「な、・・・・・・な、んてことするのよ!!」
悠然とドアを閉め、こちらに向き直った魔王。私の激昂に対しても涼しい顔を崩さない。ええ、そりゃ迫力はこの人にはかないませんとも!
用件も聞かずに追い返したことも責めたいんだけど、議題はまず“セミヌード”だ。
何で、そんな格好で2人の前に出たりしたの!?
「下は穿いてる」
「答えになってない!!」
これじゃ後を追いかけることも出来ないじゃない。何より次に会ったときにどんな顔すればいいのよ!!!
怒り臨界点突破でいる私と対照的な魔王が逆に聞いてきた。
「お前こそ、そんな“なり”で2人の前に出るつもりだったのか?」
「・・・・・・ナリ?」
鏡を見ろと言われて、化粧台に足を運んだ。
・・・・・・確かに私は、とても人前に出られる格好じゃなかった。いくら服装を正したって・・・・・・
マールに整えてもらったばかりの髪はボサボサ。手櫛じゃ全然元に戻らなかったみたい。瞳は潤んで頬が上気してる(怒ってたせいかもしれないけど)。
おまけに・・・・・・極め付けが・・・・・・
襟からはみ出たキスマーク群。どうにも隠し切れない箇所に行為の跡がくっきりと残っていて。
「ここにもついているぞ?」
歯を立てられた痕なんか、やたら艶かしい。
「・・・ここにも・・・」
呆然としてるところに魔王が迫ってきた。容赦なく胸元に顔を埋めてくる。
「そ、そこはっ、・・・あ、今あなたが付っ、やんっ」
化粧台は狭くてとても逃げられない。押しのけようとした手は絡め取られて空を切る。
抵抗らしいことも出来ないまま再び服を脱がされて、いい様に弄ばれてる自分の姿が鏡に映る。
「ま、・・・待ってよ、話は終わってな、い、ってば!!」
渾身の力を込めて腕を突き出し、胸板を押し退けた。
肌蹴た胸を隠しながら、散り散りになりそうな理性を掻き集めて何とか睨み付ける。上手く声が出ない。
「わ、わざとでしょ! これ! く、クロノ達が」
「当たり前だ」
・・・責め終わらないうちに即答するなんて!! 少し上がった口の端がまた憎たらしい。
ああそうだった。一度拗ねるととんでもない事するのよこの人は!!!
「ど、どして」
「こんなタイミングで来るのが悪い」
・・・・・・こんなタイミングって・・・・・・夕方にもなってないのに・・・。
反論を考えて言いよどんでいると、また身体と口の自由を奪われた。
力は全て使い切ってしまった。舌が、感覚が蹂躙されていくのを止められない。
魔性の唇がまた、離れ間際に挑発する。
「1つ聞くが」
「・・・・・・なによ・・・・・・」
「此処でするのとベッドでするのとどちらがいい?」
かくして生贄は丸裸。成すすべも無くベッドの中へ。・・・あああ。
本当に悔しいったらない。キスした後もぷいっと顔を背け、目も合わせないようにしていた。
いいですか? 怒ってるんですからね! 私!
「・・・何を拗ねている?」
「・・・・・・」
先に拗ねだしたのはそっちでしょ、全く!
がら空きになった首筋を舐められても声を堪えた。
「・・・だんまりか」
「・・・・・・」
「面白い。・・・・・・いつまで耐えられるか試してみるか?」
「!?」
見透かされたのは良いとして、逆に面白がられてしまったのがこれまた何とも悔しい。
・・・・・・こうなったら絶対声聞かせてやらないから!!
鉄の決意を抱いたところに、当の本人は薄笑いさえ浮かべて。余裕の表情で圧し掛かって来る。
抉られる様なキスで、早々気圧されている事を知る。・・・・・・ま、負けるもんですか!!
体重が掛かってくる。逃げられないのは分かっているけれど、どうしても視線が泳いでしまう。
「相変わらずだな」
哂いを含んだ声。だってしょうがないでしょ、なんて反論してしまったらそこで私の負けだ。
反応しないように目を閉じて、顔を背けた。歯を食いしばる。
でも、・・・ざらり、とした舌の感覚が、どうにも・・・
「・・・あっ・・・」
「今何か聞こえたぞ?」
即座に指摘され、慌てて口を押さえた。どこまで底意地が悪いんだろう、この人は。
わざと音を立てて胸を吸い立てる。・・・そんなにしないでよ、あ、赤ちゃんじゃないんだからっ!
「・・・っうぅ、・・・くっ・・・」
「もう根を上げるのか?」
絶対違います!! 違うんだから、は・・・・・・早く終わらせてよ!!!
