のどかな晴れた日の午後。木漏れ日の差す明るいリビングで、私達はお茶の時間を過ごしていた。  
 メンバーはお馴染み、クロノとマール、そして私。  
「ルッカって、髪伸びたよねー」と、マール。  
 クロノもお茶を含みながら「うん」と頷く。  
「んー、最近全然美容室とか、行ってないからねー」  
 研究に没頭するあまり、「不精の挙句のロングヘアー」になってしまっている。  
 無造作に縛ったり、ほったらかしたりして、バサバサしているのをいつもマールに咎められていた。  
 今日もまた注意され、研究机にしがみついていたのを化粧台に立たされ、髪を手入れしてもらったばかりだ。  
 王室御用達のヘアケア用品。効果抜群なのはいいけど、香りがきつい。これじゃお茶があまり楽しめないわ。  
「そうしてると、さ・・・・・・」  
 無意識的に髪をたくし上げると、マールが指摘する。  
「?」  
「なんだかサラさん思い出すね」  
「・・・・・・そう?」  
 意識はしてなかったけど、サラと私は髪の色が同じなのだ。・・・・・・どうでもいいけど、彼女の母・女王ジールとも。  
 サラさんの話題が出て、しばらく昔話に花が咲いた。皆で冒険していた時の事を。  
 今にも「じゃあ、これからその場所へ、あの場所に行ってみようか?」なんて提案が出そうなものだけど、残念ながらそれは無い。  
 やがて日も傾き、2人はそろそろ戻らなくてはならなくなった。クロノ達は暇人ではないのだ。  
「それじゃ、ね? いいかげんちゃんとベッドで寝てよ?」  
「ん。今夜はそうするわ」  
「今夜だけじゃなくて! もう!」  
 私たちのやり取りを見て笑うクロノ。・・・・・・あの、どこか危なっかしかった子が、「時期王様」になるなんて、人生分からないものね。  
「それじゃ、またね!」  
 クロノは王政を学ぶ為、マールは花嫁準備(修行?)の為、ガルディア城へ帰って行った。  
 
 途中まで2人を見送り、家に戻ろうとして・・・・・・異変に気づく。  
「・・・・・・」  
 不意の突風を受けて空を見た。シルバードが庭先に舞い降りたところだった。銀翼が陽に照らされて作られる影は、濃い。  
 マントとグローブを外しながらこちらに歩いてくる人物に、声をかける。  
「お茶でもいかが?」  
「・・・・・・いただこうか・・・・・・」  
 リビングのテーブルに手を添え、さっきまでクロノが座っていた椅子に来訪者が鎮座する。  
 茶葉を替え、蒸らす間、彼の為のティーセットを用意する。白湯気を立てる紅茶にウイスキーを少し落とすのが彼のお気に入りだ。  
「はい。どうぞ」  
「・・・・・・」  
「もう少し早く来ればよかったのに。クロノ達が来てたのよ」  
「・・・・・・だから今、来た」  
 カップに手を伸ばして、一口含む。その振る舞いは洗練されていて、優雅だ。・・・・・・見習うべきよ? マール。  
 
 腰まで届く銀の髪、彫りの深い顔立。均整の取れた姿。しかし、その眼差しはどの猛禽より、魑魅魍魎より恐ろしい「力」を湛えている。  
 その名は「魔王」。  
 ・・・・・・かつて、中世においてあらゆる恐怖と畏怖の対象として、何よりも恐れられていた存在。  
 私達も、彼こそが世界を滅ぼそうと企む、おぞましく、強大な敵だと思っていた。・・・・・・「ラヴォス」を知るまでは。  
 実際、魔王たる彼の力はとてつもなく、私達は何度も煮え湯を飲まされる思いをした。もう駄目かと思うことさえあった。  
 地球を救う旅の中、時を越える力を手に入れてさえも、常に脅威であり続けた人・・・・・・。  
 その「魔王」が今、人ん家で優雅にお茶飲んでるなんて、ね。  
 
