―――何してんだろ、あたし。  
 
鬱蒼とした木々のなかで、ひとりきり。歩きつかれて棒のようになった足を休めながら  
ルッカは息をついた。  
「…何でこんな所にいるのよ」  
答えるものは無い。ただ、薄闇をつんざいてどこからともなく、甲高い鳥の声が  
響いてきただけ。  
その薄気味悪さに、知らず背筋がぞくりとなる。  
「―――何でこんな所で」  
無性に腹が立ってきた。  
「何やってんのよ私はっ!」  
八つ当たりのファイアの炎が、朽木に炸裂した。  
 
ガルディアの森。王国歴601年。  
その古い森は、中世という名に相応しい不気味な静けさを湛えて  
彼女の目前に鎮座している。  
天を穿つ巨木の根に腰掛けルッカは溜息をついた。目の前では  
すっかり炭化した哀れな朽木がぶすぶすと煙をあげている。  
―――ほんっとに、何やってんだか。  
ルッカは本日何度目かも判らぬ溜息をついた。額から汗が零れ落ちる。  
ハンカチを取り出そうとポケットを探ると、一枚の紙切れが引っかかった。  
写真だ。色あせてすりきれ、所々破れた写真。  
 
幸せそうに微笑む花嫁と彼女の腕を取る花婿。  
 
「……」  
風がルッカの汗ばんだ首筋を撫でていった。急に寒気がした。  
「…帰らなきゃ」  
疲れすぎて痺れがきれた足をさすり、立ち上がろうとしたルッカは  
しかし、その場でよろめいた。  
…地震?  
ずしん。ずしん。次第に近くなる振動。梢がざわざわと騒ぐ。  
闇がいっそう深くなった。  
右手が自然に腰の銃に触れる。大丈夫、カンは鈍ってない。  
痺れた足を誤魔化しつつルッカは立ち上がった。  
 
「……?」  
「どうしました…騎士団長殿」  
「いや……」  
 
「ナパームボムっ!!」  
うがぁっとのけぞってエイシトニクスは倒れた。肉の焦げる臭気が鼻を突き、黒煙が  
ルッカの目を刺した。涙がにじみ、視界が霞む。  
まず一匹。襲い掛かる恐竜たちに炎の洗礼を浴びせつつ、ルッカは森の奥へと  
駆けていった。  
シルバードまでたどり着けばこちらのものだ。  
「…でも、どうしてこんな…」  
こんな所に恐竜どもがいるのよ。  
入り組んだ森のなかで広域魔法は使えない。どこに潜んでいるか判らない  
他の魔物を刺激するばかりか、自分の身すら危うい。  
燃え広がったら城にまで被害が及ぶ可能性もある。ファイアかナパームボムで数体づつ  
潰していくしか手段は無い。矢継ぎ早に呪文を詠唱するルッカの脳裏には  
1年前の戦いが浮かんでは消えていった。  
連携プレーで敵を蹴散らすクロノ。打ち漏らした敵に止めを刺すクロノ。  
背中を守ってくれたクロノ。  
…いつだって一緒だったのに。  
 
「私一人だって!バカにするんじゃないわよ!!」  
むくり、と起き上がる影。もうもうと煙立ち込める森のなか、ルッカは  
ひとりきりだった。  
「ちょっと…なんで効かないの」  
ゆらり。首をもたげて竜たちがルッカを睨む。爛々と赤く輝く瞳。  
囲まれている。こうなっては仕方ない。  
精神を集中させ口のなかで呪文を詠唱する。そして、右手を高く差し上げる。  
「―――フレア!!」  
辺り一面を焼き尽くす閃光…は、現れない。炎の魔法を立て続けに放ち続けた  
ルッカの体力も精神力も、すでに限界まで来ていたのだ。彼女は膝をついた。  
銃のエネルギーはとうに切れている。  
延焼した炎とどす黒い煙、それに竜たちがルッカを囲んだ。  
嘲笑うかのごとくエイシトサウルスの口が開く。  
…なんでダメなのよ。  
薄れ行く意識のなか、そう思ったとき。  
 
「―――ウォータライズ!!」  
 
蒼い波が炎と竜たちを飲み込んでいくのを見た。  
そこで彼女の意識は途切れた。  
 
 
 
『ルッカ…僕たち、結婚するんだ』  
『お祝いして…くれるよね?』  
『もちろんよ。親友じゃないの』  
 
 
 
「……さん、お嬢さん…」  
薄紗のカーテンが開けるように視界が明るくなっていく。  
「…ああ、もう大丈夫だよ……」  
心配そうに覗き込むいくつもの顔。見覚えがあるような、無いような。  
「……たし…っ…」  
途端に頭痛が襲ってくる。覗き込んでいた顔たちが慌てるのが判った。  
鎧兜の兵士たち。ヒゲ面の大臣。割烹着に身を包んだ女官たち。  
「何が大丈夫だ」「このヤブ医者っ」「何だとワシにケチつける気か」  
「もういい、こんな奴より料理長連れてこい!うまいモン食わせて体力回復だ」  
騒々しさが無性に懐かしかった。  
ああ、ここはガルディアだ。中世の。  
笑うと頭に響くような痛みが走ったが、かまわずルッカはほほえんだ。  
 
