今日の美山は何かおかしい…  
と朝倉啓太は思っていた。  
何というか、いつもの様な歯切れの良さがない。  
小姑の様に、世話女房の様に、いつもガミガミ文句を言う美山が今日は静かなのだ。  
帰りの車の中、美山はまるで魂が抜けたように窓の外を見ている。  
車内を何となく気まずいドヨ〜ンとした空気が襲う。  
 
「檀原さん、今日は官邸の方につけて下さい。」  
暗い空気を打ち消すように、朝倉は運転するSPに話しかけた。  
SPは一瞬 え?という表情をしたが、わかりました と一言返事をして総理官邸へ向かった。  
 
朝倉は疲れていた。  
激務に次ぐ激務で、体はヘトヘトだった。  
たとえ心は屈しなくても、総理も人間なのだ。  
たまには一人、静かな所で思いっきり羽を伸ばして眠りたい。  
限られた時間を有効に活用したい、と考えていた。  
 
官邸に着くと、恐ろしく広いリビングに向かう廊下の途中、美山は漸く生気が戻ったように話し出した。  
「総理、今日もお疲れ様でした。先程お話した通り、明日の予定はオフです。  
ゆっくり体を休めて次のお仕事に備えて下さい。」  
「ありがとうございます。…本当はまだ読みたい資料があるんですけど…今日は早い所、休みます。  
何か今日はもう疲れちゃって。」  
苦笑いで答える朝倉は、もうスーツのジャケットとネクタイを外して、リラックスする体制に入っている。  
「美山さんも早く帰って休んで下さい。その…今日ずっとテンション低かったでしょ。  
体調でも悪いんじゃないかなーって心配で。」  
「ああ…」  
 
美山には思い当たるフシがあった。  
昨夜偶然に、長年尊敬して止まず、ずっと忠誠を尽くしてきた神林の目論みを知ってしまったのだ。  
彼がどんな思いで自分を朝倉の首席秘書官にしたのか、どんな思いで朝倉を総理大臣にまで押し上げたのか。  
現実を知ってしまうと、今まで必死に働いてきた自分は何なんだ…と急にバカらしく思えた。  
朝倉の誠実さを踏みにじられた気がして悔しかった。  
彼は…朝倉は真実を知ったらどう思うだろう。自分の様に激しく落ち込むだろうか?  
それとも、裏切りすら涼しい顔で乗り越えてしまうだろうか。  
何だか目の前の男が無性に愛おしくて、抱きついてしまいたい衝動にかられる。  
 
「ごめんなさい。体調とか、そんなんじゃないの。…私も色々あるのよ。」  
美山は朝倉を心配させないよう無理に笑顔を作った。  
「そう…ですか…。」  
朝倉はイマイチ納得できないようだったが、それ以上は追求しなかった。  
 
「ああ〜っあ、疲れた〜!」  
朝倉はリビングに入るとオヤジ臭い奇声を上げて、電気も付けずにドカッとソファに身を沈めた。  
「じゃあ、私はこれで。」  
「お疲れ様です!……あー…美山さん、…やっぱ送りましょうか?」  
リビングを出て行こうとしていた美山が振り返ると、だらしの無い格好のままの朝倉が心配そうに立っている。  
その姿に美山は可笑しくなって吹き出した。  
「どこの世界に秘書を送る総理がいるのよ。」  
やっと笑った美山に朝倉は少し安心する。  
「それもそうですね。」  
「本当に大丈夫ですから。ありがとうございます、総理。」  
 
「あの…、」  
美山は扉に手をかけたまま、ソファに戻ろうとする朝倉に話しかけた。  
「私は総理の味方ですから…」  
「はい?」  
朝倉は美山が何の事を話しているのかわからず、キョトンとしている。  
美山は振り返り、いつになく真剣な顔で続けた。  
「これから…どんな事があっても、もし総理の味方が一人もいなくなっちゃっても、私はずっと総理の味方ですから。」  
「……。」  
「私が全力で総理をお守りします。総理が安心して政治の世界で生きていけるように…」  
美山の真剣さに、今度は朝倉の方が吹き出した。  
「何が可笑しいんですか?」  
いきなり笑われた美山は少し不機嫌になって朝倉を見た。  
「いや…何ていうか嬉しいなーって思って。  
美山さんが傍に居てくれたら俺、ずっと頑張れる気がするから。」  
その言葉を聞いた時、美山は何故か自分の頭の中が真っ白になるのを感じた。  
何かにつき動かされる様に朝倉に近付くと、自分の唇を朝倉のそれに重ねる。  
時間にして一秒くらい。ただ渇いた唇と唇を合わせるだけの軽いキス。  
それなのに美山は今まで感じた事がない様な、目眩のする感覚を覚える。  
でも、すぐに後悔した。  
仮にも一国の総理大臣に対して何て失礼な行いをしてしまったんだろう。  
とてつもない自己嫌悪に襲われる。  
「も、申し訳ありませんでした、総理!」  
朝倉はあまりの突然の出来事に目の前で固まっている。  
早くこの場を去ろうと美山は俯いて後ずさると、その腕を強い力で掴まれた。  
「何、これ…。誘っとうと?」  
「え…?」  
恐る恐る顔を上げると、朝倉は意外にも真剣な表情で美山を見ていた。  
 
