鍵を開け、閂を外し、門を開ける。この城に仕えて以来、何度も何度も繰り返し、目を閉じていても 
出来るようになったはずのそれだけの作業に、男は汗みどろになって取り組んでいた。  
 汗は、欲情の熱に押されて溢れ出したものであった。  
 男の欲情の後ろには、女がいた。  
 一言で表すならば、美しい女だ。もう一言添えるならば、妖しい女だ。さらに一言加えるとしたら、 
淫らな女だ。  
 見る者全てにむしゃぶりつきたいと思わせるような極上の肢体は、下着とほとんど変わりない、服と 
も言えないものに包まれて、そこから溢れた肌を惜しげもなく夜気に晒している。薄い生地の上からは、 
乳房の先端の尖りも、股間の媚肉の盛り上がりも、はっきりと見て取れる。中途半端に隠した為に、む 
しろ全裸よりもいやらしく男を誘う、そんな装いだ。  
 そして、その貌も、肢体に相応しく淫らだった。  
 出来の良い人形を思わせる、作り物めいた美貌であった。しかし、その表情がひどく生々しいのだ。  
 ぺろりと唇を舐め上げる舌の赤さ。濡れ濡れと光る瞳。何かを悩むようにも、絶えず女の快楽を堪え 
ているようにも見える、微かに寄せられた眉根。元が作り物のようであるだけに、その生々しさが異様 
に淫らなのであった。  
 そのはずである。女は、淫魔という種であった。男の情念を縦糸に、欲望を横糸にして、悪夢が織っ 
て生まれた種族である。男を虜にする為にだけ、生まれた魔物である。  
 男も、女を一目見ただけで陥落した。女の淫らさの前に、門衛としての勤めも誇りも、簡単に溶けて 
消えた。  
 ただ女の姿を見ただけだというのに、男の肉棒は痛いほどに屹立している。誰何も忘れ、涎を垂らし 
そうな顔で女を見つめ呆けていたところに、止めを刺された。  
「ここを開けてちょうだい。開けてくれたら、ご褒美を上げるわ」  
 誘う声もまた、淫らさに満ちていた。それだけで、はちきれんばかりの肉棒を、女の手で擦り上げら 
れたような錯覚に陥った。  
 
 男は、一も二もなく門に取り付いた。早くこの劣情を、女の手で何とかして欲しかった。そうしない 
と狂ってしまう、と思った。  
 鍵を開け、閂を外し、門を開ける。それだけの作業が、ひどくもどかしかった。込み上げる熱に息が 
上がる。干乾びてしまうのではないかと思うほどの汗が流れ出す。  
 女の望み通り、重く軋む音を立てて門が開くまで、ほんの数十秒。だが、男にはそれが永遠のような 
長さに感じられた。その間、女に背を向けた男には、女の姿は見えなかったというのに、網膜を通して 
脳裏に灼き付いたその姿が絶えず男を苛み続けたのだ。  
 絶え間なく続く快楽は、絶え間なく続く拷問に近い。そのくせ、それは甘美で、逃れるようとも出来ない。  
「いい子ね。それじゃ、約束通りご褒美を上げるわ」  
 男が振り向く前に、女の声がした。ひた、と背に女の体が寄せられる。耳元で囁かれ、その吐息を感 
じただけで、男はもう放つかと思った。  
 その心臓を、女の細い手が貫いた瞬間も、男は快楽以外を感じることはなかった。胸を疾る熱い感覚 
に体を震わせ、大量の精を股間の剛直から噴き上げながら、男は絶命した。  
 
 
 
 そして、世界は壮絶な赤に染まった。  
 最初に溢れた赤は、城の広間にいた下僕たちの血であった。衛兵もいた。召使もいた。執事い顔もあ 
った。誰も彼も、女が招かれざる客だと知りながら、抗うことが出来なかった。皆、肉欲に負けたのだ。  
 軽々と宙に飛んだのは、蕩けきった表情を残したままの首だ。音を立てて転がったのは、女に向かっ 
て伸ばされた腕だ。  
 女の細い腕が舞う度に、世界は血に染まって赤味を増した。  
 血は、女の白い肌にも跳ねて、女に奇妙な化粧を施している。それを厭う素振りも見せず、女は世界 
を更なる赤に塗りつぶしながら進んでいく。  
 