「その分なら…もう心配無いようだな」  
 
少し低い声。耳になじむ、ひどく優しく懐かしい声。  
「騎士団長殿!戻られたのでありますか?」  
コツ、コツ、コツと床に響く靴音。動かない頭を罵りつつ、ルッカは必死で  
目をやった。  
「ああ」  
なめし革のブーツからすらりと伸びる足。その背で揺れる深緑のマント。  
「……大丈夫か」  
白銀に輝く甲冑。軽くたばねた、エメラルドの長い髪。  
深い色をした瞳の青年が、聞き覚えのある声で呼びかけてくる。  
「……大丈夫か、ルッカ」  
 
「…あの…誰でしたっけ…」  
 
あの後、意識を失ったルッカを城に担ぎ込んだのは、魔物退治に出ていた騎士団だという。  
彼女の不具合は一時的な疲労と呼吸困難から来る貧血だと、医者は判断した。  
王宮の女官たちが住まう一間が緊急の休養場所となった。  
彼女のただならぬ様子と衰弱を案じた王とリーネ王妃の判断である。  
 
石造りの小部屋のベッドからは、曇りの無い空が見えた。  
小鳥のさえずりが聞こえる。  
「…で、ルッカさんの乗り物は騎士たちに命じ、城の安全な場所に保管してあります」  
枕もとで食事の片付けをする女官の声も、ルッカの耳には半分も入っていなかった。  
…ああ、あの日もこんないい天気だったわね。  
「王も王妃もあなたの身を案じておられますよ。ご両親もあなたの時代でご心配なさっている  
ことでしょう、早く元気な姿を見せてさしあげて」  
「すみません、本当に」  
初老の女官は、口の端の皺をいちだんと深めて微笑んだ。  
「救国の英雄がが何をおっしゃいますやら。  
 そうそう、今日はご一緒ではないのですか?あの少年…クロノさんと、王妃様にそっくりの娘さん  
 …マールさんでしたか」  
…あの二人の結婚式も、こんな空の下だったっけ。  
「次はあの方々も連れてきてくださいな。皆楽しみにしていますよ」  
「…あの」  
搾り出すように、ルッカは女官に尋ねた。  
「あるひとに、会いに来たんです」  
 
 
「おう、お嬢さん。もう平気なのかい」  
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」  
「料理長のスタミナ料理持ってってやっからな!ちゃんと栄養つけて元気になれよ!」  
「ありがと!」  
騎士たちは気軽に声を掛けてくれる。皆顔なじみになりつつある面々だ。  
…ああ、あのひととは食堂で一緒になったっけ。あの時クロノ、行儀悪いって叱られて…  
ポケットの中の写真に触れる。  
西の塔の騎士たちの溜まり場。そこにいるはずの騎士団長なら彼の行方を知っている、と  
意味ありげな微笑みと共に女官は教えてくれた。  
…きっと教えてくれますよ。  
緑の髪の青年を、ルッカは思い出した。森のなかで絶体絶命の彼女を救ったのは  
偶然通りかかった彼だという。  
…なんで似てるなんて思ったんだろう。あいつとは似ても似つかないのに。  
けろけろと煩くて、気味が悪くて。やる事なす事古臭くって、飄々としてて。  
時々オヤジ臭くて、そのわりに子供っぽい一面もあって。  
どこか冷めてるわりに妙なところで熱くって。  
「…元気かしら」  
ぽつりとつぶやいたその声を聞き取った者がいた。  
「元気にしてるさ」  
絶妙なタイミングに息を呑んだ。  
 
「あなたが…騎士団長さん?」  
以前会った、料理長の兄弟だという人物とは随分イメージが違う。代替わりでもしたんだろうか。  
今日は非番だろうか、先日の甲冑姿とは違って普段着姿でも一目でその人物と判った。  
エメラルドの長い髪が彼とだぶって見える。  
「ああ…話は女官長から聞いている」  
こうして見るとかなりのいい男だ。切れ長の瞳と子供みたいな微笑がアンバランスだ、と  
ルッカは思った。  
「話?」  
「未来から花婿を探しにやってきた少女がいると」  
「助けて戴いたことは感謝します、でもくだらない冗談は歓迎しないわよ」  
「これは失礼した」  
騎士らしく、恭しく頭を垂れる。だがいたずらっぽい笑みはそのままに。  
初対面、いや二度目の対面のはずなのに、どうしてこんなに調子が狂うのか。  
…懐かしい感じがするのか。  
「竜どもがこの近隣をうろつくようになってな。出元の東方の洞窟を塞ぎに行ったんだが  
 どうもくっついて来ちまったらしい。…あんたには迷惑を掛けた」  
声のせいよ、とルッカは思った。この少し低くて抑揚の効いた声が、あいつとそっくりの  
この声が全て悪いのよ。そういい聞かす他、自分を納得させる手段が見つからないのだ。  
「…だが、そんなことを聞くためにここに来た訳じゃないんだろ?」  
 
