アイドル:渋谷凜  
 
 
「――ごめんなさい」  
 学校の正門前、放課後になったばかりで人通りの多い場所にそれまで相対していた男の子を残して、私――渋谷凜は脚を進める。  
 行く先は、所属するアイドルプロダクションの事務所。  
 今日は特に仕事が入っている訳でもなかったが、アイドル――半年ほど前にスカウトされて以来、特に用事が無くても事務所に顔を出す習慣が付いてしまっていた。  
 といっても、初めは率先してではなかった。  
 家の手伝いもあるし、学生なりに遊ぶこともあれば宿題もある。  
 それらと有るか分からないような仕事を比べれば、別に用事が無ければ行かなくていいかなんて思っていたこともある。  
 けれど、駆け出しぺーぺーのアイドルである私が仕事を選べる立場ではないことを、その時の私は理解していなかった。  
 服飾メーカーのモデルの仕事が取れた、と自身のプロデューサーから連絡が来れば、その仕事日は当日――連絡を受けた時間だったりする。  
 慌てて事務所に駆けつけて、そのままプロデューサーの運転する車で撮影現場まで行って。  
 大変だった。  
 しかも、それが一度や二度では無いのだから溜まったものではない。  
 カラオケの途中に呼び出され、家――花屋の接客中に呼び出され、宿題中に呼び出され。  
 仕事が選べないにしても限度があるだろう、とプロデューサーに愚痴れば、すまん、と申し訳なさそうに一言。  
 それからだ、私が特に用事が無くとも事務所に顔を出すようになったのは。  
 今日も、そのつもりだった――いや、今もそのつもりだ。  
 ただ、学校の正門前で違うクラスの男子に呼び止められ、あまつさえ告白紛いにデートに誘われたりしなければ、私はそのまま事務所へと向かっていただろう。  
 ただまあ結局の所、仕事があるからと言って、今こうして歩いている訳なのだが。  
 
 そうして、学校から少し離れて歩くこと少し。  
 パッパッ。  
 車のクラクションの音がして、振り向いた。  
「よう、凜。これから事務所か?」  
「……プロデューサー、どうしたの?」  
「どうしたもこうしたもあるか。営業周りの帰りだよ。なんだ、事務所まで行くなら乗っていくか?」  
「……うん」  
 白い、アウトドアなんかが良く似合う車に、良く見覚えのある顔――似合わないサングラスをかけた、プロデューサーの顔。  
 その顔が何となく疲れているように見えて聞いてみれば、営業周りの帰りらしい。  
 たまたまその帰りに私を見つけて声を掛けたのか、と思っていれば、車に同乗の誘い。  
 どっちみち同じ事務所に行くのならと、私は頷いて車の助手席に乗り込んだ。  
「……デートの誘いは断ったのか?」  
「……見てたの?」  
「見てたっつうか、学校の前んとこに信号があるだろ? そこで赤信号待ってたら学校の前に凜の姿が見えてな、なんか男の子と話してて。そしたら、近くを通った女の子がそんなことを話してたって訳だ」  
「……そう」  
 ぶおん。  
 私が乗り込んで走り出した車は、すぐさま赤信号に止められる。  
 そろそろと横断歩道の前で車が止まれば、思い出したかのようにプロデューサーが口を開いた。  
 きっと、あの渋谷って子、また男の子の誘い断ったみたいよ、まあ高飛車なつもりかしら嫌になるわね、とかそんなところだろう。  
 そんなのだったか、と聞いてみれば、良く分かったな、と驚きの声。  
「……アイドルって、大変なんだね」  
「なんだ、今更。嫌になったのか?」  
「別に嫌になったわけじゃないけど……CD出してデビューして、テレビに出るようになった途端に周りの目つきが変わるんだもん。嫌っていうよりは、どっちかっていうと面倒くさい」  
 本当に面倒くさい。  
 アイドルとして本格的にデビューする前――アイドル候補生なんて呼ばれていた――は、特に誰の反応が変わるなんてことは無かった。  
 それは、きっと身近にアイドルになろうとする少女がいるというだけの認識で、きっとその人達にとっては私はアイドルと認識されていなかったのだろう。  
 けれど。  
 ちらり、と隣で運転に集中するプロデューサーを見る。  
 このプロデューサーのおかげ――自分の力だなんて自惚れることもなく――で、私はアイドルとしてデビューすることとなった。  
 私一人だけのデビューではなく、同じプロダクションに所属する4人のアイドル達と一緒にではあるが、デビューしたことには変わりない。  
 ニュージェネレーション。  
 そう名付けられた私が属するアイドルグループは、本当に色々なアイドルで固められており、私としても楽しいことではあった。  
 けれど、アイドルデビューは私を変えた――否、変わったのは私の周囲だったのだ。  
 
