封印していたのは魔法だけではなかったのだろう。  
 
 彼の目深に被ったフードからでも、宮殿に降り注ぐ光が織り成す紋様の美し  
さは伺えた。滑らかに整えられたサラの爪が、光を反射して眩い。シルクの袖  
から見える細い手が、そのまま幼いジャキの頬へと伸びて、円やかな表面を撫  
でた。  
 
「今日はどこに行っていたの、ジャキ?」  
 
 強がって見せる弟は深い眠りの中にいた。目尻には乾いた涙の後が見える。  
どこかでまた一人、寂しい気持ちを抱えていたのだろうか。たった一人の姉に  
だけ見せた素直さも今では遠慮がちになった。その上、海底神殿の建設に携わ  
るようになってから、それとなく距離を置くようになったのはむしろ弟のほう  
からであった。  
 
(どこに行ってしまうの?)  
 
 父王の霊廟に二人で赴いて、きっと母を支えると誓い合った日々が余りにも  
遠い過去に思えて、胸の苦しみを覚える。  
 姉の存在や温もりを猫のアルファドで賄っているのか。青い眼をした猫は、  
意図してなのか一声啼いた。  
 
 いつか、ジャキが一人歩いていくだろう日はもっと先のことだと思っていた。  
どんなに幼く見えても王族の一員として、その体に秘められた力とともに、姉  
の手助けを借りなくなる日が。  
 しかし弟は実年齢よりも成長が遅れて見えるのも事実だった。ボッシュは言  
った。なんらかの精神的なストレスがジャキの成長を押しとどめているのだと。  
 
 母がラヴォス神の力に魅せられ、海底神殿にかかりきりになっていることが、  
ジャキに影響を与えているのではないかと思った。だけどもしかすると、そう  
ではないのかもしれない。  
 
「予言者様、弟のことを見ていただけませんか。この子はこれから、  
どうなってしまうのか」  
 
 せめて姉である自分だけでも一緒にいてあげられればいい。いや、母がジャ  
キのことを認めてさえくれていたら。幼い弟が豊かな未来を歩いていくことが  
できるのなら。そう、サラは思わざるを得ない。  
 光の下で深い群青のマントに身を包んだ予言者は、姉弟が触れ合う場所から  
距離を置き、暫し沈黙を守っていた。  
 
「弟君を案ずるのであれば……」  
 
 男は言い掛けて言葉を止めた。サラは弟のためならば、身を窶してでも何と  
かするだろう。そして弟であったジャキは、そう、姉サラと同じことをするに  
違いないのだ。  
 身を隠して二人で暮らせと告げるのは簡単なようで難しかった。  
 魔王たる予言者は自らが過去に来たことは察したが、自分の記憶の中に予言  
者などという存在はいない。過去の行いによって未来が変わってしまうであろ  
うことは想像がついた。姉弟を安全な場所に移すことは可能だ。だが、それは  
長年培ってきた己の復讐の術を失うものでもある。サラがいなければラヴォス  
の復活は無理なのだ。なんらかの力が働いて、予言者自身の存在をも危うくさ  
せるかもしれない。  
 
「どうか仰ってください。せめて私が弟にできる最善の道をとってあげたいの  
です」  
「弟君は既に犠牲を払っている。ではサラ様は何を犠牲にされますかな」  
 
 
***  
 
 
 悲しみの連鎖の始まりは、父王の死かもしれなかった。  
 サラは死を知っていたし、嘆く母の代わりに三賢者とともに葬儀を取り仕切  
り、魔法王国の浮遊のための継承を行った。わずかに16歳の頃だ。その当時、  
弟ジャキは齢8にして魔法力もさることながら聡明と名高く王位はそのままジ  
ャキにと望む声もあった。  
 しかしジャキは死に直面したことがなかった。嘆く母の傍で、もう父はいな  
いのだと実感させるしかない。宮殿は父王の死で混乱していたし、その中で母  
子の様子に異変があったと気づくものはいなかった。  
 
「ごめんなさい、ジャキ。今日もガッシュ様の所で会合なの。母様をお願いね」  
「わかってるよ姉上」  
 
 ジャキはサラの顔に疲労の色が見て取れるくらいには聡かった。その姉を心  
配させることは本意ではなかった。  
 宮殿にはいまだ魔神器というものはなく、玉座の間の隣に位置する、姉弟の  
部屋と対をなす部屋が両親の居室だった。ジャキは重い足取りで向かう。きっ  
と母が自分を待っている。それは確かなことだった。  
 サラは母の身を案じている。ジャキとしても母が嘆く姿は見たくない。父の  
姿が見えなくなっても、せめて母と姉が再び笑顔になれればいいのだ。  
 