どこまでも人をバカにしたような態度を取る騎士団長に、ルッカは次第にいらつき始めた。  
「率直に言うわ。人を探しに来たの…いえ、人じゃないわ。カエルよ」  
「…カエル」  
騎士団長は間の抜けた返事をする。翠緑の瞳が丸くなった。ルッカはかまわずまくし立てる。  
「そう、カエル。この城で騎士団長なんてやってる以上、知らない訳ないんじゃない?  
 カエルの姿した騎士…いえ勇者よ。王妃を救って魔王を退治した勇者よ、知ってるんでしょ!  
 今どこにいるの?どこで何を、カエルは…」  
は、と息をついてルッカは倒れた。貧血だ。口をついて出てくる言葉に呼吸が  
追いつかなくなっていたのだ。  
「…おい、ルッカ…おい!」  
相手が自分を呼び捨てで呼ぶことなど、全く気にも止まらなかった。  
…呼んでいる声が、彼そのひとのものだったから。  
 
―――ああ、やっぱりここにいたんだ。わざわざ探す事無かったじゃないの。  
あの意地悪な騎士団長なんかに聞くことなかったんだ。  
なんで早く出てきてくれないの。なんで隠れたりするの。  
…なんであんたは居て欲しい時に居てくれないのよ……  
 
 
冷たい水を飲んで、ようやく頭が冴えてきた。  
激しく咳き込むルッカを騎士団長はソファに寝かせると、何がしかの呪文を唱えた。  
…ケアルガの魔法だ。  
頭がくらくらするのもすぐに納まったが、のどのいがらっぽさは消えない。  
「…あの時も、魔法使ってたわよね」  
ランプに灯を燈し、空になったコップを片付けて、騎士団長はルッカに向かい合わせの  
椅子に腰掛けた。  
薄暗闇が石造りの小部屋を覆っていく。  
「気付いてたのか」  
闇のなかで瞳の色がなお濃くなっていく。  
「水系の高等魔法。…この時代で魔法が使えるのは、魔物だけ。  
 …何なの、あなた。人間じゃ、ないの?」  
声が上ずるのは期待しているから。彼の答えを。…私は一体何を望んでいるの?  
「……確かに人間じゃあ、なかったな」  
いたずらっぽく笑う声が記憶のなかの映像と重なった。  
「あんた、まさか」  
「その「まさか」さ。ルッカ」  
答えると同時に枕が飛んできた。渾身の怒りがこもった一撃が。  
 
「何しやがる!久しぶりの再会ってときに」  
「それはこっちのセリフよ!騎士団長って何よ、なんでそんなカッコになってんのよ!」  
「なんでって言われてもなぁ…痛え!痛いって!俺はやりたか無かったんだが王の命令で…」  
「大っ体どうして別人のフリなんかしてたのよ!最初っから正直に言いなさいよ!」  
「誰でしたなんて言ったのはお前だろーが!言ったって信じねーだろうからつい」  
「この嘘つき!バカカエル!爬虫類!なんでカエルじゃなくなってんのよ!」  
「知らん!誰が爬虫類だ!理由は魔王に聞いてくれ…って、聞けないか…  
 わーった、俺が悪かった!だからやめろルッカ!」  
「なんでよ!なんで……」  
枕を振って暴れるルッカを押さえる格好になった騎士団長…カエルことグレンの  
腕のなかに抱きとめられ、そのまま彼女は崩れ落ちた。  
「なんですぐに…教えて、くれなかったの…よ……バカ…」  
「…悪かった……」  
 
 
「…結婚したの」  
「そりゃ目出度い」  
「カエルの黒焼きにされたいの」  
「…クロノと、マールか」  
「これ。あんたに持ってきてあげたのよ」  
ボロボロになった写真。二人の幸せそうな笑顔が、退色したセピア色に彩られている。  
「感謝しなさい」  
満面の笑みを湛えた花婿と花嫁。祝福する人々。  
「幸せそうだな」  
「そう思うわ」  
「…嘘がヘタクソなのは相変わらずだな、ルッカ」  
写真がひらり、とルッカの手から零れた。窓から入ってくる夜風に乗って木の葉のように  
ひらひらと落ちていく。  
見上げると、少し寂しげな笑顔に、かつての…カエルだった頃の面影が重なる。  
その背に腕を回し、抱きしめる。何も変わっていない。  
姿は変わったけど、この温かさは一緒だ。  
「いつまでも三人でいられるなんて思ってた。…子供みたいよね?  
 でも、そう思ってたのは私だけだった」  
堰を切ったように言葉が流れ出してくる。心の底に押し込めていた思いが。  
「二人は幸せになったわ。それだけは嘘じゃない。でも」  
消え入りそうなルッカの声に応えるようにランプの炎が震える。  
「…私、一人きりになっちゃった」  
涙がひとすじ頬を伝い落ちていった。  
 
「一人じゃない」  
 
「お前は一人じゃない」  
抱きとめる腕に力が篭るのを感じた。  
ああ、そうだった。  
打ち漏らして襲い掛かってくる敵に止めを刺してくれたのは。  
油断するな、と叱ってくれたのは。  
背中を守ってくれたのは。  
「姿は変わっても、生きる時代が違っても、俺はここからお前を見ている。  
 俺はここにいる」  
時には父親のように、兄のように、見守っていてくれたのは。  
「…俺がいる。それじゃ、不満か…?」  
本当に想っていたのは。  
 
