砂漠の洞窟のモンスター討伐隊を組むときに、問題になったのは誰がメンバーになるかということだっ
た。
いつの間にかリーダー格になっているカエルがてきぱきとチーム分けをしてゆく。
「水技の使えるものは外せないから、まずオレだ。同じ理由でマール。回復担当も頼むぜ。
ロボが時の老人のところに行っているのが痛いが、力業ではエイラが頼りになる」
そういって一人一人の顔を見てゆく。そして魔王とルッカの方を見た。
「ルッカは炎系だから今回の仕事には連れて行けない。
そして魔王の力は全体攻撃になっちまうから、ここのモンスターには向かない。
悪いが二人とも留守番を頼むぜ」
離れたところでその様子を見ていたフィオナが申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい。私の家は狭すぎるから、お二人には納屋で待って頂く事になるんだけど、もう馬も羊
もいないし、清潔なシーツと食べ物を用意するわ」
そろそろ夕方になるところだった。夜の涼しさが攻撃の助けになるだろうという作戦だ。
討伐チームを見送りに出た魔王とルッカ。ルッカがマールやエイラと話をしていると、カエルが魔王を
横に呼んだ。
「こうなったのは、たまたまなんだがな。あとはお前さん次第だ」
「なんのことだ?」
「ここんとこ、お前さんの目がルッカばっかり追っかけていることには、多分オレしか気がついてない
と思うけどな。
こんなチャンスはなかなかないぜ。
いつもみんなで動いてるし、このヤマが済んだら、いよいよ死の山にクロノを生き返らせに行くことに
なる。
クロノが生き返ったら、お前さんのことだ。意地になって自分の気持ちを抑えこんじまうんだろ。
オレの見たところ、ルッカはお前さんのことを嫌ってはいないようだぜ」
勝手に言いたいことだけ言って、じゃあな、と魔王の肩を叩いてカエルは行ってしまった。
思いも寄らない話を振られたままに取り残されて、なんのことだ、と魔王は思う。
ルッカ?
それは確かに、頼りになる娘だ。
自分が全体魔法の呪文を唱えていて隙が出来たときにはすかさず援護射撃をしてくれるし、クロノのこ
とでは色々と思うところがあるはずなのに、子供っぽい感情をむき出しにするマールと違って、必ず2
・3歩引いた見方をしてくれる。
いつも自分の銃の手入れをきちんとしている。
必要なときにはリーダーシップをとれるのに決して出しゃばらない。
落ち着いていて、仲間として頼りになって、さらさらとしたきれいな紫の髪が、どこか姉のサラを思い
起こさせる。
それに……。
「魔王?」
不意に声を掛けられて魔王はびくっとした。
目の前にルッカが立っている。
「みんな行っちゃったわ。
フィオナさんがお夜食とシーツをくれたし、私たちも納屋に戻りましょう?」
言いながら赤と白のナプキンをかけた柳細工のバスケットと、真っ白い布の束を見せる。
「あ、ああ…。そっちは私が持とう」
ルッカからかさばるシーツの束を受け取ると、それ以上は何も言わずに、魔王はさっさと納屋に向かっ
て歩き出した。
使われなくなって久しい納屋の中は、片隅に農具が積んであるだけで広々と片づいていた。奥には干し
草の梱がいくつか積み上げられ、馬房だった仕切のひとつには解いた干し草の束が散らばっている。左
右の柱にひとつずつランタンがかかって、そのお陰で中は十分に明るい。
納屋に戻っても魔王は口をきこうとはしなかった。
もともと無愛想な人だから、とルッカは気にしないことにして、とりあえずバスケットの中身を確認し
てみる。
サンドイッチ、果物。小さなフルーツケーキも入っていた。水がないのは、外の井戸で直接汲めばいい
ということだろうか。
「フィオナさん、おいしそうなものを作ってくれたね。
みんながさっさとやっつけて帰ってきて、一緒に食べられるといいね」
気持ちを奮い立たせようと、勝手にしゃべりながら寝場所を整える。しかし、そんなことはないと、ル
ッカにも判っていた。
今夜の相手は手強いのだ。おそらく決着がつくのは明け方だろう。
ああ、私が炎攻撃しかできないから…。
「おまえは、奴らが帰ってきたらどうするつもりだ?」
突然魔王に話しかけられて、ルッカは我に返った。
「奴らって、カエルたちが?」
不自然に間が空く。思い切ったように魔王が言葉を継いだ。
「いや…、ロボと……」
「…ロボと………? ……クロノ…?」
いきなり何の話だろう。
「…そう…だな……」
妙に歯切れの悪い反応だった。
「それって、まずここのモンスターを倒して、それからロボを迎えに行って、それから死の山に行って、
ってことよね?」
ルッカが要点を整理してみせる。
「死の山のモンスターは手強い。こんなところで手こずっている内は、まだまだだということだ。
あそこでは、古代人の残した実験モンスターが自己増殖と突然変異を繰り返しているらしいからな。
どんな敵がでてくるか、想像もつかない」
「何が言いたいの?」
いつもの魔王らしくなかった。
「なんでもない」
魔王が次第にいらついてくるのが判る。
「気になるなあ、死の山に行くのが嫌な訳?