「・・・・・・何を笑っている?」  
「え? ・・・ああ、ごめんなさい。・・・・・・少し、“進展”があったものだから、嬉しくて。・・・協力してもらってる甲斐があったわ」  
「・・・・・・」  
 いけないいけない。この人わりと繊細で、何かあると直ぐに拗ねて「御機嫌斜め」になっちゃうのよね。  
 あー、早速御機嫌斜めな顔してる。・・・・・・慣れたから良いものの、気の弱い人がこの視線受けたら寿命縮むわよ絶対。  
「野外の、“悪路”での歩行時間が半日を超えたの。新記録よ」  
 笑った原因は違うけど(正直に話したらもっと拗ねる)、これは嘘じゃない。  
「走れる様になるのもそう遠くないわ。・・・ロボみたいにね」  
「・・・・・・」  
 住み慣れた実家を出て、王室から土地を借り、研究室を作ってもらってまでしていること。・・・・・・それは「ロボの再現」だ。  
 失われた「ロボがいた未来」を、少しでも取り戻したい。それが私の願い。  
 メンテナンスの為に幾つか資料をから持ってきたけど、それには“ボディ合金の調合率”や、“反応速度設定”といった具体的・基礎的なこと・・・「欲しい情報」は一切書いてなかった。  
 ロボには、・・・長時間の歩行と走行が可能な「スタミナ」と、敵を見分け、戦える「戦闘能力」、更に人間と同程度の知能と会話能力、どんな衝撃を受けてもショートしない「頭脳回路」が必要だ。  
 ・・・・・・これがとんでもなく難関で、いくら研究しても、研究しても、彼の精度に全く追いつけないでいる。  
「外見が同じ」なだけのものならいくつでも、どんな大きさのものでも造れるのにね。  
「・・・・・・無理をするな。自身が倒れては元も子もないぞ?」  
「・・・・・・。ありがと。」  
 寝る時間ももどかしく、根を詰めがちな私を気遣って、お茶だ何だといって時間を割いて来てくれるクロノ達。  
 その上、魔王にまで気遣われると、流石に面映くなるわ。  
「問題は、頭脳回路の最小化と、・・・・・・ボディの軽量化」  
 
 “軽量化”。魔王には、これを協力してもらっている。シルバードで世界を巡り、開発に使えそうな金属、鉱物を採取してもらっているのだ。  
 『にじ』や『太陽石』も一時期考慮に入れたけど、逆に稀少すぎて使えない。  
 頭脳回路の方も思考能力と判断能力のバランスが上手くいかない。思うようなものが創れない。結果、昼夜研究に取り込んでしまい、ベッドが遠くなる。  
 『ボディ』と『頭脳回路』。この2つの難関を同時に研究し、開発するのは時間が掛かりすぎる。  
 ・・・・・・早く会いたいのに・・・・・・  
 心に募る焦燥感。ただただ急く気持ちが高じて、協力者・・・パートナーを作ることにした。1人より2人ってヤツよ。  
 人選は・・・、クロノとマールはだめだ。ガルディア国に必要な人物を冒険に出すことは出来ない。もし彼らに頼んだものなら喜び勇んで出かけていって、年寄りになるまで帰ってこないから。絶対。  
 過去に帰っていった仲間の中でトラブル無く依頼を実行できそうな人は・・・・・・と、考えを巡らせ、結果、魔王に協力を願うことに決めた。  
 彼を探し出すのは苦労したけど、実質的な時間はほんの数分。彼も快く承知してくれた。ただ・・・・・・そのときに求められた条件が・・・・・・  
 ・・・・・・うーん・・・・・・。  
 