返事の代わりに唇が重なる。  
最初は恐々と、そっと確かめるように。触れるか触れないかのそれが  
次第に深く激しく変わっていった。  
「…会いたかった」  
息を継ぐ間さえ惜しんで繰り返されるキスに呼吸が荒くなっていく。  
ひとときでもこの時間を共有できるなら後悔しない。その瞳が語っていた。  
 
お互いに呼吸の限界を感じて、ようやく離れた。  
ルッカは彼の首にかけた手を下ろし、肩に顔を埋めて、深く息を吸い込む。  
…女を惹きつける大人の男の匂いがする。  
身体の向きを少し変え、そのままグレンの顎の下に収まった。彼の鼓動が直接聞こえる。  
「…お前達と別れてから」  
少し低い声が頭上から響いてくる。  
「ここに帰ってきて、この姿に戻って。騎士団長の役目を任じられて」  
目を閉じたままグレンは、ルッカの髪をそっと撫でる。  
「時間という奴は残酷だな。俺は、日に日に昔の俺じゃなくなっていく…だが時々、  
 ふと気付くとお前の背を守ろうとしている俺がいる。  
 無意識にお前を探しちまってる自分に気付く」  
どれだけ思っても所詮は違う時代の住人。今はこうしていられても、また別れの時が来る。  
「その度に、お前はもういないことを思い知らされる」  
両肩に手をかけ少しだけ身体を離すと、ルッカの頬にそっと触れた。  
「出来るモンなら」  
深緑の瞳が揺れた。  
「俺から迎えに行きたかった」  
 
「…グレン…」  
心を読んだかのようなルッカの呼び声。自制が効かなくなる。  
「…その名前で呼ぶな」  
昔の俺じゃなくなっていく。  
その言葉が脳裏に蘇り、ルッカの背筋を凍らせた。  
「頼む、俺でいさせてくれ…お前の大嫌いなカエルで…」  
悲痛なまでの彼の訴え。しかし、注がれる痛々しいまでの眼差しを跳ね返すように  
何かを企むような笑みを浮かべて、ルッカは耳元に囁いた。  
「大嫌いよ…昔も今も、あんたなんか大嫌いよ」  
身体をびくっと強ばらせるグレンの反応を楽しむように、ルッカは  
その背を優しく抱きしめた。心臓の音が早くなっていく。  
「やる事成す事古臭くって、オヤジ臭くって、そのわりに子供みたいで」  
くすくす笑いながらルッカが続ける。さっきまでの衝動と緊張が嘘みたいに消えていく。  
「名前が変わっても、カッコだけいい男になっても、何も変わっちゃいないのね  
 …あんたなんか大っ嫌いよ、バカグレン」  
…ああ、やっと伝えられた。やっと捕まえた。  
「…聞き捨てならん台詞だな、ルッカ」  
張り詰めた背中の緊張がルッカの腕のなかで解けていく。少し身体を離して  
互いの顔を見つめあうと、グレンの形のいい唇がニヤリと笑いの形を取った。  
…いつもの嫌味な笑顔だ。カエルの時そのまんまだ。  
「撤回してほしい?」イジワルっぽく聞いてみる。  
「嫌でもさせてやるさ。これからな」  
「だからあんたはそういう所がオヤジ臭……ん…」  
不用意に、少々強引な口付けがルッカを襲う。両腕で抱え込まれて押さえられ、  
深く深く侵入してくる舌に翻弄される。  
先ほどの遠慮がちな態度はどこへやら、指をからめ押さえつけて貪るように  
口腔を蹂躙していた唇が、ルッカの首筋に移動する。  
耳元から肩口へ、肩口から鎖骨へ。軽くついばむように音を立てるのは、それに  
反応するかのようにぴくりと震える彼女の反応が見たいから。  
ずれ落ちかけていた眼鏡をそっと外し、その瞼に、頬に、首筋に、唇が火をつけていく。  
 
言ってやりたいことはもっとあったはずなのに、言葉になる前に衝動に変わる。  
首筋から離れないグレンの頭を頬から包み込むように引っ張り上げ、半ば強引に唇を押し付ける。  
最初のためらいはすぐに消え、深く…より深く、舌を深いところへ入り込ませていく。  
ルッカにしてみれば先ほどの仕返しのつもりもあったが、その積極的な態度に萎縮したのか  
グレンはどこか躊躇うような、気遣うようなキスを返してくる。  
何よ、妙なところで騎士ぶっちゃって。この期に及んで遠慮なんかしないでよ。  
声に出せない代わりにキスで応える。誘うように、まだぎこちない求め方で。  
唇を重ねたまま、すぐ隣のベッドで運ばれる。逞しい腕を背中と足に感じた。  
…ああ、もうカエルじゃないんだ。  
服越しに感じる温もりに嫌でも「男」を意識させられ、鼓動が早くなっていく。  
 
