃうしねぇ」  
「セクハラ禁止です」  
「にしし、セクハラだなんてそんな……おねーさんは、何時でも構わないよ?」  
「安心して下さい、俺の方からセクハラなんて絶対にありませんから」  
「えー。おねーさんの胸でドキドキしていた言葉とは思えないよ」  
「それは、そうですが……俺はプロデューサーなので、アイドルに手を出すとかありえませんよ、ええ。今回も特別な状況なだけですから」  
「ちぇ、そっか……ちょっとだけ残念かな」  
「え?」  
「んーん、何でもないよ……また機会はあるだろうしね、にしし」  
 
 
 ケース3、北条加蓮。  
 
「さて、次は私だね、プロデューサーさん」  
「……加蓮もするのか?」  
「当然。……それとも?」  
「いや、いい、嫌いとか云々とか、うん」  
「……それはそれで面白くないなー」  
「勘弁してくれよ」  
 
 何処となく上機嫌で何かを呟いて離れていった早苗さんにほっとしつつ、俺は仕事をするために――とソファを立ったところで加蓮の声。  
 よく我慢した俺、と内心で自身を褒めていたところでのことだったので、ついつい怪訝な声が出てしまったのは仕方が無いだろう、そういうことにしておこう。  
 何はともかく。  
 嫌い云々でまた考えるのも面倒だった俺は、苦笑しながら腕を広げた。  
 
「……何か面白くないな」  
「何で?」  
「だってプロデューサーさん、早苗さんの時は嫌々だったのに、今は気にしてないんだもん」  
「えー……いや、加蓮にとっちゃ、そっちの方がいいんじゃないのか?」  
「プロデューサーさんの嫌がる顔が見たかったのに」  
「酷いな、お前」  
 
 ととっ、と軽やかな足取りで俺の前に来た加蓮は、ぶーぶーと文句を垂れる。  
 そんな様を見る限りでは普通の何処にでもいそうな女子高生なのだが、ちゃんとしたアイドルである――アイドルであるのだ。  
 そのアイドル様が何が楽しくて俺にハグを求めるのだろうか、などと考えてみたところで俺は加蓮ではないので理解出来る筈もない。  
 やれやれ、と受け入れるしかない俺は両手を広げて加蓮を待った――が、何を思ったか、加蓮はにんまりと微笑んだかと思うと、おもむろに両手を広げたのであった。  
 
「ねえ、プロデューサーさんから抱きついてきてよ」  
「……はぁ?」  
「さっきとは逆でいこう、逆で」  
「いや、別に俺から抱きつく必要とか無いだろ? そもそも、別に俺が抱きつきたい訳じゃないし」  
「そこはほら、苦悶しながらも抱きついて欲しいなーっと」  
「……はぁ」  
「ああっ、酷いよ、プロデューサーさん」  
「はいはい、ほら、いくぞ?」  
「えっ? ……わっぷ」  
   
 最近の若者は何を考えているのか分からない、なんて頭を痛くする。  
 ある程度には親密になって色々と意思とか疎通できるようになったと思うんだけどなぁ、と頭の片隅で思いながら、ほらほら、と手を振ってこちらを招く加蓮に近づいていく。  
 まさか受け入れられるとは思っていなかったのか、カツン、と一歩踏み出した所でびくりと身体をすくませた加蓮を気に留めることもなく、その華奢な身体を乱暴に抱きしめる。  
 抱きしめるとは言っても病弱な加蓮の身体を労わってのことなので、その頭をこちらの胸元に引き寄せただけなのだが。  
 抱きしめて数秒、ようやく状況が把握できたであろう加蓮の両腕が、そろそろと俺の腰へと回された。  
 
「……ドキドキするね」  
「だったらしなければいいのに」  
「ううん、嫌とかじゃないの。……なんて言うのかな、ドキドキするんだけど、胸が痛くないっていうのかな、そんなの」  
「病気とかじゃないだろうな?」  
「もう、心配しすぎだよ、プロデューサーさんは。……けど、けどね、心配してくれてありがとう。すっごく嬉しい」  
「……プロデューサーだからな、アイドルの体調を心配するのは当然のことだ」  
「本当にもう……ムードが無いんだから」  
「事務所の中でムードも何もあるか。まっ、なんだ……心配してやるから、体調が悪くなったらちゃんと言うんだぞ?」  
「うん……ありがと、プロデューサーさん……えへへ」  
 
