「さらばだ!」  
 そう留守電に吹き込んで、櫻井優子はPHSを切った。時刻は午後九時二十四分、場所は優子の自室。 
PHSの画面を見ながら、ほくそえむ。  
 ──ふっふっふ、遠野めぇ。私と智美の熱愛ぶりを嫌と言うほど見せつけてやるんだから。明日を楽 
しみに待ってなさいよぉ!  
 度々にすれ違っていた智美との和解。そして二人で初の酒盛りという状況に優子のテンションは最高 
潮だった。  
「ングングング───っぷはあ!」  
 喉の通りも良くなるというものである。  
 ──マジで一時はどうなることかと思ったけど、本当に良かった。ちゃんと智美と仲直り出来て…。  
 解り合えた喜び、友を失った哀しみ、自らの責による罪悪感、行き違いの歯がゆさ。  
 今まで心の内を暗澹たらしていた様々な感情をビールと共に一気に流し込む。  
「かぁ───っ! うめぇっす!」  
 惜しむらくは予算の都合により高級酒が手元に無いことであったが、それでも優子にとって今日の酒 
は間違いなく人生最高の美酒だった。  
「ともみぃー、飲んでるかね?」  
「う、うん…。飲んでるよ」  
 突然、自分に振られた沢村智美は内心慌てつつも、縁を泡に覆われたガラスのコップに口をつける。 
ちびちび。  
「あー、なってない! なってないよ、智美っ! ビールってのはね、一気に流し込んで喉越しを楽し 
むもんなんだからっ」  
 そんなこといわれても…と、智美は思う。そもそもお酒を本格的に飲むのは今日が初めてなのだ。  
興味本位で父親の飲んでいるビールを味あわせてもらったことはあるが、それ以降ビールを口にしたこ 
とはない。こんな苦いもののどこがおいしいんだろう? ちびちび。  
「違う違うちっがぁーうぅ! そんな子猫がミルク舐めるみたいにしてちゃダメだってば! ほら、ぐ 
ぐっと。一気飲みしろとはいわないから、ぐぐーっといってごらん。ぐぐーっと」  
 その物言いにどこかの引退した野球監督を思い浮かべながら、仕方なく智美は口いっぱいに泡と液体 
を流し込み、嚥下する。  
「んっ──んっ──はふぅ…」  
「そうそう、やればできるじゃん。どう、お味は?」  
「……にがぁーいぃ」  
 
 潤んだ瞳による上目遣いで、もう勘弁してゆうちゃん、と言外に訴える。しかし、優子はそれを敢え 
て無視した。  
 酒盛りに酒を飲まないでどうする。 これまでの溜まりに溜まった鬱憤を解消するにはお酒が一番な 
のだ。っていうか、これしかないっ!  
「ほら、せめてそのコップを空にしちゃうくらいは飲みきっちゃおーよ。ほらほらぁー」  
 コップを空……? まだ半分以上残るその黄金色の液体を、まるで目の前に立ちはだかった上限の見 
えない鉄壁のように眺める。  
 ───絶対無理。  
「うぅ、ゆうちゃん。ごめん、ギブ、許して…」  
「もー、だらしないなー。この喉を通る爽快感と口に広がる後味を楽しんでこそ、大人なのに。……んじゃ、これにする?」  
 そう言って優子は、橙色の液体が入ったガラス瓶の口を捻った。プシっと音を立てて開いた蓋をそこ 
らに捨て置くと、空になった自分のコップに中身を注いで智美に渡す。  
「これなら甘いし、おこちゃまな智美の舌でも飲みやすいと思うよ」  
 ──アルコール度数はビールより高いけどね。  
 最後の一言だけは口の中に留めておいた。  
「ぅー………」  
 手渡されたコップの中身を慎重に伺いながら、智美は優子とコップを交互に見やる。ほのかに甘い柑 
橘類の香が鼻腔をくすぐる。色も匂いもまさしくオレンジジュースそのものだ。──これならいける… 
…かも。  
「それが飲めなきゃ男じゃないよっ」  
 女である。  
 はやし立てる優子と滑らかに室内光を照りかえらせる橙色の液体の誘う芳香、そしてジュース以外の 
何物でもない見た目から緩められる警戒心に、智美は決心して口をつけた。くぴ……くぴくぴくぴ。  
「おー、イケてるイケてる」  
 確かにアルコールのかすかな渋みはあるが、口内に広がる深い甘味とすっと喉を通る感触が、お酒と 
いうよりちょっとだけ渋くてそれ以上に甘いオレンジジュースという認識を智美に呼び起こさせる。  
 これなら多分、大丈夫そうだ。  
「んっ───ぷは…。おいし…」  
 気づけばコップは空になっていた。  
「あはは、そっか。んじゃ、もう一杯いっとく?」  
「………うんっ」  
 こうして二人の少女の宴は始まりを迎えたのであった。  
 
 
 