リネンのシーツが捲り上げられ、そっと押し倒されると同時にまたキスの雨が降ってくる。  
首筋に、鎖骨に…ベストのボタンを片手で外し、シャツの首筋を引っ張るようにして  
さらに下の…柔らかな曲線を描く肌に。  
…最初に出会った時は小生意気なガキだと思ってたが、いつの間に大人になっていたんだろうな。  
シャツをそっとたくし上げて下着と共にベッドの下に放ると、ルッカの柔らかな素肌が  
薄闇のなかに浮かび上がった。  
「…そんなに見なくてもいいでしょ」  
間抜け面を晒して見つめていた自分に気付き、グレンは思わず赤くなる。  
「い、いや…お前もガキじゃなかったんだな、と…」  
「よっぽど黒焼きにされたいようね」  
「褒め言葉のつもりなんだがな…」  
デリカシーが無い、と睨みつけ、自身を抱きしめるルッカの細い腕にグレンの手がかかる。  
形ばかりの抵抗を試みてはみるも、耳元に吐息を感じて力が抜けていく。  
「や…っ…」  
「何で嫌なんだ?」意地悪く耳元で囁いてみる。しかし視線は、彼女が女であることを  
訴えかけてくるそこに惹きつけられて、嫌がおうにも離れてくれない。  
「んな事…聞かなくてもいいで…っ」  
指先が曲線を辿っていく。愛撫、というには優しすぎる触れかたで。くすぐるように  
じらすように、あえて核心の部分を避けるように。  
…彼女がそこにいることを確かめるように、グレンの指が…手が、身体のラインを辿っていく。  
吐息とともに漏れる声を、押さえるのはもう限界だった。  
 
口の端を噛んで快感を堪えるルッカの頬に軽く口付け、グレンはそっと上着を脱ぎ捨てる。  
潜り抜けてきた幾多の戦いの跡が太刀筋となって刻み込まれているその身体に、思わず  
ルッカは息を呑んだ。  
彼女の思いを察してグレンは苦笑した。  
「すまんな…魔王の奴サービスが悪くてな。これだけは消えずに残っちまった」  
「ううん…」  
呼吸を整えて、ルッカは応えた。彼の背を這わせていた指でひとつひとつ、古い傷あとを辿っていく。  
…このひとつひとつが彼の生きてきた記憶なんだ。  
引き締まった脇腹に走るのは、小さな切り傷。  
「初めて王妃の護衛に出た時、魔物の一行に襲われてな。そいつは  
 バイパーに喰いつかれた痕だ…王妃は名誉の負傷と仰ったが」  
しなやかな腕に痣になって残るのは、火傷の跡。  
「…サイラスが死んだ時だな。…炎のなかで息絶える親友を前に、あの時の俺は何も出来なかった」  
私の知らない「グレン」が、少しずつ姿を現してくる。  
「これは…」  
胸板に走る、まだ新しい刃の跡。人差し指で辿るとくすぐったそうに、グレンは少しだけ  
身をよじらせた。  
「覚えてないだろうな」  
意味深にニヤリと笑うその瞳。何か企んでいるときの目だ。  
「ラヴォスと戦った時、お前あのコマみたいなヤツに気を取られてただろ。  
 人型が襲ってくるのに全然気付きやしなかったもんな」  
あっ、と叫んでルッカは両手を叩いた。思い出した。  
ラヴォスの本体を見つけた私はそっちばかりに気を取られて、しぶとく復活する人型のことを  
忘れていたんだ。最大級のフレアをお見舞いしようと集中してたら背後から襲い掛かられて、  
気が付いたらカエルが倒れてて…  
「お蔭で死ぬかと思ったんだぜ」からかうように笑う。  
巨大な腕で切りかかられた私を庇って大怪我をしたんだっけ。  
…結局マールにケアルガかけてもらったんだけど、血だらけで動かなくなったカエルに  
半狂乱で抱きついてたって、後で散々冷やかされたっけ。  
 
「…ありがとう」  
グレンの切れ長の瞳が丸くなる。  
「……珍しいな、お前からそんな台詞が出てくるとは」  
悪かったわね、素直じゃなくて。  
そんな台詞がいつもは出てこなくって。  
顔が真っ赤になるのを感じて思わずグレンの胸に顔を埋める。ところが、それを  
押し留めるように肩を押され、顔を覗き込まれてしまう。額と額がこつんとぶつかる。  
「…止めなさいよ」  
「顔が見たい」  
「なんでよ」  
「可愛いから」  
「な……っ」  
「…なんて言ったら黒焼きにされるか?」  
「消し炭にしてやるわ」  
「そいつは御免だな」  
少々強引なキス。  
髪に指を絡ませ頭ごと引き寄せ舌を絡ませる。背中でルッカの指が彷徨うのを感じ  
空いたほうの手で引き寄せる。指と指が絡まる。  
 