 抱きついたまま俯くようにしている加蓮の顔は見ることが出来ないが、その柔らかい感触の向こうからは確かに高鳴っている鼓動が伝わってきて、彼女がここにいることを確かめる。  
 まるでチークダンスでもするかのように額を俺の胸へと押し付けながら、その実、さらに密着しようと加蓮が身体を押し付けてくる。  
 そのたびにその柔らかな感触やくすぐったい髪が触れて、女の子を腕に抱いているという現実を否応なしに思い知らせていた。  
 ――もしかしなくても、やばいよな、今の俺。  
 じんわりとかいた手汗を解すことで乾かしながら、女子高生らしく明るく染められたさらさらな髪を手櫛で梳いていく。  
 
「ん……」  
「悪い……嫌だったか?」  
「ううん……気持ちいいよ、プロデューサーさん。……もっとして欲しい」  
「いーなー、おねーさんにはそんなサービスは無かったのにー。あっ、おねーさんのサービスが足りなかった?」  
「ちょっと黙っててもらえませんか、早苗さん。あとセクハラ禁止」  
「はーい……後でそのサービス込でもう一回ね?」  
「知りませんよ……はぁ、まったく」  
「ねぇ、プロデューサーさん……もっと、もっとお願い……」  
「ん、ああ、分かったよ、加蓮」  
 
 何か加蓮ちゃんとおねーさんで扱いが違いませんかね、なんて愚痴る早苗さんをとりあえず無視して、俺は指をひっかけないように加蓮の髪を梳いていく。  
 さらさらと柔らかな髪が指の間を抜けていく感触は実に楽しくて、それを堪能したいとばかりについつい加蓮を抱きしめる腕に力が籠る。  
 窮屈そうに息を吐く加蓮に力が入っていたことを理解した俺は、むにんっ、とした感触が離れていくことが内心惜しいと考えていたことに罪悪感を抱きつつ、加蓮の請うままに髪を撫でる。  
 ――その、その請い方に少しばかりどきんとしたことは秘密にしておこう。  
 胸に額を当てたり耳を当てたりしている加蓮にはばれているかもしれないが、うん、二人の秘密にしておいて欲しいな、なんて思った。  
 
 
ケース4、渋谷凛。  
 
「えっと……その、凛もするのか?」  
「……なに、嫌、なの?」  
「いや、そういう訳じゃないが……うん、じゃあ、おいで」  
「……う、うん」  
 
 また次もお願いね、なんて嬉しそうに頬を上気させて離れていった加蓮と入れ替わりになるような形で、凛がすたすたと近づいてくる。  
 それにぎょっとするが、じとーとした視線で見つめられてしまえば何も言える筈もない。  
 そもそも、視線だけを見ていればじとーとしたものでも、全体を見てみれば自分だけ仲間外れになるのではとか考えていそうなほどに不安そうに見えるから不思議である。  
 ――なんというか、待てを解かれる前の犬みたいだ、なんて思ってしまうと、その頭と後ろに耳と尻尾が見えるような気がするのも不思議ではある。  
 そんなどうしようもないことを考えつつ両手を広げてみれば、何処かおどおどとしたように、すっぽりと俺の腕の中に凛が収まった。  
 
「……不思議、だね」  
「ん……どうした?」  
「今ね、凄い緊張してるはずなのに……けど、凄い安心してるの」  
「……凛でも緊張ってするんだな」  
「するよ、緊張。……だって、プロデューサーだもん」  
「なんだそりゃ。意味不明だな」  
「ふふ、そうだね。ん……えへへ」  
 
 ぐりぐり、と前の2人と同じように額を俺の胸に擦りつけてくる凛の頭を撫でながら、加蓮とは違う質のさらさらな髪に手櫛を入れていく。  
 ああもう可愛いなこのやろう、と叫びたくなるように甘い笑みで髪を撫でるたびに頬やら額やらを擦り付けてくるものだから、否応無しに耳と尻尾が見えてしまっている――まるで犬みたいだ、なんて感想を抱く。  
 抱きしめる、というよりはすり寄ってくる感じに近いので、余計にそう思うのかもしれない。  
 猫とも言えるかもしれない。  
 常では猫のようで、甘える時は犬のようで。  
 ……うん、何ていうか、男が好きそうな女の子だよなぁ、なんて思ってしまった。  
 
「ん……にゃぁ。もっと……」  
「はは……猫みたいだぞ、凛」  
「えー……犬がいいな……」  
「まあ、犬みたいでもある」  
「ふふ……わん」  
「ちょ、おい、凛」  
 
 猫と犬みたいに似ている、なんて言われた凛は、照れた顔を隠したいのか先ほどより一際強く抱きついて俺の胸へと顔を埋める。  
 身をすり寄せるように抱きついてくるものだから、凛が腕の中で身をよじる度に俺の身体にむにむにと柔らかい感触が与えられてしまう。  
 ぎゅー、と抱きついてくる凛自身はそれに気付いていないらしく、力一杯抱きついて俺の胸へと甘えるように頬を寄せていた。  
   