執拗に続く愛撫。この行為は本当に慣れない。声にならないように気をつけながら大きく息を吐く。
ふいに重みの感覚が変わった。閉ざしていた脚に手が掛かった!
「!!」
反射的に身体が逃げる。・・・本当に逃げられたらどんなに良いだろう。
「無駄だ」
宣告の通りあっけなく引き戻され、指は無情に滑り込む。
全身を襲う強い刺激。感じまいとしていた身体もこれには敵わない。
「・・・っ・・・んんっ」
「・・・聞こえるか? お前の“音”だ・・・」
「・・・・・・」
指の動きが激しくなり、敗北を促す。涙が滲んでくる。・・・堪えなければならないものが増えた。
吐息が遠ざかった。暖かい舌を這わせながら銀の髪が肌を掠めていく。
この人の考えは分かっている。そしてそれを止めることは契約違反だ。分かっている。・・・分かっているんだけど・・・!!
思わず背を丸めて彼の髪に手を伸ばした。・・・舌が到達したのと、同じタイミングで。
「何だ? 待っていたのか? これを」
「!?」
い、いや、違うの! これは。・・・その行為だけは、や、止めて欲しいっていう意思表示なの!!
私が何度もかぶりを振るのを見据えると、ふ、と口角を上げた。
「そうか、・・・そんなにして欲しかったのか」
待たせて悪かった、と反論を赦さず、一番敏感な処に顔を埋めてきた。
「あっ! ・・・あふっ! ・・・っ」
閉じようとする脚を押さえつけては何度も舐め上げてくる。溢れるものを吸い立てられる。
逃げられない刺激。とても耐えられない。
・・・舌の愛撫が止んだ。そして、
「!!」
宛がわれたものを割り入れられた。それが当然であるかのように。
身体は受け入れる体勢にはなっているものの、これにはいつも圧倒されて、戸惑う。
「いくぞ」
まだ心が受け入れかねているところに、激しい突き上げが始まった!
「ああん!! あ・・・は! はっ!!」
堪えていた声も限界。シーツを掴みながら喘いでしまった。涙が止まらない。
激しく中を掻き混ぜられ、翻弄される。水音が耳に届く。くやしい。
「変な我慢をするからだ」
勝ち誇る魔王の声。・・・・・・ええ、さぞ満足でしょうね。
手を噛んで声を止めようとすると、両手首を押さえつけられた。
「もっと泣け」
堪えようとすればするほど声が止まらない。激しい突き上げに喘ぎ声はいつしか嬌声に変わる。
「・・・ああ、・・・ん、く、はっ・・・あっあっ、あああ!!」
自分の声じゃないみたい。
感覚が波に奪われ、突き落とされる。身動きが取れなくなる。
身も心も粉々に壊れるようなこの感覚は、慣れない。
空気を求めて、肩で荒く息をする。涙が呼吸を乱していて、・・・体中苦しい。
背中に腕が回り、上体を起こされた。
正面から向き合い、顎を掴まれた。薄闇の中で彼の端正な顔が間近になる。
「良い顔になったな」
「・・・・・・」
紅潮して、涙も溢れて、多分私は今、みっともない顔になっているんだろう。
でも、
「・・・そろそろ俺も楽しませてくれ・・・」
この人はまだ満足していない。達したばかりの身体を尚も求めて来た。
「・・・あぁ・・・、許、して・・・おね、が・・・」
「・・・・・・」
何も答えず、繋がっているものを突き上げてくる。
・・・凄い、意地悪な顔・・・。
魔王をパートナーに選んだのは正解だと思っている。
彼のアドバイスはかなり有効で、開発速度は捗捗しく進んだ。その恩恵は数え切れないほどだ。
性欲だってあるだろう。魔王といってもそれは称号の様な物で、彼自身はれっきとした人間。健康で健全な男性だ。
・・・のは分かるんだけど・・・、・・・でも・・・、・・・・・・なんでその相手が私?
なんで、こんなことになっちゃってるの?
この、日頃の疑問が声に出たのだろうか。身体の何処にも力が入らないところへ、彼の声が入ってきた。
「・・・こうしないとお前はベッドで眠らないからだ」
・・・何・・・? ・・・・・・何て言った の・・・・・・?
聞き返そうとしたけれど、もう、駄目・・・・・・・・・限界。
魔王に身体を囚われたまま、意識は闇の中に崩れていった。
また、“悪夢”を見る。
さっきからずっと酷い夢の連続だけど、これはまた意味深でもどかしい悪夢だ。
見えるのは一面の炎。見覚えがあるのにどこなのか分からない建物の中。そして、
炎のもたらす轟音の中から僅かに聞こえる、必死に私を呼ぶ声。
“・・・ッカ姉ち・・・・・・!!”
