レナは、どこか不機嫌な日々が続いていた。  
このところ胸の奥がグルグルと鳴り、彼女の心に波風を立たせる。  
 
「レナねーちゃーん、ホラ、魚捕まえたってばー」  
「あぁ、そう…」  
アルニ村にある、海に面した桟橋。  
面倒を見る近所の子供が、素潜りで捕らえた魚を手製のモリの先に差し、  
自慢げにレナに指し示すが、興味なさそうに答えるだけだった。  
普段ならば、もっと気の利いたセリフを出せるものなのだが。  
 
理由は自分にもわかっていた。  
10日ほど前、セルジュとオパーサの浜で待ちあわせた日。  
あの時、セルジュは何かに導かれるように海の方を見やり、  
いきなり身体を硬直させ……砂浜にうずくまり、倒れた。  
しばらくして目を覚ましたが、その時以来、セルジュの雰囲気がどこか変わった。  
……いや、普段の生活に変化があるわけではない。  
村長:ラディウスの下で、護身術の稽古を軽くつけたり、  
漁師の手伝い事を繰り返す毎日。  
ただ、何か、すごく遠くを見つめるような、何か、様々な事を一度に経験してきたような、  
そのような様をよく見せるようになっている。  
 
そして、それまで自分を見てくれていた時間が急に少なくなっている事に、  
レナは不安に思い、また寂しく感じるようになっていたのだ。  
 
一方のセルジュ―――。  
分かたれた二つの次元。そこでの体験。  
海に溺れた時以降、彼が生きていた次元と、彼が死んでしまっていた次元。  
今の世界は、時食いを解放した事による影響により、それらが融合した結果。  
本来の過去が構築され、改めて時の歯車が回りだしたモノである。  
二つの次元のクロス……交差点となった彼は、あの時の体験をかすかに覚えている。  
夢か現か確信が持てない以上、他人にその事を話せるはずもないし、  
何より、今ここで生きる自分が全てだと思っているのだが。  
 
だが、やはりフッと思い出してしまう。  
二つの次元を行き来して知った、過去の記憶を。  
死ぬ原因となるはずだった『海に溺れた』時、  
どこからか自分を助けてくれた金髪の少女の事を。  
 
そこに思いを馳せる様がつい外面に現れ、昔より見知っていたレナが、  
彼の変化に敏感に気付いてしまったのか―――。  
 
「ねぇ、セルジュ。あなたはどこを見てるの?」  
「えっ?」  
それは次の日。いつもと同じように桟橋で子どもたちの様子を見ていたレナのもとを、  
漁の手伝いを一通り終えたセルジュが訪れた時だった。  
「レナ、どういう事だよ」  
「……言った通り、そのままよ」  
「?」  
ひどく抽象的なレナの言葉に、首をかしげるセルジュ。  
「このごろ、セルジュおかしいよ……変だよ。  
 ここにいるのに、そのあなたは昔とは違う人のような気がする…」  
「別に俺は―――」  
久しぶりに交わした会話で、鬱屈したレナの感情が爆発した。  
「今のあなたはアルニ村を見ていない、ここでの生活も見ていない、そして―――」  
そう言うと、思わず涙ぐみながら声を大にした。  
「―――私も見ていない!」  
「!!?」  
「なんだか怖い……たった10日ぐらいだよ? セルジュの様子が変わったのは。  
 その間に特に何があったわけでもない……あの、オパーサの浜で倒れちゃった事だけ。  
 あなたに何があったの? 私にも言えない事なの?」  
「……」  
「そっか。言え…ないん……だ…」  
答えられず、戸惑うセルジュを置いてレナはその場から走り出す。  
「! レナ、どこに行くんだ!」  
「知らないっ!」  
 
「わー、セルジュ兄ちゃんがレナ姉ちゃんを泣〜かしたー、いっけないんだー」  
「………」  
桟橋下の海面でからかう子供達の声を聞きながら、セルジュは呆然と立ち尽くしていた。  
 
ザザーッ、ザザーッ……。  
一面に広がる白い平原に、エルニド海の波が穏やかに打ち寄せる。  
傾きかけた太陽は赤く塗られた光をオパーサの浜に投げかけ、  
そこに座り佇む少女の影を長く伸ばしていた。  
 
