エピソード4「星を超える愛」 
 
「んしょっ」  
 手ごろな岩の塊に腰掛けるさやか。マーゾも別の岩にさやかに向かい合うように腰掛けた。  
「問題は、お金よね。政治にどうしてこんなにお金がかかるのかしら?」  
 いきなり本題に入るさやか。  
「………」  
 しかしマーゾはどう座ったらパンツが覗けるか座る位置をいろいろ試していてさやかの言葉を聞き逃した。  
「……マーゾったら!!」  
「あ、ああ、なんだ?」  
「なんだじゃないわよ!さっきから呼んでるのになにボ〜〜っとしてるの?」  
「い、いやそれはな……」  
 まさかパンツを覗こうとしていたとは言えず、マーゾはおろおろする。  
「ン、アー、それで、なんだっけ?」  
「だから、どうして政治にお金がかかるか、よ」  
「……お前はどう思うんだ?」  
 マーゾは問いかけた。  
 
「人間の心がバラバラだから、かなあ……。みんなの心がひとつだったらお金なんかで他人の心を動かして、自分に投票させようなんてしなくていいもの」  
「ふむ、いいところを衝いてるな、さすがさやかだ」  
 いつのまにか、マーゾはさやかを名前で呼んでいた。以前は“渚さやか”とフルネームで呼んでいたのに……。親しみが増した証だ。  
「だからもっとみんなのこころをひとつに出来れば政治にお金はかからないし、ゴズマにつけ込まれなくてすむと思うの」  
「ふむ、では聞くが、どうして人のこころはバラバラなのだ?」  
 マーゾの質問にさやかはキョトンとする。  
「どうして?どうしてって……考えたこともなかったわ?」  
「そうだろう。お前たち地球人……とりわけ文明の発達した都市に住む者たちほど人間のこころはバラバラだ。なぜだかわかるか?」  
「えっと……ちょっとわからないわ」  
「ほお、お前ほどの頭脳をもってしてもわからんか、グフォフォフォ」  
 マーゾの笑いに侮辱された気がしてさやかはふくれる。  
「むぅぅぅぅ、それじゃ、マーゾはわかるっていうの!?」  
 さやかは身を乗り出してマーゾに迫った。  
「!?」  
 マーゾは目を見張った。さやかの着衣はさきほどの戦闘であちこち裂けている。胸のあたりにも裂け目があり、さやかの白く美しい胸の谷間がチラチラと見えるのだ。  
 ごくり  
 唾を飲み込むマーゾ。  
「ねえ、なんとかいってよ!!」  
 急に黙りこむマーゾにさやかは苛立つ。  
「え、ああ……」  
「もう、まじめにやってよ!もう時間がないんだからぁ……」  
 ポロリとさやかの右の瞳からしずくが流れる。  
(!?そうだった、さやかの残り時間はわずかしかないのだ!オレは一体なにをやっている!)  
「わ、悪かったさやか。まじめにやる」  
「お願いよ……」  
 涙をふきながらさやかは腰を下ろす。  
 
「ええと、なんだったか……」  
「どうして都市に住むと人の心はバラバラになるか、よ」  
「ああ、そうだったな」  
 さやかの胸を見ないようにしてマーゾは言った。  
「ま、早い話が税金を取りやすくするためだな」  
「ええっ!?税金?」  
 さやかは目を丸くする。その表情もかわいい、とマーゾは思った。  
「そうだ。人のこころがバラバラであればあるほど税金は取りやすい。身内同士なら物のやりとりは普通だ。親はなんの見返りも求めず子供に色々な物を与える。親しい者、信頼しあっている者もだ。わかるな?」  
「ええ」  
 さやかはうなずく。  
「だが、他人同士の場合、モノのやりとりには必ずカネがからむ。そこに政府はつけこんでいるのだ」  
「どういうこと?」  
「カネを儲けたら、何パーセントかの税金を支払わなければならない、というルールを作ったことだ」  
「それがどうしてつけこむことになるの?」  
「考えてもみろ。人がバラバラであればあるほど政府は儲かるのだ。みんなが家族みたいに仲良くしていたら、カネのやりとりよりも、まず物のやりとりをするだろう。ご近所に自分の畑でとれた野菜を配ればそこに金銭の授受は生まれないし、従って税金も取れない」  
 マーゾの言葉に真剣に耳を傾けるさやか。  
「だが、畑のない都会では野菜はカネで買わねばならん。カネが動けば税金が入る。政府は儲かる。だから、農村にいるよりも、都会に行った方が、幸福になれるような錯覚をさせるような宣伝をしたり、教育を施す。マインドコントロールの一種だ」  
「!?まさか!?」  
「信じられぬか?グフォ、自分の国の政府が洗脳政策をしている、などと思いたくないのはわかるが、真実だ」  
 さやかの頭脳は思考を停止した。それは彼女もまた政府によるマインドコントロールを受けている証である。  
 