逢ったことも無いのに、よく知っている“少女”。
何処にいるの? 何故私は駆け寄ってやれないの? ・・・・・・あなたは、誰なの・・・・・・?
捜そうとして、確かめようとして、目を凝らそうとして・・・。
「・・・ッ・・・、・・・・・・あ・・・・・・」
暗い寝室の中で目が覚めた。眩む程だった炎は跡形もなく、ただ僅かな月光がカーテンの端を照らしている。
夢の余韻でまだ声の主を捜そうとして、・・・それが叶わない現実に完全に目が醒めた。
手は伸ばせるものの、他に身動きがとれない。その理由は・・・、ガッチリと捕えられているからだ。彼に。
「・・・・・・」
当たっている胸から静かな鼓動が伝わってくる。悪夢を反芻しながらそれに意識を傾けてみる。
そういえば、最近は悪夢に飛び起きることが無くなったかもしれない。
前なんか、自分の悲鳴で目が醒めちゃったりしたし・・・・・・。
跳ね上がっていた心臓も、冷や汗も、鼓動にあわせてだんだんと落ち着いてくる。
何となく、もう少し良く聞きたい気分になって、身を捩じらせ・・・たら。
「・・・・・・」
「・・・・・・起きてたの?」
「ああ」
「・・・・・・いつから?」
「知りたいか?」
からかう様な語感に身の置き所も無い。
きっと顔が真っ赤になっているのもこの人にはバレバレなんだろう。
誤魔化しも兼ねてそのまま立ち上がろうとすると、腕を掴んできた。
「何処へ行く?」
「・・・・・・シャワー、浴びてくる」
いつの間にか枕元に置いてあったローブを羽織った。
シャワーに紛れて澱が脚の間を伝い降りてきた。
「・・・あ・・・」
情事の激しさをまざまざと思い出してしまう。
「・・・も、もうっ・・・」
慌てて水流を強くして洗い落とした。
いつもこうだ。何度も何度も飽きることなく求めて来て、失神するまで止めてくれない。・・・もしかしたらその後も楽しんでいるのかもしれない・・・。
できることなら体中についた行為の痕も洗い落としてしまいたい。・・・意識するとどんどん顔が赤面してくる。あああっ! 本当にもう!
最後に冷水を浴びてタオルを手に取った。
時計を見ればまだそう遅い時間でもない。彼もまだ起きているだろう。・・・・・・ベッドの中で。
たぶん、・・・・・・戻ったらまた、しなくちゃならないんだろうな・・・・・・
「あ、そうだアレ、あれー、っ・・・と」
キッチンで渇いた喉を潤した。お腹も空いてきていたから軽くシリアルなんかつまんでみたりして・・・。
・・・せっかく起きたんだから寝室に戻る前に何か少し済ませておいてもいいわよね。
「・・・あー、そういえばサンプルチェックが途中だったわよね・・・」
あら、スコープが見当たらないわ。
あー、確かシルバードの方へ置きっぱなしだったかなー・・・。ちょっと取りに行こうっと。
中庭を出て格納庫へ向かった。柔らかな夜風が頬を撫でる。
ふと歩を止めて、それを仰ぎ見た。
仄かな虹の光彩を揺らめかせながら。それはそれは大きく、欠けた処など全く無い「満月」。
私が月を見つめると、月も私を見つめ返してくる。そして、・・・・・・哂いながら、憂いながら、囁きかけてくる。
コンドハダレモ助ケチャクレナイヨ?
・・・・・・そんな声が、聞こえる気がする・・・・・・。
「・・・・・・」
込み上げてくる焦燥感。怖気を感じ、身体を抱き締めた。言い知れない不安に押し潰されそうになる。
どうしてこんなに不安になるの? 私は一体どうすればいいの? どうすれば・・・・・・?
「・・・ロボ・・・」
ロボだ。そうだ、ロボが完成さえすればきっと!!
気合を込めて頬を叩いた! しゃきっとしなさいルッカ! 立ち止まっている暇なんかないのよ!
・・・見てらっしゃい、私は絶対に負けたりしない!!
睨むつもりで再び夜空の主を見上げた・・・ら。
「・・・・・・」
「!?」
魔王がいた。
「び、びっくりした・・・」
いつの間にこんな近くに来ていたんだろう。しかも、・・・・・・・・・怒ってる。
「・・・いつ戻ってくるかと思えば」
月光を背にして立つその姿は言葉ではとても表せられない。
「一体いつまで待たせる気だ」
月より冷たい声に肩が竦む。
「あ、あの、ちょっと・・・、シャワーを浴びたらおなかが減っちゃって・・・キッチンに行って少しゴハン食べて・・・そしたら・・・、・・・その、」
「・・・・・・」
「・・・・・・月が、見たくなって・・・・・・」
「契約を蔑にして月に心を奪われるとはな。・・・いっそあの月を破壊してやろうか?」
「・・・・・・月にまで焼きもち妬かないでよ」
「お前が妬かせている」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・言いよどむくらいなら慣れない事を口に出すな」
・・・・・・どうしてこういう口説き文句をさらっと口に出せるんだろうこの人は。それ以前に、・・・・・・言い慣れてるの???
