お嬢様に呼ばれて音楽ホールを訪れたのは、夕闇を覆う夜の帳が下りた時刻であった。  
 入り口で申し訳無さそうな顔をして一礼する高見沢さんに軽く頭を下げ、上階のアトリエに向かう。  
 いったい何の用事なんだか。相手が男なら無視するところであるが、女の子の頼みを断る理由は無い。  
 それが櫻井流人のポリシーである。  
 到着し、扉を開けようとして不審に思った。  
 向こう側から声が聞こえてくる。  
 資金をふんだんに掛けた造りの扉の防音は完璧で、例えアノ声であろうとも外に筒抜けになるようなことは無い、はずである。  
 というか、なんでそんな声がするんだ。どう聞いても男女の営みの声にしか思えないのだが。  
 呼びつけておいて、自分はイチャイチャかよ。  
 あのお嬢様ならありえなくも無いが。  
 それにしても、「あの」お嬢様をこんなにヒィヒィ言わせるなんて、一体相手は誰なんだ?  
 扉に耳をあてて中を窺う。  
 重厚そうな一枚板の扉がビリビリと震えるくらいの嬌声。  
 こんなあられもない叫びを上げさせるなんて、どんな行為をすれば可能なんだ。俄然興味がわいてくる。  
 とりあえず相手だけでも確認するか。よければ三人で一戦交えてもよい。そんな軽い気持ちで扉を開けて驚愕した。  
 
 空間一杯に喘ぎ声が充満している。  
 けっこう広いアトリエなのに。  
 それよりも驚くべきことは、言わされているのは麻貴と思っていたら、麻貴が言わせる方だったのだ。  
 ベッドの上に学園のセーラー服を乱した黒髪の少女を組み伏せて、それを後ろから絶妙な腰つきで犯しているのが、この部屋の主。姫倉麻貴である。  
 胸は大きく、腰はくびれ、尻は豊かな女性らしい体つきで、豪奢なブラウンの髪を振り乱し、驕慢ともいえる笑みを整った容貌に浮かべ、股間に装着した張り型で少女を責めるのに夢中になっていた。  
 一方、組み伏せられている彼女は対照的なほど華奢な身体で、胸なんか遠子姉に匹敵するくらいに扁平である。  
 だが、特筆すべきなのは声量であった。この細い肉体からどのようにして発声されているのだろうか。  
 麻貴の体重を乗せた抽迭が背骨を震わせて、仰け反った白い喉が震える。  
 ひときわ高い叫びが伸び、余韻を残して少女が崩れ落ちた。  
「あら、来たわね」  
 お嬢様は一瞥をくれて立ち上がる。  
 
 ぬらりと巨大な模造男根が少女の尻から引き出され、粘液にまみれた淫らな光沢をみせた。  
「何? 3Pのお誘い?」  
「違うわ。あたしがチンポミルク呑みたくなっただけ」  
 さらりと卑語を口にして恥じる様子はない。さすが姫の貫禄だ。  
「あんたのは凄く濃いから。臣とは比べ物にならない」  
 臣とかいう見知らぬ麻貴の愛人に優越感を抱く。  
「ところで、その物騒な逸物はしまわないのか?」  
「掘ったげようか?」  
 悪戯めいた光りを瞳に宿した麻貴には答えず、失神したようにベッドに倒れている少女を眺めた。呼吸はしているようだが、まったく動いていない。  
「気持ちよさそうだったな。凄いのか?」  
「ご覧のとおりよ」  
 ちょっと機嫌を損ねたようだ。だが尻を狙うことには興味を無くしたようで、作戦成功である。  
 姫倉麻貴はちょっと困った性格で、他人の嫌がることはすすんでするくせに、こちらの望むことは貸しだの借りだの難癖つけて一向に叶えてくれないのだ。  
 もっとも叶えてくれたところで、どんな代償を支払う羽目になるか考えたくも無いが。  
 股間に装着した模造男根をはずすと麻貴はほぼ全裸に近くなった。上はバストのアンダーだけを覆うオープンブラに、下はガーターベルトのみ。ストッキングは履いていないから、完全にファッションである。  
 