クロノを生き返らせるの、そんなに難しいの?」
立て続けの質問に
「私はクロノと仲間だったことは一度もない。奴を生き返らせることが私の最終目標じゃない」
ものすごく不機嫌な声。
「最終目標?」
なんなのよ、一体。
「奴さえ生き返れば、私がお前達と一緒にいる必要はなくなるわけだ。
そうしたら、私は一人で『黒の夢』に行く」
「魔王、それってジールと…、自分の過去と決着をつけるため?」
この娘の、この勘の良さが……
「そんなご大層なものじゃない」
「なんで、今、そういう話をするのよ」
「こういう話をしたかったわけじゃない」
魔王はますますイライラとしてきた。
カエルのせいだ。カエルが行きがけに変なことを言うから、ルッカと二人きりで残されて、どんな風に
接していいのかわからなくなってしまった。
しかも、考えれば考えるほど、クロノを生き返らせたらルッカとは話も出来なくなってしまいそうな気
がする。
いや、そもそも自分はルッカに何を言うつもりだったのだろう。
「ねえ、それって私たちに『黒の夢』に一緒に行って欲しくないってこと?
魔王一人で何もかも終わらせる気?」
ルッカの『私たち』の中に自分は含まれていないのだ、と魔王は自嘲気味に受け取った。
「そんなことを言ってるんじゃない」
しかしルッカには魔王のそんな気持ちは解らない。小さい頃から暖かい家族や仲間達に囲まれて育った
娘だから。
「じゃ、なによ。
一人で行くとか、一緒にいる必要はないとかって。
魔王……、私たちの仲間になったこと、後悔してるの?」
「やかましい!」
この居心地の悪い噛み合わない会話をとにかく打ち切りたくて、魔王は吐き捨てた。
低くなった魔王の声で、怒りを爆発させるのをようやく抑えているのがありありと判る。
「いちいち質問で返してくるな」
しかしこれはルッカには逆効果なのだ。
「切り出したのは、そっちじゃないの」
魔王の手前勝手な言いように、ルッカの負けん気に火がついた。
こうなったルッカは怖いもの知らずだ。もう黙って付き合ってなんかいられない。何なのだろう、この
男の意固地さは。時折見せるはにかんだ様子や笑顔が気になると、もっと見てみたいと思ったことがあ
るのが悔しい。
今、ルッカは目の前にいる男に対して、ものすごく腹が立っていた。
「やかましいですって?
冗談じゃないわ。あなたは自分のことを心配してくれる友人の言葉を聞けないっていうわけ?
そうやっていつまでも古代種の血の運命とやらに鼻面掴んで振り回されて深刻ぶってるわけ?
自分を構ってくれなかった母親への拗ねた気持ちを何万年も大事に暖め続けてるってわけ!?
