第一部開幕  
 
−昔々あるところに一人の美しい女の子がいました−  
−しかしその女の子は、毎日毎日意地悪な継母と二人の義姉にいじめられていました−  
−その女の子は毎日全ての家事を押し付けられ寝るときはいつも竈の隅に追いやられていたので、継母たちは女の子を「灰被り(シンデレラ)」と呼んでいじめていたのでした−  
 
(床を掃除しているシンデレラ)  
 はぁ…、なんでよりによってぼくがシンデレラ役をやらなきゃいけないんだろう。  
そりゃ劇に気乗りはしなかったし、台詞を覚えるも面倒だけど、なにも『シンデレラ』をやることないじゃないか。  
いくらあらすじくらいは頭に入ってるからって、ぶっつけ本番で劇なんかできっこないよ…  
…誰が王子様役なんだろう。まさか遠子先輩がやるんじゃないだろうな。そういえば他の役も誰がやるのか知らないし…  
 
−シンデレラが心の中で身の不遇を嘆いていると、そこに二人の義姉がやってきました−  
 
 
「やっと会いに来てくれたのね、シンデレラ」  
そのありえないキャストに思わずバケツをひっくり返してしまった。  
「美羽っ!?どうしてここに!?」  
 美羽は高校も違うし、なぜか松葉杖無しで歩いてるし、そもそも時系列的にまだ再会は果たしてないはずなのになんでここに!  
「あら、シンデレラ。義姉に対して呼び捨てだなんて随分な口の聞き方ね。ちゃんとミウお義姉さまと呼びなさい」  
 微妙に役になりきってるし。まあいいや、この話書いてる人がいい加減なんだろう。とりあえずいまは上演中なんだから…  
「も、申し訳ありません、ミウお義姉さま。お掃除は今終わりました!」  
「そう、でもさっきコノ…シンデレラがバケツ倒しちゃったから、あたしの足が汚れちゃった」  
 いや実際には水は入ってないんだけど。と思っていたら美羽がこちらに向けて足を伸ばしてきた。  
「綺麗にして、シンデレラ」  
 …えっ!?何この演出?演出なの!?  
綺麗にしてって言われても、どうすればいいんだ?  
「できるわよね?だってシンデレラはあたしの犬なんだから」  
 
 聞こえてくるのは甘く冷たい声。ああ、そうだ。迷うことなんか無い。  
だってシンデレラはミウお義姉さまには逆らえない。美羽の言葉は絶対だから。  
 おずおずとその白い足元に顔を近づけると…  
 
「やめてっ!」  
 
意地悪な継母が登場した。  
って琴吹さんだ。よく引き受けたなあ、この役。  
 
「井…シンデレラはあんたの犬なんかじゃない!勝手なことばかり言わないで!」  
「なによ!この泥棒猫!シンデレラはあたしのよ!人のものを勝手に取らないで!」  
 
…新解釈?  
ぼくが知ってるシンデレラとは大分違う。少なくとも継母と義姉が不仲という話は聞いたことが無い。  
とりあえずとめればいいのかな。  
 
「あの、お継母さま、ミウお義姉さま。どうか喧嘩はおやめになっ」  
「「シンデレラは黙ってて!」」  
 
はい、黙ります。  
どうしよう話の先が見えない。  
こうなったら  
「あのう…竹、チアお義姉さま。お二人の喧嘩を止めてくださいませんか」  
登場して以来一言も台詞を喋ってくれない竹田さんに仲裁を依頼してみた。  
「いやです。まきこまれたくありませんから」  
無邪気な笑みで、どこから取り出したのか分からないジンジャーケーキを食べながら答えた。  
「いや、でもこのままじゃ収拾つかないよ」  
「そうですね、流石にそろそろ止めた方がよさそうですよ、ほら」  
いつの間にやら罵り合いから取っ組み合いに移行してる!  
「ダメだよ!二人とも!みんな見てるし、ああっ!琴吹さん!またパンツが見え  
 
シャー(カーテンが急速に閉まる音)  
 