「ひゃっ!」  
美山は強い力で朝倉に引っ張られ、腕の中に抱き寄せられる。  
何が起きているのか理解不能だ。  
でももしかしたら総理もそうなのかもしれない。と、どこか冷静な自分が考える。  
「きゃあっ!」  
今度は少々乱暴に高そうなガラス製テーブルに押し倒される。  
何か言葉を発して止めさせなきゃ、と思うのだが、見た事のない総理の態度に驚きと恐怖で美山は声が出せない。  
朝倉は美山の上に馬乗りになると白いワイシャツに手をかけた。  
そのまま破く様に左右に引っ張ると、反動でボタンが床に飛んで行く。  
「総…っ!」  
やっと自由になった両手で何とか朝倉を自分の上から退かそうとするが、美山の力ではびくともしない。  
その手を掴まれてもう一度テーブルに張り付けられると、朝倉の方から口付けられる。  
自分がしたのとはまるで違う、強引で深い口付けだけど、どこか美山を労る様な優しさも込められている気がする。  
そんな風に思うなんて、自分はよっぽどこの田舎臭い若い総理にかぶれてしまったのだろうか。  
朝倉の唇が首筋まで下がると、美山は自分の声だと信じられない艶っぽい声を出した。  
思わず真っ赤になって手の甲で自分の口を塞ぐ。  
「感じとるんやね。」  
朝倉が妖しい笑みで美山を見ると何だかゾクッとする感覚を覚えた。  
 
朝倉は慣れた手付きでホックを外して下着を取ると、美山の豊満な胸を下から掬い上げた。  
「やだ…っ見ないで下さい。」  
美山は恥ずかしくて泣き出したい気分になった。  
「大丈夫…。綺麗です、凄く。」  
朝倉はなだめる様に言うと、美山の額にキスする。  
耳元に響く重低音と、額から伝わる体温で、美山はまるで父親に守られている子供の様な安心感を感じた。  
さっきまで少し恐かったのに…。  
この人のたった一言でこんなにも感情が左右されてしまう自分が何だか滑稽だ。  
美山の白く美しい胸は、大きく骨張った手によって形を変えていく。  
「…ああ…っん…ふ…」  
香り立つ女の匂いに、朝倉は目眩を起こしそうなくらい夢中になる。  
吸い付いて、舐めて、存分に味わう。  
その度に美山は短く、泣く様な愛声を漏らした。  
見下ろすと、恥ずかしさの和らいだ美山が薄く微笑み優しいキスを返してくれる。  
はだけた衣服のあちこちから見える肌は、足元の大理石なんかよりずっと綺麗だ。  
朝倉はふと視線を下に移すと、スカートから延びる足を覆っている物が邪魔だと思った。  
脱がす時間さえ惜しくて、軽く爪を引っ掻けて傷を付けると、そこから一気に上まで裂く。  
驚いている美山の顔が目に入ったが、そのまま舌で白くスベスベした長い道を上までなぞっていった。  
太股まで到達すると、美山は再び恥ずかしくなって総理の頭を押し上げた。  
「もう、いいです…。だから総理も…。」  
両手を延ばすと、朝倉の途中まで開いた胸のボタンを全て外す。  
行為に慣れない初な少女の様に朝倉の上半身につたない愛撫をすると、ベルトに手をかけた。  
そこまですると朝倉は再び美山に覆い被さった。  
 
馴らしていないはずのそこに怒張した彼自身を埋め込むと、それは待っていた様にしっとりと包み込む。  
「私はずっと側にいますから。」  
美山は微笑んで、ゆっくりと動く朝倉の頬を両手で覆う。  
その意志を受け取って、朝倉も薄く微笑んだ。  
見詰める合いながら、お互いの荒い息だけがこの広い空間に響く。  
「ああ…っん…っ!そう…り……」  
激しくなっていく律動に、美山は海の中にいる様な感覚に襲われる。  
汗の雫を、鼓動を、体温を浴びながら、美山は自分の心の中が幸福感で満ちていくのを感じた。  
好きかどうか、なんてわからない。この男は自分の戦友なのだ。…最愛の。  
 
 
夜はまだ、これからだ  
 
 
−終わり−  
 

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