「ピンチ!捕らわれたさやか」  
 
 エピソード1「白い戦士・さやか」  
 
 ジャリッ ジャリッ  
 細かく砕けた小石を踏む音がする。  
 未だ陽が昇らぬ夜明け前の薄暮の中、蠢く影がある。  
「ギゲゲゲゲ」  
 謎の影が不気味な声を上げた。まるで石を擦り合わせた様な何とも言えないイヤな声だ。  
 ジャリジャリッ  
「ギゲ、ギゲゲゲ」  
 ジャッ ジャリッ ジャリッ  
「ギゲゲゲゲゲ」  
 どこから現れるのだろう?謎の影は一体、また一体と増えていく。  
「ギゲゲ、ギゲゲゲ」  
 ジャリジャリッ  
「ギゲゲゲゲゲゲ」  
 ジャリッ ジャリッ  
 小石が散らばる広い採石場に陽が射し始めた。謎の影達の姿も朝日の中に、浮かび上がっていた。  
「ギゲゲゲ」  
 一見人の様にも見えた。しかしそれは決して人間ではなかった。全身が青い不気味な怪生物なのだ。  
「ギゲゲ、ギゲゲゲゲゲゲゲ」  
 悪魔の様にピンと尖った両耳。ミイラを思わせるグロテスクな青い顔。鋭く尖った牙がズラリと並ぶ口は耳まで裂け、先が二つに割れた舌がチロチロ蠢く様はまるで蛇の様だ。  
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲ」  
 目があるべき場所には何もない。ただ、ドクロの様に落ち窪んでいるだけ。なぜか頭にはフサフサと金色の髪が生えている。  
「ギゲゲゲゲ、ギゲゲゲゲゲゲ」  
 胸の中央に取り付けられた用途不明の機械から二本のパイプが伸びている。パイプは胸から肩へと伸び、背中、腋の下を通って再び胸の機械に接続していた。  
 
「ギゲゲゲゲゲ」  
 口の端から青緑の粘液がしたたり落ちた!いや、口からだけではない。全身が粘液に濡れ、ぬめぬめと光っているのだ。見た者の誰もが生理的嫌悪を起こさずにはいられない光景だった。  
「ギゲゲゲ」  
 ジャリッ  
「ギゲゲゲ」 「ギゲゲゲゲゲ」  
 ジャリジャリッ ジャッ  
「ギゲ、ギゲゲゲ」 「ギゲゲ」 「ギゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」  
 怪生物の数は増え続けていた。もはや群と呼んだ方がいいかもしれない。朝日に輝き始めた採石場は、青いグロテスクな怪物の群で溢れ返り始めていた。  
「ギゲゲゲ」  
「ギゲゲゲゲゲ」  
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」  
 それは大宇宙侵略軍団、“大星団ゴズマ”地球方面遠征軍の尖兵、“ヒドラー兵”の群であった。  
 
 
 
 埼玉県・寄居にある広大な採石場に、突如出現したヒドラー兵の群の様子を岩陰に隠れてじっと窺っているひとりの女性の姿があった。  
 年の頃は二十歳前後、髪は黒く、わずかにカールがかった肩より長めのロングで、彼女の理知的な顔立ちに良く似合っていた。  
 白のスーツに白のミニスカート。そして白いロングブーツ―――。全身白でまとめたいでたちは、彼女の清楚な雰囲気を醸し出している。それでいてミニスカートからスラリと伸びた健康的なフトモモが朝日に白く輝き、思わず触れてしまいたいほどの魅力を放っていた。  
(ヒドラー兵があんなに!?ゴズマめ、やっぱりここで何かを企んでいたのね!)  
 彼女の名は“渚さやか”。国際組織、“地球守備隊”日本支部・電撃戦隊の女性隊員だ。  
 