まずは、男の子の目つきが変わった。  
 それは同じクラス、同級生、先輩後輩を問わずであって、先生から街ゆく人まで様々であった。  
 アイドル、という人種が珍しいだけだと私は思っているが、さすがににやけた笑みで見られるといい気はしない。  
 学校前でデートに誘ってきた男も、そんな感じだった。  
 男の子の態度も変わったが、女の子の態度も変わった。  
 クラスの子達は私のことをアイドルとしてちやほやしてくるが、その瞳の中には色々と複雑な感情が渦巻いていることを知っている。  
 羨望、嫉妬、どうして、こんな。  
 女の子の感情は男の子のそれより色々と複雑でどろどろとしたものだけど、それらを全て向けられてくるのだ、色々と辛いと思ったこともあった。  
 まあ、それも今となっては慣れたもので。  
 プロデューサーからあしらい方を学んだのが、ついこの間のことだった。  
「……やっぱり、アイドルとしてデビューなんてすると、見る目が変わるのかな?」  
「そりゃ当然だろ。ついこの間まで普通の同級生だったのが、いきなりアイドルだぞ? 凜だって、クラスの男子がオリンピックなんて行ったりしてみろ、見る目変わるだろ?」  
「……別に、変わらないと思うけど」  
「……まあ、凜ならそうだろうな」  
 プロデューサーに言われて、ふと想像してみる。  
 例えば、今日デートに誘ってきた男の子。  
 彼がもし……凄い運動神経の持ち主で何かのスポーツでオリンピックに出場したとする。  
 オリンピック選手、そんな肩書きを持った男の子にデートに誘われたらそれに自分はついていくだろうか。  
 答えはノーだ。  
 男の子がオリンピックに出たとしても、それはその人が一生懸命頑張った結果であって、それを特別視することは私には出来ないと思うし、しようなんて思わない。  
 そんな私の答えをもともと予測していたのか、苦笑いにも近い笑みでプロデューサーは前を向いていた。  
 その横顔を見て、私はふと思ったことを口にした。  
「……プロデューサーは、私がアイドルになって見る目が変わった?」  
「はぁ? 何言ってんだ、凜?」  
「ん。ちょっと気になっただけ……」  
「変わるも何も、俺は凜をアイドルとしてデビュー……いや、トップアイドルにするためにプロデューサーやってるんだぜ? アイドルデビューしたからって変わる訳無いだろうが」  
「そっか……それもそうだね」  
「だろ」  
 精悍、とは言い難い。  
 整っているとは言わない。  
 それでも、少しだけ引き寄せられる横顔が、人なつっこい笑みに変わって私に向けられれば、何だか少しばかり嬉しい。  
 でも。  
 見る目が変わることは無い、と言われれば、少しだけちくんと痛む、胸の奥。  
 何故だろう、なんて自問にひたる暇もなく。  
 車は事務所へと到着していた。  
 
◇◇◇  
 
 
◇◇◇  
 
「お疲れ様でした……って、やっぱり誰もいないか」  
「ちはやさんもいないの?」  
「その千川さんから先に帰りますって連絡があったからな。まあ、誰か残ってるとは期待してなかったが」  
「ふーん……」  
 そうして、今日も今日とて臨時の仕事が入った、その帰り。  
 ラジオ収録のゲストがダブルブッキングした、その代役としての仕事をやり遂げた私とプロデューサーは、時計の針が23時を過ぎたころに事務所へと帰り着いた。  
 ラジオ収録自体は初めてではなかったが、まさか自分の曲が流されるとは思っていなくて。  
 少しばかり恥ずかしい思いをしたからか、11月も終わりだと言うのに、顔が少しばかり熱かった。  
「うー、寒い寒い……っと、そういや、家に帰らないと不味いな、凜」  
「ん……大丈夫だよ。遅くなるって連絡は入れておいたから」  
「しかし、そうは言ってもな……」  
「書類作るのに私も必要なんでしょ? なら、さっさとそっちやっちゃおうよ」  
「……分かった。急ぐからな、少し待ってろ」  
 う゛うん。  
 古くさい事務所に似つかわしい、これまた古くさいエアコンが暖気を吐きだしていく音と。  
 プロデューサーが起動させたパソコンの音が聞こえた後には、カタカタとキーボードを叩いていく音。  
 ぐびっ、と温くなった缶コーヒーを少し口に含んで、真面目な顔してパソコンとにらめっこするプロデューサーを見た。  
 