 お茶の後、研究室で採取の成果を見せてもらった。   
 机に鉱物サンプルが並ぶ。全て彼が過去からチョイスしてきたものだ。小石サイズから、拳大サイズまで様々。注文どおり1つ1つに年代・場所が明記してある。  
「それと、この鉱物と同じ場所で・・・こういうものを見つけたが」   
 これには字を付けられないから別にして持ってきたと、あるものを差し出された。  
 形状は人形。何かの本尊なのか、見事な細工が施してある。所々に使われている金属に興味を惹かれた。  
 スキャンで純度等を調べると、期待できそうなデータが出てきた。  
「これは、使えそうだわ。同じ場所で採取された金属かしら? もう少し調べるから、そしたらまた返してきてね」  
 採取したものを“返してくる”。それがどんなに小さいものでも。使えないものでも全て研究所のデータにした後、時代正しく元あった場所に戻す。  
 彼はその間ここに留まることになる。  
 
 魔王がおもむろに話を始めた。  
「大体地下で鉱物を採取しているんだが」  
「うん、人目につかないようにね。私のリクエストどおりにしてるんでしょ?」  
「・・・偶然“現地の人間”と会った。探検家か冒険者だろうな。数人でパーティーを組んでいた。・・・その人形が目当てだったらしい」  
「あら、だったらもう少し早く行くべきだったわね。大変だったでしょ?」  
「私を見るなり一斉に襲いかかって来た。鬼もかくやという形相でな。・・・醜いものだ。どちらがモンスターだか分からんな」  
「・・・・・・」  
 そりゃ、真っ暗なダンジョンで命懸けで宝を目指して、艱難辛苦の末ようやくたどり着いたところに、  
 ・・・・・・こんな風体の人がいたら・・・・・・  
「私をラスボスだとでも思ったのだろうか? 全く心外も甚だしい」  
 いや、思うってば。間違いなく。  
「そ、・・・・・・それで?」  
「ん? ・・・・・・私がしくじる訳ないだろう。こうして持ってきているのだから」  
「ええ、それは分かってるわ。だから・・・・・・その人達、まさか殺したりは」  
「今頃はどこぞの墓の下だろうが、私は手を下していない。さっさと用事を終えて、それで戻ってきた」  
「・・・・・・ご苦労様」  
 使えそうな鉱物が該当する場所を探し、王様に頼んで鉱山を開いてもらって、晴れて鉱物を正式に手に入れる。  
 採取した時点で使えないものでも時間がたった現在なら良質になっていることだって考えられる。  
 それを見込んでの時間旅行だ。  
 エイラは喧嘩っ早いし、カエルは細々した仕事は苦手。おまけにあの外見。2人とも単独で人前に出るとトラブルが起きそう。  
 その点魔王だったら大丈夫だろうと思っていたんだけど、・・・これは盲点だったわねー。  
 
「・・・・・・ルッカ?」  
 気がつくと魔王がすぐ隣に来ていた。わ、とと。考え事しちゃってた。  
「あ、ああ。こ、今回も結構良いものが集められたみたいじゃない? ごくろ・・・う?」  
 隣というよりも、隙間無いくらい身体を寄せてきてる。・・・あ、これは・・・・・・多分アレだ・・・・・・  
「そうか。なら、・・・・・・ルッカ・・・・・・」  
 誰も見たことの無い顔が近づいてきた。眼鏡を外されたと思ったら・・・・・・  
「ん・・・・・・」  
 身長差があるので、彼はかなり背を丸めている。肩に、背に、彼の髪がさしかかる。  
 背中に手が回る。腕に力を込められると容易く身体が宙に浮いてしまう。こうなると堪える場所を失い、彼にしがみつくしかない。  
 それをどうとったのか、キスが終わったと思う間もなく、私を担ぎ上げ、そのまま歩き出した。  
「え、ちょっと? ど・・・どこへ」  
 背中に話しかける格好が我ながら恥ずかしい。・・・・・・太腿掴まないでよ。・・・つかまないでってば!  
「自分の家の配置が分からんのか? この方向は寝室だ」  
「・・・・・・そ、そじゃなくて・・・、その、まだ夕方、っていうか・・・・・・よ、夜に、ていうのは・・・、・・・魔王サマ?」  
「心配はいらん。終わる頃にはちゃんと夜になっている」  
「・・・・・・」  
 抵抗空しく連行されてしまった。  
 おまけに、私もあまり、抵抗できないのだ。これには。  
 これが、・・・彼の求めて来た“条件”だったりするのよ。何故か。  
 
