蛇骨館の復興にかかったのは金よりも時間、時間より人だった。
異世界から訪れたという幼馴染と弟、そして婚約者の協力あって今では
すっかりもとの様相を呈している。ダリオは特にこの静かな庭が
気に入っており、居住を許されてからというもの夜毎空を見上げるのが
習慣づいていた。
青と緑の適度に混じった中庭からは、今日も彼方に月が見える。
今日は久方ぶりにたんと酒を飲んだ。そのせいか、夜風が余計に心地よい。
既に風呂は浴び、皆部屋着に替えてでの祝宴であった。新たに増築した広間で、
まだ杯をかわしているはずだ。そろそろ戻らなければ、
不自然に思われるだろうか。ダリオは俯き、短く息をついた。
「こんなところにいたの」
背後からの声に振り返る。琴でも爪弾くような心地よい響きは、
ダリオの頬を綻ばした。
「リデル」
彼女の青みがかった黒髪は今宵、簡単に結い上げてある。たしかに
酒や食い物を準備する際、腰までの豊かなそれは邪魔になるに違いない。
白蛇のカチューシャは見当たらない。寝る直前までつけるような
代物ではないのだろう。
「すまない。今戻ろうと思っていた」
嘘だった。できればもう少し、風と戯れていようかと考えていた。
当然彼女を邪魔と感じたわけではないし、厭うような思いもない。
ただ、そういう気分だった。
「お父様もカーシュも、よく飲まれるから。逃げられたって笑っていたわ」
リデルは彼の逡巡に気づかなかったのだろう、目を細めていう。
口許に手をかざす笑い方は昔から変わっていない。
ふと郷愁におそわれた。そうだ。何も変わっていない。それこそが、
今彼の胸に逡巡を生んでいた。今名のあがったもう一人の幼馴染が知ったら、
笑い飛ばすだろうか。自分を尊敬してくれている弟が知ったら、
驚くだろうか。少し自嘲気味になる。まだ酔っているのか。
首をゆるく振った。
「ダリオ……?」
見上げてくるリデルの眼差しに、不安が揺らめいている。
まだ、あののろわれた力が宿っているの。瞳はそう尋ねているように見えた。
赤みの僅かにさした白い頬を、できる限りやさしく撫でてやる。
告げてはならない、と思っていた。自分にある躊躇いを口にすれば、
間違いなく彼女は離れていく。そしてもう二度と、会えなくなると。
自分の都合でまた、女性を傷つけるような真似をしたくなかった。
それは騎士道精神にも、ダリオ個人の拘泥にも反する。
「ねぇ、ダリオ」
リデルの唇がいった。厚い胸板へ、滑り込むように彼女が寄り添う。
恐る恐る伸びてきた細い腕が、胴を回った。
「もう、隠さないでほしいの」
心臓のあたりにちょうど、リデルの耳があたっている。受け止めて
やりながら、ダリオはその頭頂を見た。髪を掻き撫でる。
やはり女性のほうが勘ははたらくようだ。ダリオはしかし心のどこかで、
自分の変化に気づいてくれるのを期待していたらしかった。
実際リデルが述べてくれた手は、ひどくあたたかい。
丸みのある、華奢な肩はむき出しになっている。そっと押し返し、
ダリオは笑んでみせた。
「行こうか」
いってはみたものの、リデルの表情はかわらない。寂しげで、
憂いを含んだ眼差し。そんな目で見てくれるな。
ダリオが思った辺りでちょうど、彼女は俯いた。そのまま黙り込んでしまう。
ダリオは決して、口のうまいほうではなかった。リデルに結婚を
申し込んだときも、形式ばった騎士の礼しか行っていない。
それを彼女が咎めてくることはなかったし、そういう自分だからこそ
好きだと笑ってくれたこともあった。
「ねぇ」
ようやくリデルは顔を上げた。その瞳の揺らぎは失せていない。
胸の奥、何かがさざめいた。首を僅かに傾げる。話して。リデルの
鮮やかな赤い目は、そう告げている。肩口に手をやった。ただその
