コノハの学校が終わったころコノハはあたしの前でお茶を飲んでいた。シャワーも浴びたし、メイクもセットした。
そんなこと、コノハは気づいてないかもしれないけど。
コノハはあたしが一人暮らしを始めるようになってからたまにこうして会いに来てくれている。あたしから行くって言ってるのにあまり許してくれない。
そんなにあたしが歩くのが頼りないのか。たしかに杖を使ってるのは事実だけど。
目の前のコノハに話しかけようにも、なんとなく喋りづらい。相手はコノハなのに、なにを話したらいいのか戸惑ってしまう。
あたしは今なにをしてるのかとか、コノハは今何してるのかとか話したい。でも上手く言葉にできなくて、気付いたらコノハを見たまま固まっていた。
「どうしたの?ミウ」
「……なんでもない」
「でもなんかぼぉ〜っとしてるし」
「なんでもないったら!」
「そう、なら良いけど……」
バツの悪そうに言葉を引っ込めるコノハ見て、あたしは自分のバカさ加減にあきれた。
コノハのくせに!相手はコノハなのに!
どうしてこんなにドキドキして、話すのも難しくて、そしてとっても……。
「バカ……」
「え?何か言った?」
「なんでもない……」
「それで、今日はなにしに来たの?」
意識してないのに、声が少しあらくなってしまう。
「特に用はないけど、なんていうか、様子を見にかな」
「あ、そ」
うまく、会話にならなかった。その後も何度か話をしたけど、上手くつながらなくて、コノハにはきっとあたしがむすっとしてるように見えたと思う。
それはそれで仕方ないけど、でも嫌だ。あたしはコノハに元気だって、平気だって伝えたいはずなのに……。どうしても空回りして、声に出せなくて。
あぁ、もう!!あたしのバカ!!あたしらしく接すればいいのよあたしらしく!
「ね、ねぇコノハ」
「あ、ごめん。ミウそろそろ帰らないと」
「え、あ、あ、うん。ご飯くらい食べていけばいいのに。これでも練習してるんだから」
「ごめんね。今日はちょっと舞花と約束が有ってさ」
「そう、舞花と、ね」
妹、あたしやっぱりあの子のこと……。
「ミウ、さっき何か言おうとしたよね。少しなら聞くけど」
「ううん、いい。別に大したことじゃないし」
「そっか、今日は帰るよ。じゃぁまた来るね」
そういって立ち上がったコノハをあたしは玄関まで送っていった。
「ちゃんとメールしなさいよ」
「うん、分かってるよ」
「ウソ。返事しないとき多いくせに」
「それは忙しかったりして、なかなか返事書けないうちに時間がたっちゃって」
「コノハはあたしのことだけを考えていればそれでいいのに……」
コノハが困ったようにあたしのことを見ていた。
分かってる。そんな目で見なくても私にもそのくらい分かってるんだから。
「冗談よ」
「できるだけすぐ返事できるように頑張るよ」
コノハは困ったような顔から笑顔になっていた。あたしもちょっとだけ釣られて笑ってしまう。恥ずかしくてすぐ顔を逸らしたけど。
そんなあたしをコノハは楽しそうに見ていた。
ふん、コノハのバカ。
「じゃ、またね」
「はいはい、バイバイ」
玄関が閉じて、コノハが帰ったのを確認するとドアに寄りかかってあたしはそっと息をついた。
「コノハ……」
コノハは、あたしのところへ来てくれるけれど、やっぱり昔みたいにはいかない。昔みたいに私がコノハをからかって、そしたらコノハがそれを本気にして……。
そんなふうに出来たら良かった。でも上手くいかない。どうしてもあたしの思うようにはいかなかった。でも、それでいいのかもしれないとも思う。もうあたしもコノハもあの頃のままでいちゃいけないんだから。
ううん、やっぱりイヤ、コノハにペースを握られるなんてあり得ない。
でも、コノハの前にいるとどうしようもなく悲しくて、とても嬉しいのに辛くて……。そんな私を見るとコノハはさっきみたいに心配してくれる。けどあたしは何も答えられない。
それを言ってしまえば、あたしはコノハの朝倉美羽で居られなくなる気がしたから。……違うかな。コノハはきっとそんなこと気にしない。弱ったあたしにそっと手を差し述べてくれると思う。
恥ずかしがりながらも、昔より成長したその手で、あたしの手を掴んでくれる。でもそれはダメ。
あたしはいつか自分から会いに行くと言った。たしかに一度は会いに行けた。でも、ただ会っただけ。あたしから何かできたわけじゃなかった。コノハにひかれて手を繋ぐんじゃない。
昔みたいにあたしがコノハの手を引っ張って行くのでもない。
今度はちゃんとコノハの隣に立って手を繋ぎたい。
そして二人でもっといろんな話をして、外に出ていろんなモノを見つけたい。
そこまでいくには、きっと大変だろうけど少しづつ自分の気持ちを整理していけば良い。
これから時間はいっぱいあるし。二度と生きることをやめたりなんかしないから。