窓の外から夜風が入ってきて、二人の上の窓にかかるカーテンを揺らす。  
邪魔な衣服は全て床のそこここに散らばり、素肌に当たるひんやりした空気が  
次第に昂ぶっていく吐息を掻き消していく。  
胸の先端に柔らかく温かい感触を感じながらも、ルッカの身体はまだ緊張が解けないままで  
両膝を固く閉ざし最後の抵抗を試みている。  
「…嫌なのか?」  
そう言ってグレンは身体を下げていき、両膝にわざと音をたててキスをする。  
嫌ではない。嫌な訳がない。でも全てを見せることは出来ないのは。  
「…あんただから…嫌なのよ…」  
そう言って顔を逸らすルッカに、グレンの昂ぶりも一層熱を帯びてくる。  
「…そう言われても、今の俺じゃ都合良くしか解釈出来ないな」  
脚の付け根に軽くキスを落とされ力が抜けていく。固くなった桜色の先端を  
転がし、包み込むようにして胸の柔らかさを味わっていた指が降りてきて、  
かたくなな両足をそっと開く。  
「…や、嫌…ないで…ぁ」  
薄い茂みの奥に既に充血したふくらみが見える。舌先でそっと触れると、未熟ではあるが  
まごうかた無き女性の匂いがした。ルッカの匂いだ。  
「ぁ…あっ」激しく反応して、また脚を閉ざそうとするルッカ。グレンは一度顔を上げ、  
口元を押さえる彼女の手を取った。  
「大丈夫だ…大丈夫。恐いことなんかしねぇよ」  
熱にほだされて思考停止に近い頭では、答えを返すことなど出来ない。ただその笑みを  
信じ、ルッカは彼の指に指を絡め返す。  
 
彼女を怯えさせるようなことは出来ない。グレンの指が少しずつ芯の周りを辿り、時々  
思い出したように淵に触れる。その度に濡れた音が部屋に響いた。  
「…ん、そんなこと…しない…で…っ」  
焦らされることと、恥ずかしい音を聞かされること。その両方がルッカの理性を少しずつ  
削り取り、その代わりに熱を高まらせていく。知らず、次第に声が上ずっていく。  
このひとが欲しい。  
後のことは考えない。少なくとも今は考えられない。  
グレンの長い指が忍び込むように彼女に侵入する。既にそこは十分過ぎるほど潤っていた  
とはいえ、男を迎え入れるにはまだ狭い。  
ルッカの肩が小刻みに震える。瞳は固く閉ざされている。  
「痛いか?」  
彼女は首を縦に振った。  
「…少しだけ」  
無理はさせたくない。そっと指を引き抜こうとすると、ルッカの手が押し留めようとした。  
「やだ…大丈夫、大丈夫だから止めない…で…っ」  
不意に柔らかいものが入ってくる。  
グレンは茂みに顔を埋め、その奥に潜む花芯に深く口付けた。彼女の襞を割りながら  
奥へ奥へと押し上げる。ある一か所に辿り付いたその時、ルッカの声がひときわ高くなった。  
「っあ…ダメ…」  
震え出す腰をしっかり掴み、進退を繰り返す。強弱を付け、さっきの一点を押すように  
愛撫する。ルッカの呼吸が次第に不規則になっていく。  
もっと、もっとその声が聞きたい。自分の手で乱れた彼女を見てみたい。  
その衝動がグレンを突き動かし、愛撫の手を早めていく。…自分自身が昂っていく。  
茂みのなかの突起をそっと摘むと、掴まえいていたルッカの腰がびくん、と大きく痙攣した。  
 
 
「…あ……」  
自分の中心から何かが溢れ出してくるのが判る。  
彼の手で頂点に上り詰めたという事実だけでも、恥ずかしさと悦びが混ざり合い頭が真っ白になる。  
波のように打ち寄せてくる快感に身を任せ、くたりと力なく崩れ落ちたルッカのこめかみに  
唇をつけ、グレンはその腰を引き寄せた。  
「…いいか?」  
既に自分自身も限界に近づきつつある。  
何が起ころうとしているのか察したのか抵抗するようにルッカが身をよじる。それを  
拒絶の意思と受け止めたグレンの瞳が曇った。慌てて彼女は首を横に振る。  
「…そうじゃない……私にも、させて…」  
熱くなったそれを手のなかに捕まえる。  
「あんたばっかり…ずるいわよ…?」  
少し驚いたような、思いがけないルッカの攻撃にグレンが躊躇している間に姿勢を変え、  
彼の下から抜け出した。胸板を押して彼をそっと仰向けにする。  
隆起した彼自身が目に飛び込んでくる。  
「お…おい、俺を襲う気か?」口の端がわずかに引きつっている。  
「そうよ…好き放題されちゃ黙っていられないわ」  
経験が無いとはいえ、一方的な行為はルッカのプライドが許さない。しかし、いかに  
天才ルッカ様でも男性の扱いに関しては知識豊富というわけでは無い。  
知ってはいても実践するのは初めてのことだ。  
どうすればよいか暫し躊躇ってから、両手でそっと撫で上げてみる。  
「…くっ」  
苦しげに、切なげに呻きを漏らすグレン。自分の指が彼に快感を与えられたことが判ると、  
ルッカはそのまま根元から上へ向かって、何度も繰り返し擦り上げる。  
大胆だと思われてもいい。彼だから…彼が呼び起こしてくれた快感を少しでも分け合いたい。  
「も…もういい、止めろルッ…カ…ぁ」  
その手が肩と腕を掴む。関節が白くなるほど強く握られてもルッカは、なお彼自身を  
愛撫する手を休めない。止められない。  
「駄目だ、もう…っ!」  
とうとうグレンが根負けした。両肩を掴んで再び彼女をシーツの波間に押し倒す。  
 
