エピソード5「青空教室」
「このボタンか?」
マーゾはチェンジブレスの黒いボタンを指差した。
「そう、それよ」
さやかは答えた。
カチャ キュィ―――ン
マーゾがスイッチを入れ、内蔵されたハードディスクが回り出す。
「剣さん、疾風さん、大空さん、麻衣、そして伊吹長官」
さやかは電撃戦隊の仲間たちに呼びかける。
「あたしは今、ゴズマに捕まっています。エヘ、ドジっちゃった、みんなごめんなさい」
さやかは精一杯明るい声で言った。
「でも、ゴズマにもいいひとがいて、そのひとの好意で、この遺言が残せます。そう、これは遺言なの。この声がみんなに届く頃、あたしはこの世にいないでしょう」
さやかの目に涙が浮かんだ。
「処刑が始まるまでのわずかな時間で、みんなにどうしても伝えなければならない事があるの。重大なことだからよくきいてね……。実はあたしたちが阻止してきたゴズマの作戦は全てダミー……囮の作戦だったの。信じられないと思うけど、本当よ」
そこまで一気に話して、一呼吸入れるさやか。
「真実の作戦は、地球乗っ取り作戦。世界各国の首脳をゴズマの息がかかった人間と入れ替え、血を流すことなく地球を手に入れる、恐ろしい作戦よ。あたしたちが阻止してきたのはこの極秘作戦から目をそらすための作戦だったのよ。参るわよね?」
さやかはおどけた声を出した。
「今から、作戦を阻止するためのヒントとなるかもしれないお話をある人とします。みんな、びっくりしちゃダメよ」
さやかはマーゾに目配せした。
「グフォフォフォフォ、チェンジマンの諸君、久し振りだな。オレは宇宙獣士のマーゾだ」
「驚いた? 甦ったマーゾがあたしに協力してくれているの。……罠なんかじゃないわ。マーゾもふるさとをゴズマに破壊された被害者だったの」
「まあ、そういうわけだ。過去の確執は水に流してくれ。グフォフォフォフォ」
「極秘作戦のことを教えてくれたのもマーゾだったの。それでいまあたしたちはどうしたら作戦を阻止できるか話し合ってるの。多分この会話の中にヒントが含まれると思うから、よく聴いてね?……いいわ、マーゾ、止めて」
「ン、わかった」
カチャ
「さてと、まずはさっきの政府と税金のお話からね」
「そうだな……同じことを繰り返すのはめんどうだが……」
「そんなこといわないの、あたしの最後のおしごとなんだから、協力してよ」
ちゅっ
さやかはマーゾの頬のあたりにキスをした。さやかとマーゾはなかよく並んでひとつの岩に腰かけていたのだ。
「お、おい……」
いきなりキスされあわてるマーゾ。
「うふ、やる気でた?」
「………出た」
どこの世界でも男は単純である。
カチャ
録音を停止した音がした。
「ふう、やっとさっきのところまできたわね?」
「ああ、ようやく、教育問題に入れる……すこし休憩するか?」
「そうね……のどが乾いたわ」
ペキッ
「食うか?」
自分のからだからマーゾルシアンの実をもいでさやかに差し出すマーゾ。
「いただくわ」
にっこり微笑んで受け取るさやか。この笑顔を守るためなら、どんなことでもする、とマーゾは胸に誓った。
「お水はいいの?」
「ン?もともと、マーゾルシアンの樹は砂漠の植物だ。水分はさほど必要じゃない」
「そっか、悪いわね、あたしだけ」
「いいさ……バンバ!」
「キュウ〜〜〜ン?」
「ほら、食え!」
ポイと投げられたマーゾルシアンの実を、バンバは器用にキャッチした。
「政府は、税金をすこしでもたくさんとるために、ひとのこころをバラバラにしておきたい。そのために重要になるのが教育だ。わかるな?」
「はい、マーゾ先生」
もうマーゾは先生と呼ばれても、照れなくなった。さやかが望むなら、いくらでも先生のまねごとぐらいやってやる、と思っていた。
既に、触手を絡み付けてはいなかった。そんなことをしなくても、さやかが自分から逃げるわけがないことを知っていた。ふたりには、愛、という名の触手が絡み付いていたからだ。
「すべてはいかに税金を余計にとれるか、で決まる。一番税金を取りやすいのが、サラリーマンだ。だから、教師は、生徒が何をしたいか、何になりたいか、何に向いているか、などおかまいなしに、サラリーマンになるための教育を押し付ける。それが、受験戦争というやつだ」
「わかるわ……。あたしも学生時代、こんな使えそうもない勉強するくらいなら、もっと有効な時間の使い方があるのにって、いつも考えてたもの」
「そうだろ。学校は、人間を育てる場所ではない。社会という巨大なマシンのパーツを削り出す場所なのだ。不良品のパーツはどんどん捨てられるだけだ」
「そっか、だから教師のいうことをきかない学生を、不良っていうのね?」
「その通りだ」