 扉の前にたつと魔法がジャキを感知して奥へと道をあけた。暗闇から母の泣  
き声が聞こえた。父のマントを父であるかのように抱いているのだ。  
 
 ジャキは死を知らなかった。アレイズするだけでいい状態と何が違うのか、  
誰も教えてはくれないのだ。  
 
「母様」  
 
 母の涙に濡れた顔がジャキを見つめる。解かれた髪は海のように波打って敷  
布の上へと広がっている。手がジャキを招き、その母の胸へと誘った。誰も今  
のジールの姿を見ていない。父のマントにまさか一糸纏わぬ姿でいるなどと誰  
も思っていないのだろう。  
 
「ジャキ、あの人と同じ瞳のジャキ」  
 
 ジールの肌や温もりは懐かしい思い出のものと同じだ。だがジールが求める  
ものはジャキを擦り抜けた先だった。  
 母が望むようにキスをする。頬に、瞼に、耳に、項にキスをする。母がそう  
やって次第にジャキを下腹部へと追いやる。本当はこんなことしたくない。だ  
けど姉にも誰にも知られたくない。  
 
「そう、ジャキ、そこ。あぁ、そこじゃ」  
 
 子が立ち入ってはいけない領域の匂いがたちこめていた。だけど涙を飲んで  
舌先を伸ばす。ジールの体が幼いジャキの舌によって打ち震える。  
 ジャキは嫌な予感がして、いつも通りよりも少し時期尚早だったか包皮に包  
まれた部分を吸い上げた。その瞬間、ジールの足がジャキに絡みつき圧迫した。  
 
「もっとじゃ!」  
 
 ジャキの体が反転して、ジールの髪がジャキを覆う。ジールのたわわな胸が  
ジャキを圧倒する。それはどう見ても子に対する態度ではない。怯えたジャキ  
は拒否の言葉を出すことができなかった。  
 勢いのままにジャキのローブをたくし上げて両手の自由は奪われた。幼い性  
器を巧みな手管でもって思いのままに濡れそぼさせた。  
 
「いやだ、いやだ、母様っ!」  
 
 母が怖い。どこかに意識が飛びそうになる。次第に自分が自分でなくなる感  
覚に追われる。未知への恐怖にここまで脅かされることは、これまでなかった  
ことだ。  
 
 ジールの紫の塗料で染められた爪が、抵抗するジャキの陰茎をいとも容易く  
従わせていた。鋭利な爪を立てられるには、余りにも無防備すぎる粘膜だ。抵  
抗の言葉も、懇願の涙も、肉体の支配から逃れることができずに、ジャキは生  
まれて初めての勃起を強いられた。  
 
「この愚かな母を慰めてくれるのであろう?」  
 
 ジールは手を添えて陰茎を扱きにかかった。なぜ濡れるのかもわからない。  
幼すぎるジャキの睾丸は未発達で、たとえ快楽の刺激に促されても最後の高み  
には辿り着けないのだ。もちろんそんなことは知らないジャキはただ翻弄され  
し続けるしかない。  
 燻り続けるもどかしい刺激。知らず知らずにジャキの口からは喘ぎ声が漏れ  
出していた。  
 
「いやっ……あ……っふ…ぅ――っあぁ」  
「艶かしいのう。もっと啼きや」  
「…っ……ゆ、許して……っ」  
 
 無意識の内に腰を揺すってることなど知らないのだろう。  
 それを認めたジールは笑みを浮かべたまま、ジャキの陰茎を口に含んだ。途  
端に、声にならない悲鳴が迸り、ジャキの腰は一瞬だけ凍った。射精に至れな  
い幼さ、ただ意識だけが遠くに飛んでしまったのだ。呼吸をすることも忘れ、  
天蓋を見上げたまま、涙が伝った。  
 
 もう嫌だ。このまま、そうこのまま眠ってしまえば。しまえれば。きっと、  
きっと姉上が助けてくれる。  
 違う。姉上は汚い僕を、もう助けてくれない。汚い僕を知ってしまったら姉  
上はきっと悲しむ。母上を救えなかった僕を、一緒に落ちてしまった僕を、き  
っと助けてはくれない。  
 
 
「苦しみは解き放ってやるぞえ」  
「え……――?」  
 
 ジールが舌先で亀頭をぐるりと嘗め回した後、ジャキに聞き取れない呪文を  
なにやら唱えた。それはまるで尿道を溯るようにしてジャキの体内に流れ込み  
睾丸まで直結した。  
 