 私と彼の出会いは、高校に入学してしばらくしてのことだ。  
 テレビ、CM、雑誌、モデル、etc……どこを見てもアイドルと呼ばれる職種がいる時代にあって、女の子の夢は大抵の如くがそのアイドルになることにある。  
 かくいう私も――なんて言うことはないが、家が花屋を営んでいることもあってか、常連さんに強く勧められて、アイドルオーディションなんてものを受けることになった。  
 可愛いから、綺麗だから、なんて言われて受けたオーディションであったが、元々受けるつもりもなく、また受かるつもりもなかったオーディションには結局のところ落選することとなった。  
 そもそも、趣味が犬の散歩では普通過ぎただろうか。  
 そんなことを思いつつオーディション会場から帰ろうとしていた私に、彼――プロデューサーは声を掛けてきたのであった。  
 アイドルになってみないか。  
 それは、至って普通の言葉だった。  
 だけども、彼の視線が真摯で、真面目で、真剣で。  
 魂が揺さぶられた――なんて格好いい言葉を使うほどじゃないけれど。  
 それまで、ただ普通に生きて、普通に恋愛して、普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に死んでいくんだろうなって思ってた私にとって、それは凄い特別のことのように思えた。  
 だからこそ。  
 普通の言葉で、普通じゃない世界へ誘ってきたプロデューサーの言葉を受けて、私はアイドル――その時は候補生だったけど――になったのだ。  
 ちなみに、後でプロデューサーに何で私をスカウトしたのかを聞いてみたのだが。  
 優秀な子は大手プロダクションが取るだろうから、明らかに落選したであろう子を狙っただけだ、と聞いた時には些かむっとしたものだった。  
 それでも、と思う。  
 それでも、私がアイドルになってみようか、なんて思ったのはプロデューサーの影響だ、なんて思ってしまう。  
 デートに誘ってきた男の子には感じなくて、プロデューサーには感じてしまうその影響力――何か惹き付けられる力。  
 それがどこか心地良いと思いつつも、その感情には名前が付いていなかった。  
 
 
「……っと、これで良し。凜、今日の仕事で感想とかあるか?」  
「……急な仕事は辞めて欲しい」  
「すまん、それは無理」  
「分かってる、今は仕事を選んでる場合じゃない、でしょ?」  
「……分かってるなら言わなくても」  
「でも、私もまだ高校生だからさ。あまり遅くまで仕事をすると学校で眠くなる」  
 それもそうだな、と笑い、俺はいつも寝てばかりだったな、とまた笑うプロデューサー。  
 いつも寝てばかりだったのに宿題を教えてくれるほどに理解しているのは、何だかずるい。  
 そんなことを思いながら、私は仕事中に感じた様々な感想を口にしていく。  
 その度にカタカタ、とキーボードの音。  
 最後にタンッ、と力強くキーボードを叩く音が聞こえると、終わった終わった、とばかりにプロデューサーの声が聞こえた。  
「あー、終わったー……って、もう24時前じゃないか。凜、さっさと戸締まりして帰るぞ」  
「うん、分かった」  
「流しでガスの元栓とかを確認してきてくれ。俺はこの辺のもろもろを確認しておくから」  
「りょーかい」  
 ぶつんっ、と暖房をまず切ったプロデューサーは、窓や色々な戸締まりを確認しに動き出す。  
 がたがた、と窓を確認して、がちゃがちゃ、と社長室へ続く扉の鍵を確認。  
 棚や引き出しの鍵が閉まっているのを確認して、ちょうどプロデューサーを見ていた私と視線が合わさる。  
 ばちっ、と。  
 正面から――本当に正面から合わさった視線に、何故だか顔に熱がこもるのを感じてしまう。  
 これも、プロデューサーの影響力。  
 それから逃れるために。  
「……流し、見てくるね」  
 私は、プロデューサーの視線から逃れるように身体を翻した。  
 