眼を覗き込む。リデルは視線だけを僅かに下げたかと思うと、
すぐさまあわせてきた。微笑みに目尻が緩む。
「……そうね、行きましょう」
リデルが身を返した。先に歩いていく。
俺は卑怯な男だ。ダリオは手に残った温もりに、唇を噛んだ。
*
宴に戻ってから数刻はその席に付き合ったが、体の不調を理由に
場を抜け出した。酔っ払った彼らの目では、ダリオの具合を見抜くことは
できないらしい。豪快に笑うカーシュらを横目に部屋を辞した。
今度彼らは、標的をパレポリの軍人に定めたらしい。たしか名は、
イシトとかいったはずだ。
夜が明けるまで、付き合わされるだろう。ダリオは同情しながらも、
自室へ向かった。扉を開き、ゆっくりと部屋に入る。鍵はかけなかった。
まだ眠るつもりはない。
ふと、寝台の脇に立てかけた剣を見やった。自分で、初めて選んだ剣だった。
まだ訓練が"お稽古"だった頃はずっと、父か鍛冶屋の親父――カーシュの
父親だ――が選んでくれたものしか使ったことがなかったのだ。
しかしながら自分で選んだ剣というものは、それまで使っていた
どの武器よりも愛着が湧いた。柄の部分に布が巻いてあるのだが、
それは何度取り替えたか知れない。崩れきった館からこの刀剣を
見つけたとき、心底から喜びを感じた。保管は、蛇骨大佐に任せてあったからだ。
ダリオは生粋の騎士であり、武人だった。あの島で不安に襲われたときも、
剣を振るってさえいればそれを忘れられた。
あの島。
ふと記憶の中、女性の顔がよぎる。流れ着いた自分を、何もいわずに
介抱してくれた。何も思い出せない自分を、包み込むように
受け入れてくれた。一度も抱かず、口付けもしなかった。そうしようと
したことはある。しかし、肉体はそれを拒んだ。彼女の肩に手をかけ、
抱き寄せようとするたび、その腕が硬直した。
しかし彼女はそれを責めなかった。少しだけ寂しげに笑い、
構いませんといっただけだった。
ダリオの苦悩の理由は明らかだった。彼女の存在が、まだしこりのように
残っている。罪悪感、といったほうがいいかもしれない。
今はっきりといえるのは、彼女に対し抱いていたものが愛情では
なかったということだ。
では何を感じていたのか。ダリオは幾度も、考えた。しかしどう
あぐねてみても、結論はひとつしか出ない。
彼女は、リデルによく似ていた。顔が、身なりが、ではない。
まとっている雰囲気の、そのあたたかさが、リデルのそれと
似通っていたのだ。言葉にするならば、郷愁とでもいうべきか。
ダリオは己の弱さを叱咤した。本来ならばそこで、彼女に永遠の愛を誓い、
その想いを贖えば良いだろう。だが事態を複雑にしているのは、
自分がかつて愛したリデルは既に死しているというところにあった。
そして彼女の世界では、自分が死んでいる。はじめ聞いたときはそれこそ、
整理しきれなかった。"こちらの世界の"ラディウスの手伝いもあり、
ようやくダリオはその現実を受け入れることができた。
寝台へ腰掛ける。咽喉が乾いている気がした。長く息を漏らす。
眠ってしまえば良いのだろうが、まだ体が火照っていた。このままでは
すぐに、目覚めてしまうだろう。
自分は結局、何がしたいのだ。ダリオは背面から倒れると、照明の
ちらつく天井を眺めた。眩しさから目を庇う。自分の腕が重いと
思ったのは、初めてだ。
不意に音がした。ドアを叩くそれに起き上がり、しばし黙る。
「ダリオ? まだ起きているの?」
リデルの声だ。恐らく明かりが漏れている。開いているとだけいい、
彼女を待った。
「鍵、かけておくわ」
扉を閉ざし、リデルは微笑んだ。何か話でもあるのだろうか。
ダリオが立ち上がり椅子をすすめようとすると、制され隣にかけられた。