 ――猫と犬の性格が一つになると最強ということが俺の中で証明された、何この可愛い生き物は。  
 うず、と俺の中で全力でこの生き物を愛でたいという衝動が生まれて落ちる。  
 猫であれば喉を撫で、犬であれば腹や背を撫でるところだ――が、さすがにそれは自重する。  
 ……うん、何か頼めば出来そうな気もするが自重する、それをすれば人として何かを終えそうだし、俺の理性も終わりそうな気がするので。  
 となれば、今の体勢的に出来ることは限られている。  
 俺は、凛の身体を力一杯に抱きしめることにした。  
 
「んっ……ふぁ」  
「っと、すまん……きつかったか?」  
「ん……だいじょうぶ。んんっ、もっと強くても……平気だよ?」  
「苦しかったらちゃんと言えよ?」  
「ん……」  
 
 ――そうして。  
 顔を真っ赤にした凛が俺の背中を叩くまで、そのハグは続くことになった。  
 
 
 ケース5、千川ちひろ?  
 
「プ、プロデューサーさん……そ、その私も……」  
「……っと、もうこんな時間か。卯月達を迎えに行かなきゃな……分かってると思うが、みんな、このことは他言無用だぞ?」   
「にしし、勿論だよ……敵は増やさない、だね」  
「秘密でごぜーますね」  
「……このこと知ったら、奈緒、どんな顔するかな?」  
「……顔真っ赤にすると思う」  
「今の凛みたいに?」  
「加蓮みたいにね」  
「あ、あの……ッ、私も……」  
 
 柔らかな温もりを凛と交換しあった俺は、ふと時計をみてそろそろ事務所を出なければいけないことに気付く。  
 島村卯月、佐久間まゆ、前川みく、福山舞の4人は、ファッション誌の撮影のために朝早くから仕事に出ているので、その迎えだ。  
 彼女達自身に帰りを任せても良いのだが、4人ともに10代で、舞に至ってはジャスト10歳なので、あまり無理はさせたくないとの思いからだ。  
 それに、彼女達もそれなりに売れてきていると自負する身からすればその思いはさらに強い。  
 椅子の背もたれにかけてあった上着を着込んだ俺は、何故かあうあうと口を開いたり閉じたりしているちひろさんに声をかけた。  
 
「それじゃあちひろさん、少し出てきます」  
「え、あの、その……はい……お気を付けて」  
「? ……えと」  
「……」  
 
 かけたのだが、どうにも返事にいつもの元気がない。  
 いつもなら――眠気を覚ますためにエナドリとスタドリのミックスジュースは如何ですか、プロデューサーさん、今ならなんと150コインですよ――なんて言ってきそうなものなのだが。  
 ハテナなマークが頭の中で跳ね回っていると、ちひろさんの向こう、早苗さんが何やらちひろさんを指差しながら、何かのジェスチャー。  
 ……近くにいた仁奈を抱きしめてちひろさんを指差すあたり、ちひろさんを抱きしめろ、とでも言っているのだろうか。  
 何故そんなことを、と思ったのだが、早苗さんだけでなく仁奈や加蓮、凛にうんうんと頷かれて、みんながみんな、同じ行動を推していることを理解した。  
 ――スタドリ1本だけで問題無いだろうか。  
 抱きしめる、という行為にもはや抵抗感が無くなってしまったのか、或いは理性なりががりがり削れて殆ど無くなってしまったのか、思いの外に早苗さん達の意図を理解した俺は、ふう、と一つ息を吐いてちひろさんに近づいた。  
 
「ちひろさん?」  
「……はい? なんでしょ……んっ?」  
「……えと、その……1本だけで勘弁して下さいね」  
「え……え……ええッ?!」  
「そ、それじゃあ、行ってきます!」  
「………………ぷしゅー」  
 
 時間も無いため、がばっ、と一度だけ強くちひろさんを抱きしめる。  
 スーツの少しだけ固い感触の向こうにみんなと同じ女性特有の柔らかさを感じて、一際強く抱きしめて、身長差から抱きしめたちひろさんの耳元で、一方的な値段交渉。  
 ――仁奈の目の前で嫌い云々の問答を避けるためとはいえ、ちひろさんは嫌だろうから、なんて思ってのことだったのだが。  
 あまりに少なさに驚いたのか、声を上げたちひろさんから手を離して、俺は慌てて事務所の扉を開けて階段を駆け下りていく。  
 2本も3本も買うのは割に合わないし、放っておいたら10本とか言われかねない、と思った俺は背後に声が掛かることを避けるかのように、車へと飛び乗っていた。  
 