長生きだけが一人前の甘ったれ小僧!!」
一息に言い切って、これは言い過ぎだと気づいたときには、ルッカは頬を叩かれていた。
魔王は本気で怒っていた。
しかしルッカも、魔王相手に一歩も後には退かない。
「ホントのことを言われて腹を立てるだけの気概はあるってわけね。
でも私、黙らないわよ。あなたがどんなに情けないヤツか、はっきり教えてあげる!」
「黙れ!」
再び右頬に軽い平手打ちを喰らい、ルッカはバランスを失ってたたらを踏んだ。
「言い返せないからって手を出すなんて、まるで子供ねっ、いい年して!」
ルッカのセリフに魔王はぐっと詰まった。
「…黙らないのなら、お前を口のきけないジャリーに変えてやってもいいのだぞ」
その子供じみた脅しにルッカはかっとなった。まるで小さい子同士の喧嘩だわと思うと、身体が勝手に
前に飛び出して、魔王に足払いを掛けていた。
不意を突かれた魔王がよろけたところへ飛びかかってそのまま突き飛ばす。
しかし、魔王もすかさずルッカの腕を掴み、自分の倒れる勢いを利用して、ルッカをも引き倒そうとし
た。
だがルッカは機先を制して自分から勢いをつけて飛び込み、馬乗りになって干し草の山に魔王の肩を押
しつけた。
いつもは頭ひとつ高い位置にある魔王の顔が、今は真下からルッカを睨み上げている。
こんなに魔王と近づいたことは今までなかった。いや、魔王に触れたことがなかった。
魔王の体臭が鼻孔をくすぐる。
ルッカは不意に、自分が険しい岩山に棲む大きな鳥になって獲物に襲いかかっているのだと感じた。
獲物を追いつめて、今なら何をしようと彼女の思いのままなのだ。
……何をしてやろうか……。
「私を黙らせたいのなら」
肩で息をしながら、魔王の目を睨みすえて言う。
「こうすればいいのよ!」
そして衝動にまかせてその唇に口づけをした。
どうしてそんなことを思いついたのだろう。今まで誰ともキスなんかしたことがなかったのに。
不器用に唇を押しつけたために歯が魔王のそれにぶつかった。おどろいて一瞬ひるんだ隙を逃さず、魔
王が腰を跳ね上げて易々と体を入れ替えた。
あっという間にルッカは魔王の身体に組み敷かれる。
両の手首を左右に開いて地面につなぎ止められ、腰を片膝で押さえ込まれただけで、もはや身動きひと
つできない。
見下ろしてくる魔王の表情は、厳しかった。暗い瞳が怒りで強く紅く光っている。
「なるほど、これがお前を黙らせる方法か」
低い口調から、魔王が更に激しい感情を抑え込んでいることが判った。
「こうして口を塞げばいいのか」
その声に秘められた冷たさを嫌って、ルッカは身をふりほどこうともがいたが、委細構わず、魔王は無
造作に唇を奪った。
瞬間。
ルッカの全身が強ばった。握った拳がゆるみ、頭の中が真っ白になり、大きく見開いた目には何も映ら
ない。
しかし、魔王もまた、燃えさかる炎に煽られたかのように身を強ばらせていた。
全てのものが動きを止めた。
互いの呼吸が相手にかかることを恐れて息さえ止めた。
自分の上に乗る男の重さ。自分の下にある女の柔らかさ。
互いに触れあわせた唇の感触が、五感のすべてを埋め尽くそうとしている。
その時。
風が吹いたのだろうか。
何かが納屋の扉に当たって、ことんと音がした。
魔王が瞬時に飛び起きた。
ルッカは転がって魔王の下から逃れ出た。
魔王はそのままルッカを背中にかばい、音のした方に向かって身構えた。
無言で動くなと合図をし、音を消して立ち上がると扉に向かう。
なにかあったら援護しようとルッカは身構えていたが、魔王はすぐに戻ってきた。手には陶製の水差し
を持っている。
「水だ」
張りつめていた緊張が解け、ルッカは仰向けに倒れ込んだ。二人の間に出来た空間がお互いを我に返ら
せる。
魔王はルッカから少し離れたところに腰を下ろし、間に防壁のように水差しを置いた。
「フィオナさんが持ってきてくれたのね」
声が掠れていた。
もしかしたら、魔王が上になってキスしているところを見られてしまったのかも知れない。
そのまま不自然な空気が二人の上にたれこめる。手で触れられるような気さえする強い沈黙にいたたま
れず、先に口を開いたのは魔王だった。
「さっき、食事の話をしていなかったか?」
ルッカを見ないように不器用に避けながらバスケットを探す。
「しょくじ……」
相手が休戦協定を申し込んできたことが判ったが、ルッカは身体に力が入らない。干し草の柔らかさに
全身が飲み込まれて、地面が揺れているような気がした。
ルッカが起きあがれないでいるのを見て、魔王は手を伸ばした。
「何をしているんだお前は」
面倒くさそうに言って、横を向いたままルッカの腕をぞんざいに引っぱる。
引っぱられて一気に身体を起こした途端、眩暈がして納屋がぐるりと回った。くらくらと倒れ込む身体
を支えようと、とっさに手を伸ばして魔王がルッカを抱き止める。
水差しが倒れて冷たい水がこぼれた。
思いがけず全身を魔王に預ける形になって、ルッカはまた身を強ばらせる。そして魔王も動かなかった。
頭の上から、低く抑えた声が響いてくる。
「おまえは、私を試しているのか」
その声は幾分心許なげに聞こえる。
(……え…?)