◇◇◇  
 
 
◇◇◇  
 
「悪い、日付変わったな」  
「別に。仕事で遅くなったんだし、プロデューサーが謝ること、無いよ」  
「まあ、俺がちゃんと仕事を選べるようになれば、凜に面倒をかけることは無いんだけどな」  
「……別に、面倒な訳じゃないし」  
 ちっかちっか。  
 車のウィンカーが鳴らす音と、横断歩道の信号の点滅が微妙に合わさる。  
 あっ、ずれた。  
 なんて思っていると、プロデューサーの謝罪の言葉に、私は複雑な感情を抱く。  
 プロデューサーは、私と自分の関係をアイドルとプロデューサーと位置づけている気がするのだ。  
 それは別に間違いではない、関係を示すのならば妥当な表現だろう。  
 けれど、プロデューサーのとらえ方で私が位置づけするのであれば、プロデューサーとアイドル、と言った方が正しいであろう。  
 細かいことは分からないが、どうにも、プロデューサーの中では私は彼より上、であるらしい。  
 ――対等に見て欲しい、だなんて、甘い考え。  
 アイドルとプロデューサー、という間柄よりも、一緒に進むべきパートナーでありたい、なんて考えが子供ぽくて、それがプロデューサーとの考え方の違いなんだろうな、なんて思えて。  
 けれでも、そのパートナーというのが、実際にどういう関係を表すのか、なんて考えたことも無くて。  
 プロデューサーの影響力、私の感情、色々なこと。  
 仕事よりもそっちを考えることの方が面倒だった。  
「……何なんだろ、これ」  
「ん、何か言ったか?」  
「別に」  
「……別に、って連呼してると、どっかのアイドルみたいに干されるぞ」  
「……そんな人、いたっけ?」  
「む。そっか……凜の歳じゃ知らないのか」  
 これがジェネレーションギャップか、なんて何かショックを受けているプロデューサー。  
 その悲しんでいるのかいないのかよく分からない横顔を眺めていると、車のラジオから聞き慣れた――私も歌った曲が流れ始める。  
 秘めた感情、外(せかい)に出して。  
 恋のように高鳴る鼓動、みんなに聞かせよう。  
 この感情(ときめき)が治まってしまう前に、感情(勢い)のままに走りだそう。  
 大丈夫、ガラスの靴は、私達みんなが持っている。  
 だって、私達はシンデレラガールズ。  
 
「……変えてもいい?」  
「だめ」  
「……聞き飽きたでしょ?」  
「いや、そんなことは無い。何回聞いたっていい曲はいい曲だし、それに、俺は凜の歌声を満喫してないからな」  
「別に、いつでも聴かせられるよ」  
「んー、そういうんじゃなくて……何ていうか、凜の声が聞きたいんだよなあ」  
「いつも聞いてるじゃん」  
「いや、そういうんじゃなくて……」  
 何て言えばいいんだろ。  
 運転しながらでも頭を抱え始めたプロデューサーに、少し可笑しいものを感じる。  
 歌声が聞きたい、声が聞きたい、なんてとても恥ずかしいことを言っているつもりが無いのか、真面目な顔をしたプロデューサーにばれないように笑う。  
 もっとも、恥ずかしいと思っているのは自分だけなのかもしれない、なんて思ってしまえば、可笑しさよりも恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じるのだが。  
 声、聞かせてあげようかな。  
 そんな感情が湧き上がれば、むくむくと湧き上がるのは別の感情。  
 それがあまりにも恥ずかしくて、けれどさっき聞いた自分の曲が頭の中に流れてきて。  
 感情(いきおい)のままに走りだそう、という歌詞に洗脳されたかのように、私は赤信号で止まる車の中で、シートベルトを外した。  
「……プロ、デューサー」  
「ん……どうした、凜?」  
「…………ん……プロデューサー」  
 信号はまだ変わらない。  
 それを確認した私は、勢いのままにプロデューサーへと身を乗り出す。  
 まだプロデューサーは私が身を乗り出しているのに気付いていない。  
 ちゅ。  
 私は、そのままプロデューサーの頬に口づけをして――耳元で、声を発した。  
 
