「あらあら行っちゃったわね〜」  
 空の彼方。夕暮れの光に照らされて紅く輝くシルバードが、こちらを見下ろすよう 
に空中で停止している。見えていないと分かりつつも、ルッカはシルバードに向かっ 
て大きく手を振ると、ほらあんたも、と隣に佇む自分の半分ほどの大きさもある巨大 
なカエルの背を突っついた。  
 両生類特有の濡れた大きな瞳がぎょろりと動いてルッカを見つめ、巨大なカエルは 
少し投げやり気味に彼女と一緒に手を振った。  
「どうして、行かなかった?」  
 振った手を下ろしながらぽつりと呟いたカエルの言葉に、ルッカは小さく小首を傾 
げた。被っていたメットを外して両腕で抱え、彼女はそのまま近くにあったベンチに 
腰掛ける。  
 
「邪魔になりそう――だからかな?」  
 にへっ、とルッカは苦笑にも似た笑みを浮かべた。  
 確かに。自分の時代のガルディア王国に居るリーネ王妃とうりふたつ(子孫なのだか 
ら当然なのだが)な、あのマールディア王女は傍目から見ても分かりやすすぎるぐらい 
にクロノに惚れていた。  
 おそらく、クロノにしても満更ではなかったはずだ。クロノを生き返らせられたなら、 
それはもう目も当てられないような状況にでもなってしまいそうだ。  
「着いて行ったら、それこそ馬に蹴られて死んじゃうわよ。ま、さすがに一人じゃ心配 
だけど、ロボとエイラが行くんなら大丈夫だと思うし。――そーゆーカエルは?」  
 問い返され、彼もルッカと同じように苦笑する。  
「右に同じ、と言っておこうか。何かあったら呼び出されるだろうしな」  
 カエルは軽く肩をすくめると、鞘に収めたままグランドリオンを塀に立てかけ、ルッ 
カの隣に腰を下ろした。大きな瞳を二・三度まばたきさせて、何となく落ち着かない様 
子できょろきょろと辺りを眺める。  
 
「ねっ。ただ待ってるのも暇だし、せっかくだから一緒にお祭りでも回らない?」  
 リーネ広場の千年祭は未だに続いている。  
 よくもまあここまで長持ちするものだと誰もが感心するが、それ以上に飽きることなく 
遊びに来る観客達に主催者側が感心していた。  
 本番は毎夜行われるパレードなのだが、昼までの楽しめる部分は充分にある。ドッペル 
人形を作ってもらうために溜めたシルバーポイントもまだ充分に残っているから見世物小 
屋に行ってもいいし、レース予想も意外に燃える。一度、早飲みと言うヤツにも挑戦して 
みたいし。  
 うずうずと頭の中で膨らむ妄想に心を躍らせるルッカとは対照的に、カエルは俯いたま 
ま考え込むように黙りこくっていた。そんな彼に気づいたルッカが、どうしたの? とま 
じまじとカエルの顔を覗き込んだ。  
 
「カエル、嫌いなんじゃなかったのか?」  
 声のトーンを落とし、カエルはどことなく自嘲気味に呟いた。  
 カエルになってから十年の歳月が流れた。この姿になったからこそ得られたものは確か 
にある。だが、失ったものもそれに比例するかのように存在する。  
 魔王は言っていた。  
 いずれ元の姿に戻るだろう、と。  
 その“いずれ”とやらは一体いつになるのか。  
 明日か。明後日か。来週か。一年後か。  
 ラヴォスを倒した今となっては、ゲートが使用できなくなるのは時間の問題だと時の賢 
者は言っていた。  
 カエルの姿は自分への戒めだと受け入れた。けれど、元に戻れるのならそれにこした事 
はない。  
 できれば、せめて、ゲートが閉じる前に、少しだけでいいから元の姿に戻りたかった。  
 そうすれば、自分は、ルッカに――  
 
「慣れれば悪いもんじゃないわよ、カエルも」  
 ルッカの言葉が、カエルの思考を遮った。  
 驚いたようにこちらを見つめるカエルを不思議そうに眺めながら、ルッカは後を続ける。  
「それに、よく言うじゃない? 嫌よ嫌よも好きのうち、って」  
 にっ、と満面の笑みを浮かべ、ルッカはせかすようにグローブを填めたカエルの手を取 
ってベンチから立ち上がった。思ったよりも強いルッカの力に引っ張られ、カエルは慌て 
て左手でグランドリオンを掴む。  
「ほらほら、レッツゴー!」  
 自分の手をしっかりと握って駆け出すルッカを見ていると、自分の考えが何となく馬鹿 
らしくなってきた。  
 いいじゃないか、カエルでも。  
 こんな自分と居てくれる仲間が居る。それで充分じゃないか。  
 それ以上何を望む。今までの事を考えろ。贅沢にもほどがある。  
 自然と笑みがこぼれる。  
「……さっきの台詞、思いっきり用法が間違ってるような気がするんだが」  
「あらそう? いいじゃない別に」  
 悪戯っぽく笑いながら振りかえるルッカを見て、カエルは再び笑みをこぼした。  
 
 
「ただいまぁ〜――って誰も居ないけど」  
 日もとっぷり暮れてしまった。タバンはパレードの手伝いの後に友人と朝方まで酒を飲  
み交わすだろうし、同じくララもパレードの手伝いで数日間は家を空けると聞いている。  
 大きなポヨゾー人形を左手に抱え、人の気配のない暗闇の中、ルッカは空いた右手で手  
探りで明かりのスイッチを見つけ出す。部屋の天井に取り付けられた巨大なライトが部屋  
の中を昼間のように明るくし、かろうじて足の踏み場の残ったゴミ山のような部屋を照ら  
し出した。  
 