ルッカの肩に顔を埋めて暫し喘ぐと、グレンは額を寄せて彼女の耳元に唇を寄せる。  
焼け付くような熱い芯が太股に当たって自己主張している。グレンは少し息を整え  
両腕をついて彼女の身体を組み敷いた。紅潮した白い肌に眩暈すら覚える。  
「今度は、拒絶しないでくれ」  
真っ直ぐなその瞳。これほど求めている相手をどうして拒絶など出来ようか。  
返事の代わりにひとつだけうなづいた。  
 
腰の下に手を差し入れ少しだけ浮かすと、膝を割る。しどと濡れた入り口に彼自身が当たる。  
先端が熱い深淵に飲み込まれていく。ルッカの身体がぴくりと震える。  
その理由は痛みだけではないはずだ。  
「愛している」  
最早躊躇いなくその言葉を口にして、同時に進入を開始した。両腕をついて腰を沈めてゆく。  
 
グレンが腰を落としていく度に、彼女の狭い内側の襞が波打つように纏わり付く。  
さっき指と舌で柔軟に解したとはいえ、男を受け入れたことの無い秘所は彼を拒絶するように  
強く締め上げる。  
「ゃあ……っ」  
思わずルッカは上半身を逸らせる。身体の中心に楔を打ち込まれるのにも似た、  
焼け付く痛みに耐えてグレンの背中にしがみ付いた。  
途端に背中に走る鋭い痛みが、彼の暴走しそうな衝動を崖っぷちで押さえつける。  
「…すまん、まだ早かった」  
快感などない、ひどく痛がる彼女をこのまま勢い任せに抱いてしまっていい訳が無い。  
身体より心が欲しいから。  
「…だ、やだ……止めないで…」  
目の淵に涙を浮かべて哀願するルッカ。両腕で必死で自分を抱き寄せ、止めさせまいと  
引き寄せるルッカ。痛みを堪えて自分から唇を重ねるルッカ。  
…止められる訳が無い。  
一旦体勢を立て直すと、改めて侵入を試みた。花弁の淵にある芽を転がしつつ、溢れ出す  
蜜に絡めるようにして奥へと進む。遅々たる速さだったが、男の身体では理解出来ない  
彼女の痛みを少しでも和らげるためには、いくらでも待つ覚悟はあった。  
少しずつ、少しずつグレンが奥へ入ってくる。自分のなかにあった空虚な部分が満たされてくる。  
…その感触はルッカのなかに痛み以外の何かを生み出していった。  
 
次第に呼吸が速く、浅くなる。漏れる声が高くなる。  
「…レン…お願…」  
途切れ途切れの吐息の合間から呼ぶ声が、グレンの理性を確実に崩壊させていく。  
 
彼女のルビー色の先端に舌を這わせ、二度三度転がす。その度にルッカは小さく声をあげて  
両の脚を腰に巻きつけた。途端に鈍い痛みが走る。  
それでもかまわなかった。  
グレンが私のなかで脈打っている。  
とうとう奥まで達した彼自身が、ルッカのなかで熱を放っている。ひとつになった、という  
言葉が彼女の脳裏に浮かび上がった。  
悲しくもないのに涙が勝手に零れ落ちる。  
「…まだ痛いか」  
「…ううん…そうじゃない…判らない…」  
強く抱きしめられ、後髪をそっと撫でられる。  
「泣くな…こうしてる時は…俺とこうしている時は…」  
どうして訳も無く涙が零れるんだろう。私は今幸せな筈なのに。  
隙間を作ることを恐れるように、二人はぴったりと身体を重ね合わせた。互いの肩に腕を回し、  
脚を絡め、覆うように唇を重ねる。  
少しでも腰を動かすと、二人がひとつになっている部分から蜜が溢れ出す。それを指で  
すくい上げるようにして、グレンは芽を撫でて刺激を与える。と、途端にルッカの  
様子が変わった。  
先ほどまで、あれだけ痛がっていた声が上ずってくる。甘い吐息が混ざってくる。  
それを確かめると、ようやくグレンはゆっくりと腰を動かし始めた。  
 
自分でも押さえようのないほど、喘ぐような吐息混じりの声があがる。  
…自分でも知らなかった「女」としての声。  
上半身を抱きしめたまま、グラインドするように腰を動かす。ルッカの中にあった鈍い痛みは消え、  
身体の奥のほうから熱がこみ上げてくる。  
それはグレンも同じことだった。  
ずっと堪えていた衝動が頭をもたげ、理性を駆逐していく。彼女を気遣う思いが未だ  
ストッパーになってはいるものの、頬を紅潮させて自分を求める姿と、自身を締め付ける  
彼女自身が背中を後押しする。  
限界が近い。  
苦しげな表情からルッカもそれを感じ取ったのか、彼の首に腕を回して胸に抱え込んだ。  
「欲しいの…グレン…っ!」  
 
ひときわ高く叫ぶとルッカは彼の頭を抱いたまま崩れ落ちた。  
絶頂を迎えたのか、と思った瞬間、グレンは熱を爆発させた。自分の全てを  
彼女のなかに注ぎ込む。それが、二人の情熱が混ざり合った瞬間だった。  
過去も、現在も、未来もいらない。歴史が変わっても、運命がどうなっても構わない。  
このひとだけが欲しい。  
彼の全てを受け入れたことを実感し、ルッカは頬を伝い落ちる涙を止められなかった。  
 