「それとも…、誘っているつもりなのか?」
殆ど吐息のような囁き。
「魔王……」
顎を掴んで仰向かされたとき、初めて、ルッカは目の前にいる一人の男を見た。
さっき怒りに紅く光っていた瞳は、今は深い紫になっている。
いつもはぴたりと撫でつけられている長髪が乱れて額にかかっている。
そのせいで、実はこの男がまだ青年の面影を宿す年頃だと言うことに気がついた。
それらすべてを一瞬のうちに見て取ったルッカの上に、男の顔が被さってくる。
荒々しく貪るような口づけにルッカは圧倒された。
力強い腕が有無を言わさず身体を抱き締める。
激情に息つく間もなく飲み込まれてゆく。
溺れかけた小鳥が頼りなく浮き沈みをするように、頭の中ではタバンやラーラの姿が断片的に明滅する。
でも二人は今あまりにも遠い。
それからカエル、マール、エイラ、ロボ。……クロノ。
クロノ……。
今、ここには誰もいない。ルッカは一人だけで魔王と対峙しなければならない。
ダメ、このまま考えることをやめちゃダメ。この状態をきちんと考えなくちゃダメ。
今なら、まだ、間に合う……。
魔王はもう心を決めていた。
この娘を抱く。
こんなに女を欲しいと思ったことはなかった。自分がそんな気分になった現場に居合わせたこの娘が悪
い。
ルッカの身体を押さえ込み、その唇を貪りつつ、服の上から乳房をまさぐる。
小さな乳首が形をくっきりとあらわすまで擦り立て、指でつまみ上げる。
腑分けをするような冷静さで胸をはだけさせ、直に少女の身体をまさぐる。
唇を食いしばっているものの、愛撫にかすかに反応を見せ始めているその身体を闇雲にさすりながら、
自分の足通しを脱ぎ捨てた。
ルッカの意識はめまぐるしく変転していた。
自分の素肌を男に直に触れられるのは初めてだった。
羞恥、戸惑い、そしてーー快感。
整理のつかない感情がルッカの意識を分断する。
心の中で誰かが、まだ間に合う、今ならまだ男を突き飛ばしてフィオナの家に逃げ込めるとせき立てて
いる。
別の誰かは、魔王と触れあっている箇所すべての感覚を研ぎすまそうと悶えている。
名前のつけられない不可思議な何かが身体の中で膨れあがってきていた。
ルッカは何の行動も起こせずにいた。
魔王はルッカのスパッツに手を掛けて一気に引き下ろすと、股間に指を伸ばした。
何の反応も起きていない。ためらわずに身体を移動して、脚の間に顔を埋めた。
片手でルッカの脚を押さえ、舌で潤いを与えながら、片手で自分のものをしごき上げた。
再び身体を上にずらし、先端をとば口にあてがうと一気に押し込んだ。
押し込んだ力にそのまま押されて、ルッカの身体が上にずり上がる。
ずり上がるのを追って、今度は動けないように肩口を両手で押さえて、思い切り大きく腰を突いた。
悲鳴があがった。
ルッカが苦悶の表情を浮かべ、口を手で塞いでいた。
目には涙の粒が盛り上がっている。
魔王自身、今まで感じたことのない、股間から力を吸い取られるような感覚に、凍り付いたように動き
を止めた。
「おまえ…、まさか、男を知らないのか?」
未経験を咎められたような気がしたルッカはびくっと肩を震わせた。
未経験でも、魔王がしようとしていることがどういう事なのか位は判っていた。
普通ならなにがなんでも拒否するべきだったのに、魔王の激情に押されて受け入れてしまった。
いや、違う。激情に押されたけれど、それは魔王だけのせいではなくて、自分の中に魔王を求める気持
ちがあったからだ。
孤高を保ちながら、母親や姉の愛に飢えていた少年の面影を、敏感に感じ取っていたからだ。
