「ん……んむ、っ、んんっ」
「ふう……ん、んっ」
湿った水音と、荒くそれでいて密やかな息遣い。施錠したとはいえ奇妙な
空疎感のある事務所には、互いをまさぐる衣ずれの音さえ響き過ぎるほど
響いている。
「ん、ぷぁ……プロ、デューサー、プロデューサー」
「楓……愛してる、楓」
長い間、互いに隠していた感情。それがふとした弾みであふれ出たのは、まだ
ほんの数刻前のことだ。
遅い時刻に二人きりとなった事務所で、内緒だと彼女が取り出したウイスキー、
それを味わううちに、つい心のタガが外れてしまった。俺だけならまだしも、
彼女のそれも緩み始めていたのに気づいてしまった。
アイドルという存在である楓を、愛してしまったその初めはもうずいぶん前だ。
長い口付けを離し、彼女の頬を撫でる。指の触れたところから体温と、その
内側の熱情が感じられるようだ。
「何度目かのライブバトルで、楓に初めてリーダーを任せたとき」
「負けちゃった、ライブですよね」
「落ち込む他のメンバーに明るく声をかけてくれて、結局みんなが救われた」
一番年かさなのは彼女だったが、キャリアで勝る若いメンバーもいた。勝負は
水物とは言え、あの敗北は俺の責任だった。
「戻った楽屋で一人ひとりを励まして回ってくれた。本当は、楓が一番ショック
だったろうに」
「初心者が負けるのは、怖くないです。それに、プロデューサーがいてくれたから」
「俺が?」
「私をリーダーに指名したのはプロデューサーでした。私はそのとき、勝っても
負けても私の役割は同じだ、って思ったんです」
「俺はあの時、楓に惚れたんだと思う」
「私も、です」
あらためてその細い体を強く抱きしめる。彼女も俺の胴に両手を回し、
上向いて目を閉じるのに応じる。ふたたびの、長いキス。
「プロデューサー」
「うん」
やがて、楓がこう言った。
「立ち話も少し疲れました」
俺の体の後ろにはパーティションで区切られた仮眠室がある。この事務所では
もっぱら、俺の寝床になっている。
楓は俺の体を、そちらに押しやろうとしている。
「楓?」
「さっき、私、言いました……今夜だけ、って」
「だが、……いいのか」
「こういうとき、男の人って、問答無用で押し倒すものなのでは?」
そう促され、俺はその言葉に従った。
高校生同士ででもあれば、服などかなぐり捨てて欲望に身を任せたろう。だが
俺たちはそういう時に先のことを考える性分がついていた。俺は明日もこのスーツで
仕事をせねばならないし、彼女にしても寝皺のついた服で移動するわけには
行かない。熱に浮かされたような衝動と妙に冷静な思考のバランスをとりながら
それぞれに、上着をハンガーにかけた。
俺が振り返った時、楓は仮眠室のせんべい布団の上で、下着姿で座っていた。
「……きれいだ」
「あまり見ないでください。恥ずかしいから」
「水着グラビアだって撮ったじゃないか」
「あの時はまだ……こんな気持ちじゃなかったから」
ゆっくり近づき両手で肩を抱いてまたくちづける。
「楓、俺はもう迷わないよ。明日になったらめちゃくちゃに働いて、俺は楓を
トップアイドルにしてみせる」
「私も、頑張ってついていきます」
「だから」
「ええ、だから」
胸元で交差させていた腕を解き、俺の包容を抱き締め返す。
「だから今だけは、アイドルではない私を、見ていてください」
ゆっくりと身を倒してゆき、重なったまま敷き布団に倒れ込んだ。
「灯りを消せとは、言わないんだな」
「プロデューサーの顔、見ていたいから」
「なにやら、恥ずかしいな」
「あなたの方が?ふふっ」
「なに、いまから楓を、もっと恥ずかしくしてやるさ」
「っあ」
首筋にキス。喉にキス。鎖骨の窪みに舌を這わせ、唇のスタンプを次第に
胸元に下ろし、片手を背中に回してホックを外した。
ぷつん、と音を立てて浮いた隙間に指を差し入れる。
プロフィールは把握していても、数字と実感は大違いだ。ストラップから腕を
抜き、ブラを外すのに彼女は静かに従い、やがてやわらかい丘陵が現れた。
さすがに恥ずかしいのか、手を上げて隠そうとする。