 彼女のメリハリの利いたボディには恐ろしいまでに似合っていた。  
「よし、じゃぁ『流人さまのチンポミルク呑ましてください』といってもらおうじゃないか」  
「流人さまのチンポミルク呑ましてください」  
 背筋が冷えた。こんな卑語交じりの懇願を、地獄の底から亡者たちが魂を引き摺り下ろそうとする怨讐のように口にするなんて。  
 不適な笑みを浮かべたままの麻貴を目の前にして、とんでもないことをしでかしてしまった恐れに櫻井流人は脅えた。  
 とはいえ股間のそれは先ほどの痴態を前に大きくテントを張って欲望の存在を主張している。  
 お嬢様は跪くと、ベルトを緩めて窮屈な場所から肉棒を引っ張り出すのだ。  
 だが性急に喰らい付くような無作法はしない。  
 右手で陰茎をしっかり握り締めると、下腹に繁茂する陰毛を掻き分けて押し付ける。怒張が強調されて凶暴な牡蕊そのものだ。  
 浅黒く淫水焼けし、血管が浮き出て、先端には雫が光っている。  
 それを軽く扱くと同時に、無防備にぶら下がっている睾丸をやわやわと揉みたてるのだ。  
 そして、大きく口を開くと、根元まで肉棒を頬張ったのである。  
「……ん」  
 溜息のような声が喉から漏れる。生殖器が暖かな口腔粘膜に包まれて。  
 見下ろすと、麻貴の秀麗な顔が股間に沈み、その可憐な唇の間に、己の醜悪な男根が咥え込まれている。  
 
 綺麗なものを汚している背徳感。  
 女を奉仕させているという満足感。  
 まるで征服し、下僕として仕えさせているみたいである。  
 もっとも、他の女ならともかく姫倉麻貴相手では幻想であった。  
「バカじゃないの? 急所を握られて、何が奉仕よ」  
 睾丸を握る掌に握力がかかる。  
「いいよ。そのまま潰してくれていい」  
 当然とした表情で流人は応えた。想像するだけでより昂奮は高まる。  
「フン」  
 硬さを増した肉棒に鼻息をひっかけた。それ以上睾丸には触れずに、荒々しく陰茎をしごく。舌を突き出すと唾液を亀頭にまぶすように舐めまわし、朱唇でエラの下をなぞると笛を吹くように含むのだ。  
 流人は過去、沢山の女性たちに性器をしゃぶらせてきた。中にはぜんぜん無理と言い張る娘もいたし、あからさまに嫌な顔をする少女もいた。  
 言われたから仕方がないという消極的な嬢もいれば、自分から喜んで口にする積極的な女もいたし、プロ顔負けの技巧にも遭遇したことがある。無論、下手な子の方が圧倒的に多かったが。  
 朝倉麻貴はそうした女たちとは決定的に違っていた。  
 
 女の子たちには男根に奉仕するという意識があったのだが、麻貴にはそれが欠片たりとも存在しなかったのだ。  
 あたかも蛇口をひねれば水が出るように、精液をひねり出すのにちょっと手間がかかる蛇口程度にしか男性器を思っていないのである。  
 いうなれば自動行動式張り型。完全にモノ扱いであるが、それはそれで流人には心地よかった。  
「そういえば、あの娘はどうなのよ、あの小さい娘」  
「ちぃのことか? うん、かわいいよ」  
 おしゃぶりの間に他の女の話題とは。  
 もっともそれがこの二人の関係にはふさわしい。  
「オレのために演技してくれて、凄くかわいい」  
「倒錯しているわね」  
「いつか演技なんか出来ないくらい本気の声を上げさせてやるさ」  
 それに、フェラをさせている最中に見せる光のない瞳。何を考えているかまるで読めない。油断しているとガブリと噛み千切られそうな不穏な気配がするのだ。  
 そんな状況を想像するだけで股座がいきり立つ。  
「あら、彼女のことを想うだけでこんなになるなんて。嫌だ嫌だ言っても体は正直ね」  
「この状況でその台詞か?」  
「素直になりなさい」  
 含むようにお嬢様は口にする。  
「ツンデレの姫様が仰せになると含蓄がありますな」  
 