魔王の抱え込んでいる隙間を、無意識のうちにも埋めてやりたいと思っていたからだ。
・・・魔王に惹かれていたからだ。
ルッカが処女だなどとは考えてもしなかった魔王の、強引な挿入による破瓜の痛みはすさまじく、そこ
へ持ってきて処女であることをなじるかのような口調で言われて、ルッカはどうしたらいいのか判らな
くなっていた。
「ごめんなさい……」
痛みと悲しみとで涙が溢れる。
「ごめんなさい、初めてじゃだめなの…?」
あまりに予想外のことで、魔王も答える言葉がない。
ルッカはとっくにクロノと関係を持っていると思っていた。
そもそも物心ついてから、魔王の周囲に「処女」という人種はいたことがない。
その上ビネガーからくどいほどに念を押されていたことがある。
「処女だけはなりませんぞ、魔王さま。
人間の処女(おとめ)が魔力を持つ者たちにとって、どれほど恐ろしい脅威になることか!」
それがどんな脅威かはしらされないままに、魔王はビネガーから次々にあてがわれる、処女ではない人
間型のモンスターや、魔王側に与した人間の女などを抱いて、女の味を覚えてきた。
しかし、たった今、何の覚悟もなく、ただ目の前の少女を欲しいと思う一心で人間の処女の新鉢を割っ
てしまった。
そして少女の体内に打ち込んだ自分のものから、確かに何かの力が相手に向かって流れ出している。
一体何が自分の身や魔力に起きてしまったのだろうか。
「でも、どうしたらわかるの?」
ふいに小さな男の子の声が頭の中で聞こえた。
「このおまじないをおぼえて、でもそれは一生に一度しか使えなくって、それを使うあいては自分でみ
つけなきゃならないなんて、ボクはゼッタイにむりだと思うよ」
「まあまあジャキさま」
宥めるようなあたたかい女の声。
「大丈夫ですよ。
余計なことは全部頭の中から閉め出して、ただ真っ直ぐに相手の方の目をみるんです。
気持ちを落ち着けて相手の目を見て、相手の方もジャキさまの目を見返す。
その時にきっとはっきりわかりますとも」
乳母だ……。
ジールの宮殿で幸せに暮らしていて、この世に怖いことがあるなんて知らなかった頃の思い出だ。
いままで思い出したことなど一度もなかった。
ビネガーが警戒しろと言い、大好きだった乳母が目を見れば判ると言った、それはおそらく同じ相手の
ことだ。
一瞬物思いにとらわれた魔王は我に返り、ルッカに焦点を合わせた。
涙であふれたルッカの目が、それでも一歩も退かずに魔王を見返す。
そう、確かに判った。
魔王はこの娘に捕らわれてしまった。これから先、何があろうと魔王はこの少女を裏切ることが出来な
いだろう。
例え一緒にいられるとは限らないとしても魔王の心からこの少女が消えることはなく、どんな立場にあ
ろうともこの少女を護ることが何者にも優先する魔王の誓いになってしまった。
そして、そんな魔王をこの少女は受け入れるだろう。他に好きな男がいても、魔王の存在と守護とを、
自分に隷属するもののように受け入れる。
「おまえがあやまることはない……」
その体内からゆっくりと自分のものを引き出す。
ひりつく痛みにルッカが小さく呻いた。
破瓜の血が魔王の猛った肉棒に絡みついていた。それが血の誓いが成立してしまった何よりの証だった。
手を貸して、ルッカの身体を起こす。
互いに向き合って膝立ちになっていた。
「私は、おまえが欲しい。だが、おまえに無理をさせたくはない。
正直に答えてくれ。
おまえは、私に、おまえ自身を与えてくれるだろうか。
…私の誓いを受け入れてくれるだろうか?