リデルからは、柔らかなにおいがした。香水だろうか。ふわと
鼻腔を抜けるそれは、花の芳香に似ている。
「どうしたんだ、眠れないのか」
ダリオは彼女の顔が、僅かに青ざめて見えることに気づいた。
いつからだったのだろう。化粧けのない肌はまだ若く、白い。
ほつれた後れ毛が頬に張り付いている。
「……少しお話したいと思ったの」
リデルはそれが、手ひどいわがままであるかのようにいった。
遠慮がちに膝の上で、指先をもてあましている。寂しがっているときの癖は、
あちらの世界でも変わらないようだ。顔を上げ、リデルは口を開く。
「あのね、ダリオ……」
その瞳にはっとした。潤んだそこから、大粒の涙がこぼれ落ちていく。
本人はどうやら隠したがっているようだが、抗うことはできない
ようだった。きゅっと唇を引き締めたかと思うと、ダリオの胸板へ
縋ってくる。深く抱きついたリデルは、服の背を掴んでしがんだ。
「私が、嫌いになったの?」
いつもは落ち着き払った、いっそ淡々としてすらいる彼女の声に
揺らぎがうかがえた。ダリオの胸をきゅうと締め付けてくる。
「違う……」
それしかいえなかった。腹の中から、何か苦いものが這い上がってくる。
それ以上、何と言葉をかけてよいのかわからなかった。ダリオは眉を
たわめ、彼女の背へ手をやる。
「じゃあ、どうしてあなたは私に隠し事するの。
どうして、一人でつらそうな顔をするの」
リデルのくぐもった言葉が、胸を叩き続ける。
本当は吐き出してしまいたいものが、咽喉に詰まる。
しかしその中に押し出して良いものなど、何ひとつ見当たらない。
「……リデル、俺は」
「私はあなたが好きよ」
強情張りなところは相変わらずらしい。父親譲りの意思の固さは、
いつでもダリオの心を動かした。今もそうだ。父はいつか、
騎士の本分とは女性を守ることなのだといっていた。女性との約束を違える者は、
その誓いを破る者はもはや騎士ではないと。アカシア龍騎士団は
無論、治安を守るため、民のために戦う集団ではある。そうではなく、
"騎士"というものの存在について語っていたときのことだ。
事実父は、母に一途すぎるほどだった。生真面目で、仕事熱心で、
強い。そして母もまた、そんな父にふさわしい女性だった。
ダリオはようやく、自分へと思考を立ち返らせた。
それが、自分はどうだ。どちらを選ぶこともできず、結局どちらも
傷つけている。恐らく父が健在ならば、思い切り頬を打たれていただろう。
「ダリオ」
再び思考を割ったのは、リデルの声だった。はっと彼女を見つめる。
視界が覆われた。彼女でいっぱいになる。やわらかいものが、
唇を塞いでいた。舌が歯列を割ってくる。口内をぎこちなく這うそれは、
接吻の不慣れを証明していた。だが、心地よい。ダリオは脱力し、
ただ彼女を抱き締めている自分に気づいた。ようやく、顔が離れる。
「……ダリオ、何度でもいうわ」
リデルの白い指先が、ダリオの顎をなぞる。
「世界が違っても、あなたはあなただし、私は私。お願い、忘れないで……」
最後のほうは震え、言葉になっていなかった。肩をしゃくりあげ
泣く姿など、いつぶりだろう。幼い日に幾度か、見た記憶がある。
たしか木登りを真似ようとして、スカートを破いて叱られたときだ。
こんなことで怒られるなら男の子に生まれればよかったと、
あとあと文句をいっていたのを覚えている。
「……リデル」
ダリオはこの、偽らず心を伝えようとする婚約者に口を開いた。
彼女は、向き合おうとしてくれている。ならば、自分も覚悟を決めるまでだ。
ダリオは、まっすぐにその瞳を覗き込んだ。
「リデル、俺はこちらの世界の人間だ。そして、君はあちらの。
君は同じだといったが、俺は……」