「あああああああああ!!!」  
 
 背を弓なりに反らせ、その強烈な魔法に打ちのめされた。本当にそこだけ体  
から切り離されたかのように熱くて、それでいて感覚の全てがそこに集まった  
かのようだった。  
 ぶうんと重くなった睾丸をジールは満足そうに眺めてから掌で包み込み、ゆ  
っくりと転がし始めた。陰茎は先ほどよりも数倍かと思わせるほど成長し、も  
のの見事に包皮は捲れて亀頭は露わになっていた。熟れた果実に似ている。ま  
るで見たことのない亀頭に、ジャキはそんなことを思った。  
 
 異様だった。陰毛も生えていない股間にあるものが、成熟した大人と変わら  
ない形であることは異様すぎて、ジールとジャキにそれぞれ違う感情を増長さ  
せた。一方は興奮であり、他方は諦めだ。  
 
「見事じゃ、さすが妾の子じゃ」  
 
 ジャキの中で何かが死んでしまったのは、恐らくこの日に違いなかった。  
 
 そうしてジャキの上に馬乗りになったジールはゆっくりと胎内に陰茎を納め  
にかかった。ぬちゃりとした音が聞こえたかと思うと、予想だにしない刺激に  
包まれてジャキは呼吸するのを忘れた。  
 ず、と体重をかけて体を沈める。沈めきったところでジールも感触を楽しむ  
かのように、ほうっと息をついた。  
 
「どうじゃ? 何も言えぬか」  
 
 くつくつと笑いながら上半身を倒し、豊満な胸をジャキの顔に押し付ける。  
 
「舐めや」  
 
 自ら乳房を持ち上げて、ジャキに含ませる。抵抗のできなくなったジャキは  
舌に押し付けられた母の乳首に吸い付くしかない。両手は奪われたままで、自  
制も何もできない陰茎はジールに支配されている。  
 
 いつも通りのはずだったのに、一体何がダメだったのだろう。何を間違えて  
しまったのだろう。  
 
 荒くなってしまう呼吸に合わせて含ませられた乳首を吸った。考えようとし  
たが、まとまらなかった。幼いジャキには理解できるわけがなかった。  
 ジールは緩慢な動きでジャキとの性交を楽しんでいた。いや、愉しんでいる  
ように見えた。  
 
「くっ……そう、そうじゃ……あ、ああ、流石よ」  
「か、母様……っ…、ぁ……」  
「お前も、……感じるはずじゃ」  
 
 次第にジールの動きが速くなっていき、ジャキはそれに置いていかれそうな  
心地だった。ジールから抜き出される陰茎が見える。そうかと思った瞬間には  
ぐちゅりとまた体が密着する。ただ、そんなことが繰り返されているだけなの  
に、ジャキは自分がどこかに飛ばされそうな気持ちになる。  
 
「も、もう……母様、い・いやっ……いや、ダメだよ……」  
「達したいのだろう……? くっくっく……ああ、いいタイミングじゃ。さあ、  
遠慮せずにイけ! イくのじゃ!」  
「いや……っ……母様ぁぁぁぁ……っ!」  
 
 ジャキは強烈な刺激に成すすべなく、腰がガクガクと震え何かが陰茎から迸  
るのを、ぼんやりと感じた。自分の声すらも遠くに聞こえて、何故こんなにも  
全身から汗が噴出しているのか。それから周囲の空気が途端に冷えていくよう  
な感覚にただ怯えた。  
 母に何かを与えたというよりも搾り取られたと思った。  
 
 ジールはジールで、首を仰け反らせて膣内に叩きつけられるジャキの射精を  
歓喜に打ち震えて受け止めていた。ジールにとって久しぶりの感覚でもあった  
し、何も知らぬジャキという新鮮な獲物を前に今までにない心地ですらあった。  
それを受けてジールもまた絶頂に達し、己が胎内が満ち足りていくのを体を震  
わせて感じていた。  
 
 
 ジャキの体から退いて暫く、魔法をかけた陰茎は元に戻った。ジャキはそれ  
に気づくことなく意識を失い汗ばむ肌のままジールに抱かれていた。性交後の  
まどろみは何とも言えない気分を持続させていた。  
 ジールはジャキを抱き締めて、そのまどろみを享受していた。ジャキもまた  
無意識の中でジールの温もりをおぼろげに感じていた。おかしくなる前の母と  
温もりは、温もりだけは、同じだったのだ。  
 何かを求めるという欲に満たされた、その先にあるものが何だろうと構わな  
い。何も考えずに、彷徨い、揺蕩う。流れていく時間にだけ身を任せるのは、  
ただ甘美と言えた。  
 