第一部閉幕  
 
 
第二部開幕  
 
−毎日継母や義姉からいじめられるシンデレラでしたが、ある日家にお城から舞踏会の招待状が届きました−  
−聞けば王子様の婚約者を探す為の催しだとか。継母や二人の義姉は喜び勇んで、精一杯着飾ってお城へと向かいました−  
−しかし、シンデレラは冷酷にも留守番を申し付けられるのでした−  
 
(音声のみ)「と、とにかくあんたは舞踏会に来たらダメだからねっ!ちゃ、ちゃっかり王子様役とかやってるかもしれないし(小声)、お、お土産は買ってきてあげるから大人しく留守番してなさい!」  
 
−意地悪な継母から冷たい言葉をかけられ、舞踏会にいけないシンデレラは、家に取り残されたシンデレラは、一人涙するのでした−  
 
「ううっ、嫌だなあ、この格好だけでも大抵恥ずかしいのにこの後ドレスも着るなんて。  
話もぼくが知ってるシンデレラとは全然違ってきてるし。それに誰が王子様役なんだろう(しくしく)」  
 
−そんなシンデレラに思わぬ救いの手が現れたのです−  
 
「舞踏会に行けなくて困っているようね!シンデレラ」  
 
泣いている僕の前に、現れたのは細くて長い三つ編みと、平板な胸を持つ魔女だった。  
 
「ああっ!魔女のお婆さん!わたしを助けてくれるんですね!」  
よかった、魔女が代償にヌードモデルとかを要求するリアル魔女じゃなくて本当に良かった。  
「ひどぉーい!わたしは魔女なんかじゃありません」  
おかしい物語の根幹を否定し始めた。まさかいつものアレを言うつもりじゃないでしょうね  
「わたしは古今東西の魔法を極めた"魔法少女"よ!」  
「せめて"文学少女"でお願いします」  
世界名作劇場が、大きいお兄さん御用達の深夜もしくは早朝アニメになってしまう。  
「えへん、とにかくありとあらゆる魔導書、10万3千冊を読んだこの"魔法少女"に不可能はありません。  
今すぐカボチャと鼠を持ってきてください」  
その魔法少女は魔法が使えません。大喰らいな所は確かに通じているのかもしれないけど。  
それにしてもライトノベルまでカバーしてるとは…  
「持ってきました」  
「ふふ、ご苦労様。それでは…レ○ーズ!」  
もう本当にやめてください。  
 
−魔女が呪文を唱えると、たちまち煙が立ち昇り、シンデレラの衣装は綺麗なドレスに、鼠とカボチャは立派な馬車へと早変わりしました−  
 
「まあっ!やっぱり似合ってるわね!シンデレラ!わたしの見込みに間違いはなかったわ!」  
「…ありがとう魔女のお婆さん、それでは舞踏会に行ってきます」  
「ああっ!待って!注意しておか」  
「十二時までには帰ってきます、ご心配なく」  
「…そうそうお礼として三題噺を、」  
「書いてる暇は無いので、代わりにこれを差し上げます」  
始まるまで読んでいた『シンデレラ』を手渡す。  
「…ありがとう。頂くわ。じゃあしっかり王子様の心をつかむのよ!」  
 
−こうして魔女のお陰で舞踏会に行ける事になったシンデレラは心弾ませて、お城へと向かうのでした。−  
 
「はあ、王子くらいはまともだったらいいんだけど…」  
「あの心葉さん、オレわざわざ出てきてこんな格好して台詞無しすか」  
「良かったら第三部から代わろうか」  
「…遠慮しときます」  
 
馬と喋るシンデレラも今までぼくは聞いたことが無い。  
 
第二部閉幕  
 
「きゃー!シンデレラが復讐魔になって、継母と義姉がカラスにつつかれて死んじゃった〜  
甘くてすっぱいレモンパイの中から、キムチとゴーヤが混ざってる〜!!辛い〜!!苦い〜!!  
なんでペロー版じゃなくてグリム版なのよ!でも心葉くんがくれたものだし、最後まで食べます…」  
 
第三部開幕  
 
−舞踏会に遅れてやってきたシンデレラでしたが、その美しさに王子様は魅了され、王子様のダンスの相手に選ばれるのでした−  
 
「これは美しい姫君、ぜひとも私と一曲踊ってください」  
「まあ!わたくしとですか!光栄ですわ王子様」  
 
(音楽が流れ出して中央で王子様とシンデレラが踊る)  
 