 カエルにとってはガラクタかゴミにしか見えない機械の山が散乱するリビングを通り  
抜け、ルッカは彼が想像するよりもはるかにきちんと整理された自室に案内した。  
 機械の専門書と思わしき書物が陳列する巨大な本棚が二つ。一つっきりの机の上には、  
何かの設計図の図面が広げっぱなしになっている。  
 適当に座って、とルッカはカエルに促した。  
 
「つっかれたぁ〜!」  
 ポヨゾー人形を脱いだメットと並べるようにベッド脇の棚の上に飾ると、ルッカはその  
まま倒れ込むようにしてベッドに倒れ込んだ。  
 顔と身体に残る火照りは、軽いアルコールのせいだ。早飲み競争担当のオヤヂに気に入  
られたルッカが“特別製”とやらを勧められて一杯だけ飲んだのだが、度が思ったよりも  
強かったのか元々自分が弱いのか。飲酒は初めての経験だったが、正直悪くはない。  
「そりゃ、あれだけバカ騒ぎして走り回れば疲れもするだろ」  
 自分の五倍は飲んだはずなのにまったく顔色を変えないカエルが、からかうように言っ  
てきた。  
 ルッカは酔いのせいで妙ににやつく顔で笑みを返し、それもそうね、と言った。  
 
 そして、やがて訪れる沈黙。  
 
 沈黙の前に会話をしていたような気もするが、何となく曖昧だ。どちらともなく黙って  
しまい、静寂の妙な雰囲気が流れる中、ルッカはただただ開け放した窓から見える星々を  
眺めている。  
 考えている、ずっと、さっきから。  
 
「ラヴォスが死んで」  
 ルッカが不意に呟いた。どことなく、声が震えているのは気のせいだろうか。  
 閉じていたまぶたを開き、カエルは濡れた大きな瞳でルッカを見つめている。  
「ゲートの力が弱くなってるんだって。おじいさんが言ってたわね」  
 枕を抱き寄せ、洗濯されたばかりのまっさらなそれに顔を半分ほどうずめる。  
「クロノが生き返って、みんなが帰ってきたら」  
 気づいてた、最初から。自分も、みんなも。  
 この戦いが終わったら、終わってしまったら。  
「その時が、さよならなんでしょうね……」  
 
 気づいてた、もうすぐ会えなくなる事に。その事を、誰もが分かっていた。  
 ロボにも、エイラにも、他の時代の人々にも、みんな。  
 カエルにも、会えなくなる事を。お互いに、会えなくなる事を。  
 時を越える翼――シルバードもいつ使えるようになるのか分からない。  
 使えるとしても、あんなものはこの平和な時代に存在するべきではない。してはいけな  
いのだ。  
 もう、歴史を変えるわけにはいかない。  
「そう、だな」  
 同意の言葉。何とか絞り出せた言葉がそれだった。  
 何か、他にも投げかける言葉があるだろうに。どうして、このような時に限って自分は  
何も言ってやる事ができないのか。慰めの言葉一つ掛けてやる事もできない自分に、カエ  
ルは自己嫌悪した。  
「――カエルって、リーネ王妃のこと好きなんでしょ?」  
「はへぁっ!?」  
 
 完全な不意打ちを食らって、カエルは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。  
 驚いてルッカを見つめると、彼女はいつの間にやら起き上がってベッドの上であぐらを  
かいて座っていた。  
「その反応は正解ね。だから言ったのよ、見れば分かる、って」  
 そんな事いつ言った。てか、誰に。  
 正常な思考を取り戻そうと奮闘しているカエルをよそに、ルッカは一人でぺらぺらと話  
し始める。  
 リーネ王妃を好きかと聞かれれば、自分は即座に肯定するだろう。しかし、それは愛国  
精神であって、リーネ王妃を護るのは友との誓いを果たせればこそと思うからだ。ルッカ  
の言っている“好き”とはまた別物である。  
 
 が、ルッカはそんな事はお構いなしだった。リーネ王妃を見る時の目が違うだの声がト  
ーンが違うだのととくとくと離した末に、今度はなぜか自分の後押しまでし始めた。大丈  
夫だ、告白すれば成功する、と。  
「もしかして気にしてる? 身分違いだからとか、カエルだからとか。まあ、前者はあり  
がちだけど、後半がねえ〜」  
「いや、だからそのな……」  
 分かった。酔っている。間違いなく。自分も少し酔っているが、ルッカは確実にそれ以  
上だ。  
 
 ――と言うか、そういう事にしておかなければ収拾がつかなさそうだ。  
「いいじゃない、カエルでもさ。全っ然気にする事ないわよ」  
 うんうんとなぜか一人で納得するような頷いて見せると、ルッカは自分の人差し指をび  
しっとカエルに向かってつきつけた。  
 人を指差してはいけないと親御さんに習わなかったのかと、そんなどうでもいい事が頭  
の片隅をかすめるが、この状況でそれを指摘する勇気はカエルにはなかった。  
「人間、中身よ中身。最初は見た目かもしれないけど、ちょっと付き合ってみれば、カエ  
ルを好きになる人だって世の中には絶対居るわよ。このルッカ様が保証してあげる」  
 
「そうかぁ?」  
 保証してあげる、と言う台詞にどこか心を躍らせる自分が居る。  
 怪訝そうに首を傾げるカエルに、ルッカは力強く頷いた。  
「うん。だって、さっきも言ったけど、カエルも結構悪くないわよ。あんた、かっこいい  
し」  
「かっこいい、か」  
 嬉しいような、照れくさいような。  
 思わず視線をそらし、しばし窓の外を眺める。  
 再び、不意打ちを食らった。  
「あんたがその姿でも好きになる人は居るわよ。少なくとも一人は」  
 思考が停止する。  
 まず自分の耳を疑った。その次にこれは夢ではないかと思った。窓の外を眺めながらぺ  
ちぺちと頬を叩いてみるが、目が覚めるような気配は全くない。むしろ自分がどれだけ正  
常かを改めて認識させられる。  
 どういう事だ? それは、つまり、そーゆー事なのだろうか?  
 もしかしたら、ルッカではなく他の人の事かもしれない。あまり早とちりをすると、恥  
を掻くのは自分だ。  
 がらにもなく緊張して、思わず視線が泳いでしまう。どうしたものかと再びルッカに視  
線を戻すと、  
 