「永遠に続けばよい。妾の王国、妾の世界じゃ」  
 
 
 
***  
 
 
 
 サラは提示されたものが何を意味するのか、理解したが納得したくなかった。  
 
「自分が女に生まれついたからには、それを武器にするときもある。母にそう  
説かれた事があります」  
 
 握る拳が震えているのが見えた。幼いジャキのいる部屋には居た堪れなかっ  
たのだろう。暗黙の内ににサラの部屋に移動したのはいいが、窓辺に佇み接触  
するのは避けた。  
 
「でも私は、武器になど、そう思ったことは一度としてありません」  
「決心がつかないようですな」  
 
 予言者はそれだけ言い置いて踵を返し、そのまま部屋を辞した。半ば呆気に  
取られたサラは、その場に跪き、腰が抜けたことを悟った。自分を失うのが怖  
いのではない、弟ジャキが失われる以上に恐ろしいことなどない、そう思って  
いたのに。  
 予言者は未来を知っているのだ。その未来に見える弟を幸福にするためなら  
何にも代えられるはずもない。腰を抜かしている場合ではない。  
 
 
 サラが動き出せた頃はすっかり夜の帳が落ちていて、宮殿を探しても予言者  
の姿はなかった。まさか母ジールと連れ立って建設中の海底神殿に向かってる  
のかと思ったが、三賢者が不在の今、サラを措いて他、魔神器を制御できるも  
のはいない。ジャキの反応から予言者も相当の魔力を秘めてはいるものの、そ  
れをサラに見せることはしなかった。  
 しかし危惧は杞憂だった。ジールには珍しく玉座にいて、そこから自室に帰  
っていくところを見かけたのだ。  
 
「母上、予言者様を見ませんでしたか?」  
「あの者か? さあな、大方どこぞで画策でもしてるやも知れぬ。くっくっく  
……喰えぬやつだが、尻尾が掴めた際には楽しめそうぞ」  
「……母上」  
 
 そんな様子だったので、ジールは予言者の動向を把握していなかった。ボッ  
シュを嘆きの山に幽閉させたくらいだ。もしかすると他の賢者に手を伸ばして  
るのかもしれない。何故だかそう思えてしまった。それもサラが今夕、拒んで  
しまったがために、と。  
 いつになく気が急いて、ローブを翻しながら宮殿を出た。  
 
 だが、カジャールにもいなかった。だとすればエンハーサにいるのだろうか。  
ジャキもカジャールよりエンハーサまで出かける事を好む。それはサラが地に  
下りていくことが多く、エンハーサにいれば、帰りがてらのサラに早く会える  
ためだとジャキが言っていた。  
 ジャキに地の民と交流を持って欲しいと思うのはまだ早いのだろう。いつか  
らか心を閉ざしてしまったジャキに、成長することを拒んでしまったジャキに、  
色んなことを知ってほしいと願うのは過ぎた望みなのだろうか。  
 
「こんな時間にお一人で、一体どちらまで? 供も連れず危のうございますよ。  
どこぞに逆賊が忍んでるとも限りませんからね」  
「……ダルトン、驚かせないでください」  
 
 考え事していたサラは木立の影から音もなく現れたダルトンのほうが、どこ  
ぞの賊よりも危険な気がした。しかし母ジールにこの黒鳥号建設を言い付かっ  
ているらしいことは知っていたので、そういうこともあるのだろうとは思った。  
 
「黒鳥号を見ていかれますかな」  
「……いえ、人を探してるものですから」  
「そんなこと仰らずに。どうぞどうぞ、案内しましょう」  
 
 ダルトンはそう言って強引にサラの手首を掴んだ。それはとても強い力でサ  
ラの抵抗は抵抗の形すら見えなかった。あまりにも強引だったのでサラはバラ  
ンスを崩してしまった。いや、それはダルトンがそうさせたのかもしれない。  
 急にダルトンに抱き込まれたサラは言いようもない不安が湧き上がるのを感  
じた。ダルトンはジールの前では絶対にしないだろう下品な舌なめずりをして  
みせた。  
 
「それよりもオレ様の黒鳥号の案内をさせたほうが良さそうですな」  
 
 なぜ、ここは木立に囲まれているのだろう。どうして人影がこんなにもない  
のか。違う、違う……サラは林立に連れ込まれたのだ!  
 サラは見上げたダルトンが、本当にいやらしい笑みを浮かべて迫ってくるの  
に、成すすべなくギュっと瞳を瞑るしかない。  
 
(女を武器になんて、お母様、そんなの嘘です!)  
 