「……あまり、大きくないから」
「美しいだけで充分だ。それに、きっと」
そっと腕をよけ、うやうやしくキスを捧げると、きゅっと体を固くする。まだ
上辺に唇を当てた程度だが、その皮膚を通して彼女の鼓動が聞こえてくるようだ。
……四つ、五つ、六つ、と少しずつ頂上に近づくにつれ、鼓動は早まりを見せる。
薄桜に輝く丸い実を唇でつまむと、ついに声が漏れた。
「ぅあ、っ」
「ほら、こんなに感じやすい」
「こ……れは、プロデューサーが、うまっ、過、ぎるから……あっ、ですっ」
俺の頭を胸にかき抱く形のまま、途切れ途切れに言い訳をする。言葉が続かない
のは、俺が愛撫をやめないからだ。
「そんなに上手いかな?大した経験持ちじゃない」
「じゃあ……天才、ですね」
「誉められたからには、もっと頑張らなければな」
「ひぁ!」
彼女の白い肌を蹂躙し続け、俺の唇と舌はさらに版図を拡げる。肋骨の隆起と
窪みを交互に味わい、しなやかな腹筋の弾力を確かめ、同時にその下の布地に
指をかけた。
「あ……そこ、は」
「いいかい?」
「……はい」
一糸まとわぬ姿となった彼女は、天使と見紛う美しさだった。先ほどから体勢を
下ろし続けていた俺は、さながら平伏して美神を崇める信徒のようだ。
「楓……きれいだ」
「そんなに見つめられたら、恥ずかしいです」
「恥じるどころか誇るべきところだと思うよ。ここも」
滑らかな腹の中心の小さな窪みに、舌を差し入れる。
「ふぁ」
「ここも」
すぐ下に萌える密やかな繁みを口で挟む。
「ん、くふ」
「それに」
「っあ!」
さらに奥のすぼまり、芳醇な香りを放つ第二の唇。強く吸うと激しく反応し、
体を折って俺の顔を抱え込んだ。
「ああ!あんっ、ふう……うっ」
「こんなになって、俺に感じてくれているんだな、楓」
「あ、あんっ、ぷ、ぷろ……はげし、す……っ」
膝を押しやると自然に足を開く。その中心で舌をひらめかせ、だんだん熱を持つ
花芯ととめどなく流れる蜜を舐め続けた。深呼吸するような息遣いと華奢な肢体が
痙攣するのを感じ、その間隔は次第に短くなってゆく。
「プロ、デューサ、あっ、もう……私、わたしっ、も、う」
「いいんだ、楓、感じるとおりにしてくれればいい」
「あ、ああっ……プロ……っ」
やがて俺の頭を抱える力がひときわ強まり、舌先をねっとりとした熱い脈動が
打った。夢中で、細い腰を抱き締める。
「ぅく!……はっ……ぁ、ああ、あっ」
彼女の抱擁が弱まるのを待ち、顔を上げて向き合った。布団に横たわる彼女は
目をつぶり、頬を赤らめて荒い息をついていた。
「楓」
「……ずるいです」
「なにが?」
「私ばっかり脱がされて、こんなにされて」
俺自身はスーツを脱いだだけなのに思い当たった。と、彼女が俺の下半身に
手を伸ばした。
「こんどは、私の番です」
「無理しないでも」
「して、あげたいんです。私が」
言うまでもないが、彼女のこういった方面への知識がどれほどのものか、俺は
知らない。年齢相応の経験はあるのだろうという予想と、俺のために無垢で
あってほしいという希望がない交ぜになる中様子を伺っていると、彼女は体の
上下を入れ替え、俺のトランクスに手をかけた。腹のゴムに隙間ができるほど
そそり立っている様を見つめ、いとおしげに布の上から撫でる。
「辛そう、ですね」
「楓のためなら、いくらでも我慢するさ」
彼女は俺の股間に語り、俺は彼女の尻と会話しているような状況。
「我慢なんか、しちゃ嫌です。……んっ」
そう言うと下着をずらし、ゆっくりと深く口に含んだ。
「……う」
「気持ちいい、ですか?」
俺の遍歴だってたかが知れている。普通の恋人にさえ苦労していたのだ、
セックスはまだしもフェラチオなぞ片手ほどの経験もない。
その数少ない経験からしても、彼女の口戯は俺に猛烈な快感をもたらした。
「ん……んんっ、ぷふっ、ん、く」
以前訪れた店で、いわゆるプロから受けたサービスとは段違いに稚拙では
ありながら、その繋がった部分から溢れてくるような感情の奔流が心ごとを
鷲掴みにし、愛撫してゆくのだ。