「ココにいたのか」  
アルニ村周辺を探し回り、ようやくレナを見つけたセルジュが背後から話し掛ける。  
振り向かない彼女の横に、セルジュは同じように座り込んだ。  
引いては寄せる波の音だけがあたりに響く。  
「…………」  
「…………」  
「……ゴメン」  
「えっ?」  
先に口を開いたのは、少女の方だった。  
「さっきはゴメン、って言ってるの。私の方も、ちょっとどうかしてた」  
「……いや」  
それきり、しばし二人の間に静寂が流れる。  
再び言葉を発するレナ。  
「でも、できるなら教えて欲しいな。あの日……セルジュがここで倒れちゃった時、  
 何があったのか。そうしないと最近の変わりよう、納得できないよ」  
「レナ……」  
セルジュは迷う。自分でも上手く言葉にできない。  
そもそも、かすかに残る記憶ですら、真実とは判断できないのだ。  
しかし、口に出してみなければ、自分としても曖昧な認識のままで終わってしまう、そう思った。  
「……オレさ、倒れた時思い出したんだ」  
「え?」  
「オレは二回、死ぬような目にあってる。その時の事…」  
「死ッ…!?」  
驚くレナに、首を振って応えた。  
「いや、ここにいるんだから助かってはいるんだけど―――」  
そう前置きをして、セルジュは静かに話し始めた。  
 
―――小さい頃、神の庭周辺で嵐に巻き込まれ、  
レナの父親:ミゲルの行方不明という犠牲のもと、  
神の庭(クロノポリス)にある『何か』に触れ命を長らえた事。  
そして8歳になるかならないかのころ、オパーサの海でおぼれ、  
海中に沈んでいく最中に、白シャツを着た金髪の少女に助けられた事。  
 
次元の合間で垣間見た、自らに封じ込められていた記憶―――。  
 
「……その事は、セルジュのおばさんから聞いた事あるわ。でも…」  
「あぁ。ここまで深く思い出してはいなかった。もう…父さんもいないしね。  
 まして、危く命の階段を踏み外しかけてたなんて……。  
 母さんも『高い熱を出した』、『海で危ない事に遭った』  
 そんな感じでしか話してくれなかったから……」  
そう言うと、足元の砂を手に掴み、手を開くにつれサラサラと落ちる砂をじっと見やる。  
「オレは二回、他人に命を助けられていたんだ。  
 その重さに気付かされた……そして…」  
「そして……何?」  
「レナのおじさんはもういない、だからおじさんには何もできないんだけど、  
 溺れた時……助けてくれた女の子。あの娘に、もう一度会えたらお礼を言いたいんだ。  
 どこの誰か知らないのはわかってる。だいたいエルニドには、もういないかもしれない。  
 それでも……いつか、また会えるような気がして…」  
クロノクロス―――運命の交差点。  
分かたれていた頃の次元の記憶の多くが消えている以上、  
セルジュ自身は気付いていないハズなのだが、  
金髪の少女:キッドと出会える日がくるのを、どこか知っているような口ぶりだった。  
 
「そう、か。そうだったんだ……」  
レナは軽く頷いた。  
「昔の事、思い出せてたんだね。だから、最近『今』を見てないような感じがしたんだ」  
「自分でもわからなかったけど、ここのとこずっと昔の事を思ってたのかもしれない。  
 傍目から見ると、そういうところが変に映っていたのかもしれないな……」  
セルジュ自身、まだ気持ちをまとめられないようにそう呟いた。  
 
「ね、もしその女の子に会えたとしたら、お礼を言って、それだけ…?」  
「えっ…?」  
思いもかけない疑問に、セルジュは横を向く。  
その目線の先には、恥ずかしがるような、何か怖れるような顔をしたレナの表情があった。  
「お礼を言って、それだけって……」  
「うん…」  
レナは顔を下げて、地面に目を向ける。火照った顔を悟られないように。  
顔が熱っぽいのは、夕日に照らされているだけだからではないだろう。  
「セルジュ、何処かへ行っちゃわないよね。  
 私の側からいなくならないよね」  
「レナ……」  
「バカなヤツって思われるかもしれない。でも、セルジュがそのコと会えたら、  
 なんだか遠くへ行っちゃうような気が……根拠とかないんだけど、  
 そんな気がしちゃうんだ。私、それが怖い―――」  
言いながら、レナは横に座るセルジュの肩に向け、コクンと頭を傾けた。  
自然と半身を預けるような形になる。  
 