一度言葉を切る。まだ眉をたわめたリデルへ、続けた。
「俺は、君を愛していいのか」
率直に尋ねた。一番、引っかかっていたものだった。自分はかつて、
他の女性の好意に溺れた。そして、"違う世界の"リデルを愛そうとしている、
いや愛してしまっている。それは罪ではないのか。それは、彼女を
またも傷つける結果となるのではないか。ダリオはその迷いを、
彼女にぶつけた。
リデルはしばし黙り込み、しかし視線をはずさなかった。その眼には熱く、
何かがたぎって見える。怒りではない。もっと穏やかで、やさしいもの。
それを何と呼ぶべきか、ダリオにはまだわからなかった。
「……私、はね」
既に呼吸は落ち着いている。リデルはしかしたどたどしくいい、
自分の胸に手をやった。
「あなたが生きていてくれて……本当にうれしかった」
伏し目がちに彼女は続ける。
「でも同時に考えたわ、あなたを愛してもいいのだろうかって」
首を横に振り、懸命に口を開くリデル。
「だからああはいったけれど、諦めようとも思った。あなたはもう、
新しい人生を歩んでいるのだと。私の世界とは違う世界で、
全く違う人として生きているのだと」
はっとした。彼女とて、あの女性に対し何も感じなかったはずはない。
意味深にこぼしていたあの言葉が蘇る。ばらばらで、不完全な、人間。
ダリオは自分の不明を恥じた。
「……けれど、できなかった。あなたを忘れてまた、あの砂を噛むような日々を
すごすなんてできなかった。……あなたを一人にしたくない……
いえ、こんな言い方は卑怯だわ。ひとりになりたくなかったの」
再びその声が震える。何かにおびえているように見えた。リデルの
手がふっと緩み、そのまま脱力する。再び抱きついてくる様子はない。
「カーシュも、グレンも、私の心を慰めてくれようとしたわ。お父様も、
沢山気遣ってくださった。……けれど、私は……それに応えられなかった」
昔から、気丈な女性だと思っていた。
しかしリデルは今、誰にも吐露できずいた心情を、自分にだけ開いてくれている。
それはある意味で誇らしいことであったが、反面情けないことでもあった。
愛しい女性を泣かせなければ、その本音をうかがい知ることができなかったのだ。
それでもリデルは、自分を選んでくれた。人の心へと踏み出そうとすることは、
或いは踏み込んでもらおうとすることは、とても恐ろしいことに
違いない。今のダリオには、それがよくわかっている。
「……リデル」
いいながら、その頬を一度撫でた。指先で涙を拭ってやる。
そのまま耳のほうへ滑らし、髪を留めている紐を引いた。するりと
ほどけ、まるで滝のように落ちる。あの中庭で見られる、静謐な青に
似ていた。目を細める。
ひどい男だ、と我ながら思った。彼女の本音を先に聞きだしてから、
自分が口を開く。差し向けたわけではないが、結果はそうなった。
やわらかい髪に手を差し入れ、頭を抱き寄せる。あの、いいにおいがした。
彼女の体は細く、頼りない。昔より、少し痩せただろうか。しかし
生来のやわらかさは、そこにあった。
「愛しているよ」
自然とこぼれた。ダリオはなおも強く掻き抱きながら、リデルの背を
さする。他に何か、してやれることは見つからなかった。
しかし彼女の腕には、再び力が漲った。ダリオにしっかりと抱きつき、
しがんで、胸で縋り泣く。嗚咽が漏れた。くぐもり潰れたそれでも、
ダリオは綺麗だと思った。
しばらくそうしてやると、窓に月が見えた。もうだいぶ、高い位置にある。
そろそろ下り始めるだろうか。リデルの腕が伸びるのを感じ、解放する。
目が合った。潤んだその赤は、昔母のつけていた指輪の宝石に似ている。
リデルの手が、恐る恐るダリオの甲へ伸びた。やさしくさすってくる。
一度躊躇い、掴みあげられた。