「あたしに言わせれば、男は皆ツンデレなのよね」  
 麻貴はそう言い残すと、淫らな行為に口を再び参加させる。  
 右手で根元のあたりをしごきながら、カリから上部を唇で咥え、舌先で舐るのだ。  
 唾液が隙間から漏れ淫汁のように泡立ち白く濁っている。お行儀の悪い濡れた音も盛大に聞こえてきた。  
 そして激しい前後運動。リズミカルに、かつ的確に官能のボルテージを上昇させていく。  
「いいっ」  
 そう口走りそうになるが、唇を噛み締め堪えた。弱みは見せたくない。もっとも麻貴にはお見通しだとは思うが。  
 花弁のような唇に勃起した男根が呑みこまれ泡立つ粘液を垂らしながら抜挿される。まるで性器のようだ。  
 次第に限界が近くなっていく。それを察したのか、彼女の動きがより激しくなっていくのだ。  
 右手でしごき、左手で睾丸を揉み解し、口でくわえ込み、舌で舐めまわし、喉で吸引する。すべてを使って精液を搾り取ろうと奮闘するのだ。  
「……あ、出る……」  
 堪え切れなかった。融解するように根元に溜まってきた精魂が収縮を開始し、絶頂を目指して爆発する。  
「あ、あ、あぁ、あぁぁ……」  
 膝が震え立っていられず麻貴にしがみ付いた。  
 
 彼女も脈動し放精する男根を咥え込んで離そうとはしない。  
 どれほどの量が流し込まれたのだろうか。尿道に残った精液も一滴残さず吸い取り、萎え始めた亀頭をも舐めまわす。その煩わしさに腰を引くと、唇との間に一筋銀色の糸が引かれた。  
「やっぱり濃いわね。これだけ濃いとすぐに孕みそう。隠し子の一人や二人居るんじゃないの?」  
「いや、それはない」  
 首を大きく振って否定する。  
「どうかしらね……」  
 意味深な微笑を秀麗な顔に浮かべる麻貴の姿は太古の大地母神のようであった。  
 ……なんで母神なんだ。コケティッシュな娼婦でもよかったのに。一瞬の感慨はすぐに記憶の底に沈んだが、後に流人は自分の直感を愕然として思い出すことになる。  
「さ、て、と……」  
 薄手のカーディガンを羽織ると、スケッチブックを取り出した。  
「絡みのデッサンをとるから、協力してもらうわよ」  
「それが本題か」  
「あんたはベッドに横たわって……臣、目覚めてるでしょ」  
 のろのろと起き上がるセーラー服の少女の横に流人は腰を下ろし、そのままベッドに背中を預ける。  
 嫌な顔も見せずに彼女は流人のうなだれた股間に顔を寄せると、そこに口付けした。  
 
 表情からは内心は見えない。今まで幾多の女性と関係を結んだが、その誰とも異なるタイプだ。臣とかいったが、最近どこかで聞いたような名前である。  
 華奢でしなやかそうな身体はまるで少年のようだ。平たい胸が露わになっているが、隠そうともしない。初対面だというのに恥じらいを見せてくれてもいいじゃないか。  
 萎えていた肉棒にゆっくりと力が充実していく。技術は感じられないが、男のツボは熟知している。もう少し経験を積めば恐ろしいほどのテクニシャンに成長するだろう。  
 二人の抑えた息遣いと、スケッチブックに鉛筆が走る音のみが部屋に響く。  
 なぜか違和感。本能が警告を発しているが、欲望はそれを無視させるのだ。  
「君も脱ぎなよ」  
 すると少女は全力でそれを拒否する。胸は見られても平気なのにスカートの中は秘密なのか。  
 ちょっと悪戯心が湧いてきて、こっそり彼女の恥ずかしい場所へ手を伸ばした。  
 そして驚愕する。そこにあったのは。馴染み深いともいえる男の生殖器だったのだから。  
「お前、男か!?」  
「あら、気付いてなかったの」  
 おかしそうに麻貴はコロコロと笑った。少女……いや少年はちょっと傷ついたような顔でむくれている。  
 
 今までの違和感の正体はこれだったのか。  
 流人の睾丸は縮みあがり、見る影も無く陰茎は埋没してしまっている。  
「折角だから掘っていきなさいよ」  
「お断りだっ」  
「そんなこと言えるのかしら」  
 しまった。麻貴への対応を間違えた。臍を噛むがもう遅い。朝倉の姫様は敵対者を公開処刑に追い込んだ独裁者のような笑みを浮かべ、実力行使に及ばんとにじり寄って来る。  
「じゃ、オレ帰るわ」  
 脱兎のごとく逃げ出した。幸いズボンをあげてジッパーを閉めるだけだったので手間もかからない。  
 階下で申し訳無さそうな顔をして一礼する高見沢さんに軽く頭を下げて、ホールを後にする。  
「やれやれ」  
 朝倉麻貴は肩をすくめた。  
「臣、そんな顔しないの。あたしがかわいがってあげるから」  
 せっかく良い絡みが描けると思ったのになぁ。  
 いつか絶対に成し遂げてみせると誓うのであった。  
 
 
 

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