ふぅん。ここが文芸部の部室なのね。
案外、小さい部屋じゃない。って言うか、物置とも言えなくもない風情ね。
こんなところで、コノハと天野遠子は同じ時間を過ごしていたのか…。
なるほどね…。
あたしは杖を持ち直しながら、小さくつぶやいた。
外の文化祭の喧騒が嘘のような狭い部室にコツンと音が響く。
今頃、コノハたちは劇の真っ最中だろう。
一回練習を見に行ったけど、本番を見たいとは思わない。
どうせ琴吹はあがりまくってるだろうし、日坂菜乃は見ればムカツクだけだ。
そういえば、先日の練習の時には日坂菜乃の友達はいなかったな。
瞳ちゃんとか言ったっけ。
キレイな子がコノハの近くにいないのは良いことだけど。
ふと思うと、コノハって意外とメンクイかもしれないわ。結果として。
でもなんで、日坂菜乃は気になるのかしら。
秋の陽はすでに傾いていて、夕日の沈む部室には金色の光が満ちていた。
どうせ文化祭でコノハの学校に来るのなら、劇よりも一度この部室を見たいと思っていた。
場所は一詩に案内させたし。
あたしが見たいと言ったら、そうかとしか言わずに連れてきてくれた。
不思議に思わなかったのかしら。
思えば、今ではコノハがここの部長なんだ。
文芸部部長井上心葉さんねぇ。
もし、あのままあたしがあたしでコノハがコノハでいられたとしたら。
ひょっとして、この部室にいたのはあたしとコノハだったのかしら。
あたしは、そんな想像の翼を広げてみる。
そう。あたしだって文学少女だったんだ。
コノハにとってしてみたら、元祖文学少女と言っても差し支えないくらい。
部屋を見渡すと、うず高く積まれた本の中の一冊に目が止まった。
宮沢賢治か…。
一時期は見るのも嫌な気持ちがしていたけど、今ではもう一度読んでみたいと思う。
ふと今すぐ目を通してみたい衝動に駆られ、手を伸ばした。
「あー、朝倉。部室の中のものに手を出さないで欲しいのだが」
「なに?一詩、まだいたの?」
「まだ、というか、ずっとここにいた」
「っく…。ちょっとは気を利かせて外に出てなさいよ」
「文化祭とはいえ、一応部外者を勝手に案内しているし、
井上の許可も取って無いからな」
本当にこいつは、気が利かないくせに、澄ました顔で正論だけを言う。
いつもだ。
まあでも今日は、あんまり怒らないでおいてやってもいいか。
だって、黙ってコノハの書斎に連れてきてくれたのだから。
がんばれ、芥川くん。