明け方3時  
島村卯月からの電話からやっと開放された椎名法子はドーナツを食べていた。  
昼間に三村かな子からもらった特製ドーナツ。  
おすすめだからと7つも渡されたそのドーナツをまずは一つ取り出して食べる。  
「うん。おいしいっ!明日お礼言わないとなぁ」  
素直な感想を述べ、椎名は部屋へと就寝に向かう。  
(明日は杏先輩とお仕事かぁ・・・頼れる人気のある人なんだけど・・やる気のなさがなぁ・・すんごい可愛いけど)  
そんなことを思い椎名は眠りについた。  
 
明け方7時  
朝目覚めた椎名がやるべきことはまずは杏へのメールだった。これは昨日プロデューサーにもお願いされていた。なんでも僕が電話しても出ないから、だそうだ。  
「今日はよろしくお願いします!おいしいドーナツ食べてがんばりましょー♪」  
自分の携帯にあるドーナツの画像も一緒に添付して送信する。ベッドから出、着替えをすませると程よく携帯からメールの受信音が鳴った。杏からだった。  
「えー(キラキラ!ドーナツくれるの!おーけー、がんばろーねー☆」  
(あははぁ、やっぱり可愛いなぁ。やる気出してくれて良かった)  
淡々と身支度を済ませドーナツとサイダーを持ち、自転車に乗り現場へと向かった。  
 
現場に着くと控え室で待ってるように言われたので椎名は控え室へ向かう。  
カチャとドアを開けるとそこにはいつもと違う杏の姿があった。  
(R+の衣装・・・?可愛い)  
「お〜、法子ちゃんだ〜、おはよ〜。」  
カチャカチャとゲーム機をいじりながらの挨拶。どうやら服装以外はいつもどおりのようだ。  
「おはようございます杏先輩!可愛い服ですね。」  
机をはさみ正面に座る。  
「ん〜、なんかね〜、朝のローカルガチャでなんかあったらしくて朝から特訓されちゃったよー。レッスンもベテトレさん20人くらいつけられて大変だたのよ〜」  
机にぐてーと倒れこむ杏に椎名は大変だなぁ、と素直に思った。自身もバレンタインの時にベテトレのレッスンを受けたことがあるからだ。  
「あぁ、あれはなんかひどいですよね?こっちはのんびりフェイフェイさんとかとレッスンしたいのに!災難でしたね、ドーナツでも食べて忘れましょ、やけ食いですよ、やけ食い」  
そんな苦労した結局MM特訓のバレンタインは倉庫に閉じ込められていることを思い出し腹を立てながらドーナツを机に出す。  
「あ〜、ありがとぉ〜」  
杏の笑顔の可愛さに心を奪われた椎名は自身が食べるのも忘れ、見とれているのだった。  
 
一時間くらい経っただろうか。杏は眠ってしまっていた。  
朝からのレッスンに特訓、疲れているんだろう、と考えた椎名はそっと自身の上着をかけてあげる。  
(まだ3月で寒いのに半そで・・・かぁ。う〜ん。抱きしめたいなぁ。そうだよね!寒いとカゼひいちゃうもん。あっためる目的だもん。それ以上の意味はないからっ。)  
無防備な杏の隣に寝そべり、そっと手を回し、抱きしめる。  
(ふぁぁ、杏先輩ちっちゃい・・吐息が胸にあたってなんかドキドキしちゃう。ダメ、私の心臓!杏先輩が起きちゃう!)  
しかしドキドキはとまらない。  
温かな体と女の子のやわらかさ、そしていいにおい。椎名の理性はもう限界だった。  
髪をさわり、背中を触り、お尻へ、足へ。ゆっくり触る。  
サラサラな髪すべすべな肌。限界を超えた。もう無理だった。  
(髪になら・・・起きないよね?)  
そっと髪に口づけをした。  
ぼっ、と顔が熱くなるのがわかった。  
そうして椎名は仕事開始までの30分間、杏の頭を撫で、時折髪にキスをしながら過ごした。  
 
「プロデューサ〜?帰りたい」  
「何言ってんだ。ここまで来ておいて。LIVE待ってるファンの人はどうすんだ」  
いつもどおりのやり取り。今日の仕事はライバル対決を含んでいるらしい。艶娘のあずきちゃんが相手らしく、杏先輩でも勝てるかどうか微妙らしいのだ。  
(な〜んで私が呼ばれたんだろ?私がいてもたいした力になれないのに・・)  
杏の隣にはふさわしくない。そう思うと胸がくるしくなった。  
「何暗い顔してんの〜?ドーナツパワー切れた〜?なら杏のドーナツをあげよお」  
ポケットから飴玉を出す杏。  
まったく、LIVE衣装に何入れてるんだこの人は。でも  
「ありがとう杏ちゃん」  
!言ってから気づいた、杏ちゃん。先輩に対してこれはまずかった。と悟った。いくら小さいとはいえ先輩なのだ。こんな子供扱いしたら、嫌なんじゃないか、気分を悪くしちゃうんじゃないか?そう思った。  
「杏ちゃん。かいいんじゃないかぁ?杏、椎名ちゃんのことはお姉ちゃんと呼んでいこう。姉妹として売れば二人とも可愛いしいけるんじゃないか」  
まさか、だった。このプロデューサーは何を思ったのか、フォローのつもりなのか変な提案をした。  
「え〜、なんで〜、なんかめんどいぃ」  
杏はいつもどおりなのだが椎名は相変わらず真面目な顔が続いていた。  
「いやぁ、さっき控え室での二人が中々絵になってたからなぁ。仲の良い姉妹みたいな感じでな」  
ぼっ、とまた顔が熱くなるのがわかった。  
控え室に呼びにきたプロデューサーにはさっきの光景は見られていた。  
そのときは冷静に杏先輩、起きてください。と平静でいられたのだが今回はそうもいかなかった。  
杏もまた椎名と同様に顔を赤らめていたのだ。  
「あ、あの、その、わた、わたしは」  
上手く言葉にできない。伝えたいことが伝わらない。  
でも伝えたなきゃ、姉妹として一緒の舞台に立ちたい。ただそれだけなのに言えない自分は下をただ向くしかなかった。  
「プロデューサーさーん。ちょっといいですかー」  
「はーい。すまんがちょっと行くぞ」  
逃げるなぁ。と二人は思ったことだろう。プロデューサは逃げるように呼ぶ声にひかれていった。  
 