「私のわがまま、ってのはわかってる。  
 でも、セルジュが私をあまり見ていなかった、この短い間でも、  
 私、すごく寂しかった。胸が痛かったんだよ?」  
ここ数日の素振りを思い返し、レナの心はまた少し締め付けられる。  
落ち着かせるように一呼吸置くと、その先を続けた。  
「アハ…ハ……無理やり、気付かされちゃったのかな。  
 私がセルジュの事を―――」  
そこから先は言えなかった。想いだけが溢れ出し、視界がぼやける。  
鼻の奥がツンと詰まり、スン…スン……としゃくりあげる事しかできない。  
 
その姿に―――覚えているはずのない―――もう一人のレナの姿が重なった。  
セルジュが死んだ世界。そこにいたレナは、健気に明るく振舞っていたが、  
時折『その世界の、もうこの世にいないセルジュ』の事に話題が及ぶ度、  
悲しみに沈んだ影をにじませていた。  
 
「レナ……約束する」  
ゆっくりと、だが確かにセルジュが告げる。  
「オレは君の側を離れない。一人になんかしないから」  
かける言葉とともに、半身を預けたレナの肩に腕が回される。  
「…グス………本当に?」  
「あぁ」  
安心させるように言い、セルジュの視線は遠い地平線、  
海と空が分たれる方向に向かった。呟きとも、告白とも取れる言葉が続く。  
「これからもレナと一緒に同じ時間を歩んでいきたいんだ。  
 側にいてそれが叶うんなら…喜んでそうするよ」  
「何よ……普段はノンビリしてるくせに…今日は……カッコつけちゃってさ」  
すすり声を沈め、レナは憎まれ口を叩く。  
しかし、言葉とは裏腹に表情には微笑みが浮かび始めていた。  
 
「……ダメでしゅよ〜。せっかく、セルジュしゃん達がいい雰囲気なのに、  
 みんなでジャマしようなんて〜」  
「うっさいなー。邪魔してないじゃん。様子見てるだけだよ」  
二人の背後にある岩陰に見え隠れする、いくつもの小さな影。  
数人のアルニ村の子どもと、心配でついてきたポシュルが押し問答をしていた。  
「おい。お前の頭で見えねーよ。もっと下げろってば!」  
「これでもギリギリなんだって」  
「なー、レナねーちゃんたち、チューしてるのか、チュー」  
「うわ、そんなに乗っかかるなって、こら、引っ込……」  
「ヤメてくだしゃい、ヤメっ……!」  
ドサササッ。  
「「「いってー!」」」「イタイでしゅ!」  
押し合った結果、折り重なって岩陰から倒れ出てきた4人+1匹。  
その際に出された大声に、驚いたようにレナとセルジュが振り返る。  
お互いに時が止まった。  
「………」  
「………」  
 
「エ、エヘヘヘヘ……」  
「……アンタ達ぃ、もーしーかーしーてぇ…」  
レナの声が、先ほどとはうって変わって、低いトーンで響きわたる。  
「「「あの…ごっ、ゴメンナさーい!!!」」」  
「あ、こらーっ! 待ちなさいってば!!?」  
一目散に逃げ出す4人+1匹に向かって、恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしながら、  
レナは砂浜を駆けていく。  
そんな様子を見て、セルジュは「やれやれ」と苦笑する他なかった。  
 
 
それからは平凡な、だが充実した二人の日々が次々に駆け抜けてゆく。  
そして一年あまりの時が過ぎた―――。  
 
ワハハハハ―――ワハハハハ――――。  
 
ある、夏も終わりに近づいた日、その日はアルニ村が一日中お祭り騒ぎで賑わっていた。  
既に日が落ちた今でも、町の中心に座す大焚火の周りで、  
大人たちは酒を勧め合い、笑い声をこだまさせている。  
「まったく……みんな、今日の主役を忘れてるんじゃないかしら?」  
村の一角に用意された新居で、レナは不満そうに呟いた。  
傍らで彼女の夫となった男―――セルジュが笑いながら応じる。  
「まぁ悪い事じゃないんだけど……行事にかこつけて、騒ぎたいってのはあっただろうなぁ」  
「それにしたって度が過ぎてるわよ。式が終わってからずっとあんな調子じゃないの…」  
文句を言いながらレナの頬がプゥッと膨らむ。  
 