規則正しい寝息が頬をくすぐる。  
肩にかかるグレンの腕をそっとどかし、音をたてないようにベッドを抜け出した。  
汗ばんだ額に張り付く髪をどけてやり、口付けをひとつ落とす。  
ほんっと、子供みたいな寝顔。とても20代後半だなんて思えない。  
目覚めた時、隣に寝ているはずの自分がいないのに気付いたら、どんな顔をするだろうか。  
…どれほど傷つけることになるんだろうか。  
いっそ責めてくれればいい。黙って消える私を恨んでくれるならどれだけ楽なことだろう。  
裏切られたと思って、新しい恋を見つけて、この時代で何不自由なく人生を終える。  
それが彼にとっての幸せだから。  
 
「……ん、ルッカ…?」  
横に寝ていたはずの彼女を抱きかかえるように、グレンが寝返りをうった。その手が  
無意識に枕もとにあったルッカの手首を捕まえる。…この温もりを私は捨てようとしている。  
「大丈夫…まだ夜は明けていないわ」  
「そうか……」  
また、規則正しい寝息をたてはじめる。起こさないよう、手首を掴んでいる長い指を外す。  
そっと唇を重ねた。きっとこれが、私たちの最後のキス。  
…生まれた時代が違う者同士、共に生きることなんて出来ない。  
ロボとの別れで思い知ったんじゃない。  
何度同じ過ちを犯すんだろう、馬鹿な私は。  
 
シルバードは厩舎の跡にあった。  
居眠りしている門番に気付かれないよう、ルッカは足音を忍ばせて城を抜け出した。  
尖塔の上には細い月が引っかかっている。  
後ろを振り返らないよう駆け込むと、すぐにセルを回して起動させた。  
下半身がうずいたが気にしてはいられない。  
一刻も早くここから立ち去らないと。…でないと、押さえつけた何かがはじけてしまう。  
 
銀色の機体が宙に浮かび上がっていく。あとはオートで自分の時代へと帰っていくだけ。  
周囲の風景が消える刹那、東の塔の端で白いカーテンが揺れているのが目に入った。  
今にも緑の髪の青年が身を乗り出してきそうだ。  
…何でこんなに好きになってしまったんだろう。  
今は途方もなく広く感じるコクピットのなかで、まだ彼の匂いがする上着を抱きしめて  
ルッカは声を殺して泣いた。  
 
 
 
ガルディアとパレポリの間に戦争が起こり、王国は滅んだ。  
あれほど幸せそうだったクロノとマールは消息を絶った。  
星の未来を変えたことで、ルッカ自身も大きな運命の流れに巻き込まれていった。  
 
山猫の姿をした謎の人物に襲われ、養い子のキッドを逃がしたときには  
彼女の孤児院も研究所も炎に包まれていた。  
 
燃え盛る炎のなかただひとり、ルッカは思い出していた。  
『俺はここからお前を見ている』  
…きっと恨んでるわよね。  
床に倒れ伏し、朦々と立ち込める煙に半ば巻かれたルッカの意識は次第に薄れつつあった。  
こんな事、前にもあったっけ。いつもいつでも助けてくれていたのは結局あんただったわね。  
…悔しいけど。  
割れるような音をたてて柱が折れた。唯一の逃げ道であるドアの前に大きな火柱が立つ。  
そっちに行ったら言わせてよ、本当のこと。今度こそ素直になるから。  
梁が焼け落ち、火の粉がルッカに降りかかる。頭上で大きな破裂音がした。  
…キッド、幸せになって。  
ぎゅっと目を閉じたそのとき、強い力で腕を引かれ、抱きしめられた。  
瞼の裏が真紅から闇に暗転する。  
 
深い森の匂いがした。  
 
 
 
「…でもどうしてあの時、ゲートが開いたの?」  
「俺にも判らんが、そうだな…夢がまだ終わってなかった、なんてどうだ?」  
「夢?」  
肩にかかる柔らかな重みを感じつつ、ルッカは瞬きをする。  
あの日と同じようにベッドからは三日月が見える。  
「前に皆で話しただろう、死ぬ前に見る夢の話。…あれが星が見た夢だったとしたら、  
 その残滓…オマケみたいなもんだとしたら、説明が付かないか?」  
腕を回してそっと抱き寄せつつ、グレンが続ける。  
「いや…無粋な説明なんざ、付けねえほうがいいかもしれん。お礼だよ、きっと」  
「それなら…この星が、私たちにありがとうって言ってくれてるのなら…  
 クロノとマールも…きっとどこかで…」  
「…ああ。幸せになってるさ。エイラもロボも、お前のキッドも」  
「幸せに…。って、私帰れないんだけど!どうしてくれるのよ!」  
「ど…お前、黙って帰っておいてなあ、あそこで俺が放っておいたら黒焼きはお前だと…」  
と、そこで黙り込み、ニヤリとする。…何か企んでいるときの笑みだ。  
「いい方法はあるんだが」  
「何よ」  
「未来から来た花嫁、ってのも悪くねえだろう」  
 

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