 顔を耳の先まで真っ赤にして、俯いてしまっているルッカが居た。  
 
 相手から先になんて、反則だ、と思った。  
 それ以上に、根性なしの自分を妙に馬鹿らしくなった。  
 自惚れでもいい。聞いておかなければ後悔する。  
 そう思った。  
 
「どこに?」  
 一言だけ聞いた。三十も超えてしまった不器用過ぎる男の、なけなしの勇気だった。  
 台詞だけ聞くとかなり性格の悪い言葉だったかもしれないが、こんな言葉しか出てこな  
かった。  
 馬鹿、と赤く俯いたまま、ルッカは小さく呟く。  
 顔が火照っているのは、なにも酒のせいだけではあるまい。  
 ルッカが言葉を発しようとする度に彼女の背中が丸まり、彼女の姿が声と共にどんどん  
小さくなって行くような錯覚を覚えた。かわいい、と正直に思う。  
 
「……あんたの、目の前」  
 消え入りそうな彼女の声が、何よりもカエルの心を満たした。  
 自分の半分近くしかない年齢の少女が、気がつけば愛しかった。  
「私、自分で分かってるつもりよ、これでも。頑固で、意地っ張りで、自分に素直になれ  
なくて、いっつも損をして後悔する。けど、今日が最後かもしれないって思ったら、今回  
だけは後悔したいって思った。私は臆病だから、勢いがないとだめなの。でも、これは私  
の本心。だからお願い、一言だけ言わせて」  
 
 真っ赤になった顔を俯かせ、ルッカは大きく息を吸いこんだ。  
 生まれて初めての告白だった。  
 精一杯の勇気だった。  
 
 だいすきよ。あんたのこと、前から好きだった。  
 
 頭が一瞬、真っ白になる。もしも叶うならばと思っていた事態が、今目の前で起こって  
いる。  
 心臓がどきどきと脈動する。ただでさえぬめる自分の掌が、緊張から出る汗でさらに濡  
れる。  
 
「お、俺でいいのか?」  
 何を言っていいのか分からなくなって、焦って口から飛び出した言葉がそれだった。  
 ルッカがベッドから立ち上がり、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。  
 カエルの目の前で彼と視線を合わせるように膝立ちになり、眼鏡のレンズの奥から覗く  
わずかな怒りと照れくささを宿した瞳でカエルを真正面からに睨みつけ、真っ赤な顔はそ  
のままに口を尖らせた。  
「女の子ほうから何度も言わせるんじゃないわよ、馬鹿」  
 言いながら、ルッカは力いっぱいカエルを自分のほうへと抱き寄せた。  
 あんなに苦手だったはずのカエルの感触すら、心地よいと思えてしまう。  
 恋は盲目、と言うヤツだろうか。少し、違う気もするが。  
 
「カエルは、どうなのよ」  
 怯えと不安。  
 自分を抱き締めるルッカの力が、ぎゅうっ、と強くなるのがはっきりと分かる。  
 短い両手で抱き締め返しながら、カエルはルッカに囁いた。  
「俺も好きだ。こうなったらいいと思っていた。こうなりたかった」  
 それから先の言葉は、自分の唇を塞いだルッカのせいで紡がれる事はなかった。  
 唇に触れ、頬に触れ、閉じたまぶたの上からルッカの唇が触れてくる。  
 二人を祝福するように、今日が昨日に、明日が今日になったことを告げるリーネの鐘の  
音が響いている。  
 このまま時間が止まればいいのに、と互いに思った。  
 
 そして――  
 
「えっ? ちょっ、何!? 一体どうしたのよ!?」  
「わ、分からん!」  
 キスの雨を降らせている最中に、いきなりカエルの身体が虹色に輝き出して、ルッカは  
慌てて彼から離れた。カエルもカエルで、自分に何が起こっているのか分かっていないよ  
うな表情で、呆然と自分の姿を眺めている。  
 けれども、彼の輝きが止まる事はない。光は見る見るうちにどんどんと輝きを増し、光  
となったカエルは、ルッカの目には彼の姿の輪郭しかとらえる事ができない。  
 
 
「う、あ……っ!」  
 呻き声をあげながら、カエルはうずくまるように地面に倒れ込んだ。  
 秋も深まり冬も近い季節だと言うのに、だらだらと汗が吹き出るほど全身が熱を帯び、  
痒みと痛みの入り混じったような感触が皮膚の表面を駆け巡る。  
 肉が疼き、骨が軋み、自分の身体が普通ではありえない変化を遂げているのがありあり  
と感じられた。かつて一度だけ味わった事ある、何とも言えない奇妙な感触。  
 ああ、そうか。  
 何が起こっているのか、やっと分かった。  
 手をつき、ゆっくりと立ち上がる。  
 
 光が、弾けた。  
 
 電気に照らされているはずの部屋の中が全く見えなくなるぐらい強い光に、思わずルッ  
カは両腕で眼鏡の上から目を覆った。あまりの眩しさに眉間にしわを寄せながら目を開く。  
 ルッカの眼前に、見た事もない青年が佇んでいた。  
 肩まで届く若葉色の髪。全体的にほっそりとした印象を受けるはずなのに、無駄なく締  
まった全身の筋肉が、彼の戦士としての存在を力強く感じさせる。自分よりも一回りや二  
回りは大きく、頭一つ分以上の差があった。  
「カエ、ル……?」  
 そうに決まっているのだが、確認せずにはいられなかった。一歩近づき、下から見上げ、  
長髪の間から覗くダークブラウンの双眸に宿る光が、どことなく彼だと言う事を感じさせ  
る。  
 幼い少年のように、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら、カエルと思わしき青年は頷  
いた。確かめるように自分の頬を軽く叩いてから、手を伸ばしてルッカの手を握る。  
「どうだ、男前か?」  
 空いたほうの手で青年の頬にこわごわと触れてみる。乾いた張りのある感触は、確かに  
人間ものだ。さらさらと流れるストレートの長髪も同じく。  
 