婚姻を迎えた今日の二人は、一日中てんてこ舞いだった。  
村で行なわれた式、村西部の岬で海神に祝福を願う祈り、  
ラディウスを始め主な人々の家への挨拶回り……。  
ようやく一連の行程終えた時は、普段なら夕食を取るか取らないかという時間である。  
そんな彼らを放って、多くの大人がバカ騒ぎしていれば、  
レナが文句を言いたくなるのも自然な事であった。  
 
式で振舞われた馳走の残りを腹に収め、二人は新居でやっと一息ついていた。  
あまりに忙しかったため、二人は服装は、式の正装のまま。  
セルジュはエルニド諸島特有の赤と橙を基調とした文様の、比較的薄生地の伝統服。  
レナも純白のドレスとはいかず、同じくエルニド文様の袖なしのローブに  
茶色のフィンガーレスグローブをはめている程度。  
だがこちらは、テルミナから取り寄せた貴金属製のネックレスやイヤリング、  
頭にあるいつものバンダナには花を模した飾りなど、  
女性らしい装飾具をいくつか身につけている。  
 
「もう、夜…だね」  
窓の外、ここからでもわかる大焚火を見やりながら、レナは小さく言った。  
火は赤々と昇り、あたりを照らしている。  
他に明りを発する物といえば、天に満つる星々と、部屋の中にあるランプばかり。  
世界の大半は、夜のとばりの中にある。  
 
二人「だけ」で過ごす初めての夜―――『初夜』。  
セルジュがそれに思いを馳せると、緊張までは行かなくとも少し鼓動が早くなる。  
おそらくはレナも同じ気持ちだろう。  
 
「着替えて…くるね」  
だから待ってて……そう付け加えると、何か急かされるように、  
レナは足早に部屋から出ていった。セルジュは何をするでもなく、床に座り帰りを待つ。  
―――彼女が再び部屋に現れた時、その身はいつものような木綿製の薄着に包まれていた。  
 
スッとセルジュの隣に座る。まるでそこが自分の場所であるように、ごく自然に。  
「あの…セルジュが初めて、だから。優しくしてくれると……嬉しいかな…」  
「わかってる、努力はするよ。乱暴にして嫌われたくないから、さ」  
「バカっ……ここまできて、嫌う事なんて無……あ…」  
座ったまま、男の手が腰に回り、彼女の緑色の皮ベルトを緩める。  
橙色をした上着が前から開き、ロングスカート型のスリップだけの姿になった。  
肩袖から腕を抜かしてから、スリップを下にずらすと、レナの裸体が露わになってくる。  
やや華奢な体型をしているものの、張り出した胸やくびれた腰つきなど、  
随所で凹凸がハッキリしたシルエットは、まさに成長した女性のそれだった。  
「やん……あとは自分で…」  
一旦、セルジュから身体を離すと静かに立ち上がり、  
下半身にひっかかったスリップを脱ぎ捨て、完全に生まれたままの姿になる。  
その間に、セルジュの方も身に纏うモノを全て外していった。  
 
もう一度、セルジュの隣に腰を降ろすと、深緑の瞳に潤んだ色をたたえ、レナが訴えかける。  
「な、なんだろ。やっぱり恥ずかしいな……」  
昔から見知った仲なのに―――いや、むしろ見知った仲だからこそ、  
改めて裸身を晒しあった事に不思議な戸惑いを覚えていた。  
今まで互いを知り尽くしていたと思っていたのに、  
未だ相手について知らない事があったのか、と。  
それはセルジュも同じ。レナが薄着で行き来しているところなど、  
イヤというほど見てきたのに、  
今、一糸まとわぬ姿を目の前にすると、彼女がやけにまぶしく感じられる。  
 
二人とも相手の身体に触れられぬまま、数瞬の時が過ぎる。  
ようやく意を決した風にセルジュが手を伸ばし、そのままグッと身体を引き寄せた。  
「う…んっ……」  
恐れて、だが待ち望んでいたもの。レナはビクリと身体を揺らす。  
彼女の唇を自らの口でふさぐと、最初はおずおずとセルジュを受け入れたレナも、  
次第に大胆に舌を絡め合わせてくる。  
舌を舌で受け止めつつ、セルジュの手は彼女の身体のラインに沿って降り、  
薄く茂った秘所に辿り付いた。  
そこはまだ濡れてこそいないが、内股の柔肌がかなりの熱を持っている事がわかる。  
初めてであろう彼女を思いやって、すぐに過度の刺激を与える事はせず、  
秘裂に沿って人差し指を二、三度前後に往復させる。  
「あぁっ…ぁぁん…!」  
不意にセルジュから顔を離し、レナは快感に上ずった声を上げた。  
 
