「コノハ」  
 ソファに腰掛けたまま甘えたい心と心葉をからかいたい心。二つの想いを込めた声で、コノハを呼ぶ。  
「美羽?どうしたの」  
「どうしたいと思う?」  
 瞳を見つめて、小首をかしげながら問い返す。  
 もし今の自分の姿を鏡で見たら恥ずかしくて、きっと目も向けられない。  
 でも、そんなあたしを見て、コノハはその瞳に戸惑いを宿し、その綺麗な頬を朱色に染める。  
 そういうコノハを見るのは、好きで好きでたまらない。  
「コノハって、正直者ね」  
「純粋って言って欲しいな」  
「そんな純粋なコノハはもういないんだと思ってた」  
「少しは、純粋なところも残ってるよ」  
「そうかしら」  
 少しだけ思い出して、クスリと笑いが漏れてしまう。  
知ってる。でも認めてあげない。  
「たぶん、ね」  
 見つめ続けるあたしにコノハが自信なさそうに答えた。  
 うん。それでこそコノハだ。  
 「ねぇ、コノハ。座って」  
 自分の隣を指して、コノハに座らせる。  
 腰を下ろしたコノハにそっと寄りかかると反対の肩に感じたのは、優しい手のひらだった。  
 優しくも力強くあたしを引き寄せるそれに、すっと力が抜けた。  
「どうしたの美羽」  
「別に。少し疲れただけ」  
「そう?」  
「うん」  
 何も言わないあたしをコノハは抱きしめる。  
 コノハの体温。包みこむようなその温もりはとても優しくて心が癒された。  
「ねぇコノハ。コノハは、あたしのこと好き?」  
 漏れたつぶやきは、コノハにそんな問いかけをしてしまう。  
 答えの代わりに帰ってきたのはコノハの手だった。  
 あたしの髪を優しく撫でる。  
 あの頃では絶対に無かったことような返答。あたしはそれを甘んじて受け入れる。  
 でもちょっぴり恥ずかしくて  
「あたしのことは、子供扱い?」  
 なんて、憎まれ口をきいてしまう。  
「愛情表現だよ」  
「本当に?」  
「うん」  
「なら許してあげるわ」  
 くすぐったくて、恥ずかしくて、蕩けそうだった。  
 目を瞑って精一杯コノハを感じる。温もりも匂いもその鼓動の音も。  
 頬がゆるんでしまうのを、どうしようもなく止められない。  
 あたしは幸せだ。  
「ねぇ、コノハ」  
 髪を撫でていたコノハの手を両手で取って、その手を頬で感じる。  
「暖かい」  
 女の子みたいにさらさらで綺麗なこの手はあたしので、あたしだけを見てくれているコノハが大好きで、ただこうしてるのがよかった。  
「ミウ」  
 小さく耳元で囁かれて、ぼんやりとしてた意識が少し目覚める。  
 呼ばれた方に向かって顔を向けると、その時にはもう間近にコノハの顔が――  
「ん……」  
 吐息が漏れる。  
 唇と唇が触れ合う。  
 ただ、お互いのことを確かめ合うかのような軽いキス。  
 不意打ちで行われたそれに精一杯応えようとしてもダメだ。  
 応えるのに遅れて、自分のペースにも持っていけずにコノハにただされるがままだった。  
 もうどうすることも出来ずあたしはそれを受け入れる。  
 
 唇が離れると、コノハはあたしを見て、嬉しそうに微笑んでいて。  
 その微笑みの理由はすぐ分かった。  
 あたしの顔は、きっと紅い。  
 言い訳できないくらい、今までよりずっと。  
 もう隠せない程に。  
「な、何見てるのよ……」  
「こういうのもいいかなって」  
「ば、バカじゃないの。これは、その、ちょっと驚いただけよ」  
 コノハがあたしの頬に指先で触れる。  
「……なによ」  
 あたしは唇を結んでコノハを見返した。  
 そんなあたしにコノハは「なんでもないよ」といって、ただ笑いながらあたしの頬を撫でるだけ。  
「なにか、いいなさいよ……」  
 こんなの、恥ずかしさに耐えられない。  
「かわいいと思うよ」  
「あのねぇ――」  
 あたしがもう一度口を開こうとすると、今度はコノハの両腕に抱きしめられた。  
 声はコノハの胸の中に消えてしまう。  
 不満を抱きながらもコノハの抱擁を、あたしは受け入れた。  
 おずおずと背中に手を回してコノハの体を掴む。  
 さっきと違って、変な隙見せたりなんてしてあげない。  
 顔を見られるのは恥ずかしいから絶対このまま離さないけど。  
「ホント、バカじゃないの……」  
 コノハのくせに。  
 コノハのくせに、こんなの……。  
「ミウは、こんなふうにされるの、イヤ?」  
 その言葉に心臓が跳ねる。  
 卑怯。そう卑怯だ  
 ここで、そんなふうに問いかけるなんて。  
「ミウ。ミウは、僕のこと嫌い?」  
 馬鹿、いじわる、最低。  
 そんな言葉がいくつも心の奥底から恥ずかしさと共に込み上げてきた。  
 いつのまにか、コノハにいいようにされてしまっている。  
 それに気づいてもあたしはコノハに逆らえない。  
「……嫌い、じゃないわ」  
「え?」  
 小さなさえずりのような声はコノハには届かない。  
 だから――  
「す、好きよ、好き……コレで満足?」  
 コノハの胸におでこを当てて、答える。  
 顔なんて絶対に見てやらない。どうせ楽しそうに笑ってるに決まってる。  
 あたしを抱きしめる腕にもっと力が込められる。  
 もう一度撫でられた。  
「僕も、ミウのこと大好きだよ」  
 知ってるわ、そんなこと。  
 コノハのことだもの。  
 心のなかでつぶやいて、もう一度コノハのことを感じるために目を瞑る。  
 落ち着くとあたしだけ、あたふたしているのが馬鹿みたいに思えた。  
「ねぇコノハ、もっと抱きしめて」  
 思っていたより弱々しい声が出た。  
 でも、もういい。  
 精一杯あたしを抱きしめて、コノハもあたしを感じたらいい。  
 恥ずかしいのが、あたしだけなんて絶対に許せないんだから。  
「コノハ、今日は寝るまでずっと一緒だからね」  
「うん」   
 

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