そのまま、頬ずりされる。それから首筋へおろされ、なおも降りて
いこうとしたとき声をかけた。
「リデル」
彼女が何を求めているのか、わからないわけではなかった。だが、
彼女は本当に良いのだろうか。抱けばもう二度と、戻れなくなる。
本当に、彼女は自分で――異世界のダリオで、良いのだろうか。
「私」
リデルの頬に、よりしたたかな赤みがさした。瞳に、悲哀ではない
潤みが生じる。
「……あなたでなきゃ嫌」
それ以上、躊躇の理由はなかった。ダリオは彼女の後頭部に手をやると、
すぐさまその唇を塞ぐ。先程よりずっと激しく、乱暴な調子で口内を
まさぐった。歯列をなぞり、上顎をこすってやる。鼻から漏れる息に、
甘い声が混じった。ゆっくりとそのまま、背面へ押し倒していく。
シーツに広がった髪が、まるで青リンドウのようだった。その中心で、
やさしく彼女が笑む。きて。口許だけが動いた。
服の上からまず、その柔らかな体を楽しんだ。首筋に顔をうずめ、
舌でなぞってやりながら乳房を撫でる。しばらくそうしているとじきに、
硬く尖るものが掌に感じられた。服のあわせをはだける。視界に、
真っ白な双乳がとらえられた。ウエストが思い切りくびれているせいもあってか、
余計豊かに見える。
ダリオは外側から寄せるように、片方の乳房をもみしだいた。
反対には唇をそわせ、勃ち上がった乳首を丁寧につついてやる。ひっ、と
嬌声を押し殺すのが聞こえた。顔を上げ、彼女に微笑む。
「声、我慢しなくていいぞ」
「でも……」
「いいから」
ダリオの胸に、彼女に対する悪戯心が擡げてきた。もみしだいていたほうの
乳首もきゅっとひねりあげ、こすってやる。甲高い悲鳴が上がった。
少しきつめにこすられるのが好みらしい。肌が粟立っている。指で
挟み込むようにしながら、乳房を寄せるようにもみあげた。中心で
顔を合わせる彼女の乳首を口に含み、まとめて吸う。舌先でちろちろと
弄んでやると、大きくその身が反り返ろうとした。
「あっ、ああ、あ……ダリオ……だめ、それ……だめ……」
口で否定を示す割に、彼女の手はダリオの後頭部へそえられていた。
求めているものは明白だ。吸い上げては舌先を尖らせ、その小さな穴を
抉るように動かしてやる。リデルの脇が更に、きゅっと閉じた。
乳房への愛撫を繰り返しながら、ダリオは彼女のふくらはぎへ
手を伸べた。すべらかな肌を指先で伝い、やがて面で触れ、
服をたくし上げる。真っ白な太ももがむき出しになった。最後に見たのは
例の、木登りの時以来だ。あのときはまだ、何とも思わなかった。
恋愛感情が芽生えるのは、遅いほうだったと思う。ダリオは指先で
まだ乳首をいじったまま、股間へ視線をずらした。下着にしみが
できている。その上から、そっと触れた。ゆっくり押し込むと、
膨らんだ花びらが感じられる。びくりと体がはねた。
「ま、待って、ダリオ、待って」
しかしそれをきくつもりはなかった。ショーツの上から、上下に
クレヴァスをなぞる。布ずれの音に消され、水音はしない。しかし
十分すぎるほどに溢れているのは、指を湿らせるその感触でわかった。
ダリオは手を離し、もう少し乳房に気を戻すことにした。体の中心に、
熱が集中しはじめている。完全ではないが、力を持ち始めていた。
意識を彼女の乳房へ向ける。八つ当たりでもするように、弄んだ。
首筋や鎖骨あたりを甘く噛み、痕を残す。彼女は割と、
襟元や胸の開いた服を好む傾向にあった。が、そんなことは失念していた。
いや、考えすらしなかった。ただ今は、この豊かな果実を貪っていられればいい。
先刻からすんすんと鼻を鳴らしながら、甘く自分の名を呼ぶ声がする。
乳首をねぶりながら見上げると、目が合った。彼女の眼差しが