「……ちょっと待ってマーゾ、あなた詳しすぎるわ。“不良”まで知ってるなんて……。一体どこでその知識手に入れたの?」
さやかは疑問を呈した。
「グフォフォ、知りたいか?」
「ええ」
マーゾは右手の人差し指でこめかみのあたりを指差しながら言った。
「オレの頭のここのところに、生体コンピューター“ルシェーリ”が埋め込まれている。必要な知識は全てルシェーリから自動的に流れて来るのだ」
「ええっ!?それじゃ、ズルじゃない、いんちきよ!カンニングしてるようなものよ!!尊敬して損した、フン!」
さやかは憤慨した様子でそっぽを向いた。
「だから、先生なんて柄じゃないと言ったんだ……。しかしルシェーリのおかげでお前とこうして話せるんだからな」
「え?どういうこと?」
「ルシェーリがオレが話すギラス星の言葉を瞬時に日本語に変換してくれるから、お前はオレが日本語をしゃべっているように聞こえるし、お前の日本語をギラス語に変換してオレの脳に伝えてくれるからコミュニケーションできるんだ」
「へ〜〜便利ねぇ」
さやかはつ、と右手を伸ばしマーゾのこめかみのあたりを撫でた。
(う? なんだ?)
さやかが触れたとたん、マーゾのからだに電気が走ったような感覚がわき起こった。しかしそれは決して不快ではなく、むしろ心地よい感覚だった。
「どしたの? マーゾ」
快感に沈黙したマーゾをさやかは不思議そうに眺めた。
「ン、ああ、何でもない」
マーゾは首を振って快感の残滓を振り払う。
「ルシェーリはゴズマに所属する者には必須アイテムだ。種々雑多な宇宙人が入り混じった中で、翻訳装置がないのでは話しにならん」
「それもそうね……。前から気になってたんだけど、あなたたちゴズマが使う固有名詞が英語が多いのってなにかわけがあるの?」
「ン?英語?」
「そうよ。“ハードウォール”とか“ハードアタック”とか、みんな英語じゃない。変よ」
「オレはギラス語でしゃべってるんだ、そんなこといわれてもな……ああ、ルシェーリから情報がきた。どうも翻訳のベースになったのがアメリカ人の脳らしい」
「アメリカ人の……脳!?」
「そうだ。侵略する星の情報がなくては侵略などできん。だから侵略の前に原住民をさらってサンプルにする。そのときさらったアメリカ人の脳が地球の言葉を翻訳するベースとなったそうだ。
だからオレのギラス語はいったん英語に翻訳されて、さらに日本語に変換される。その際、固有名詞は英語のままになるらしい」
「納得よ……。でもそうすると、すこし前騒がれてたアブダクション事件ってやっぱりゴズマの仕業だったのね?」
「もちろんだ」
「あたしの知り合いにも行方不明者がいるわ。さらわれるとどうなるの?」
「聴かないほうがいいぞ、さやか……。我々にとって、地球人は、カビの胞子に過ぎん。アハメスさまの言葉を聴いただろ?」
「!?」
「カビの胞子にはそれにふさわしい扱いがなされるだけだ。詳しく聞きたいか?」
「いいえ、やめておくわ……。相当酷いことをされるようね?」
「地球人が豚や牛にすることとどっこいさ」
「やめて!想像しちゃうじゃない!」
さやかの表情が歪んだ。
「ああ、悪い悪い……すっかり脱線してしまったな、話を元に戻そう」
「そうして」
さやかは一体どんな想像をしたのか気持ち悪そうな風情だ。
「この教育のやりかたには問題が多い。なぜ“いじめ”が起きるかわかるか?」
「なぜ?確かにいじめなんてなくなってほしいって思うけど、どうして起きるか、なんてわからないわ」
さやかは首を横に振った。
「学校は社会の部品を製造する工場だ。だから、規格を合わせるために、同じ年頃の者ばかりを集める。ここが問題だ」
「え?どうしてそれが問題なわけ?」
さやかはさっぱりわからないようだ。
「ふむ、お前の様子を見ると、マインドコントロールの威力の凄まじさがわかる。誰もこの教育のやり方に疑問を持たぬのだな?日本人は……」
マーゾはやれやれ、といった風情で肩をすくめる。
「教育が義務化される前は、いろんな年代の少年少女がいっしょに遊んだはずだ。いじめが起こっても、年長者が必ず止めたはず」
さやかは真剣に耳を傾ける。
「それが自然にこどもたちに、やっていいこと、悪いことのルールを教えることにもなったはずだ」
「う〜〜ん、そうかもしれないわね」
さやかはうなずいた。
「だが、学校の一クラスには同じ年頃の人間しかいない。教師はやるべきことが多く、休み時間にはさっさと職員室に戻ってしまう。そうしたら、年長者のいない未熟な者だけが取り残されるのだぞ?いじめが起こったとき、一体誰が止めるというのだ!?」
「あっ!?」
さやかのこころに衝撃が走った!