 ぺろ…ちゅ…ちゅる…ちゅぷ。  
 ──ん…?  
 意識が徐々に覚醒し始める。  
 んちゅ…ん…ぺろ…れろ。  
 ──あ、私寝ちゃったのか。  
 あの後しばらくしてから智美がうつらうつら船をこぎ始めたので、酔って脱力した身体をベッドまで 
苦労して運び、自分もその隣で横になったことを優子は思い出す。  
 その時の智美の寝顔は無垢であどけなく、小柄な体格も相まってどうみても幼い子供にしか見えなか 
った。  
 ──胸以外は、ね。  
 かぷっ。  
「んぅっ!」  
 突如、刺激が身体を走る。するとそれを合図にしたかのように、曖昧だった感覚が一気に晴れていっ 
た。上半身は肌寒く、胸の先がひんやりとする。見れば着ていたはずの制服が、  
ご丁寧にボタンをはずして脱がされていた。それだけでなく、ブラまでもがベッドの傍らに無造作に置 
かれている。  
 ──つまり、私はいま半裸ってこと?  
 どこか他人事のように、自らの状況を冷静に把握する。  
「あはっ。ゆうちゃん、起きた?」  
「え…。と、智美?」  
「じゃ、続けるね」  
 そう言って智美は、同年代平均よりも薄い優子の胸の片方を手で被せるようにして撫でまわし、もう 
片方は濡れた唇から見え隠れする舌でこまやかにちろちろと舐め回す。  
 ちゅぱ…ちゅ…んちゅ、れろ…れろ……ちゅ。  
「ぁん……ってそうじゃなくって、何やってるの智美っ!?」  
 優子の言葉に一旦は目をやるが、それに答えることなく智美は行為を再開する。  
 舌を前後左右へと巧みに蠢かし、掠るぐらいの加減で弄ったかと思えば、今度は固みを帯び始めたそ 
れを尖らせた口に含み、くちゅくちゅと唾液を塗す。  
 れろ…ぺろ…、あむ…ちゅ…ちゅ……ちゅぱ、ちゅ……ちゅぱ……ちゅぷ。  
「んっ……と、智美ってば…ぁっ…どうしたのよぉ…」  
 
 智美のぬめる小さな舌が桜色の蕾みを這いまわる度に、ぞくぞくと微弱な快感が駆け巡る。  
 やがてすっかり固くなった乳首を、手の平で押し潰すようにしながら撫でまわしてころころと転がる 
感触を楽しみ、口による愛撫では舌でかまうのをやめ、頬をへこませながら重点的に吸い始めた。  
ちゅぱ…ちゅぷ、じゅぷ、ちゅぶううううぅぅぅぅぅぅぅ!  
「んああぁっ! ──はぁ…はぁ…だ、ダメ……んぅ…智美、ダメだっていってる…んっ…じゃない… 
…」  
 息が荒く、熱くなっていくのが分かる。智美の愛撫に体が反応しているのだ。思考とは逆に、与えら 
れる快感を求めて。  
 ──違う、これは違う。何が違うのか分からないけれど、違う。智美はこんなことしないし、私はこ 
んなことされて悦ばない。  
「ぷあ。…ふふっ、ゆうちゃん気持ちいい? いいよね? いいでしょ?」  
 胸への愛撫を手だけのもの変えて、智美が囁いた。乳首を人差し指と親指でつまむようにして挟み、 
こねまわす。先ほどよりは幾分か柔らかい愛撫だが、胸の奥から切なくなるような、びりびりとしびれ 
るような刺激が絶え間なく押し寄せる。  
「んっ……、んんぅっ………」  
優子は目と閉じ唇を噛んで、首を横に振る。でなければ目の前の智美の淫靡な攻めに屈し、はしたない 
喘ぎを漏らしてしまいそうだったから。  
「ねぇ、ゆうちゃん? ……ゆうちゃんっ!」  
ぎりっ。  
「んあぁぁぁ!」  
 両方の乳首に爪を立てられ、激痛とそれ以上の快感から、開けまいとしていた口から嬌声が漏れ出て 
しまう。  
「ふふ、ゆうちゃん可愛い…」  
 自らの声のいやらしさに、頬が赤く染まっていくのがわかった。  
「はぁ……はぁ……智美…。い…、いい加減にしないと…本気で怒るからね…」  
 
「えっ…」  
 
 それほど強い調子で言ったつもりはなかった。しかし途端に智美の表情が驚愕、そして恐怖へと変わ 
る。  
「ごめんなさいっ!!」  
 必死さの込められた叫び声が、室内に響き渡った。  
 