否、ならばこの場ではっきりと言ってくれ。
私はもう二度とおまえに触れたりはしない」
ルッカはまじまじと魔王を見つめた。
たった今まで性急に事を運ぼうとしていた男が、自分の許しを乞うている。
ここまでしておいて、何を今更、と思うと同時に、魔王がとても大切な申し出をしてくれていることが
わかった。
ゆっくりと自分の心の奥深くに問うてみる。
あなたはこの人をどう思っているの?
あなた自身はどうしたいの?
答えは既に形をもって、ルッカの心の中心にあった。
「『否』じゃない…。
痛くてびっくりしちゃっただけなの。
あなたの誓いがいい加減なものじゃないってわかるから、それをきちんと受け入れたい。
私からあなたにあげられるものがあるのならあげたい。
無理なんかしていないわ。
……受け取って」
魔王がルッカの顔を両手で挟んだ。
「我が誓いを、我が乙女に。
そは永遠に結ばれし血の契約なり」
小さい頃に習い覚えた『おまじない』がすらすらと口をついて出た。
じっとしているルッカに、魔王が啄むように唇を重ねてくる。誘い込むような優しさに、柔らかく口づ
けを返した。
何度もキスを重ねる内に、唇だけで感じてしまう。ルッカの薄く開いた口に魔王の舌が滑り込んできた。ルッカの心臓が苦しいほどに高鳴る。
生き物のように動く魔王の舌に不器用に応えていると、そのままぎゅっと抱き寄せられた。熱い素肌が
ぴたりと合わさり、ルッカは一気に高まった。
水がこぼれて濡れた床を避けて、奥の仕切りの干し草の上にフィオナがくれたシーツを敷いて褥にした。
ランタンを消し、高窓から月の光だけが差し込む中で、魔王がルッカの服をていねいに一枚ずつ脱がせ
てゆく。
最後にメガネを外されて、生まれたままの姿になったルッカの前で、今度は自分の装備を解いていった。
何一つ隠さずにルッカの前に晒してみせる。
白い身体は引き締まって無駄なものがなかった。筋肉質というのではないが、よく鍛えられていて、数
カ所の刀傷の跡がある。
魔王が魔力だけでなく、剣の技も磨いてきた証拠だった。
ルッカに歩み寄るとその顔を両手で挟み、自分の顔を傾けて近寄せ、唇を重ねた。
幾度も繰り返し唇だけを触れ合わせるキス。
唇の感覚が鋭くなり、キスだけで高まってくる。
魔王の手がルッカの腰にかけられた。ルッカの手が躊躇いながら魔王の腕を掴んだ。すぐに背中に回っ
て、互いにしがみつくように抱き合う。
ルッカにとっては、こんな風に素肌を男と合わせるのは初めてだった。その温かさと安心感とで、ため
息がもれそうになる。
二人して崩れるように褥に横たわった。
いつの間にか始まっている、先刻の性急さが嘘のように柔らかい魔王の愛撫。
長く器用な指先で少女の身体を確かめてゆく。その後を追って、唇でルッカの身体を味わう。
唇、うなじ、耳、鎖骨、肩先。
鎖骨と肩の間を何度も唇でなぞってルッカの反応を引き出す。
背筋に痺れるような感覚を感じ、ルッカの背中が反り返って胸が突き出された。
すかさず掌で乳房を包み込む。
マシュマロのような柔らかさと弾力をそなえたルッカの乳房は、服の上から見た感じよりも一回り大き
かった。
その白い胸を脇からそっとせめて行く。指先でやわやわと揉み、口づけをそっと落とす。
愛撫になれていないルッカは、どこをどうさわられてもぴくんと反応してしまう。
まだ触れられていない乳首がきゅっと締まって固く立っていた。
それを指の腹でちょんと擦っただけで、小さく「くっ」と漏らす。
「気持ちが良いか?」
尋ねる魔王に、既に朦朧としてはっきりと応えることが出来ない。
深追いはせず、魔王は少女の身体を軽々と裏返した。
首筋から肩、肩胛骨から背筋をなぞって腰のくぼみへ、尻の双つの丘を軽く噛み、太股の内側へと愛撫