肩を抱かれて寝室へ。まるで警察に連行される犯人みたい。・・・ああ、・・・・・・気が重い。
こんなことしてる場合じゃないのに。早くロボに会いたいのに。それこそ寝る間も惜しんで。
「・・・・・・」
そう。眠りたくない。何よりも・・・眠るのが、・・・・・・怖い。
眠れば何度も悪夢を見る。それが怖い。あの夢はあまりにも暗示的で、強烈で恐ろしい。何だか・・・・・・
「って、・・・あ? ・・・あれ? ・・・・・・夢? 何のことだっけ?」
あんなに魘されて飛び起きてしまう程の夢。それが一体どんなものだったのか、それを・・・。
全く思い出せなくなっていた。
腕の中で考え込む科学者に、問われた。
「ね、ねえ・・・」
「・・・どうした?」
「私さっき、・・・変な寝言か・・・何か・・・、・・・夢・・・」
「・・・・・・」
「・・・な、何でもないわ。・・・ちょっと気になっただけ」
相変わらず、・・・・・・か。
「いくぞ」
抱く肩に力を入れ、部屋に導いた。まだ休息が必要だというのに。こいつは俺が居ないと一睡も出来ないのだ。
安眠が出来ない。疲れさせないと、眠れない。
そして眠ると悪夢に苛まれ、起きればこの有様。夢に叩き起こされたことさえ忘れてしまう。
去り際に振り返り、月を睨む。その冷たい光彩を。
月よ、この科学者にどんな運命を科そうというのか。
*** Me and lady scientist ***
王国一と謳われた魔力。稀なる力。・・・その1つ、“未来を見る力”は私に明るい世界を見せてはくれなかった。
見えるのは、・・・・・・黒い風が咽ぶ世界・・・・・・。
未知の力に溺れ、正気を失い堕ちていく母。哀しみに苦悩するしかない姉。そして、
稀有なる力に恵まれながら、この先に待つ終末を知りながら、何一つ役に立たない自分。
見掛けばかりが美しい、晴れの見えぬ世界の中で、俺は孤独の中に身を置き、心を閉ざした。
そして、
過酷という言葉さえ生易しい環境に一人放り出された。
腹心だった魔物達さえも、初めは恐ろしい敵だった。
一瞬の油断と怠慢が、そのまま死に繋がる世界で生き延びられたのは・・・・・・ただ1つの決意があったからだ。
母を狂わせ、姉を苦しめ、故郷たる国をも滅ぼした存在。
死地に堕ちるたび、絶望に裂かれるたび、奈落の更なる奥底で息づく敵を思い出し、持てる力全てを使って何度も這い上がった。
いつか必ずヤツを倒す!!
それが叶うならば、どれほどの人間がどう死のうが何者が異形の姿に堕ちようが、構わなかった。
魔王と呼ばれることさえ、目的への過程に過ぎない。
未だ手の届かぬ地下深くに潜む、その存在を。この手で。
それだけが俺を支え、突き動かさせた。
・・・そして願いは叶えられた・・・
達成感はつかの間。気がつけば虚無の感覚だけが残った。
目標も、指針も尽きてしまった。
魔王と名乗る意義も無く、かつての名を名乗るには変わり過ぎた。
姉を探す手掛りさえ希薄。このまま無為の日々を過ごすことになるのかとさえ思っていた自身には、正直、彼女の来訪は救いだったのかもしれない。
「お久し振り。見た目結構変わっちゃったけど、私のこと分かる? ルッカよ」
彼女は旅を終わらせた数年後から来たという。体型や髪型の、多少の変化は止むを得ないだろう。だが・・・、
そのあまりの変貌に目を見張った。
「やだ、そんなに驚いちゃって。・・・ひょっとしてサラさんかと思った?」
確かに、その姿を認める迄は、サラが逢いに来たのかと思った。
声、雰囲気は似るべくも無いが、何よりその憔悴振りは姉そのものだった・・・。
「協力して欲しいことがあるの」
クロノも誰も気づかないのか、彼女の異変に。
「貴方にも悪い話じゃないと思うわ。シルバードを使えばサラさんを捜す範囲だってぐっと広がるし・・・・・・」
彼女を、黒い風が取り巻いているのを。