「この教育法は最悪だ!いじめは起こるべくして起こっている!でありながら、愚かな教師どもはなにも問題が起こっていない風を装う。いじめが発覚し、責任を取らされるのが怖いのだ。いじめに遭う自分の生徒よりも給料の方が遥かに大事だからな!」
マーゾは吐き捨てるように言った。
「う……確かにそうかも……どうして今まで気づかなかったのかしら?」
さやかの表情は驚きに満ちている。
「それが、“マインドコントロール”の恐ろしさだ!!明らかにおかしいことに、誰もきづかないのだ!政府が洗脳政策をしていることがわかったか?」
「ええ、あなたのいうことが正しいわ!」
さやかの瞳に再び尊敬の光が宿った。
「凄い……あなたって本当に凄いわ!尊敬しちゃう!」
「おい……さっき尊敬して損したっていったばかりだぞ?」
「あれは忘れて……もう過去のことよ」
「調子がいいやつだ」
いいながら、マーゾはさやかの髪をやさしくなでた。さやかはその愛撫を気持ちよさそうに受け入れる。
「さて、次は教育期間を卒業した、社会人の問題に移ろう」
「いいわ」
さやかの尊敬の眼差しを、くすぐったく感じながら、マーゾは“授業?”を開始する。
「歪んだ教育を受けた者たちのこころは醜くなる。他人を蹴落とすことしか、頭になくなってしまうのだ」
「!?」
驚愕するさやか。
「“受験戦争”で他人を蹴落としまくった勝利者が、登りつめて官僚のトップとなり、日本の政治を司るわけだが、そういう連中が本当に国民のためになる政治ができるとでも?」
「う、そういわれると、そうかも……。じゃあ、日本の政治が変な方向に向っている理由って……」
「教育のせいだ、間違いない」
「!?」
さやかはガ――ンと脳天を殴られた気がした。
「こころの醜い官僚どもが、最初に考えるのは、国民の血税の着服だ。裏金づくりともいうな」
さやかはマーゾのことばに真剣に耳を傾ける。
「例えばこうだ。ある政府機関の建物を建設する担当者になった官僚は、建設を任せた建設業者と取引をする。予算が十億円あったとして、業者は八億円でできるという見積もりを提出した。
しかしその担当者は予算ギリギリの九億五千万に書き直させ、差額の一億五千万をリベートとしていただく。まあ、早い話が税金泥棒だ。日本の政治家も官僚も、ひとり残らずみんな泥棒なのだ!!」
「!!」
さやかの受けた衝撃は、最高潮に達した!
「日本という国は、泥棒が治める泥棒国家だったのだ!!!」
ついに真実が白日のもとにさらけ出された!
「………」
あまりの衝撃の強さに、さやかは息が止まりそうになる。
「泥…棒…国家!?」
「そうだ。連中の仕事は泥棒だ。いかに国民から余計に税金を搾り取り、いかにたくさん着服するか、を競い合っている。警察が一般人の泥棒を逮捕するのは、本来政治家や官僚の仕事である泥棒を、一般人にさせないためだ。決して正義のためではない」
「そんな……」
さやかの顔は、蒼白だった。
「現実はいつも醜い……愛する祖国の汚点を知るのは辛いだろう」
マーゾは震えるさやかの肩を抱き寄せた。
さやかにマーゾのぬくもりが伝わる。すこしづつ傷ついたさやかのこころも癒された。
「あなたがいてくれてよかったわ……私ひとりじゃ耐え切れなかった……」
顔を上げ、マーゾの目を見つめるさやか。グロテスクな三つ目の醜貌も、いまでは愛しい恋人の顔だ。
「さやか……」
「マーゾ…好きよ」
「オレもだ」
異星の恋人たちは、あらためてその愛を確かめ合った。
<つづく>