 西暦2008年、イラク戦争の苦い経験を踏まえ、国連の提唱によって世界各地の紛争の鎮圧や、災害時の人命救助などを目的とした国際組織が発足された。それが“地球守備隊”である。  
 守備隊発足から五年後の2013年、地球侵略を開始した大星団ゴズマと戦うために結成された、対異星人戦闘用の特殊強化服部隊、それが彼女、渚さやかが所属する“電撃戦隊”である。  
 以来、ゴズマと電撃戦隊との間で激しい戦いが繰り広げられて来た。その攻防は一進一退で、電撃戦隊の活躍によってかろうじてゴズマの侵略作戦は阻止されて来た。しかしゴズマを宇宙に追い返すまでには至っていない。  
 この日の前日、日本の各地で異星人の反応が探知された。ゴズマの新たな作戦の胎動を予感した電撃戦隊長官・伊吹の命令に従い、隊員達は、夜を徹しての異星人探索に当たっていた。  
 埼玉方面の探索を担当していたさやかは、たどり着いた採石場でヒドラー兵の群を発見したのだった。  
(みんなに連絡しなきゃ)  
 電撃戦隊は五人でひとつのチームを組んでいる。他の四人のメンバー達は別の異星人反応を追って日本各地に散っているが、さやかの連絡ひとつで直ちに駆けつけるだろう。  
 地球守備隊の最先端技術を結集させて造られたスーパーマシンで、日本のどこからでも電撃的すばやさで現れる……“電撃戦隊”と呼ばれる所以である。  
 さやかの左手首に銀色のベルトが巻かれているのが見える。やや大きめの腕時計のようにも見えるが、それは腕時計ではなかった。武器が仕込まれ、通信機も兼ねた多機能ブレスレット、“チェンジ・ブレス”だ。  
 さやかがブレスを操作して仲間と連絡を取ろうとした瞬間、  
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」  
「きゃっ!?」  
 背後より密かに近づいていた一体のヒドラー兵が、さやかに襲いかかって来たのだ!  
「ギゲ?ゲゲゲゲゲゲ」  
 さやかに組み付くヒドラー兵。その鋭い爪のついた右の手のひらが、さやかの柔らかな胸のふくらみに触れた!  
 
「!?いやらしいわね、はなして!!」  
 ドスッ  
 背後の敵に怒りのヒジ鉄を喰らわすさやか!吹っ飛ぶヒドラー兵。  
「まったくもう……」  
 さやかの頬は、ほんのり赤く染まっていた。普段はクールなさやかの見せた恥じらいの表情としぐさは、とてもかわいかった。また、特徴的なその声も彼女の魅力を倍加していた。  
 さやかとすこしでも同じ時を過ごした者は、彼女の声を決して忘れないだろう。絶世の美声とかいうわけではないし、鈴を転がした様な声、とも違う。しかし、人の心に不思議と残る、そんな声だった。  
 電撃戦隊に入隊していなければ、その声を生かした職業を選んでも良かったかもしれない。「女子アナ」とか「声優」とか……。  
「ギゲゲゲゲゲ」  
 ジャリッ  
「ギゲゲゲゲ、ギゲゲゲゲゲ」  
 ジャリジャリッ  
 騒ぎに気づき、さやかに迫るヒドラー兵達!  
「あーんもう!見つかっちゃったじゃなーい」  
 他のメンバーを呼ぶ前に発見された迂闊さを呪うさやか。  
「ギゲゲゲ」  
「ギゲ?」  
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」  
 ヒドラー兵達がさやか目がけて殺到して来た!もはや仲間に連絡する余裕はなくなった。  
「仕方ないわね、こうなったらあたしひとりでも!」  
 さやかはたったひとりで戦い抜く決意をした。  
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」  
 迫り来るヒドラー兵!  
「トォ―――ッ」  
 一声叫び、さやかは翔んだ!まるでトランポリンでも使ったかの様に、軽々とヒドラー兵達の頭上を越えて行く。超人的な跳躍力だ!  
 
「ヤァッ」  
 ドカッ  
「ギゲッ!?」  
 着地点にいた不幸なヒドラー兵の一体を蹴り飛ばすさやか!パッと見は、今時のフツーの女のコとしか思えないさやかの、一体どこにこんな力があったのか?まるでダンプカーにでも跳ね飛ばされたかの様に宙を舞い、岩壁に叩きつけられるヒドラー兵!!  
 グシャッ  
 イヤな音を立てて潰れたヒドラー兵から青い体液が飛び散り、さやかの白いスーツに飛沫が降り注いだ!  
「イヤん、シミになっちゃう…」  
 女のコらしく着衣の汚れを気にするさやか。  
「……ってそんな場合じゃないわね」  
「ギゲゲゲゲゲ」  
「ギゲゲ、ギゲゲゲゲゲゲ」  
 さやかの周囲はグロテスクなヒドラー兵で埋め尽くされていた。常人ならとても正気ではいられない光景だ。しかしさやかはひるまない。  
(なによこのくらい!今までだってこんなピンチ、切り抜けてきたんだからっ)  
 さやかが電撃戦隊に入隊して九ヶ月余りが過ぎていた。その間、毎日の様に異星人相手に最前線で戦って来た。さやかはそのかわいらしい外見からは想像もつかない百戦錬磨の女戦士だったのだ!  
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲ」  
「ギゲゲ、ギゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」  
「いくわよっヒドラー兵!!」  
 そしてさやかはたったひとり、ヒドラー兵の大群に立ち向かっていった………。  
<つづく>  
 
 
 
次回予告  
無数のヒドラー兵にひとり戦いを挑むさやか。その時現れたゴズマ司令官アハメスの目的は何か?  
レッツ・チェンジ! 電撃戦隊チェンジマン!  
エピソード2 「アハメス出現」  
 

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