キスから解放されたセルジュの顔が首筋、胸へと下がっていき、  
レナの乳房のところで止まる。  
豊かで柔らかな丘にわずかに吸い付くと、頂点の突起を舌先で転がしてゆく。  
「あぅっ…くぅん」  
胸と秘所、2ヶ所に渡って加えられる刺激に、ふるふるとレナの身体が揺れる。  
動きに呼応して、次第に秘所からトロトロと愛液が漏れ始めていた。  
内股を伝わりセルジュの指、手のひらまで滴っていく。  
「感じてるかい…?」  
セルジュの囁きに対し、うねる感覚に眉を寄せながら、かすかにレナが頷く。  
「何だか頭がボウッとして……腰とか、お腹の下がおかしくなりそう……」  
その部分が滑らかになった事を確認すると、セルジュは秘裂に一本の指をうずめ、  
指先を軽く曲げてから、中をこすりはじめた。  
「! そんなぁっ……ダメだよ、セルジュ…私……こんなっ、事されちゃっ…!」  
はぁっ、はぁっ、と息を荒くしていきながら、抵抗の意思を示すレナ。  
…抵抗―――?   
そうだろうか…と、官能に翻弄される意識の元で彼女は自問する。  
口ではそう述べても、身体の動きは意思に迎合しない。  
むしろ、自分の中の未だ刺激されてないところを求めて、  
セルジュの指にあわせてくねり、艶かしく動いているではないか………。  
そう気づいた時、羞恥心とそれに煽られたさらなる快感で、  
今まで以上に身体が熱くなり、花弁から流れる蜜が多くなってきた。  
 
にちゃ…。  
湿った音を響かせて、セルジュは指を抜いた。  
乱れるレナの姿を見て、自分のモノも固く天を突いている。  
妻となった女性を征服したい……男としての生理欲が身体の内で湧き上がる。  
「レナ……いいよな?」  
「はぁっ……はぁっ…ちょっ……待って…」  
震える息を静めて、レナは相手を制止する。  
「ねぇ…最後に、その……セルジュのソレ……私に見せて…くれる?」  
「な、なんだって?」  
「私の中にどんなモノが入ってくるのか、ちゃんと見てみたいんだ。  
 セルジュの全て、知っておきたいって……気持ちもあるし…」  
男性の性器を見たい―――普段ならまず言えない恥ずかしい願望を、  
レナは頬を赤く染まらせつつ口に出した。  
「いや、それは…」  
「ね、お願い……」  
思いもかけぬ願い出に戸惑ったセルジュだが、  
これから一緒にいるのだから、と自らに言い聞かせ、  
膝で立って自分のモノがよく見えるような姿勢をとった。  
座するレナの目の前に、角度を付けて天を向く男根が現れた。  
「わぁ……こういう、モノ…なんだ」  
セルジュのモノは大きさという点で平均的なものだったが、  
そこは初めて目にするレナの事。思わず口から驚きの声が出てしまう。  
無意識のうちに脈打つ一物に触れようとして、自分の行為に驚いたように手を引っ込める。  
「え、と。これが入ってきても、大丈夫……よね。  
 他の大人の人達も…その……ちゃんとヤッてこれてるんだし」  
不安と、ほんの少しの期待が交じった声はか細く、今にも消え去りそうだった。  
 