「止まりなさい」  
 やっと、その一声が掛けられた時、城の広間は、床はおろか壁と言わず天井と言わず、血の赤に染め 
抜かれていた。  
 声の主も、女であった。血化粧をほどこした淫魔ほどではないが、花の盛りのような美しい女であった。  
「この先は主の寝所。通すわけには参りません」  
 女は唇を噛み締め、淫魔の女と相対していた。その手には、世界を赤く染めた女に抗うには頼りなさ 
過ぎる武器を――短剣を握り締めている。あまりに強く握っているせいで、指先が白くなっているのを 
淫魔は見た。  
「あなた、『闇の仔』ね」  
「世俗でどのような呼ばれ方をしているかは知りませんが、主様のお情けを受け、永遠にお仕えする者 
ですわ」  
 その答えに、淫魔は薄く笑った。  
 『闇の仔』とは、吸血鬼の犠牲となり、吸血鬼と変えられたことで、永遠の闇の命を得た者のことで 
ある。祖となった吸血鬼が『闇の親』と呼ばれるのに対して、仔と呼ばれるのである。  
 闇の仔は、闇の親に対して盲目的な服従をする。闇の親がそれを放棄しない限り、仔は親を主人と呼 
び、隷属するのだ。  
 だから、親は余程気に入った人間以外、仔にしないとも言われている。吸血鬼が世界に溢れないのは、 
彼等が食餌としての吸血と、眷族を増やすための吸血を厳格に分けている為とも言われている。  
「面白いわ。吸血鬼の血の盟約と、淫魔の誘惑、どちらが強いかしら」  
 そして、淫魔は笑いながら手招いた。「いらっしゃい」、と。  
 闇の仔も、内心で笑った。淫魔の誘惑は、男の為のものだ。そして誘う相手は、吸血鬼に隷属する闇 
の仔だ。  
 闇の住人の中でも最上級の魔力を誇るとされる吸血鬼の盟約に、下等な魔物とされる淫魔の誘惑が敵 
うはずもない。  
 しかし、自分の足が意思に反して進み始めていることに気付いて、女は愕然とした。短剣を構えてい 
たはずの手はだらりと下がり、足は夢遊病患者のようにふらつきながら、淫魔の元に向かっている。  
 
 淫魔の目の前まで歩み寄ったところで、ふわりと抱き締められた。短剣が床に落ちる音が、ひどく遠 
くに聞こえた。  
 柔らかいものに唇を覆われる感触――それが口付けだと理解する前に、脳が溶けた。理性も敵対心も 
全て溶けた。  
 気が付けば、血塗れの床の上に座り込んで向かい合い、夢中で淫魔の唇を吸い、舌を絡め、唾液を啜 
る女がいた。淫魔の指先が体に触れるだけで、逝き付いてしまいそうな快感が体中を駆け抜ける。  
「どこを触られても気持ちいいでしょう?」  
 淫魔の問いに、女は頷いた。声を上げては答えられなかった。喉は既に、喘ぎと嬌声に支配されている。  
「それじゃあ、ここはどう?」  
 言葉と同時に、太腿の奥の秘花を軽く撫で上げられた。それだけで、女は全身を震わせ、声もなく上 
り詰めた。  
 秘花はしどけなく開き、蜜を溢れさせ、その透明な滴りが床の血溜まりに交じり合っている。  
「ふふ、敏感なのね。そんなに敏感だったら、この奥まで触ったらどうなってしまうのかしら?」  
 そんなことをされたら壊れてしまう。快楽に蕩けて薄靄が掛かったような思考で、それでも女は、そ 
れを恐ろしいと思った。体中が性器のように敏感になり、軽く触れられただけで至ってしまうのだ。そ 
の状態で、その奥に指など差し込まれたら、きっと快楽で壊れてしまう。  
 だが、それを望む気持ちも同時に存在した。このまま壊れてしまいたい。快楽の波に飲まれて果て尽 
きてしまいたい。その想いは恐怖と期待をないまぜにして、劣情と共に女の中で渦を巻いている。  
「悩まなくてもいいのよ――堕ちてしまいなさいな」  
 それは、ずるりと音を立てて、女の中に突き入れられた。  
 のけぞる女には知る由もなかったが、それは女が恐れつつ待ち望んだ指などではなかった。  
 淫魔は指だけでなく、その繊手ごと、女の中に突き入れたのである。  
 しかし、快楽に浸りきった女に苦痛はなかった。その太さは女の中を満たし、その細く長い指は女の 
内腑を直接擦り上げる。  
 