 カエルだと分かっているはずなのに。いや、カエルだと分かっているからこそ、間近で  
見る彼の顔に照れを感じてしまう。  
 一言で言ってしまえば色男系。目鼻立ちの整った端正な顔立ちはクールな美形と言った  
感じなのに、浮かべる表情は妙に人懐っこい。悪くないどころか、一発で惚れてしまいそ  
うだった。  
 冗談ではない。なんでこんなにハンサムなんだ、こいつは。  
 
「……魔王が元に戻るとか言ってたけど、これまたすっごいタイミングよね。私は別にお  
姫様とかじゃないけど、キスで元の姿に――ってのはやっぱセオリーよね」  
 自分で言ってて照れてくる。こんなどこぞの絵本みたいな事が目の前で、しかも自分が  
経験する事になるとは夢にも思っていなかった。時間が経って元に戻ったのか、それとも  
キスで元に戻ったのか二人に知る術はないが、どちらにせよ随分とにくい演出である。心  
の中で、今は亡き魔王に少しだけ感謝した。  
 はぁ〜っ、と感嘆の息を吐き出しながらルッカはまじまじとカエルの顔を眺める。  
 何と言うか、若い。カエルが魔王に姿を変えられたのが十年前らしいから、少なくとも  
三十は過ぎているはずだが、どう見てもそこまで年齢を重ねているようには見えない。控  
えめに見たとしても二十代半ばから後半。もしかしたら、カエルに変えられていた時間は  
年を取っていないかもしれない。  
 珍しいものでも見るかのように、ルッカはぺたぺたとカエルの身体に触れていく。剥き  
出しの肩と腕はぱっとみは細くて頼りない感じがするが、触れてみるとその細身からは想  
像できないほど硬く、カエルの身体でひょいひょいと巨大な剣を操っていたのはやはりこ  
の筋肉のおかげか。少し力を入れれば、もっと凄いかも――  
 
 剥き出し?  
 
 気づいて、ルッカはゆっくりと視線をカエルの体に向ける。  
 剥き出しの肩。剥き出しの腕。剥き出しの胸。剥き出しの腰。剥き出しの――  
「ちょっと、なんで裸なのよ!? 馬鹿! スケベ! 変態! さっさと隠してよ、そ  
れ!」  
 
 叫ばれて、カエルも初めて気づいたようだった。思わず両手で股の間を押さえ、何か隠  
すものはないかとおろおろと辺りを見回すが、さきほどまでのカエルの時に着ていた服は  
どこにも見当たらない。マントぐらいあれば、充分に隠せるほどの大きさなのだが。  
 ルッカもルッカで、カエルに背を向けたまま部屋の中を見回した。  
 とは言っても自分の部屋でカエルをどうにか出来そうなものと言えばたかが知れてい  
る。仕方ない、とルッカはベッドに敷いてあった真っ白なシーツを取り上げ、カエルに背  
を向けたまま後ろ手にそれを差し出した。  
「はい、これ」  
 ぶっきらぼうに突き出されるシーツに気づき、カエルはそれを受け取ろうと手に届く位  
置まで移動しようとして、  
 
 二歩目を踏出したところで、なぜかバランスを崩した。  
 
 ルッカの背が間近に迫る。何とかバランスを整えようとするが、十年ぶりに感じる元の  
身体の感覚がカエルの時とは勝手が違うせいで、身体の動かし方がどうにもすぐには馴染  
まない。  
 あっ、と言う声に一瞬遅れて、えっ、と言う声が聞こえた。  
 カエルはルッカの肩を掴んで踏ん張ろうとするが、不意にかけられた大の男の体重を支  
えきれる力をルッカが持っているはずもなく、二人はそのまま悲鳴を上げながら重力に従  
って倒れ込んでいった。  
 痛みがなかったのは、ルッカがベッドのすぐ傍に居て、二人がそのままベッドの真上に  
倒れ込んだおかげである。  
 
 ずり落ちかけた眼鏡の位置を直したルッカの目の前には十センチも離れていないカエ  
ルの顔があり、庇うように咄嗟に回されたカエルの腕は彼女の腰と頭の後ろに回っていて、  
耳元に寄せられたカエルの唇から吐き出される吐息が彼女の耳朶に触れていた。  
 非常にまずい、と思ったのは実はカエルのほうである。自分の胸板に、服越しに伝わっ  
てくる柔らかな感触は、間違いなくルッカの胸だ。姿を変えられてからの十年間、そちら  
の方面に関して全く触れていなかったカエルにとって、この刺激は十年分溜まりに溜まっ  
た“モノ”を暴走させるには充分過ぎる代物であった。  
 
 しかもさらにまずいのは、ルッカがうんともすんとも言わない事だった。心臓の音が聞  
こえるほど近い、とはよく言ったものだが、あまりの静けさに本当にお互いの心臓の音が  
聞こえてくる。どっどっどっ、と規則的に聞こえてくる自分と彼女の鼓動は、かなり早い。  
 日も変わった真夜中。気持ちを確かめ合ったいい年齢の男女が二人きり。二人揃ってほ  
ろ酔い気分で少々暴走気味。しかも男のほうは裸の上に十年ぶりときた。抑えろ、と言う  
方が無茶なような気がする。  
 