「ごめんなさいっ、怒らないで、ゆうちゃん。ごめんね、許して、ゆうちゃん、許してぇ…」  
 突然の変貌ぶりに面食らう。  
 首に縋りつくようにして腕を絡めてくる智美の眦には、うっすらと光るものが浮かんでいた。  
「…智美?」  
「ごめんなさい、私が悪いんだよね。うん、悪いのは私。だから、だからね、ゆうちゃんに気持ち良く 
なって欲しかったの。私、何のとりえもないから。ゆうちゃんに何もしてあげられないから、本読むこ 
としかできないから。  
こういうことすれば気持ちよくなるって、本に書いてあったの。だから、ゆうちゃんにしてあげようっ 
て…」  
「智美、智美ってば──」  
「そうすれば、ゆうちゃんに喜んでもらえるって思ったの。私がいてもいいって、必要だって言ってく 
れるって、嫌わないでいてくれるって思ったの。だから、だから、だからっ!!」  
 ──あの時と同じだ。  
 瞬間的に感じ取る。いまの智美は正気ではない。その瞳は涙で潤んでいるが、どこか虚ろで、現実を 
見ていなかった。  
「ごめんね、ゆうちゃん。気持ち良くなかったんだよね? 私が下手だったんだよね? 本当にごめん 
なさい。謝るから、だから、怒らないで。怒っちゃやだよぅ。やなのぉ…」  
 涙声で哀願する智美の言葉は半ば幼児口調とも思える舌足らずさで、怯えながらただ謝罪を繰り返す 
だけ。  
 見ていて悲しくなった。  
 全て解り合えたわけではなかったのだ。まだこんなにも大きな歪みを抱え込んでいる。  
 そんな智美の姿を目の当たりにして、胸がどうしようもなく───切ない。  
「智美ぃ…」  
 小さな身体。この身体にどれほどの狂気を秘めていたと言うのだろう。そしてそれは今もまだ、確実 
に智美の脆弱な心を蝕みつづけている。  
 抱きしめた。強く、強く、これ以上狂ってしまわないように。  
「ごめんね、ゆうちゃん、ごめん……」  
 子犬のようになすりつけて来るその頭を優しく撫でる。少し癖のある髪が、指の間を心地よく流れて 
いった。  
 ──母親の我が子を想う気持ちってこんな気持ちなのかな?  
 とても優しく、どうしようもないほどに愛しく、守ってあげたい。そして──  
 
 目を閉じた。柔らかな髪を梳りながら、抱いた腕でゆっくりと背中をさする。その触り心地に確かな 
女性の肉付きを感じ、どれだけ強大な潜在的魔力を内包していようとも、智美自身は少女にすぎないと 
いうことを確認する。  
 ──あはは、違うか。だって、この気持ちは……私の気持ちは──  
「ばーか」  
 びくり、と腕の中で智美の体が竦んだ。  
「……大丈夫、怒ってないよ」  
 優しく微笑む。  
「ほんと?」  
「うん」  
「怒ってない?」  
「怒ってないよ…。ほら、ね」  
 智美の手を取り、あの時と同じように自分の頬に当てる。優子の顔はとても優しく、温かかった。  
「ゆうちゃん…」  
「ともみ…」  
 手を外し、優子はそっと顔を寄せる。  
 恥ずかしい。とても恥ずかしい。今から自分はいけないことよしようとしている。自覚している。だ 
けど、智美の紅く泣きはらした瞳、ピンクに染まった頬、そしていやらしく濡れた唇を見て───気持 
ちを抑えきれなかった。  
「んっ。…んぅ……」  
 先ほどさんざん人の胸を弄んでくれた悪い唇にお仕置きをする。そしてその中にある、悪戯好きな小 
さな舌にも。  
「うむぅ……ん、……ぅん…」  
 ぴちゅ…ちゃぷ…ちゅ…ちゅぷ。  
 奥に逃げようとするそれを自らので絡めとり、捕まえる。  
 ちゅる、…ぴちゃ……ちゅぱ…ちゅ……。  
「んふ……んぅ……んは、ん〜〜……んっう……んふぅ……」  
 次第にどちらからも求めあい、激しく吸って、舐めまわし、唾液を交換していった。  
 ちゅぷぅ……ずちゅ……、ちゅぱ、ちゅ……ちゅば……ちゅっ、…ちゅうぅぅぅ……。  
「んはっ……んんぅ、…んっんっ…ふむぅん……んぅ、ん〜〜〜〜…」  
 
 少女たちは淫らに、艶かしく、お互いの口を貪る。けれども二人にとってそれは、誓いを確かめ合う 
ための神聖な儀式だ。  
ぴちゃ…ちゅ…ちゅ、ちゅ、ちゅぱ…ちゅううううう…。  
「ふぅ…ん……んぅぅ…ぅ…ん、ん、ん〜〜〜〜〜〜〜………ぷはぁ」  
 激しさのあまり、耐え切れなかったのは優子の方だった。  
「はぁ……はぁ……あはは、あんまり智美が可愛いから…思わずキスしちゃった…。しかもはげしーの」  
 興奮で頬を紅潮させながら、冗談めかして言う。口元がどちらのものともいえない唾液で濡れ、妖し 
く光っている。  
「いまの私たち、同性愛ってーか、レズ? とにかくエロエロすぎ。あははっ」  
 対する智美の方は瞳を潤ませ、しかし、今ははっきりとした意志の光を湛えて優子を見つめている。  
 もう、止まらなかった。  
「ゆうちゃん…」  
「ん」  
「もっと…、して……」  
「──うん」  
 宴はまだ終らない。  
 

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