「ありがと。うん……もうイイよ。セルジュ、来て……」  
「じゃあ…」  
身体を預けてきたレナを、床に敷かれた寝台にコロリと転がすと、  
セルジュは正面から覆い被さる。  
彼女の脚に手を添えゆっくりと股を開いた。  
女性の部分が、まだ愛液で滑らかさを保っている事を確認すると、  
自らを徐々に沈みこませてゆく。  
「つぁっ…かっ……はァっ……」  
セルジュが入ってくるとともに、レナの顔が苦痛に歪む。  
いくら覚悟を決めたとは言え、それだけでは処女を失う痛みを受け止めきる事はできなかった。  
「くっ、キツ…」  
「あぅっ、ご、ゴメ……セルジュ、ちょ止め……」  
レナの言葉に、セルジュが腰の動きを止める。  
「うん…うぅ。イタイ…よぉ。み、みんな、こんな感じなの…?」  
「わかんないけど……後は慣れてくるん…ン、ハッ……じゃないかな…」  
「セ、ルジュは…ぁっ……気持ちいい?」  
「気持ちいいって言うか……レナの中がきつくて、ずっと締め付けられてる…」  
どういう表情をしていいかわからず、セルジュはただ苦笑を浮かべる事しかできない。  
それきり、二人は繋がったまま動きを止める。  
 
その状況に膣内が慣れ、収縮が緩んだのか。  
レナの意識のほうに若干の余裕が生まれた。  
「ぁ…さっきよりは……いいかも。セルジュも……動けるようだったら…」  
レナの言葉に頷くと、セルジュは少しずつ腰を前後に揺らし始めた。  
ぬちゅ―――ずちゅ―――。  
互いがこすれる度に、より愛液が生み出され挿入を緩やかにしていった。  
もちろん、レナはまだ痛みを感じているが、  
感覚の中にも少しずつ甘いシビれが生じてきている。  
 
快感に全身を委ねるほどまでは行かなくとも、  
そのシビれ……恍惚となりそうな悦びに意識を集中させると、  
痛みを薄れさせる事ができた。  
くちゅん…くちゅん、ちゅぷん。  
「あんっ、うぅん……セル……はぁぁん…」  
リズム良く響く、愛液が弾む音。  
甘みを増したレナの吐息がほどよく絡み、二人の感覚をさらに昂ぶらせてゆく。  
彼女の身体を満たしているセルジュには、内側のヒダで愛撫される度に、  
快楽と呼ぶにはあまりに生々しい刺激が襲っていた。  
「レナっ、オレ、もう…!」  
腰を振りながら、セルジュがうめいた。  
レナの中の、処女らしい強い締め付けに、自分の思ってた以上に早く頂きに達しそうだった。  
目の前がクラクラし、一方で股間に意識が集まってゆく。  
「い、いいよっ、セルジュ! 私を愛して…私を最後まで貫いて…!」  
「わかっ、た…」  
いっそう激しくなった動きに、再びレナの眉間にシワがよる。  
だが男に心配をかけさせまいと、唇を噛み痛みの声を飲み込む。  
セルジュは本能のままに腰を動かし、そして―――  
「はっ、ぁっ!」  
口から空気の塊を吐き出した。と同時に一度、身体が大きく揺れ、自らの精が解き放たれる。  
ドクン、ドクン―――反射的に腰がわずかに前後し、  
レナの中に白濁とした液が流し込まれた。  
「ふあぁ…な、何か来てる、私の中にセルジュのが来てるよぅ……」  
快感より、戸惑いが勝った言葉が、レナから発せられる。  
「ごめ……これが、オレの……」  
そこまで言うと、ドッと疲れが押し寄せ改めてレナの上にかぶさった。  
初めての営みは、身体的以上に精神的にセルジュを圧していたのだった。  
 
「何だか、思ってたのとちょっと違うね。随分痛かった……」  
少し落ち着いてから、レナはそう呟いた。  
まだ身体の芯に、鈍い『重み』が残っている気がする。  
年上の女性達から、夜の営みは女性にとってもイイものよ、と聞かされていただけに、  
どこか腑に落ちない気がするのは否めなかった。  
……もちろん、この先幾度か経験を重ねればなくなるハズの痛みであったし、  
今日の時点でも、女としての悦びを多少なりとも感じる事ができた。  
ならば、深刻な悩みになる類でもなかったが。  
「悪い……オレもあまり…加減とかわからなくて…」  
「ううん、いいの。セルジュがヨクなって私も嬉しかったから」  
それは正直な思いだった。  
自分の中で愛する男が果ててくれた。  
この事実は、今まで知り得なかった充足感を彼女に与えている。  
「それに―――今夜で終わりじゃないもの。今からが『始まり』なんだからね。  
 私とあなたが共に過ごす『時間』の」  
「あぁ……そうだよな」  
穏やかに言うと、セルジュはレナを愛しそうに抱きしめた。  
彼女の暖かさが、自分が「この世界にいる」という実感を与えてくれていた。  
同時に安らぎが満ちてゆく……もう、何処も彷徨う事はないんだ、と―――。  
 