「あの・・」  
沈黙を破ったのは杏のかすれたような声だった。  
「あのね、杏は、法子ちゃんのこと。お姉ちゃんって呼んでも・・・いいよ」  
スカートをしっかり両手で握り締め、顔を真っ赤にしてまっすぐ見ていた。  
その姿に椎名も本気で答える決意が固まった。  
「わ、私はお姉ちゃんって呼ば、呼ばれたい、けど!まずは、杏ちゃんって呼びたい。先輩とか後輩じゃなくて、対等な友達になりたい!」  
何故か涙が出ていた。あれ、あれ、とぬぐってもぬぐっても止まらない。  
杏はきょとんとしていた。そしてゆっくり近づき、椎名を抱きしめる。  
「なんで泣くの。泣かないでお姉ちゃん。杏は最初から対等だって思ってたよ。むしろショックだよ。対等だって、友達だって思ってたのは私だけだったなんて」  
椎名もはっとして杏を抱きしめた。  
「私、先輩だから年上だからってどこか遠慮してた。でも、そうだよね。違うよね。杏ちゃんはいつも友達として接してくれてた。ごめんね。出来の悪いお姉ちゃんでごめんね。」  
お互い泣いていた。でも笑っていた。  
くやしさからの涙はうれしさの涙へと変わったとき、この世界に新たな姉妹ユニットが誕生したのだ。  
 
 
「急ぐよ!杏ちゃん!」  
「ちょ、ちょいスタミナやば・・ゼェゼェ・・」  
二人は廊下を走っていた。  
涙で服が濡れたから着替えていたのだ。  
「ほら、」  
椎名が手を伸ばすと杏はその手をとり、言う  
「お姉ちゃんおんぶ〜」  
「え〜、杏ちゃんスキル発動はやすぎー、」  
へへ、あははと二人は笑う。  
向かう先は最強艶娘、たった二人で勝て相手ではない。だけど二人には負ける気なんてなかった。  
「おねーちゃん、プロダクションメンバー呼んだんだよね?」  
走りながら聞く杏にVサインを送りながら答える。  
「うん!みんなにメールしたってプロデューサーさんが言ってたよ」  
「初の私たち二人の舞台!負けるわけにはいかないからね!」  
舞台裏へと着いた。  
やる気の杏の強さは誰にもわからない。いや、やる気なのは杏だけではない。  
椎名もそしてプロメン全員がやる気だ。  
あの杏がやる気!?と驚き、そしてその事情を聞いたみんなが本気になったのだ。  
絶対に負けない!ここまでみんなの力が一つになったのはこれが初めてのことだろう。  
「勝ってさ、戻ってきたら。今度は好きなとこにしても・・・いいよ」  
ボソっと言う杏の声に椎名は反応する。  
「?何が?」  
「キス…」  
驚き、照れ、そして落ち着いて答える。  
「起きてたんだ…恥ずかしいな。」  
「椎名だけに恥ずかしいなって?」  
「そんなシャレ言う子の口はキスでふさいじゃうぞー」  
本音を混ぜた冗談。もどかしいけど素直に言うのは恥ずかしい中学生。それが私。  
「これが終わったら。好きなだけしていいよ。あ、杏もそのしたいし・・・って、わぁ!」  
真っ赤になりながら言う杏の手を握り締め、舞台へと飛び出す。  
[ミルキィガール姉]椎名法子  
[ミルキィガール妹]双葉杏  
その服装は誰もがはじめて見るだろう服だった。  
みんなこの時のバトルを忘れることはないだろう。  
 
 
拍手喝采の後、トークも何もなしに今回の舞台は終幕を迎えた。  
「終わったね、杏ちゃん」  
「そだね。おねーちゃん」  
控え室に二人の声だけが広がる。  
それ以外言葉を交わさぬまま、二人は約束を果たしたのだった。  
 
「ふわぁ〜!あー!ふ、二人とも!そんな関係だったなんて!姉妹でそんな!いや、姉妹じゃないけど!え〜!」  
大きな声で叫びながら走り去る純粋奏者。純粋な彼女にはまだ早い世界なのだろう。  
「「って、ちょっ!待っ!」」  
二人は追いかける。手を繋ぎながら。お互いの温かさを確かめ合いながら。  
 
fin  
 

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