 突き入れる方も受け入れる方も、人にあらざるが故の快楽であった。膣内を手と腕に満たされ、子宮 
を細く長い指で愛撫される感触に、女はただ歓喜し、何度も何度も上り詰め、何度も何度も至った。そ 
の繰り返しの間隔が近くなり、連続が継続に変わった、その時。  
 狂喜の中で、女は「声」を聞いた。  
 それを聞いた一瞬、女の目に正気が戻った。いや、それは別の形の狂気だったかもしれない。  
 まさしく狂うほどの快楽の中で、女は取り落とした短剣を掴み、淫魔の白い肌に突き立てようとした 
のだ。  
 新たな血が、広間にしぶいた。  
 白い肌から血を吹き出させ、唇からも血を溢して、女は崩れ落ちた――闇の仔と呼ばれた女が。  
 自分の腕の中で、短剣を振り上げたまま胸を貫かれた女を見遣りもせず、淫魔は「声」のした闇の奥 
を見た。  
「舌を噛んだわよ、この娘。私の誘惑を振り切る為に。大した強制力ね」  
「血の盟約を持ってしても、そこまでしなければ振り切れぬ誘惑――大したものだ、というその言葉、 
そのまま返そう」  
 そして、淫魔と吸血鬼は初めて、互いの姿を見た。  
 デミトリ=マキシモフとモリガン=アーンスランド。後に魔界の覇権を巡り、避けえぬ戦いを繰り返 
すことになる「不死の王」と、「淫魔の姫」の出会いであった。  
 
 
「人の城に上がりこんでしたい放題。このまま帰れると思ってはいないだろうな」  
「あら、噂の割に陳腐な台詞を吐くのね」  
 モリガンはぺろりと、指先に残る女の蜜を舐めた。逆の手は、絶命した女の血で赤々と濡れている。  
「面白い吸血鬼がいると聞いたから、わざわざ来てみたというのに期待外れ? 退屈だわね」  
「退屈だと?」  
 
 モリガンが悠々と座り込んでいる広間は、デミトリの従者たちの血に溢れ、その濃密な臭いに満たさ 
れている。命を落とした従者たちは、ある者は四肢を失って倒れ、ある者は元の姿を保てずに灰と化し、 
またある者はぐずぐずと溶け崩れ始めている。  
 その地獄絵図の中で、退屈だと溜め息を吐く。モリガンは、魔王の義娘に相応しい精神の持ち主であ 
った。  
「誰一人、色に呆けてまともに抗おうともしなかったわよ。従者がこれじゃあ、城主様にもあまり期待 
しない方が良さそうね」  
「……言ってくれる!」  
 デミトリが、言葉と共に駆けた。と見えたのはほんの一瞬で、どんな妖力を使ったものか、次の瞬間 
には姿を消した。  
 次にデミトリが姿を現したのは、その直後、モリガンの目前であった。そこから突き出された手を避 
けようもなく、モリガンはデミトリに白い喉を掴まれ、高々と吊るし上げられる。  
「この娘は、百年ほど前に私の闇の仔となった」  
 しかしデミトリの目は、わななくモリガンではなく、床に倒れ伏す女に向けられていた。彼の寵姫と 
して百年の闇の命を生き、彼の愛と魔力を受け続けた女は、絶命してなお、人の形を保ち得ている。  
「情け深い女だった。私の寝所を守る為に、貴様には敵わぬまでも、せめて一矢と思ったのだろう」  
 問わず語りに話す間も、デミトリの手はモリガンの首を絞め続けている。デミトリの手の中で、モリ 
ガンの細い首は今にも折れてしまいそうだ。その手を引き剥がそうと白い手が抗うが、力の差は歴然と 
している。  
「せめて、貴様の血をもって冥府への餞としてやろう――地獄で己の愚行を後悔したまえ」  
 ぐ、と力を込めると、首の骨が折れる嫌な音がした。しかし、それと重なるように 
「そっちの私で良ければ、どうぞいくらでも捧げてあげるわ」  
 花が笑うような声がした。血色の花のような声が。  
 デミトリに吊るされたモリガンが、急速に質量を失い、透けて消えていく。その向こうでもう一人の 
モリガンが、変わらぬ姿で笑っていた。  
 