王子役はまともだった。背が高く涼しげで賢そうな顔つきをしていて、誠実な人柄はまさに王子様というべきだろう。  
 
そんな彼と今手を取り合って踊ってるぼく(ドレス着用)…  
 
「どうかしたのか、シンデレラ。泣きそうな顔になってるが」  
「王子様とこうして踊れるのがうれしくてたまらないのです(棒読み)」  
 
今すぐ逃げ出したい。  
しかもこんなグダグダな劇なのに、観客は思ったよりも多く盛況だった。  
一体何が楽しいと言うのだろう  
 
「誰だっ!あれは誰だっ!誰なんだぁぁぁぁっ!  
天野に勝るとも劣らない可憐な姿!あの儚げな少女は一体誰なんだ!」  
「やっぱり芥川くんが攻めで、コノハちゃんが受けなのよ!素敵〜!!」  
「一詩くん−もっと、早く−言ってくれれば、よかったのに−あたし、バカだから−わかんないよ−」  
 
幻聴だ。幻聴に決まってる。  
 
「シンデレラ、あと少しの辛抱だ。耐えてくれ(小声)」  
「っていうかなんでこんなにダンスタイム長く取ってるのさ(小声)」  
 
ふと横を見たら、こちらを物凄い形相で睨みつけている、お継母さまとミウお義姉さまと目が合った。  
怖い!確かに、ここはシンデレラに嫉妬するシーンだけど演技が真に迫りすぎてるよ二人とも!  
そういえば美羽は、ぼくが他の子と遊んでると、相手が男子であっても不機嫌そうだったな。  
もしかして、琴吹さんも芥川くんのことが好きなのかな、  
まさかそれでいつも一緒にいるぼくのことを邪険に扱ってたのか?  
 
ゴーン ゴーン  
 
「(助かった)まあ!12時の鐘が!申し訳ありません!王子様!わたくしもう行かなくてはなりませんわ!」  
一刻も早くこの場から離れたい!  
 
「待ってくれ!せめて名前だけでも教えてくれないか!」  
さっき2回ほど呼んでたよ。実は。  
喋り方も地が出てきたし、やっぱり彼も平静ではいられなかったのか。  
 
「お許しください、時間がないのです」  
そう言いながら、ガラスの靴を脱ぎ捨てて舞台袖へと駆け込む。  
とにかく最大の山場は終わった。  
 
「これは、あの人の靴…、この靴を手がかりにすれば…!」  
 
第三部閉幕  
 
 
最終部開幕  
 
−シンデレラのことを忘れられなかった王子は、街に自ら赴きガラスの靴の持ち主を探したのでした−  
−そのことが街中の噂になり、みな持ち主に取って代わろうとしたのですが、誰一人としてそのガラスの靴に足が合う娘はいませんでした−  
−やがて王子はシンデレラの家までやってきました−  
 
「ダメですね、この靴はあたしには大きすぎるようです、残念です」  
さして残念そうでも無くチアお義姉さまは笑っていた。  
 
「ダメね、この靴はあたしには小さすぎ…ってちょっとまって。なんであたしの足がコノハより大きいってことになるの」  
「朝倉、あくまで劇中の設定だ、怒るな。それから蹴るな」  
「そういえばグリム版では、靴に合わせるために足を斬ってましたね」  
チアお義姉さま、笑顔で言わないで。  
 
さてとうとうクライマックスだ。一刻も早く終わらそう。  
「あのわたくしにもその「じゃ、じゃあ、うちにはそのお姫様はいなかったってことねっ!だから早く帰って!」  
お継母さま、王子様を突き飛ばしたよ…  
 
まあ、芥川くんが変な目で見られるのが嫌なんだろうなあ。  
でも、ぼくももうこれ以上この場にいたくないし。  
「あの、ゴメン琴吹さん。今日のところだけ我慢してくれるかな  
琴吹さんの気持ちは分かったから。(小声)」  
「えっ!?あ、ああああたしの気持ちって!?」  
「ゴメンね、今まで気付かなくって。でもちゃんとわかったから、  
だから今日だけはお願い。一刻も早くこの劇を終わらせたいから(小声)」  
 
するとお継母さまは真っ赤になって刻々頷いていた。  
やっぱり芥川くんのことが好きなんだな、あんなに照れちゃって。  
確かにクラスの皆が言うように琴吹さんはツンデレなんだな。  
 
なんか胸がもやもやしたけど、とにかく終わらすぞ!  
 