唇を大きく開き、まるごと含んで舌で、顎で頬で歯で丹念に刺激を寄越す。
技術を持ち合わせているわけではなくとも、口中の全てを駆使して俺自身を
もてなしてくれる悦楽に、たちどころに快感の頂点近くまで引き上げられてしまう。
「う……ううっ?か、楓……っ」
「我慢なんか、しないで」
くぐもった言葉でそう伝えてきたのが聞き取れた。しかし、言われるがままに
果ててしまうのも癪だし、なにかもったいない気もする。丹田にありったけの
気合いを溜め、そ知らぬ風で持ちかけた。
「俺だけ、ってのも、悪いから……そうだな、ほら」
「きゃっ?」
片方の足首を掴み、持ち上げると同時に体を90度転がした。
彼女と俺はさっきから、頭と足が互い違いになっていた。そこで横臥した状態
のまま、シックス・ナインの体勢に持ち込んだのだ。
「これで、一緒に楽しもう」
「やぁっ?プ、プロデューサー……っ」
弾みで歯でも立てられなくてよかった。唇を離し、戸惑ったように抗議するが、
股間に顔をうずめてみても拒絶される様子はない。ならばと、腿をかき抱いて
再び秘められた部分にくちづけた。
「ふぁ!」
「楓、愛してる。お前の全部を」
「あ……はあっ、ぷ、プロデューサー……っ」
彼女の柔らかく熱を持った肉の扉、その軽く開いた隙間からはとめどなく甘い
雫が溢れてくる。
口というより鼻面ごとを突っ込み、口じゅうで顔じゅうで彼女の熱を、
ぬめりを味を香りを感じる。やがて、また己の股間に強烈な快感を覚えた。
「う、ぉ」
「んむ……んくぅ、ふう、っ」
我に返った彼女が、再び俺に口戯を仕掛けたのだ。
先ほどの数瞬で動きを心得たのか、俺にしがみつくように体を支え、口いっぱいに
頬張っているのが感じられる。舌や口だけでなく手も駆使して、俺の敏感な部分を
次々と撫でほぐして行く。
「か……楓、楓っ」
「気持ちいい、れふか?」
ぴちゃぴちゃというぬめる水音の合間で、彼女が訊ねる。とは言え、彼女の
様子もずいぶん我慢を重ねているようだ。こちらの舌の動きにいちいち反応して
いるし、それに。
「ひっ?」
前触れなしに人差し指を差し込むと、びくりと身を震わせる。指はさしたる
抵抗もなく根元まで咥え込まれ、体内のとろけそうな熱とねじ切られそうな蠕動に
迎えられる。
「か、楓こそ……我慢、しなくていいんだぞ……?」
「くぅ……っ、ふ、うぅん……ふぁう、う、んっ」
中指も加勢させ、舌と片手で愛撫を徐々に激しくしてゆく。腰が自然と振れて
来るのか、横に寝転んだ体勢のまま腕や膝を突っ張ろうとしているのが見えた。
「ふぁ、ぷろっ、でゅ……さ、あ、あぁんっ」
「か、楓、かわいいよ、楓」
こちらの手戯が強まるにつれ彼女の反撃は弱まってゆき、やがて彼女は俺を
咥える口を離した。両手をつき、ゆるゆると上体を起こす。
「プ、ロ……デュー、サー、わ、わたっ……私……っ、あふ、っ」
「ああ……楓、言ってごらん?」
そのせつなげな表情が、余韻が走るたび小さく痙攣する体が、目の端に玉と
なった雫が、熱くむせるような吐息が全てを物語る。……その口から紡がれる言葉は。
「プロデューサー、わたし、に……して……ください……っ!」
俺に覆いかぶさってくる体を全身で受け止めた。体位は再び正常位に戻り、
彼女は俺に全体重をかけ、うねり、踊った。
仰向けのまま、抜かりなく枕元に用意していたゴムを手探りで装着し、今や
朦朧とした視線で俺の腹に愛液を塗りたくるかのようにうごめく尻を支えてやり、
狙いを定めてあてがった。
「楓っ」
「ふうっ、ぷろでゅーさぁ……っ」
両手をそれぞれに指をからめると、腰をわずかに持ち上げる。
「おいで」
「ふぁ、は、い……ぃ、っ」
手を握ってやるとともに、彼女は腰を落とし、俺を迎え入れた。
「くう……うっ」
「辛いのか?」
「だい、じょぶ、です」
握り合った両手に力がこもると、また腰をもたげ、ゆっくりと下ろす。もう一度
持ち上げ、そしてまたぺたりと尻をつく。
彼女の中は燃えるようで、その上意思でもあるかのように俺自身を握り込み、
吸い付き、離そうとしない。