「分身か」  
 吐き捨てるように言うデミトリに、モリガンは嫣然と笑って見せる。  
「でも、見直したわ。私の分身を一度で捕まえられたのは、あなたが初めてよ――それじゃあ、次は私 
の番ね」  
 そう言って、モリガンは血塗れの腕を上げてデミトリを招いた。  
 それは、恐ろしく媚惑的な光景だった。血に塗れた女が、横たわるような低い姿勢で座り、手招きし 
ているのだ。生き続ける限り血の乾きに苦悩する吸血鬼が、その光景の前に抗えるはずもない。  
 しかも、招いているのはただの女ではない。淫魔なのだ。それも、飛び抜けた魔力を持った。  
 思わずふらりと踏み出そうとするのを押し留める為に、デミトリはかなりの努力を強いられた。  
「すぐに誘惑されなかったのは流石よ。でも、これならどう?」  
 音もなく、モリガンの衣装が無数の蝙蝠に変じて消える。乳房も尻も惜しげもなく晒して、モリガン 
は血溜まりの中に横たわった。  
 血溜まりの中で、白い裸体はたちまち赤く染まった。豊かな乳房も、体の下に押し潰されてなお、形 
の良い尻も、何もかも赤く染まった。  
 その血はデミトリの寵姫や、下僕たちのものである。しかし、白い肌の上で赤くぬめったそれは、ま 
るでモリガン自身が流しているようにも見えた。  
 その手が再び招く形に動いた時、ついにデミトリは一歩を踏み出した。二歩目は、招かれる前に出た。 
三歩目、四歩目と続き、五歩目で手招く指にその手が届いた。  
 伸びた腕が背に回されても、デミトリはそれを振り払おうとはしなかった。  
「舐めて」  
 持ち上げた乳房に、デミトリは抗うことなく舌を伸ばした。乳房に塗りたくられた血は、普段はとて 
も口にしようとも思わない下等な魔物のそれだったかもしれないが、それすらも関係なかった。  
「舐めて。全部舐め取って。舐めながら犯して」  
 請われるままに、デミトリは突き入れた。抗うどころか、寧ろ望んでの行為だった。見つめるだけで 
男を蕩かし、指先だけで女を狂わせた淫魔の中が、どれほどの快楽地獄を埋めているかなどとは考えも 
しなかった。  
 
 突き入れた瞬間に、堪らず一度放った。しかし、それがたちまち、元の力を取り戻す。淫魔の犠牲者 
は、皆そうして、快楽の果てに滅びていくのだ。  
 すぐに二回目を放たなかったのは、それがデミトリであるからと言える。淫魔の魔力に対し、その強 
大な魔力が僅かながら抵抗し得たのだ。  
 しかし、それもモリガンの次の罠には負けた。モリガンは先刻、彼の寵姫が取り落とした短剣で、己 
の肌を薄く傷付けたのである。  
 ぽつぽつと膨れ上がる血玉は、血塗れの肌の中でも一際赤かった。堪えきれずに血玉に吸い付いた時、 
デミトリは今度こそ我を忘れた。  
 血を啜り、女の中に放ち、また血を啜る。  
 その耳元に、女の甘い声が囁いた。  
「気持ち良いでしょう? 私達このまま、ずっとこうしながら、それだけで生きていけるのよ」  
 それはまるで、生命達が形作る連鎖の環のように。  
「私があなたの精を、あなたが私の血を――互いの命の水を吸い上げて」  
 血の乾きに悩まされることも、陽光に晒されるのを恐れながら、獲物を求めて城を出る必要もなく。  
「この快楽に体をゆだねて、ずっとずっと。、ただこうして繋がっているだけで、ずっと生きて行けるわ」  
 永遠の生命を持つが故の、永遠の孤独を持て余すこともなく。  
「ねえ、ずっとこのまま、ひとつでいましょう?」  
 甘く優しく、女の声が囁く。何も抗う必要はない、とその声は誘う。それに抗う理由は、どこにもな 
いように思える。  
 だがし、デミトリは頷けなかった。何かが違う。何かが自分の求めるものとは違う。それが何かは解 
らぬまま、しかしデミトリは叫んでいた。  
「そんな……そんなものは要らぬ!!」  
 声と共に、力が弾けた。  
 それは技でも何もなかった。ただ、拒絶の意思が魔力を伴って、デミトリの体外で弾けたのである。 
遠目に見れば、ほとんど爆発に近かっただろう。  
 