 ルッカの顔の左右に手をついて、まるで彼女を押し倒しているような形カエルはルッカ  
を見下ろした。どことなく息が荒く、頬に触れてみると熱いぐらいに熱を帯びている。  
 頬に唇を触れ、ルッカの艶やかな髪を撫で付ける。頬にキスをされて、ルッカはわずか  
に身動ぎしたが、抵抗はない。反対側の頬と額にも口付けを落として、カエルはルッカの  
唇に自分の唇を重ねた。  
 まずは重ねるだけ。一度離れ、今度はついばむように二度、三度と唇を重ねる。  
 キスをするのも初めてだったが、されるのも初めてだった。初めてだらけの経験に頭が  
真っ白になって、脳を駆け巡る思考の処理が追いつかずに、どうすればいいか分からなく  
なる。  
 ルッカは目をつぶったままもぞもぞと右手を動かし、指先に触れたカエルの左腕を伝っ  
て、怯えを押し消すように彼の左手に自分の手を重ね、ぎゅっと握り締めた。  
 胸の奥が温かくて、それだけで安心できた。  
 
「力、抜けよ」  
 囁かれ、ルッカは言われるままに肩から力を抜くように努力した。緊張のせいでまだど  
こかしらぎこちなかったが、先ほどよりは精神的に楽になった。深く息をして目を開くと、  
カエルの優しい笑みがそこにある。  
 何度目か分からない口付けを交していると、何かが自分の唇の間に侵入してくるのを感  
じた。唇を割り、歯を割り、カエルの舌がゆっくりと自分の口内を犯してくる。少し恐か  
ったが、拒む理由はこれっぽっちもない。  
 ルッカの唇がおずおずと開かれていくのを感じ取って、カエルはますます興奮した。重  
ねた唇の中で自分から逃れようとするルッカの舌を乱暴に絡めとり、口の中に溜まった唾  
液を使ってすべりをよくした舌で、淫靡な音を立てながら熱烈なディープキスを繰り返す。  
 
 荒い息が部屋の中に響き、お互いの口元が唾液でべたべたになっていく。時折苦しくな  
ったルッカがカエルの胸板を押して呼吸を整えようとするが、カエルはそれを許さずに執  
拗に唇を重ねて舌を差し入れてくる。  
 最初はなすがままにされていたはずのルッカも、いつのまにか自ら舌を動かして、不器  
用ながらに彼の舌に自分のそれを絡めていた。何か表現しようのない感情が自分を突き動  
かし、がむしゃらに、そして不器用にカエルを求める。  
 キスをして、舌を絡め、手を握る。ただそれだけのはずなのに、どんどんと興奮してく  
る自分をルッカは抑えることができない。乳房の先端はもう既に硬くなり、ショーツで覆  
われているはずの自分の“部分”が湿り気を帯びてきているのがはっきりと分かってしま  
う。キスだけでこんなになってしまっているのに、これ以上されたらそれこそ狂ってしま  
うのではないのか。  
 
 キスだけでこんなに興奮するものだとは思わなかった。自慰をした事がないとは言わな  
いが、それとはまた別の快感が、まるで今の自分とは違う別の自分を呼び覚まそうとして  
いるかのように全身を駆け巡る。  
 カエルに触れられている部分全てに、ちりちりと微弱な電流が走っているように反応し  
てしまう。全身が性感帯になってしまったかと錯覚して、もしかして自分は類まれなる淫  
乱なのではないかと不安になってくる。  
 さきほどから口の端から漏れる声が、いつのまにか快楽に喘ぐ声に変わってしまってい  
るだと知られるのが恐くて、ルッカはカエルに悟られまいと必死に唇を重ね続ける。  
 不意に唇が離されると、唾液の糸が二人の唇を繋でいた。ぐいっ、と手の甲でカエルが  
自分の口元を拭い、感触を確かめるようにルッカの唇を指先でなぞる。荒く温かい吐息が  
カエルの指先に触れ、真っ赤になった彼女に額にはうっすらと汗が浮かんでいた。  
 キス、と言うのは時には愛撫以上の快楽を感じさせる事をカエルは知っていた。予想以  
上に荒くなっているルッカの息遣いににやりと笑みを浮かべ、カエルは彼女の耳元に意地  
悪く囁いてみせる。  
 
「どうだ、気持ち良かったか……?」  
 まるで自分の心の中を見透かされているかのような台詞に、ルッカの目に思わず涙が溢  
れた。  
 
 気持ち良くなければ、ここまで必死に声を押し殺したりなんかしないし、息が荒くなっ  
たりもしない。この男はそんな事も分からないのか、大馬鹿者。それとも分かっていてや  
ってるのか、このサディストめ。  
「そ、んなのぉ…聞かないでよ、馬鹿ぁ……っ!」  
 涙混じりに言ってくるルッカの甘い声。めちゃくちゃくらくらする。  
 まだキスだけだと言うのに、自分の股間にある“モノ”はもうこれでもかと言うぐらい  
に勃起していて、正直に言うと今すぐルッカを自分が思うままに犯してしまいたいと言う  
衝動に駆られていたが、それと同時にルッカの反応が嬉しくてたまらない自分が居る。  
 
 ここまで来たらもう止まらない。  
 最初から止める気なぞさらさらなかったが。  
 
 キスを繰り返したまま右手を伸ばし、まずはルッカの太股に触れた。まだ少女に近いル  
ッカだが、小柄な彼女の身体の肉付きはもうすっかり大人のそれに近づいており、掌に直  
接伝わる感触は自分を誘っているとしか思えない。  
 身体のラインに沿うようにして手を這わせてどんどんと上に向かわせる。くびれた腰に  
触れると、ルッカの身体が弾けたようにビクンッと反応する。服の隙間から己が手を侵入  
させて直接腰に触れると、自分から唇を離して、ふぁ、と小さく甘い声を漏らした。  
 ルッカの声が、カエルの欲望をさらに刺激し、加速させる。犯してしまいたいと思うよ  
りも、もっと彼女の声が聞きたいという思いが脳を満たし、カエルはさらなる行動に出る。  
 少し身体を離し、ベストのボタンを外して前開きにすると、彼女のシャツを一気に胸元  
までたくし上げた。  
 