 
……時間はその日を少しさかのぼる。  
 
夕日があたりを包む中、アルニ村・西の海原を  
一隻の帆かけボートがガルドープへ向けて滑るように進んでいた。  
そのボートの乗り主は、金色の髪をなびかせながら、  
風に従い舵を操っている。  
「うーん、ちょっと日が悪かったってヤツかなぁ」  
乗り主は一人呟くと、片手の指で鼻の頭をポリポリと掻いた。  
 
どこか男性的な物言いが目立つその女性は、セルジュ達と同じほどの年頃。  
今は亜人と人間を相手に、行商まがいの事をしている。  
テルミナ、ガルドープ、マブーレあたりを行き交いながら、  
人間、亜人、それぞれが扱う品物を取引し、それで得た金銭で生計を立てていた。  
今日はマブーレで一稼ぎをした日。  
その帰り、南海を行きながら、ふと、ありし日の記憶が呼び覚まされた。  
いつだったか、オパーサの海で一人の少年を助けた事を。  
 
何故、あの時に自分がそこで泳いでいたのか、今でもよくわからない。  
何より、自分もまだ子どもだった身で、よく助けられたな…とは不思議に思う。  
それでも、ぐったりと水底に沈んで行くソイツを引き上げ、  
浜辺に押し上げてやった事は確かな事実。  
とりあえず水を吐き出させてから、横に寝かせておくと、  
近くの村の大人らしい人達が駆けつけてきた。  
彼らはかわるがわる自分にお礼を言ったが、長く関わると煩わしかったので、  
その場から去って―――。  
 
マブーレの帰りにその村に立ち寄ったのは、いつもの気まぐれだったのかもしれない。  
ソイツが大人になってまだ村にいたとしたら、どんなヤツになっているんだろうと思って。  
確かめる事ができたなら、昔の事でも一つ言ってやろうって。  
『オレがお前が溺れていたのを助けてやった、命の恩人なんだぞ』と。  
 
ソイツはすぐにわかった。  
少し太めの眉に大きな瞳。顔は優しげで髪の色は黒に近い藍色。  
幼さは消えていたが、そういった特徴は残っていたから。  
……だが「すぐにわかった」のは、そういった外見からだけではなかった。  
今日のソイツは、常に村の中心にいたのだ。  
 
そしてソイツの側には、幸せそうに笑う知らない女性がいた―――。  
 
「あれじゃあ、昔の事なんか話せねーよなぁ」  
苦笑しながら彼女は言う。  
まさか、慶び事の中に飛び込んで、  
いきなりあの時の事を蒸し返すわけにもいかなかった。  
そんな事をすれば、その場で村人に叩き出されていたかもしれない。  
何より、ヒトが新たな一歩を踏み出す日に無粋な真似はしたくなかった。  
人々が騒ぐ中、そっと村を出て、あとはボートを動かし帰路についている。  
「ま、いいや。マブーレにはまたそのうち行くし、そん時でも寄ればいいだろ」  
ウンウンと頷くと、舵を取る手に力を込める。  
ただ―――幸せそうな二人を思い出す度、胸の奥がチクリと痛んだ。  
(何でだろ、あの時以来会ってもないし、  
 ましてやまともに知らないはずなのに……)  
頭にクエスチョン・マークを浮かべると、首をかしげる。  
自分でも扱いかねる感覚に、彼女は戸惑った。  
 
ふと気付くと、夕日は水平線にかなり近いところまで落ちている。  
「ヤバッ! 早く帰らないと、オルハあねさんにまた怒られるって!」  
“キッドォ、暗くなる前に帰ってこいって言ってるじゃない!?”  
ガルドープで宿飯の世話になっている、一回り年上の同性の怒り声を思い浮かべると、  
その女性―――キッドは首をすくめた。  
急いで風の具合を読んで、ボートのスピードを上げる。  
 
ボートが波を分ける度、彼女の金髪が様々な方向に揺れ、夕日の光を反射させる。  
さながら、キラキラとした粒子を放つかのように、キッドの髪は輝く。  
それは、エルニドの海の中で、ボートの進む方向に従い一筋の煌めきを描いていた。  
 

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