は移動してゆく。
手を前に回して、体重でつぶされた乳房を包み込んでやわやわと揉んだ。
ルッカが押しとどめようとする、その手を捕らえて背中に押さえ込む。ルッカの顔を肩から振り向かせ
て唇を貪った。少女の舌を誘い出し、ねっとりと絡み合わせる。
そうしながら、手はルッカの腰の中心へと移り、ルッカの熱く敏感な部分をそっと押し広げた。
「痛っ…」
ルッカの反応に、再び身体を表に返す。
淡い茂みの前に顔を寄せる。そこに隠されているのは、先刻、あまりにも一気に、無理矢理に引き裂い
てしまったあの場所。
脚を開かせて確かめると、破瓜の徴が残っていた。
舌で舐め取ってきれいにしてやる。
ルッカの血。魔王を一瞬のうちに絡め取ってしまった処女の血を味わうと、改めてルッカへの気持ちが
高まってくる。
痛みと恥ずかしさとでかわそうとするルッカをなだめ、魔王はルッカの秘所をぴたりと口で覆い、熱い
舌を差し込んだ。
熱と魔法特有のぴりぴりした感覚にルッカが悶える。
「もう痛みはないだろう?」
と魔王が言う。
「簡単な治癒の魔力なら持っている」
再生まではできないが、と心の中で付け足した。
波に揺れるような愛撫に、ルッカはとろけていった。魔王の愛撫に反応してどんどん呼吸が荒くなって
くる。
「魔王…」
何かにしがみつこうと手探りするルッカの手を捕らえ、指先を一本ずつ口に含む。
ルッカののびやかな若木のような肢体が見せる反応に、魔王は言いしれぬ満足を覚えていた。
ルッカにとっては初めての相手だが、数え切れないほどの女を抱いてきた魔王にしても、これほどに夢
中になるのは初めての経験だった。
今までに抱いてきた女達との経験は、すべてこの少女を愛するためのレッスンだったとすら思える。
持っている限りの技術を、魔王はルッカを悦ばせるためだけに使っていた。
そして今までお預けにしていた乳首への愛撫。
すでに固くなっていたそこを口に含み、舌で舐めたりきつく吸ったりする。
「ぁあ……」
ルッカがこらえきれずに声を出して、恥ずかしそうに歯を食いしばった。
「声が聴きたい…」
そういうと更にルッカをそそるように愛撫を深めてゆく。
左右の乳首を交互に舐め、手はゆっくりと身体の線をなぞる。
ルッカの吐息とも声ともつかない喘ぎが、愛撫に煽られて大きくなってゆく。
ルッカの声に刺激されるように、魔王の股間のものも堅さと大きさを増してゆく。
魔王の指が秘所に伸ばされたとき、そこには蜜が溢れ始めていた。
指が蜜を掬い、花びらの周りに塗り広げてゆく。長い指が秘裂にさしこまれ、その場所をゆっくりとく
つろげる。
更に蜜を掬って小さな花芽の周りにも塗る。触れるか触れないかの微妙な刺激で、花芽がくっきりと立
ち上がってきた。
ルッカの腰が跳ね上がるように動き、唇からは切ない喘ぎが次々と漏れてくる。
その喘ぎをすべて口移しに飲み込む。指先についた蜜を味わう。
「お前が欲しい」
と、魔王は告げた。
「あげるわ…全部、奪って…」
その言葉に眩暈を起こしそうになりながら、魔王は再び自分のものに手を添えて、ルッカの狭い入り口
にあてがった。
「ルッカ…」
耳元でその名前を初めて口にする。
上半身を腕で支えて、ゆっくりと腰を沈めてゆく。
魔王のものは力強く滑らかで、固くて丸い先端が隧道を分け入るように進んでゆく。
一度すでに貫通させている上に、無理な挿入で裂けてしまった部分は治癒魔法で癒してあるとはいえ、
ルッカにとってそれは楽な行為ではなかった。
魔王にしがみついて耐えるルッカをいたわりながらも、魔王の動きに容赦はなかった。
早く中に入りたい。一つになりたい。一刻も早く。
ついにすべてを埋め尽くしてお互いを深くつなぎ合わせると、安堵のあまり魔王は震えた。