恥ずかしそうに揺れる。しかしそこに、否定はうかがえない。ダリオは
執拗な舌での愛撫を繰り返しながら、彼女の脇腹をくすぐるように撫でた。
そろそろいいだろう。ショーツに指をかけ、様子をうかがいながら
ずりおろしていく。止めるつもりはない。彼女の息は弾んでいる。
返してくる言葉もなかった。遠慮がちに太ももを持ち上げ、脱がせるのを
手伝っているようだ。いじらしい様に、体の芯が火照る。
股間の付け根がよく見えるように、内太ももへ手をかけた。
丁寧に整えられた三角の陰毛が、そよと恥ずかしげに揺れている。
女の口に近いほうはその蜜をまとい、明かりにちらちらと照らされていた。
指をかけ、その恥丘を撫でる。尻のほうまで、愛液が伝っていった。
「あ、あまり見ないで……」
彼女の花びらへ、そっと指をかけた。力をこめて広げると、
ぬちっという水音とともに肉芽が目に入ってくる。すっかり膨らんだ
そのパールピンクの下をしばらく辿ると、とろとろと蜜を吐き出し続ける
穴があった。ひくついている。
「あっ!」
肉芽へ触れると、彼女の体がひときわ大きく弾んだ。弱いところは
変わらないらしい。少しこすってやるだけで、痙攣にすら見える
震えが起きる。ダリオが触りやすいように、股は閉じないよう
努力しているらしい。
円を描くようにゆっくりとこすっているうち、声が高くなる箇所を
見つけた。断続的な喘ぎ声に、強いものが混じる。指の腹で
押しつぶすようにしてやると、リデルが涙を流して喘いだ。
ちょうどその肉芽の、向かって右側のほうだ。花びらに身を寄せているため、
過敏になっているらしい。
包皮を丁寧に剥き、つるりと光を返すそこへ唇を寄せる。はじめは弱く、
徐々に力をこめて吸い上げていった。同時に蜜壷へ指を差し入れる。
一本、二本と数を増やしていった。ほぐすように、そして蜜を掻き出すように、
愛撫を繰り返す。全身が思い切り揺れた。蜜の量が明らかに増えていく。
あまり続けると、体力が持たないだろう。ダリオは口を離し、
しかし名残惜しそうにぶらさがる白い糸を切った。
「リデル、そろそろ……」
そこまでいい、ダリオは自身の下着へ手をかけた。
自分が思っていたより勢いよく、その影が飛び出す。リデルの視線が
そこに吸い付いた。彼女がその長大なものを見るのはどれだけぶり
なのだろうか、淫蕩にとろけた瞳が驚きに見開かれる。
「こ、こんなに大きかったの……」
リデルは指先で口許を覆い、小さくいった。"もう一人の"自分に、
僅かな嫉妬が生まれた。同時に勝ち誇ったような想いも、ある。
ダリオはしかし、その矮小な考えを振り払った。今考えるのは、
リデルを抱くことだけでいい。
ダリオはそれを、あてがおうと腰を進めた。しかし彼女の細い腕が、
それを制する。どうしたのだろう。まさか今の逡巡まで、
見抜かれてしまったのだろうか。ダリオはしかし、彼女の望むままに従った。
「どうしたんだ?」
背面に手をつく形となり、リデルは足の合間で身を乗り出してくる。
まさか。彼女の手が優しく腿をさすり、その中央で屹立したものへ伝った。
「……私だって、……あなたのこと」
それだけいうと恥ずかしそうに、リデルは俯いた。赤らんだ顔が、
静かに下りていく。亀頭に口付けを受けると、鋭い快楽が背を
上ってくる。髪を撫でた。
「……いいのか」
尋ねてもリデルは答えず、雁首までを口に含んできた。張り出した
えらは彼女の頬肉を抉り、形を変える。あまりうまいとはいえない
それだったが、ダリオには大変心地よいものであった。愛しい女性が、
自分を愛してくれる。それに、どんな不満が生まれるというのだろうか。
歯を立てぬよう、リデルは精一杯その口を開いているようだった。