 ぐっと体を熨しかけられてサラは体の自由を奪われた。夜風が過ぎていって、  
ひんやりとした空気は肌を粟立たせた。ローブの裾からダルトンの皮手袋ごし  
にゆっくりと足をなぞってくる。  
 
「サラ様の肌はよい香りですな。それにスベスベだ」  
 
 嫌がるサラの首筋に口付けを施しながら、その匂いをふがふがと嗅ぎまわる。  
その間も手はサラの太腿を上へ下へと撫で回してくるのだ。  
 ダルトンの髪がサラに降りかかる。初めて感じる異性への恐怖はこれでもか  
という程サラを打ちのめした。太腿を触るのも、胸を揉むのも強くて痛いばか  
りだ。何故こんな行為が歓ばれるに値するのか理解できない。  
 
 サラの最後の砦とも言える白い薄布はダルトンの無骨な指によって呆気なく  
剥ぎ取られてしまった。その指はそのまま、サラの女性部分に触れた。  
 
「準備ができていないようですので、特別サービスですな。 ダルトンスペシ  
ャル・ウォーター!」  
 
 その怪しげな魔法はサラの陰部に齎された。ぐしゅっと音がする位に膣内部  
から漏れ出して、自分の体ではなくなったかというほど、体が熱くなった。嫌  
だ嫌だと思うのに、体が疼き出して腰が揺れるのを抑え切れなかった。  
 
 ダルトンはわざと見せ付けるように陰茎を取り出した。衣服から開放された  
男根は外気に触れてぶるりと震えたが、赤黒く充血し、亀頭はヌラヌラと光っ  
ていた。  
 
「どうです、オレ様の黒鳥号は?」  
「い、いやぁっ!」  
 
 直視に堪えず思わず逸らしたのが気に喰わなかったようで、ダルトンはサラ  
の顔をがっしりと固定して、その目の前に凶器を突きつけてきた。  
 
「どこか不具合があるなら言ってもらわなくちゃあ、なりませんからね」  
 
 醜悪なものがサラを目の前にして、どくりと脈打った。  
 
 ぐぐっとダルトンの手に力が加わり、サラの顎が強制的に開かされる。口元  
に近づけられる男性器を前に、何をされるのかわかってしまったサラは、体の  
芯を唐突に突き抜けた何かに動かされて魔力によってダルトンは撥ね付けた。  
後方に飛ばされたダルトンはどこかぶつけたのだろう、何やら低く呻いている  
ようだったが、気にかける余裕などなかった。  
 
 膝がガクガクと笑う。下着だったものは引き裂かれていて原型を留めていな  
い。、捲れ上がったローブを直しながら、一刻も早くダルトンから逃げ出さね  
ばならなかった。木立の暗がりから抜け出しても、後から追いかけてくるだろ  
う恐怖で思考は正常に働かない。  
 右か左か。逃げるにはどちらに向かうべきなのか。一番近い都市はカジャー  
ルだが、だからこそダルトンに捕まりやすくなってしまうかもしれない。では  
宮殿に戻るか。いや、宮殿でのサラの居場所など見つけてくれと言ってるよう  
なものだ。次に捕まったら今度こそ逃げ出せないだろう。  
 
 エンハーサ……  
 サラはよく迎えに来てくれたジャキの顔が浮かんで、ふらつく足取りでエン  
ハーサに方角を決めた。  
 
(こんなのは、嫌……)  
 
 もしこの状況のサラは光の民が発見したら訝しむなどという比ではないだろ  
う。片方の履物はなく、ローブの裾は裂け、高く結い上げられている髪は無残  
にも乱れていた。  
 空に浮かぶ大陸から身を投げようと思わなかったのは不思議なくらいだった  
が、サラはまだ真の意味で辱めを受けたわけではなかった。また心を閉ざした  
弟への気がかりがサラに存在意義を求めさせていた。  
 
(こんなことで屈するわけにはいかないの。でも、でも今は逃がれたいの)  
 
 いつもよりもエンハーサへの道が長く感じた。一度、下の大陸に降りなけれ  
ばならないのも、もどかしかった。何度となく後ろを振り返り、ダルトンが追  
ってきてはいないかを確認しつつだった。  
 サラも愚かではない。いくら夜とはいえ、見通しのよい街道を進んだのでは  
すぐに見つかってしまう。だから真っ直ぐに地へ降りず、遺跡へと伸びる小道  
の木陰へと姿を隠した。  
 サラは普段、走ることは滅多になく、これ以上走れそうになかった。  
 
(……あぁ)  
 
 一度立ち止まってしまったから、もうその場に根が生えたように動けなくな  
ってしまった。あとはダルトンに見つからないことを祈るしかない。  
 どうしてダルトンが迫ってくるのに気づけなかったのか。そもそもジールに  
心から忠誠を誓ってるようには見えなかった。そんなことは知っていた。知っ  
ていて尚、女王の側近として認めてしまっていた。認めていたサラにはその罪  
があるというのか。  
 
(怖かった怖かった怖かった……!)  
 