「ふっ……んうっ、くふ……っ」
俺の腰の上でしなやかに踊るたび、髪がなびき、胸が揺れ、汗の珠が散る。
彼女の動きに合わせるように腰をグラインドさせると、ダンスに転調が加わり、
あえぐ吐息も次第に激しくなってゆく。
「っく、……っく、ふっ……くぅん……プロデューサー、プロ、デューサ、あ、っ」
「楓、楓……っ!離さない、俺はお前を、っ」
「ふあぁ!あん、あ、んっ」
動きに余裕がなくなってきたのがわかる。俺も同じだが、絶頂が近いのだ、と
思う。
「プロデューサー、プロデューサーわたしっ、私、もうっ」
「俺もだよ楓、おいで楓、一緒に」
「いっしょ、にっ……?」
「一緒にっ!」
握っていた両手を強く引くと彼女が俺に倒れこんでくる。それを受け止め、
両手を回し、強く強く抱きしめた。
「かえっ……で……ぇ」
「プロデューサー、プロ……っ!」
首を抱きかかえるようにしがみついてくる彼女を支えながら、名前を呼び、そして
二人で深く強いキスをした。強烈な高揚感とめまいのしそうな浮遊感の中、
彼女の体がひとしきり痙攣するのを感じた。
重ねたままの唇から漏れるのは快楽の吐息か、切なく俺を呼ぶ声か、
そんなものが混淆した彼女のひとしずくを、俺は吸い、飲み込んだ。
「私が初めてでなくて、残念でしたか?」
彼女が気を失っていたのはわずかの間で、添い寝をして顔を撫でてやっているうちに
目を覚ました。自分がまだ裸なのに気づくと頬を染め、蹴飛ばしてしまっていた毛布を
たぐり寄せた。
「学生時代ならいざ知らず、そんなことを気にする歳じゃないよ」
「そういう言い方すると、私も道連れみたいでなんか嫌です」
「楓は、俺が童貞のほうがよかったのか?」
「……どうでーも、よかった、です」
「はぁ」
ある意味いつもの調子だ、よしとしよう。
「俺は、いま楓と出会えたことが幸せなんだ。過去の楓も未来の楓も、そりゃもちろん
気になるさ。でも、今の俺にとっていちばん大切なのは」
顔を近づけ、ついばむようにキスをする。
「いま、ここに楓がいることなんだ」
「私も、です」
彼女が片手をつき、ゆっくり身を起こした。一旦かけた毛布が肌を滑り落ち、
まぶしい裸身があらわになる。
「帰るのか?その方がいいな」
「その方が、とは?」
「明日もライブでみんなが朝から集まる。俺はともかく楓が前の日と同じ服を着て
いたら、さすがに勘ぐる子だっているだろう」
「みんなに、わかってしまうかしら」
「絶対とは言わないが、リスクは避けなければ。俺たちは子どもじゃない」
それは、今宵だけの逢瀬を翌朝に残してはならないということだし、それを計算に
入れる分別があるということだ。
「プロデューサーはどうされるんですか?」
「俺は泊り込みもちょくちょくだし、大丈夫だろう。実際、明日の資料を揃えておかなきゃならない」
残念だが、そういう部分に気づいてしまう、ということなのだ。
着替えでもするのかと彼女を眺めていると、そのまま仮眠室のドアを開けた。鍵は
かけた、と思っていても、裸のまま事務スペースへ歩み出る姿に動揺と、同時に
軽い興奮を覚える。
「楓?」
呼びかけには答えず、自分のバッグを持って戻ってきた。
「プロデューサー、『私たちは子どもではない』、という言葉の意味は」
化粧品でも取り出すのかと思いきや、そこから取り出したのは……替えのワンピースだ。
皺の出ないように畳んであったのだろう、ふわりと広げて体に当ててみせる。
「そんな好奇心旺盛な子どもの追求を、きれいにかわせるということなんですよ?」
「……なんと」
「今夜のためではなかったのですけれど、役に立ってしまいました。ふふっ」
俺が言葉も出せず固まっている間に服をハンガーにかけ、彼女はふたたび布団の中に
舞い戻ってきた。
「今夜は、一緒にいてもいいですか?」
「あ、ああ。もちろんだ、嬉しいよ」
「私も、です」
俺に覆いかぶさってくる彼女を、あらためて抱き締める。
互いの瞳を見つめ合い、幾度目かわからなくなったキスを交わす。
唇を合わせ、舌を絡ませ、そうして俺はまた、彼女の想いの雫を飲み下した。
end.