何か暴れだしそうなミウお義姉さまは、チアお義姉さまが抑えてくれている。  
 
「あのわたくしにもその靴をはかせてください!」  
 
ようやく言えた。  
そして靴をはいた、ピッタリだ!  
 
「おお!貴女があの時の姫君!再びお会いできて嬉しいです!」  
顔を見て分からないのか、とか思ったけれども、とにかくもうトラブルや余計なアドリブは入れさせない!  
今多分ぼく(シンデレラ)と芥川くん(王子様)の想いは、これ以上ないほど重なっている!  
「もう一度会えると信じてました!」  
最後だ、とにかく最後なんだ!  
王子様が跪いて求婚の言葉を言う!それを承諾する!それで終わりなんだ!  
「わたしの妻になってくださいますか」  
辛い!女子だったら嬉しいに違いないけど本当に辛い!でもこれを乗り切ったら終わりなんだ!  
「ええ!」  
精一杯の笑顔で返す。客席から歓声とか嬌声が上がるけど聞こえない!あとはナレーションが入って終わりだ!  
 
−こうして深い愛情で結ばれた二人は、互いに抱擁し熱い接吻を交わし、永久の愛を誓いましたとさ−  
 
 
 
 
時間が凍った。  
 
 
「「だめえ!!!」」  
なにやら意識の遠くでお継母さまとミウお義姉さまと王子様の声と、本日最大級の嬌声が聞こえた。  
 
「だ、だ、だだだだだめだからねっ!そんなの!シンデレラはうちの子だから!どこの馬の骨か分からない相手にはあげられません!」  
「そうよっ!シンデレラはあたしのなんだからね!一詩にはあげないから!」  
「いや、オレもこれ以上は御免蒙りたい」  
 
なんでこうあっさり終わってくれないんだろう…  
 
「何やってるの!シンデレラ!早く王子様と接吻を!」  
魔女の出番は終わりなのでもう出て来ないで下さい  
「…遠子先輩の発案なんですか、これ」  
「清純な文学少女であるわたしがこんなこと考え付きません。発案者は上よ」  
 
−ああ、いいわねえ。熱い抱擁と接吻!遠子!これだけグダグダの劇を手伝わせたんですもの!当然利子があるんでしょうね!−  
 
ああ、姿を見せないなあ、と思ってたらそんなところにいたんですね…  
 
 
 
 
「おおい、ちぃ、帰ろうぜ」  
「あ、流くん。もう衣装脱いだんだ」  
「ったく、これ以上付き合いきれないし」  
「そうだね、じゃあ幕だけでも閉めておいてあげようか」  
「まあ、あとのことは中の人間に任せるか」  
 
シャー(幕を閉める音)  
 
最終部閉幕  
 
「もう!絶対!劇になんか出ませんからね!!」  
 
 
 
 
 
「そういえば、流くん、あたしたち時系列上はまだ付き合ってないどころか出会ってもないよ」  
「まぁ細かいことはいいんじゃね?冒頭でとっくにやらかしてるし」  
「そうだね。ここは大目に見てもらおうか」  
 
 
 
 
 
おまけ  
 
あれだけグダグダだった劇がなぜか大好評で、文芸部の妖怪ポストには大量の続編希望の投書が来ていた。  
漫画研究会の有志が、作品まで送ってきたらしいが、遠子先輩は見せてくれなかった。  
 
遠子先輩漫画も食べれたのか。  
 
 
「ところで心葉くん、その痣は?」  
「琴吹さんに泣きながら殴られました。グーで」  
 
芥川くんとの仲を取り持ってあげようとしたのに、なんであんなに怒られなきゃいけないんだろう…  
 

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