「……え?」  
「プロデューサー、反応鈍すぎ。歳取りすぎたんじゃないの?」  
「いや、俺はまだ25……え? いや、今、え、凜?」  
「なに?」  
「今、何した?」  
「プロデューサーが声聞きたいって言うから、耳元で囁いた」  
「いや、その前」  
「……シートベルト外した」  
「その後」  
「…………プロデューサーのほっぺに、キスした」  
「それ、それだよそれ。えっ、いや、何で?」  
「別に……したかった、から」  
 若干慌て気味のプロデューサーが可笑しくて、少しばかり意地悪してみる。  
 けれど、それもこれまでか、と思って事実――プロデューサーの頬に口づけをしたことを口にしてみれば、可笑しさよりも何よりも、湧き上がってくるのは猛烈な恥ずかしさ。  
 冷静になって考えてみれば、何でしたのだろうと頭を抱えたい。  
 いや、別段嫌だったという訳ではなくて……これもプロデューサーの影響力か。  
「うーん……その、なんだ、凜?」  
「な、なに……?」  
「お前、その、あれだ、えーと……好き、だったりするのか、俺のこと?」  
「……え?」  
「いや、違ってたならすまん、悪いッ」  
 何でキスなんかしたんだろ、恥ずかしい、でも外国では普通って聞いた、いやいやでもここは日本。  
 ぐるぐると滅茶苦茶になりつつある感情が、後悔やら関係ないことやらを浮かび上がらせては消えていく。  
 しなければ良かった、なんて後悔しても、事実は消えることはなくて。  
 そうだ、眠たいから寝ぼけてたんだ、と意味不明な思考。  
 プロデューサーの声に慌てて返してみれば、逆に帰ってきた言葉――好き、という二文字に、また感情がぐるぐると回る。  
「凜みたいな年頃の女の子ってのは、好きな相手じゃないとそういうことしないと思ってたからな。まあ、あれだよな、いつものだよな、凜」  
 プロデューサーのこと、好きか嫌いかと聞かれれば、嫌いじゃない――まあ、好きな方だ。  
 けれど、それはどちらかと言うと、プロデューサーとして好きであって、それは家族や犬が好きだ、みたいな感情だ――私は、そう思っていた。  
 けれど、プロデューサーから好きなのか、と聞かれて、その目と声がまた真摯で真剣で真面目なものだったから、プロデューサーが聞いてきたのは、きっとそういう好きではないのだと知れた。  
 だから――いや、きっと。  
 どきんっ、と鳴った胸は、このときめきは家族に向けるものじゃないな、なんてことを理解してしまって。  
 プロデューサーに影響力――惹かれる力を感じるのも。  
 プロデューサーと対等な立場に成りたいと思うのも。  
 プロデューサーの姿につい視線を送ってしまうのも。  
 プロデューサー――その頬に口づけをしたい、なんて思ってしまうのも。  
 きっと、そういうときめきなんじゃないかって思って。  
 私は、ああこれが好きってことなんだ、と自覚することになった。  
 
「…………そっか」  
「ど、どうした、凜?」  
「くすっ。プロデューサー、慌てすぎ」  
「……俺はお前がそんなに落ち着いているのが不思議だよ」  
「だって……私、プロデューサーのこと、好きだし」  
「……お前は、本当に。いいか、凜、お前のその感情はただのまやかしだ。近くにいる男が俺だけだから抱いたもので、その感情はお前自身のものじゃないんだぞ」  
「別に。それでもいいよ」  
 だって、プロデューサーを好きなことには変わりはないし。  
 そう私が言えば、プロデューサーは苦虫を潰したような顔。  
 その顔が可笑しくてくすりと笑えば、プロデューサーの苦い顔はますます険しくなる。  
 その口が開かれる前に、私は口を開いた。  
「プロデューサーは、私のこと、嫌い?」  
「……なんだ、いきなり?」  
「ん……好きな人に嫌われるのって、嫌だからさ」  
「諦めるって?」  
「違うよ。……好きになってもらえるように、これからも頑張ろうかなって」  
 諦め悪いのな、凜。  
 恋する乙女は無限大なんだよ、プロデューサー。  
 くすくす、と。  
 いつもの私達のように笑うと、プロデューサーの顔から苦みがなくなる。  
 どこか力の抜けたような、いつものプロデューサーに、内心ほっとした。  
「そもそも、さ」  
「なに?」  
「……嫌いだったら、プロデュースなんてしようとは思わないよ」  
「……それって、好き、ってこと?」  
「さて、どうかな?」  
「む。…………ちゅ」  
 ただ、いつも過ぎて、若干悔しいものがある。  
 好き、という言葉を口にする度にどきどきと胸が高鳴って苦しいのに、それを受けるプロデューサーの顔が凄い普通なのが、なんだかとても悔しかった。  
 嫌いじゃない、なんて口にしても、プロデューサーの顔色が変わることはなく、むしろいつも通り過ぎた。  
 果てには余裕綽々のような顔でこちらに顔を向けるものだから。  
 悔しいと思った私は――後悔することになろうとも。  
 余裕なプロデューサーの顔を崩したいとも思って。  
 こちらを向いたプロデューサー、その唇に唇を合わせていた。  
 
 
(真っ赤に染まった顔を見られたくない、なんて子供な本心を隠したくて)  
 

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