 やや大振りの胸と、それを包み込む下着。  
 背中のほうに手を回し、少々手間取りながらも手探りでホックを外した。  
 自分の裸身が晩秋の空気にさらされ、季節の巡りを知らせる冷気すらも何かの愛撫のよ  
うに感じられた。隙間のできた下着の下から挿し入れられたカエルの掌が、ルッカの乳房  
に直に触れた。形のよう彼女の胸を押し潰し、彼の掌を吸い込むようにその形を変化させ  
る。  
 
 上に向かって押し上げると、ルッカの胸の弾力が自分の掌を押し返してくる。その感触  
が気持ち良くて、同じ行動を数回繰り返すと、今度は小さな乳輪を指でなぞり始めた。お  
そらく感じるであろう乳首にはあえて触れずに、焦らしてみる。  
 喘ぎ声を聞かれるのが嫌なのか、ルッカは自分の腕を口元に当てて声を押し殺している  
が、彼女の身体は焦らしてくるカエルの愛撫に素直に反応してしまう。  
 唇がルッカの鎖骨をすべり、舌先に彼女の汗のしょっぱい味が広がってくる。左側の乳  
首を甘噛みしてやるが、ルッカが反応を見せるとすぐに止めてまた焦らしにかかる。  
 
「意地っ、悪………しないで…ぇ……っ!」  
 カエルの焦らしについに耐えきれなくなったルッカが、涙ながらに訴えた。  
 自分はサドかもしれない。  
 ほとんど泣き声に近いルッカの声を聞いて、鳥肌が立ちそうなほどにぞくぞくした。全  
身が震えるぐらいの快感を覚え、自分の“モノ”がはっきりと反応する。さらに焦らして  
やろうかと思ったが、それはさすがにかわいそうだと思いとどまる。  
 よくよく考えれば、ルッカはおそらく処女である。あまりに感度がいいので忘れていた。  
それにしても感度がいい。この様子ならば“下”のほうも大丈夫だろう。  
 ならば、そろそろ――  
 
「敏感だな、ルッカ。凄え濡れてる」  
 言葉で責められながらスッパツの上から秘部に触れられ、ルッカは悲鳴のような声をあ  
げた。胸を突き出すように背中を反らせて、ビクンッと身体を跳ね上げる。ぐっしょり濡  
れているのがスパッツの上からでもはっきりと分かった。  
 ぐっしょりと濡れたスパッツと下着の機能を果たさなくなったショーツを一緒に下ろ  
す。唾液にも似た粘り気のある透明な糸を引き、髪と同じ色の濡れた茂みが光を反射させ  
てぬらりと輝いた。  
 女性独特の匂いがカエルの鼻腔をくすぐる。  
 何をされるのか予想のついているルッカもカエルの行為に従って、スパッツとショーツ  
から恐る恐るゆっくりと足を抜いた。ルッカの両手は相変わらず口元にあり、彼女の両脚  
はぴったりと閉じられて、健気にも自分をさらけ出すのを最後の最後で拒んでいた。  
 
 だが、そんな行為もすでに無意味に等しい。脚の――太股の間に人差し指を挿し入れ、  
ぬるりとした感触のある、充分に濡れた彼女の秘所を直接刺激する。  
 ルッカの身体が反応したのを見計らい、もう片方の手も挿し入れて、カエルは彼女の両  
脚をゆっくりと押し広げた。  
 もう、何をしていいのかさっぱり分からない。指先が振るえて手に力が入らないし、脚  
は手よりも多少マシだがカエルに逆らえるほどの力もない。半開きになった口元から溢れ  
た唾液が頬を伝っているのにも気づかず、ルッカは焦点の定まらない瞳でカエルを見つめ  
ていた。  
 
 さすがに、直に舐めるのは初めてだな……。  
 
 二本の指でルッカの秘部を左右に押し広げ、濡れそぼった部分をまじまじと眺める。何  
かする度にルッカが反応してくれるのが嬉しくて、今度はどんな反応を示してくれるのか  
を想像しながら攻め立てるのが、はちきれそうなぐらいに自分が勃起しているのも忘れる  
ぐらいに楽しくなってきた。  
 秘部に直接口付け、女の匂いのする茂みに舌を挿し入れる。  
 自分の中に感じる生暖かい異物感に、意識がはっきりと覚醒する。何をされているのか  
をやっと理解し、ルッカはそこはダメだと叫びながら両手でカエルの頭を押えつけた。  
 カエルの顔をどけようと懸命に両手で押し返すが、腕にまったく力が入らなくてただの  
無駄な努力と化し、最後の悪あがきとして見られてないとも分かりつつも首を振っていや  
いやをする。  
 舌で舐め、人差し指と浅く挿し入れて秘部を同時に刺激する。  
 
 ――だめぇ……っ!  
 
 秘部を直接刺激されて、ルッカの身体を駆け巡るの快感がどんどんと高まってくる。全  
身が震え、降りてこられなくなるぐらいに昇っていく感覚。  
 知っている。この感覚を自分は知っている。  
 自慰をする度に味わうこの感覚。これを感じたいが為に自慰をする。それを今、自分で  
はなく、初めて他人に与えられようとしている事を、ルッカははっきりと悟った。  
 
「…やぁ…だ…ぁ……っ!」  
 舌と指で愛撫された秘部が、ルッカの身体と一緒にぴくぴくと痙攣した。短い喘ぎと共  
に、彼女の“そこ”から温かい透明な液体が溢れ出し、カエルの手を濡らしていく。  
 跳ね上がるように身体が一瞬だけ硬直した後、全身からす〜っと力が抜けていくのが分  
かった。声が出せずに、何か言おうとしてもただの吐息となって口から吐き出されてしま  
う。  
 
 イッ…ちゃっ、たの……私……?  
 