ダリオのものは大きすぎるのだ。飲み込むのを諦め、彼女は側面を
なめ始めた。まるで笛でも吹いているようだ。与えられるものは
しかし音曲の安らぎではなく、波のようにじわじわと押し寄せる性悦である。
ダリオは時折息を漏らしながら、その愛撫に応えた。髪を掴んだ手に、軽く力がこもる。
リデルは技巧を知るわけではないようだが、こちらの反応を見て
手を変え品を変えてきた。品性に反して奔放な性格は、こういったところにまで
出ているのだろうか。しかしダリオを見上げてくる眼差しは睫毛が
けぶり、まるで生娘のような様にも見える。
幾度か亀頭を吸われた。そろそろ限界だ。できるだけ乱暴にならぬよう、
しかし力をこめてリデルを押し返す。ダリオはすっかりいきりたった己を、
再度寝かせた彼女へあてがった。
「いくよ、リデル」
やさしく言い聞かせた。相変わらず涎をたらし続けている彼女の花弁へ、
ゆっくりと埋没していく。彼女の眉間にかすかなしわがよった。
中ほどまで押し込んだところで、頬に口づける。
「痛いか?」
リデルは腕の中、可憐に首を振った。首筋に腕を伸ばし、絡めてくる。
「……きて、ダリオ、きて……」
耳元で懸命に囁かれ、導かれるように腰を沈めた。ひどく狭い膣内に呻く。
随分と、女を抱いていない。当然自身で慰める機会はあったが、
やはりそれとはまったく違う快楽だった。
彼女の溢れた秘所は、まるでこちらを引き込むようにうねっている。
少しずつ、腰をゆすった。ぐずぐずとかき回すようにして、広げる。
心地よい。彼女の声は、耳に届いている。
腰の動きが勝手に、速くなっていくのを感じた。そうして押し広げるたび、
彼女がしがんでくる。時折その力が緩むのは、振動のせいだけでは
ないだろう。ダリオはこそぐようにしながら腰を揺すり、奥を叩いた。
リデルの白い顎が目に入る。
片方、乳房へ手をかけた。大きく揺れている。寝台が軋んだ音をたてた。
尖りきった乳首を指先でこすってやりながら、それ自体は大きく
包み込んだ。打ち付けるたび、中が収縮を繰り返す。途中からそれが、
小刻みになっていった。陰毛のすれる音、腰を叩きつける音が響く。
「っ……、リデル、リデル……!」
うわごとのようにダリオは口にしていた。高みはもう見えている。
あとは彼女次第といいたいところであったが、とうに準備を終えているらしい。
その繰り返し押し寄せる波にどうにか抗っていたのは、ダリオを
待っていたからだと薄っすら浮かんだ笑顔で知れた。
「い、わ、いいわ、きて、きて……ダリオ、きてっ」
それを合図に、ダリオは最後のストロークを開始した。その変化に、
リデルの嬌声にも変化がうかがえる。舌を子犬のように突き出し、
涙ながらに訪れを待っていた。
「ああっ、だめ、ダリオ、私、もう、もう」
首を振りながら、リデルはそれだけ伝えた。じきに体が弛緩する。
ダリオとて、もはや止める術はなかった。
「リデル……ううっ」
押し殺しきれなかった声が漏れ、絶頂に達した彼女の奥地へ一気に吐き出す。
白濁に掻き消されるように、彼女の艶美な悲鳴が細くなっていった。
*
「ねぇ……ダリオ」
事を終え、まだ服をまとわぬリデルの指が伸びた。一人用のベッドに
二人が横たわっているのだ。彼の大きな肉体に、彼女の細い体が
しがむのは必然である。
「何だ?」
抱き寄せてやりながら、ダリオはその髪を梳いた。心地よい倦怠感が
体を包んでいる。
「明日は、溺れ谷に連れて行って。そして――」
一緒に、青リンドウを眺めましょう。リデルはそれだけいって、
ダリオの頬に口づけた。目を細めて頷く。
窓を眺めた。月はあけ始めた空から逃れるように、低い位置にある。
よく晴れそうだ。ダリオは彼女を離さぬよう抱き寄せ、ゆっくりと瞼を閉じた。