「わからない、わからないわ、なにも……こんなの初めて……怖い」  
 さやかは頭を抱えた。その表情は、恐怖に歪んでいる。自分の言葉によってさやかが苦しむのを見てマーゾのこころは痛んだ。  
「さやか……もうやめてもいいんだぞ。真実はいつも残酷だ。お前が苦しむのは見たくない」  
「いいえ、いいの。地球を救う方法を探すって言ったのは、あたし。途中で投げ出すなんてしない!」  
 気丈に答えるさやかだ。その健気さにマーゾのこころが熱くなる。  
「よし、わかった、続けるぞ。ついてこい!」  
「もちろん!」  
 さやかとマーゾの視線が絡み合う。熱いなにかがさやかとマーゾの間に流れ合った。  
「政府がマインドコントロールしているのは理解したな」  
「理解はしたわ。……納得はまだだけど……」  
 さやかの声は途切れがちになる。  
「今の段階ではそれでいい。次は教育の問題を扱うぞ」  
「わかりました、マーゾ先生」  
 さやかは言葉遣いを改めた。  
「先生だあ?やめてくれ、そんな柄じゃない」  
 さやかに尊敬の眼差しで見つめられ、マーゾは戸惑う。  
「いいえ、あなたは凄い!地球人のあたしでも知らない地球のことをおしえてくれる先生よ」  
 さやかは本気で感心している。  
(いや……ちがうんださやか。本当のオレはお前のパンツを覗いたり胸を覗いたりする最低なヤツなんだ……かいかぶり過ぎだ……)  
 罪悪感で、こころがちくちくするマーゾだ。  
「そうだ、先生、お願いがあります」  
 さやかが真剣な面持ちで言う。  
「だからかたっくるしい言葉遣いはやめろって……なんだ?お願いって?」  
「チェンジブレス……さきほど取り上げたブレスレットの黒いボタンを押してくれませんか?」  
 
「黒いボタン?まさか爆発とかするんじゃないだろうな!?」  
「まさかあ、今あなたに死なれて一番困るのはあたしよ?そんなわけないじゃない、うふふ、マーゾったら可笑しい」  
 さやかの笑顔はやっぱり天使の笑顔だとマーゾは思う。この笑顔がもうわずかで永遠に見られなくなる現実を、マーゾは呪った。  
「それはね、録音スイッチ。内臓された小型大容量ハードディスクにあたしたちの会話を録音するの。地球乗っ取り作戦を食い止めるヒントになるはず……マーゾ先生」  
 さやかは再び言葉遣いを改めた。その表情は真剣そのものだ。  
「だから先生じゃないって……なんだ」  
「本当はゴズマのあなたにこういうことを頼んじゃいけないのはわかってます………でも………わたしにはあなたしかいないの!!」  
(なんだ?愛の告白か!?)  
 思わず胸が高鳴るマーゾだ。  
「その、ブレスレットをどこかに捨ててください」  
「ああん?」  
 告白ではなくがっかりするマーゾ。  
「チェンジブレスからは識別信号が出ています。電波を遮断するハードウォールを出れば、必ず仲間が見つけてくれるはず……。きっとあたしたちの会話からヒントを得て作戦を阻止してくれるにちがいないわ。  
 今のこの瞬間は決してムダじゃない。あたしは地球のためにせいいっぱいやったと胸をはって、死んでいける。だからお願いします。マーゾ先生。あたしの…あたしの最後のお願いなの」  
「さやか……」  
 マーゾの胸は震えた。  
(もうどうあがいても生き延びる術のない今、それでもお前は仲間を信じ、最後の時を、ふるさと地球を救うために使うというのか!?)  
 
「……わかった」  
「マーゾ……」  
「このブレスレットは必ず電波の届く場所にすてよう。ズーマの、いやギラン星の勇者ギルフェンの名に懸けて必ずやお前の願いはかなえてみせる!!だから安心しろ!」  
 力強いマーゾの言葉にさやかはやすらかな笑みを浮かべる。その笑顔をこころに焼き付けるようにマーゾは見つめた。  
「ありがとう。マーゾなら信じられる。これで思い残すこともなくなったわ」  
「さやか……」  
「マーゾ……」  
 そのとき、ふたりのこころはひとつになった。地球人・渚さやかと、宇宙獣士マーゾの、星も、種族も超えた愛が生まれた。  
(アハメスさま……この愚かな私めをお許しください。再び命を授けていただいたあなたさまを、私は……私は裏切ります!)  
 もはやマーゾはゴズマの侵略兵器ではなかった。愛する者を得たひとりの人間の男に生まれ変わっていたのだ。  
 <つづく>  
 
 

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