 心の中で問いかけても、自答できる余裕はルッカにはない。達した余韻に深くまで浸り  
ながら、泣いている子供のように嗚咽に似た荒い呼吸を繰り返すだけだ。  
「ルッカ。俺も――」  
 カエルの凛とした声が響いた。まだ余韻に浸ったままの状態で唇を重ねられ、絡められ  
る舌に弱々しく反応する。硬くて熱い“モノ”が太股の辺りに当たっている。何を求めら  
れているのか、分かった。  
 恐い。けれども、受け入れたい。  
 最後かも知れないだとか、もう会えないかもしれないだとか、そんな事だから受け入れ  
たいわけじゃない。彼だから、相手がカエルだからこそ、受け入れたい。求められたいの  
だ。  
 最後の思い出なんかにしない。これは、自分と彼の最初の思い出。そうじゃなければ、  
許さない。せっかく気持ちを確かめ合ったのだ。これからだ、自分達は。  
 
「これ以上、焦らさないでよ……」  
 カエルの首筋を力いっぱい抱き締め、ルッカは彼の頬に小さくキスをして肯定の意思を  
示した。自らゆっくりと両脚を開き、愛液に濡れた秘部をカエルにさらけ出す。ここまで  
きてもまだ羞恥の念がルッカを苛み、快感とは別の理由で顔が火照ってくる。  
 膝の後ろに腕が挿し入れられ、脚が身体のほうへとゆっくりと押されてくる。脚が上げ  
られ、濡れた秘部にカエルの“モノ”がゆっくりとあてがわれた。  
 狙いを定め、ゆっくりと挿入していく。  
 
「――ぃあっ!」  
 指などとは明らかに違う、太くて硬いカエルの“モノ”が挿入される異物感。痛みと共  
に、身体が本能で熱を持った異物の侵入を拒絶していた。先端が入っているだけなのに、  
あまりの痛みにルッカの悲鳴が上がる。彼女の感じている痛みがどんなものかがカエルに  
は知る術はないが、断続的に聞こえる切れ切れのルッカの呼吸が、その激しい痛みを物語  
っていた。  
 
「ルッカ……」  
「だい……じょ…ぶ…。思ったより、我慢でき――」  
 言葉の途中。ひぅっ、と短い悲鳴を上げて、ルッカの身体が硬直した。  
 何とか痛みから逃れようと手をばたつかせ、触れたカエルの背を力任せに押さえつける。  
指が妙なところに食い込んで少し痛かったが、爪を立てられるよりはマシだろうか。  
 ゆっくり奥へと挿入していく度に、痛みを感じるルッカの身体がびくりと震えて短い悲  
鳴を漏らす。一度挿入してしまえば、入れるにしても引き抜くにしても、どちらにせよ痛  
みを伴う。カエルの“モノ”はすでにルッカの膣内へ三分の二ほど沈んでいた。もう引き  
抜くよりは一気に奥まで入れたやったほうがいいだろう。  
 少しでも痛みを誤魔化してやろうと、顔をルッカの胸へとうずめた。先端の周辺を舌で  
なぞり、乳首を甘噛みしてやると、ルッカの声にだんだんと淫靡なものが混じり始める。  
 ルッカの膣がカエルの分身を全て包み込んでいた。ゆっくりと半分ほど引き抜くと、ル  
ッカの秘部から溢れる愛液に破瓜の血が混じった半透明の真紅の液体が、カエルの肉棒に  
絡みついて妖しく輝いていた。なるべくルッカの負担を軽くしてやろうと、彼女の呼吸と  
声を聞き分けて、痛みが落ち着き始めた頃に再度動かしていく。  
 
 一度、二度、三度、四度。  
 
 何度も前後運動を繰り返しているうちに、いつしかルッカの悲鳴は消え、快感の混じる  
甘い声が漏れ始めていた。少しずつ声のトーンが上がり、カエルの動きに合わせて甲高い  
甘美に包まれた声で叫び出す。  
 声と共に、ルッカが自分の“モノ”をぎゅうぎゅうと締め上げてくる。腰を突き上げな  
がら、狂ったように唇を重ね合う。  
 
「……ぐ、れ…ん……」  
 誰の名前だったのか本気で一瞬分からなかった。使う機会が今まで一度もなかったせい  
で、すぐには思い至らなかった。  
 カエルだ、カエルの名前だ。いつ、どこで、誰に聞いたのかはまったく覚えていない。  
けれど、名前だけは何度か耳にしていた。頭の片隅にこびりつくように残る、カエルの本  
当の名前。  
 初めて口にする彼の名。確かめるように、ルッカはもう一度彼の名を口にする。  
「…グ…レン……ッ!」  
 ああ、そうだ。自分はもうカエルじゃない。カエルじゃないんだ。  
 こうして自分の好きな女と唇を重ねる事も、抱き締める事もできる。もう、カエルであ  
る事に臆病になる必要もない。  
 
「ルッカ、そろそろ、俺も……っ!」  
 荒い息を吐き出しながら囁き、カエル――否、グレンはルッカの額に口付けた。  
 自然と腰の動きが早くなり、それに呼応して一層甲高くなる彼女の声が、ルッカ自身の  
二度目、あるいは数度目の限界が近い事を知らせていた。  
 呼吸が荒くなる。喉の奥から漏れる吐息が灼けるように熱くて、足のつま先から頭のて  
っぺんまで、全身が熱を帯びてくる。額から浮き出る汗が頬を伝い、顎を伝い、ぽたぽた  
とルッカの上に落ちた。  
 
 あ、と呻き声を漏らしたのはどちらが先だっただろうか。解き放たれたグレンの精が、  
ルッカの中を満たして行く。初めて射精された気分は、気持ちいいと言うよりはどちらか  
と言えば奇妙だと思う感覚のほうが強かった。  
 ふぅ〜っ、と息を吐き出しながら、グレンは自分の“モノ”をルッカから引き抜くと、  
そのまま彼女の上にゆっくりと倒れ込んだ。荒くなった息を整えながらも、頭の中ではこ  
の後始末をどうしようかと考える冷静な自分が居る。  
 とりあえず、ティッシュか何かで拭き取って……あ、それ以前に俺の服も――  
 