 サラは唇を噛んで、必死に声を出すまいとした。  
 決して強いわけではない、だが、弟のためにも弱いものではいたくないと思  
い、そうしてきた。それが今、虚勢にも似た鎧がボロボロと崩れていくのを感  
じていた。  
 込み上げる嗚咽を抑えようとして失敗する。流れ出てしまった涙は止め処な  
く頬を伝う。  
 
「サラ様……」  
「……っ!」  
 
 サラは掛けられた声に凍りつき、その恐怖に呼吸を忘れた。  
 しかし声の持ち主はダルトンではなく、闇夜の衣を纏った予言者だった。ダ  
ルトンではなかった安堵から、サラは予言者に縋った。予言者こそサラに女で  
あるが故の交渉を仄めかした人物だったが、今のサラには関係なかった。  
 
 予言者はサラにどうしたとは尋ねなかった。その尋常でない様は誰の目にも  
明らかであったためか。  
 
 ふわりとしたものを肩に掛けられ、そのまま頭部も深めにフードを被せられ  
た。視界はさえぎられたが、体を抱きかかえられた位はわかった。だが、予言  
者がダルトンと同じでないと、ああ、誰が断言できるだろう。  
 
 それでもサラは予言者に縋った。垣間見た彼の髪がとても懐かしいものに似  
ていたし、腕の力はサラを労わる強さだった。  
 エンハーサに向かおうとしていたのをわかったのか、予言者はサラを抱えた  
まま宙を飛んでエンハーサの陸地に到達した。  
 
 予言者はエンハーサのガッシュの隠し部屋に入るまでサラに一言も喋らせな  
かった。尤も話そうにも歯がガチガチとなって言葉を紡ぐどころではなかった。  
 
 
「……ヌゥ?」  
「退け……」  
 
 ヌゥを追い払って、部屋の扉が内側から閉められると、夜風にあたった肌が  
冷え切っていたのがわかるほどに、部屋が暖かいことにも気づく。サラが傍目  
に十分落ち着いたのがわかっても、予言者からは話し掛けて来なかった。この  
沈黙は労わりであり、慈しみなのだ。サラがジャキに対するものと等しく、損  
得に左右されない思いやりなのだ。  
 
 だからこそ、サラは無意識に縋ったのに違いない。  
 
「……お願いです、予言者様」  
 
 助けてください、と。その時初めて、サラはフードを取り、素顔を曝した予  
言者を見つめた。驚くほど懐かしいと思うのは、予言者の風貌が、どこか亡き  
父王に似てたからなのだろう。  
 
「私はあなたを傷つけた暴漢と同じになる気はない。私の求めるものでもない」  
「傷つけられてなどいません! ……私は」  
「では、あなたの犠牲とは純潔を差し出すことだと?」  
 
 どこか違和感があった。予言者は口でこそ否定をするものの、決して視線を  
サラから外さない。彼の瞳がドリストーンのようだと気づいたのはこの時で、  
瞳ばかりは父と違うのだとも思い知った。父も弟も、そしてサラ自身も、空の  
青とも、海の蒼とも謳われた瞳を持つ。それらが静謐だと言うのなら、予言者  
の瞳は躍動に違いない。  
 
「……いつかは通らねばならぬ道です。避けることができぬなら、弟の為なれ  
ばこそ、どんな道にも向かいましょう。決して、私自身を自ら貶めるのではな  
い、と、予言者様を見込んでのお願いでございます」  
「彼の者の為に、抱いてくれと仰るか」  
 
 サラはまさか予言者が未来の弟だとは知る由もない。どこか似通っていると  
思うばかりだ。予言者の複雑な内情などわかりようがない。  
 
 誰の手にも渡したくなかった。穢れを知らない姉だからこそ、ずっと慕い焦  
がれ、数え切れぬ年月をその為だけに費やした。姉をまた取り戻す。取り戻せ  
ないなら、その引き金をひいた者を排除する。幾百、幾千の夜を過ごし、胸に  
募らせてきたことだろう。  
 幼少時の己の不甲斐なさに苛立ち、ただ姉の保護に甘える姿勢に、抑えきれ  
ない感情をぶつけてしまっただけだった。  
 