 寝室のカーテンは遮光性が高い材質だけどまだ日差しがある。あたりがほの暗くなる程度だ。  
 それでも何の迷いも無くベッドに私を降ろす。当然のように唇を重ね合わせてくる・・・。  
「ん・・・」  
 歯列を割り、舌に絡みついてくる。  
「あ、そ、その前に、シャワー、なんか、あびたいんだけ・・・ど」  
 キスから逃げて、身体を離そうとしても、ガッチリと肩を捕まえられてしまう。  
「・・・・・・」  
 服を剥ぐ先から舌をあてがってくる。首筋、肩・・・・・・。  
 これからする事の恥ずかしさに、・・・つい逃げ道を探してしまう。  
「あ、ここ、破れてる。ちょっと直してあげ」  
「後だ。・・・・・・いい加減観念しろ」  
 少し睨まれた。・・・こんなに近いと、流石に・・・・・・  
「・・・・・・」   
 何度目かの、キス。その勢いでベッドに倒される。腕に残っていた服も奪われて。  
 いつの間にか彼も服を脱いでいて、触れるところから体温が直に伝わってくる。  
 捕らえて離れない腕。胸を這う舌。・・・熱いのは、彼の身体なのか、私なのか、もう分からない。  
 
 いきなり、玄関の呼び鈴が鳴った。  
「ねーぇ、ルッカー!」  
 聞き慣れた声が寝室にまで届いた。  
「・・・・・・え? マール!? どうして!?」  
 クロノもいるみたい。・・・・・・わ、忘れ物でもしたのかしら?    
「・・・・・・」   
 慌てて服を取り寄せようとすると、阻まれた。ベッドに押さえつけられて、また舌を這わせてくる。  
「な! ・・・何・・・・・・!? ちょ・・・っと!」  
 答えず愛撫が続く。逃がさないとばかりに首筋に歯を立てられた。  
 身を捩じらせても、もがいても、圧し掛かった体勢のまま全然離してくれない。  
 再び呼び鈴が鳴る。い、いけない、早く・・・・・・!!  
「止めてってば!!」  
 思い切り突き飛ばし、やっと何とか身体が離れた。・・・・・・ううん。離してくれた?  
 ちょっと気まずいかなー、と思いながらもベッドから降りようとすると、つぶやく様な声がした。  
「そんなに・・・・・・クロノのほうがいいのか?」  
「!?」  
 な!! ・・・何それ!? 一体何を言い出すのよ!?  
「・・・・・・」  
 窓からの明かりが逆光になって、表情が良く分からない。  
「そ・・・・・・そんなんじゃないわよ! い、忙しいのに戻ってきたってことはっ、緊急事態かも知れないからよ!!」  
 
 言い訳をしながら服を着た。大急ぎで寝室を飛び出したのは、決してやましい気持ちを持っていたからじゃない。  
 本当に・・・・・・変なこと言い出さないでよまったく!!  
「・・・あ、眼鏡!」  
 襟を正し、眼鏡をかけ、いざ扉に近づこうとすると、目の前にフワリと魔王が現れた。  
 鍛え上げられた背筋。一瞬遅れて銀の髪が彼の背を覆い隠す。  
 あー、そういえば彼は瞬間移動が出来るんだったな。なんて思う間もなく・・・・・・  
 魔王は 上半身裸の格好のまま、玄関ドアを開けた。  
「あ、ルッカ、あのね・・・・・・」   
 マールの声もそこで途絶えた。魔王の背が邪魔で状況は見えないけど、2人とも多分、物凄く驚いてる。  
 当然私もその場に凍りついた。・・・・・・その場全員の時間が、止まった。  
 唯一、マイペースで時間を進めている人物は、玄関先の2人に言い放った。  
「今取り込み中だ。出直して来い」  
 

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