 外で、シルバードの音がした。  
 
 ヤバい、と思ったのはお互いに。ベッドに転がったまま顔を見合わせ、どうしようどう  
しようとおろおろするばかり。別に“して”しまった事がバレるのが恐いわけではなくて、  
他の三人がクロノを生き返らせようとしている間にこんな事をしてしまった罪悪感と言  
うか、責められるかもと思う恐怖と言うか。  
 カエルになりたい、と心底思ったのは初めての経験だった。ルッカが身動きできるはず  
もないし、かと言って真っ裸の自分が出迎えるのはあまりにも不自然過ぎる。  
 もうバラしてしまおうか。そう思い腹をくくるが、やはり心のどこかでは最後の悪あが  
きを求めてしまう。せめて、カエルに戻れれば。  
 
 そう思ったところで、再び虹色の光がグレンを包み始めた。  
 
 嘘、と二人が思うが早いか、虹色の光はグレンの形を変えて、どんどんとその輪郭をカ  
エルに近づけて行く。  
 ――そして、光が弾ける。  
 
 マールが玄関先でカエルが一人で座っているのを見つけたが、なぜかどことなく落ち着  
かない様子だった。怪訝そうに首を傾げるがとりあえずは気にしない事にして、彼女はカ  
エルに問う。  
「あっ、カエル、居たんだ。ルッカはどうしたの?」  
「やっ、えっと、あ〜……る、ルッカなら上でもう寝ちまってるよ。何か調子悪いみたい  
だ。――と、ところで、クロノはどうしたんだ?」  
 クロノの代わりにリーダーシップを取れるぐらいにいつもは冷静なカエルが、なぜか今  
に限ってはしどろもどろに、その上やたらと早口でまくし立てている。  
 だが、マールは不思議に思うだけで、そんな細かい事は気にしない。  
「クロノなら今ごろ家で寝てるよ。ラヴォスに倒された状態を引っ張ってきたから、かな  
り体力消耗してて。たぶん、明日になったら向こうから訪ねてくるんじゃない?」  
 じゃ、それだけ、とマールは足早にルッカの上を後にする。走って行く方向から見て王  
宮とは逆方向。おそらく、クロノの家にでも行ったのだろうか。明らかにおかしい自分を  
まったく気にしなかったのは、一刻も早くクロノに会いに行きたかったからか。  
 
 それじゃあ、気にしてられないよなぁ……。  
 呟き、カエルの姿に戻ったグレンは呆然と星空を見上げた。クロノが生き返った。と言  
う事は、もう全ての目的は果たされた。ゲートも、もう間もなく閉じてしまうのだろうか。  
 やがて来る。もうすぐそこまで近づいてきている別れ。  
 果たして、自分はちゃんと彼女に別れを告げる事ができるのだろうか。  
 
 
 
 いつものように夜が明けた。いつものように朝が訪れる。  
 別れは結局、身体を重ねた三日後にやってきた。本人の前で自分を保っていられたのが、  
いまでも奇跡に等しいと思う。ロボと別れるときに泣いてしまった余韻か、カエルと別れ  
るときはもっと酷かった。  
 でも、一番最悪だったのは夜に独りぼっちで眠っている時だった。もっと正確に言えば  
眠ろうとしてベッドに潜り込んだ時。不覚にも声を漏らして泣いてしまい、大丈夫、と母  
親に心配されてしまった。大丈夫なわけ、ないじゃないのよ。  
 けれど、一版泣いたらスッキリしてしまった。マイナスに考えていては始まらない。前  
向きに考えなくては。例えば、壊してしまったシルバードをもう一回作ってみるとか、い  
っそ自分でロボの基となる機体を作るとか。前者はさすがに冗談だが。  
 そんな考えをめぐらせながら、ルッカはいつものように牛乳を手にして、いつものよう  
に玄関先のポストへに向かう。  
 いつのものように配達される新聞を広げ、いつものように一面に目をやって、  
 
 一面の記事で、ルッカの目が釘付けになった。  
 
 牛乳瓶が手から滑り落ち、ルッカは記事の文字をこれでもかと言うぐらいに自分の眼前  
に近づけた。自分の読んでいる記事が本物かどうか信じられなくて思わず頭を掻き毟るが、  
どうやら夢ではない事は確かである。何が何だかわけが分からない。けれど、事実である  
事だけは間違いないようだ。  
「こんなことなら、早く言いなさいよね、馬鹿っ!」  
 涙目のまま、嬉しさの混じった声で叫ぶ。  
 朝ご飯を食べたら、城に行こう。  
 会ったらまず最初に何と言ってやろうか。浮かんでは消えて行くいくつも言葉を考えな  
がら、ルッカは自分の家へと駆け込んだ。  
 
『ガルディア暦1000年 ○月×日  
 昨夜十時過ぎ、ガルディア発掘調査団がパレポリ北の奥地に赴き、樹齢四百年と言われ  
る神木に建てられた祠の地底から、冬眠していた人語を喋る巨大なお化けカエルを発見し  
た。このカエルは自らを“グレン”と名乗っており、記録によると、彼は二代目のグラン  
ドリオン保持者で、魔王を討ち倒したと言われる伝説の勇者の一人でもあります。現在、  
このグレン(推定年齢435歳)はガルディア王宮に招かれ、本人である事の確認を国王  
直々に行うとの――』  
 
 時の狭間に住まう戦の神・スペッキオは語る。  
 いやぁ〜、すっげえな、お前。お前、魔法のかかった身体で魔法の力持ったから、変な  
効果起こして変化の力持っちまった。自由に姿変えられる。便利だぞ。  
 しかも、カエルなってる間は不老だ。不死ってわけじゃねーが寿命で死ぬこたぁない。  
カエルになってりゃ随分長生きできるぞ。まあ、持って五百年かそこらかだけどな。  
 
 <終>  
 

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