 
 暗闇の森で息を殺しているサラを見つけたのは風が彼を誘ったからだ。  
 小さな肩を震わし、涙に濡れていた。そんなサラは記憶のどこにもなかった。  
ただ彼女を守らなければという強い使命感が彼を突き動かした。眼前に姿を曝  
すことになろうとも、使命の前には無に等しい。  
 
 今、ここで彼女を突き放してしまったら、サラはそのまま崩れてしまうだろ  
う。もうその精神は限界に近いのだ。誰かが彼女を理解してあげることができ  
なければ、崩れ落ち、二度と光を見ることはなくなってしまうだろう。希望を  
抱くことはなく、もしかするとジールのように破滅を願うようになってしまう  
かもしれない。  
 ジールの二の舞になることだけは、なんとしても避けねばならなかった。  
 
「お願いいたします」  
「私が誰であろうと構わぬのだな」  
「……構いません。せめて御名を教えていただければ」  
「名など何の役にも立ちはしない」  
 
 それは嘘だった。本当は弟ジャキなのだと告げたい気持ちも確かにあったの  
だ。けれど抱く感情や、もっと体の奥に渦巻く欲求は姉弟の間で成してはなら  
ない。血の近いものの間で起こってはならないことだ。  
 否定しようとすればするほど、予言者の体は幼少時の記憶を思い出す。いけ  
ないこと。しかしそれが堪えようがないほど強い欲求となって跳ね返ってくる。  
何度も何度も繰り返された、あの禍々しいインプリンティングなのだ。  
 
 サラを救うためという大儀を掲げて、禍々しい欲は彼の下半身へと指令を出  
し始めた。  
 
 痛いほど静かな部屋に、予言者が漆黒の鎧を外す音だけが響いた。  
 どこからか風が入り込んだのか、燭台の灯りが揺らめいて、二人の影が一瞬  
長くなって交じり合った。男はサラから視線を外さずに装備を解いていく。サ  
ラもまた、予言者を見つめ返したまま、絨毯の上に広げられた闇夜の色のマン  
トの上に座した。裂かれたローブから覗く四肢は罪深いほど白く映えた。  
 
 予言者は彼女の足元に跪いて、逃げてくる最中に傷つけたのであろう、小さ  
な傷に口を寄せた。舌が傷口を舐めあげ、サラにチリリとした刺激が伝わる。  
舌を離すことなく男はサラを見上げ、視線がかち合った。  
 
「……っ」  
 
 ダルトンが触れていたときにはない感覚にサラは息が詰まった。  
 サラの足の間に身を割りいれて、予言者はサラに迫った。僅かにローブが捲  
れ上がりサラに下穿きをつけていないのだと強く意識させた。ああ、触れられ  
てしまうと緊張とも期待とも違う高揚に体を震わせた。  
 
 下肢に触れるだろうと思われた手は、しかし、腰からゆっくりと這い上がっ  
て外側から乳房を包み込んだ。思いがけない動きに身を捩ってしまう。ダルト  
ンの行為は暴力としか思えなかったのが、予言者の手にかかると本当に性的な  
交渉になっていた。抗いたい気持ちと流されてみたい心地がない交ぜになる。  
 体を捻ったところで、後ろから抱え込まれる形になって、本格的に胸を揉ま  
れた。その手がいつ衣服の下に滑り込んだのだろう。揉まれながらも指の腹で  
頂を軽く掠められる。頭の芯がぼうっとして、何をされてるのかも考えられな  
い。  
 
 首にかけられた吐息が背筋をゾクゾクとさせた。臀部に押し付けられた熱い  
ものを感じて、息が漏れる。経験したこともないのに、ただ満たされたいとい  
う意識だけがサラの体の奥底にあった。  
 薄く開かれた唇に唇が押し付けられて、舌が触れ合って、ねちゃねちゃとし  
た音が聞こえた。  
 
 サラは忘れていたがダルトンスペシャル・ウォーターが彼女の体を興奮させ  
やすくしていた。舌を絡めあいながらそっと、男の指が挿入されても痛みなど  
感じることなく受け入れた。彼女の中を探り当てるように蠢く。単調な繰り返  
しのはずなのに、堪らなくなってサラは予言者に抱き締める形でしがみ付いた。  
 
 時折、唇が離れて深くを息をつく。どちらのものとも付かぬ唾液が艶かしく  
唇と唇を結ぶ。そして角度を変えてはまた互いの口内を犯しあった。  
 
 思うままにサラを翻弄していた指が抜かれた。  
 
「……いくぞ」  
 
 何と思ったときには熱いものが粘膜に進入しようとしていた。トロトロにな  
るまで懐柔されてたとはいえ、指とは違う熱くて硬い肉芯にサラの体は頑なに  
拒否反応を示した。  
 ダルトンに卑猥な魔法をかけられてはいたものの、狭い肉の道は初めて受け  
入れる男性器を容易く許容できるはずがないのだ。けれど、ここで止まろうな  
どとは両者ともに考えてなどいないことは明白で、男の腕がサラの腰を逃がす  
まいと掴んだかと思うと、ぐっと圧力がかかった。  
 