「……あの様子じゃ、多分勘違いしてるわね」  
「仕方ないよ、プロデューサーさん、鈍感だもん」  
「? ぷろでゅーさーとちひろのお姉さんは仲悪いです?」  
「そんなこと無いと思うよ、仁奈ちゃん? そうですよね、ちひろさん?」  
「うっ…………そ、そう、ですね。仲は良い、良いといいですねぇ」  
 
◇◇◇   
 
 さて、回想終了。  
   
「うふふ……駄目ですよ、まゆを抱いたまま他の女の子のこと考えちゃ?」  
「は、はは……うん、分かってるよ」  
「んっ……もっと、です。もっと強く抱きしめてください、プロデューサーさん……」  
 
 既に互いに息が苦しくなるほどに強く抱きしめていたまゆの身体を、更に強く強く抱きしめる。  
 鼻にかかるような吐息が耳をくすぐって、まゆの柔らかい身体の感触も相まって鼓動が一つ大きくなる。  
 そのことを誤魔化すように、さらにまゆの身体を強く抱きしめるが、全て知っているかのように微笑むまゆに更に胸が高鳴ってしまうのは、最早どうしようも無いと諦めていた。  
 
 
 
 ――ようするに、ばれました、ええ全てです、全員にばれました。  
 
 
 お酒の席で言っちゃったごめんねーてへぺろ、と謝る早苗さん。  
 すまねーです、仁奈は……仁奈は……、と涙混じりで謝る仁奈。  
 ごめん……問い詰められて、と申し訳なさそうに加蓮と凛。  
 年少組、中高生組、年長組、その全てを背に謝ってくる彼女達に、その時の俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかったのである。  
 
 そうして、その日から全てのアイドル達が何故か俺にハグを強請るようになり、仕事があったアイドルだけという条約――早苗さん起案でアイドル抱擁機会均等法とか名前があるらしい――が全アイドルとこちらも何故かちひろさんの可決によって制定された  
 とりあえず、そんなこととなってから、アイドル達は精力的に仕事をこなすようになったのである。  
 俺のハグで仕事にやる気を出して貰えるなら何でもするのだが、みんながみんな、それを求めるというのも不思議である。  
 一度、ハグではなくて休みやら何処ぞの遊園地の優待券を用意したこともあったが、それらは全て却下されてハグだけが残っている状態である。  
 もはや不思議を通り越して不気味である――俺は休みなり久しぶりの遊園地なりでのんびりしたいというのに。  
 
「……男一人で遊園地?」  
「うっ……やっぱり変かな?」  
「変。……ま、まあ、プロデューサーがどうしてもって言うなら、わ、私が一緒に……」  
「凛ちゃん、私と――」  
「私を置いていくのは酷いなー?」  
「う、卯月ッ、それに未央までッ?!」  
「ほらほら、奈緒、今ならプロデューサーと一緒に遊園地だって」  
「ちょ、押すな、押すなよ、加蓮ッ」  
「せんせぇ、薫も遊園地行きたいっ」  
「あらー、プロデューサーくん、モテモテねー」  
「あらあら、うふふ……」  
「わ、私も……いいですか、プロデューサーさん?」  
 
――訂正、絶対のんびりなんか出来ないな、こりゃ。   
 どこまでいってもプロデューサーである、という事実にがっくりと肩を落としながら、けれども、それを嫌だとは思わない自分に苦笑い。  
 まあ、可愛い――そして柔らかくて温かいアイドル達が一緒なら、それも悪くないかな、なんて微笑んで、俺は口を開いたのであった。  
 
 
 
「よしっ――――仕事しようっ」  
 
「「「「「「えーーーッ?!」」」」」」  
 
 
(アイドル達と、柔らかくて温かい秘め事)  
 
 
「だって仕事しないと休めないし」  
「よし、私も行ってくるね」  
「あっ、凛ちゃん待ってー」  
「あ、ちょ、私も私もー」  
「……加蓮、仕事行こう」  
「ふふ。うん、行こう、奈緒」  
「……みんな、可愛いわねえ」  
「うふふ、はい…………けど、プロデューサーは渡しませんよぉ」  
「あら、プロデューサーくんは1人のものじゃ無いわよ? ――今は、だけど」  
「……うふふふ」  
「……にししし」  
「……一緒に仕事出来る分だけ、まだ私が有利な筈。うん……頑張ろう」  
 

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