 
「この闇の世界に相応しきものは安寧か!? 苔生すまでの平穏か!? 否――否だ!!」  
 叫びは、獣の咆哮に似ていた。決して檻の中には収まれぬ、野生の獣のそれに近かった。  
 そして叫びは、デミトリの自分でも解けなかった疑問を、淫魔の誘いを拒んだ理由を、思いがけず正 
確に吐き出していた。  
「我等に相応しきものは、共存ではなく殺し合いだ! 話し合いによる同意ではなく、力尽くの隷属と 
強制だ! 平穏に過ぎ行く歳月ではなく、激動の刹那だ! ましてや、淫魔と番っての永遠など!」  
 デミトリが叫び終えても、モリガンは未だ、床の上に横たわっていた。その胸が大きく上下し、喘い 
でいるのが見て取れる。それは快楽の余韻ではなく、デミトリの魔力の炸裂をまともに受け止めて、少 
なからぬダメージを受けたようであった。  
「――私も同感よ。あなたとは気が合いそうね」  
 自分で誘っておいて何を、と言わんばかりのデミトリに、  
「もしもあそこで頷きでもしたら、その場で首を刎ねてやろうと思っていたの。何も変わらない日々な 
んて、そんな退屈なものを求める男なんてつまらないから」  
 そうだ。男を誘い、その男を破滅させるのが淫魔だ。誘いに頷いた男の首を刎ねるぐらい、モリガン 
にとっては何も特別なことではないのだろう。  
 それに、とデミトリは思い出す。先刻、血の海の中でモリガンが、退屈だと呟いたことを。  
 この女には退屈か、そうでないかという基準でしかないのだろう。今夜のこの凶行も、彼女に言わせ 
れば無聊の慰みでしかないのかもしれない。或いは、デミトリという男が面白そうだと思った、それだ 
けのことだったのかもしれない。そこに思い至って、デミトリは忌々しげにモリガンを睨みつけた。  
 だが当のモリガンは、そんなことは意にも介していない風であった。  
「私、あなたが気に入ったわ。今夜のキスの味を忘れた頃に、また遊びに来てあげる」  
 デミトリが何か言いかけるのを返事を待たず、モリガンは夜魔の翼を広げた。翼が大きく羽ばたき、 
淀んでいた空気が掻き回されて、血が再び強く臭う。  
「さようなら、デミトリ」  
 その言葉を最後に、モリガンは軽やかに飛び去った  
 
 気紛れな淫魔が消えて、デミトリは一人、広間に残される。血の臭いは未だに濃く、モリガンへの怒 
りはまだ、身の内で熱を持っている。  
 いや、熱はそれだけではなかった。そこには確かに、歓喜の熱もあった。  
 多くの下僕を失った。寵姫の一人も失われた。しかし、それでもデミトリは、込み上げる歓びを止め 
ることが出来なかったのだ。  
 多くの下僕の死よりも、一人の好敵手を見付けた、その歓びが勝る。デミトリが先程吼えたその言葉 
通り、それが魔性の魂というものであり、魔性の誇りというものであった。  
 いずれ無理矢理にでも手折ってくれる、と思った。それが相応しい花に出会った、と思った。  
 今や墓場の如く屍を積み重ねた広場に、デミトリの低い笑い声が響く。それを自分で聞きながら、そ 
れにはもっと力が必要だ、と彼は考えていた。  
 その為には、血がいる。もっと沢山の血が。この広間に流れた血を全て集めたよりも多くの、新鮮な 
血が。  
 そして、デミトリもまた、モリガンを追うように漆黒の翼を広げた。  
 新たな生命の水を求めて。  
 
                                       END  
 

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