「……んー……っっ!」  
 
 慎重に、だが、確実にサラの体は侵食されていく。ふっと息を吐くと、苦し  
そうな表情で見下ろしてくる予言者がいた。彼の肌もサラと同様に汗ばみ、サ  
ラと同じ苦しみを分かち合ってるのだと思うと力が抜けて、二人の交わりは深  
くなった。  
 
 ぬちゃりぬちゃりと突かれる音が響くが、堪えきれぬ嬌声に混じってサラの  
耳には届かない。寄せては引く、恍惚感が徐々に間隔を狭めていく。この恍惚  
感を人は快楽と称するがサラには不慣れな感覚であり、予言者にとっては単純  
な快楽以上のものがあった。  
 サラを気遣っていた挿入は段々と勢いを増し、サラを窮地に追い詰めようと  
するの如く攻め立て始めた。サラは啼き、それでも尚、予言者を求めた。時に  
深く抉るような動きに体を震わせ、時に退いていく熱の喪失に身を捩りながら、  
サラは未知なる高みに追いやられていった。  
 
「っあぁ……もう……はぁ……んっ……――」  
 
 それを見て取った男は動きを加速させ、強引なまでに腰を叩きつけてきた。  
もうサラに容赦なく、その快感の中でサラの意識は表面を突き抜けて初めての  
絶頂に達した。強烈な刺激に流されるまま、肉体は強く締め上げられて、予言  
者もまた窮みに上る。  
 焦がれてやまなかったサラ。そのサラの膣内で震え、その体の深く深くで白  
濁の欲情を吐き出した。  
 
「あ、あぁ……サ、ラ……っ!!」  
 
 激しくも優しい抱擁に包まれた最後だった。  
 
 
 
 体を離してしまうと冷気が肩を包む。人肌が温かいものだと知ってしまった。  
それは独りの寒さを覚えてしまったということだ。  
 サラは差し出された着替えを戸惑いながらも受け取って、互いに反対の壁に  
向かって衣服を整えた。表面上はもう、何もなかったかのようだった。それで  
も未だサラの胎内は熱を籠もらせ、予言者の残液は太腿を伝いながらも、二人  
の間に交わされた確かな証として存在した。  
 
 
 
 予言者はまるでジャキが風の気配を感じるときと同じ仕草で佇んだ。  
 
「運命の時が近づいている。これは避けようのないこと。私が言えるのは、誰  
かの幸せを願うのであれば、己が不幸になっていてはいけぬ。絶望と呼べると  
きであっても、諦めることはあってはならぬ。抗い、戦い続け、いつか来る滅  
びの日まで悔いのないよう生きること。 あなたには、その意気が欠けている。  
必死に生き延びよ。それが、ひいては弟君の為になろう」  
 
 ラヴォスが覚醒を果たした後も、サラがどこかに生きている。そんな確信が  
ジャキを生かしてきたのだ。  
 
「……必死に生きる……?」  
 
 ジャキとしての願いだ。強い願いだった。ジャキの為のサラであり、サラの  
為のジャキだった。求め続けたサラと交わり、そう達観できた。できたからこ  
そ、迷いの中のサラは幼いジャキに返すべきだった。  
 
 立ち上がろうとしたサラに予言者は手を差し伸べた。  
 
「……がんばってみようと思います」  
 
 言って手を取った。ジャキの心からの願いに、正面から向き合ったのだ。ス  
トンと胸の閊えが落ちるようで、予言者は知らずに笑みを浮かべた。  
 
「私はメイガス(Magus)、……そう呼ばれていた」  
「…ありがとう……、メイガス」  
 
 予言者がサラに与えたものは語られた言葉だけではない。しかしサラが予言  
者に与えたものはそれ以上で、両者に共通するものは情を伴う温もりの実感だっ  
た。「ジャキ」ではない名を告げたことは、「サラ」を探していた過去に区切  
りがつけられたことのように思えた。  
 
 
 ずっと流れる時に身を任せ続けていた。彷徨い、揺蕩い続けていた。封じて  
いたものを今こそ解き放ち、風を、嵐を呼んで、いつか見た夢の先に到達でき  
るような気がしたのだった。  
 
 
 
了  
 

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