ルッカのそこはきつく、挿れているだけで頭の芯が痺れそうになる。しかし、こここそが自分の求めて
いた場所だと直感が告げていた。
少女の肩に頭を預け、互いに落ち着くまで待つ。
ルッカの乳房を暖めるように手で包み込む。
固く引き締まったそれは、仰向けに横たわっていてもほのかなふくらみを保っていた。
ルッカが乳首への愛撫に敏感なことはすでに判っていた。他にも感じるところが見つかるはずだった。
そう思いながら小さな果実を指の腹でそっとこする。
ルッカが微かに喘ぎ、魔王の分身を納めた場所がぎゅっと収縮した。
ルッカの身体が僅かずつほぐれて、魔王の与える快感に応え始めている。
その反応に欲望をかきたてられて、魔王は愛撫を重ねた。
唇の形を確かめるように、何度も何度も離しては合わせる。
唇の隙間からルッカの柔らかい舌がのぞく。遠慮がちに魔王の唇を舐める。
魔王は口中にルッカの舌をすくい取り、擽るように愛撫を与えた。
同時に乳房を少しだけ乱暴に揉みしだく。手の中で形を変えるそれを楽しんだ後、先端を指でころころ
と転がした。
ルッカの内部が魔王の愛撫に反応して蠢いている。
手も口も動きが激しくなってゆく。ルッカの蜜が繋ぎ目から漏れるほどに溢れてきたのを確かめて、魔
王はいよいよ動き出した。
ゆっくりと腰を動かすことで、ルッカと自分の最も密着している部分全体に潤いが広がってゆく。
大きな波紋の中心にいるかのように、繋ぎあわせた部分から快感が広がり、二人はそれに飲み込まれて
いった。
「声を、聴かせてくれ」
魔王の言葉に促されるまでもなく、ルッカは妙に高い子猫のような声を漏らし始めている。
それに導かれるように、熱いものが奥からわき上がってくる。
気持ちの高ぶりが強すぎて、これ以上我慢ができなかった。
「堪えて……」
そういうより早く、魔王の腰の動きが早まってゆく。
初めて味わうには早く強すぎるその動き。
しかしルッカはそれをすべてくるみ込んだ。
「まおう…」
「名前を、名前を呼んでくれないか」
魔王の身体を支え、腰に打ち込まれる魔王の情熱を出来る限り受け止めようとする。
「……ジャキ…? ジャキ、激し……」
「ルッカ、感じるか?」
「うん、感じてる、ジャキの……気持ちいいの、いいの」
「ルッカ!!」
不意に魔王の動きが止まった。ルッカの中のものが一瞬異様にふくらみ、ついで大きく爆ぜる。
どくどくと続く放出はすべてルッカの胎内へと注ぎ込まれていった。
ルッカの肩に頭を預けると、魔王は全身から脱力した。
自分の力がルッカの中に流れ出していったのが判った。
それと引き替えのように、ルッカから何かが流れ込んできたのも判った。
腰の繋がりを解かないままに
「ルッカ…」
名前を呼んで目を開けると、ルッカが彼の髪をそっと撫でた。
「ジャキ…」
どちらからともなくキスをする。
「もっとお前を悦ばせてやりたかったけど、今日はもう限界だ」
「うん、みんなが帰ってくる前に元通りにしておかなくちゃ」
不意に魔王が激しく唇を貪る。
力強く絡みついてくる舌に積極的に応えるルッカ。
手足を絡め、しがみつくように抱き合う。
ひとしきり重く湿った音を立てて貪り合った揚げ句に、透明な糸を引きながら顔を離した魔王がいたず
らっぽく訊いた。
「なれるのか? 元通りに」
「なれないわ、もう」
二人見つめ合って、これからの自分たちの先行きを、悲観することなく受け入れる。
みんなが帰ってきたら、ロボを迎えに行って、クロノを生き返らせて……。
もうこんな風に二人きりになることはないかも知れない。
でも今夜のこの交わりで、何かが永遠に変わったことを知っていた。
それがあれば、これから先なにがあっても自分を信じてゆける何か。
身体を離す前に、これを最後に二人は深く口づけを交わしていた。
(終)