アナザーホワイトデー  
 
 漸くにして今までのことに決着がつけられた。  
今度こそもう迷わない。  
自分の弱さには逃げない。  
部室を出て、向かう先は一つ。  
彼女のいる場所だ!  
 
「ごめんね、待たせちゃって」  
蹲る彼女に呼びかけた。  
彼女がぼくと遠子先輩のやり取りを聞いていたことはわかっていた。  
そしてその後逃げ出したことも。  
なにもいくら人がいない場所を探していたとしても、この図書館の地下室を選ばなくてもいい筈なんだけど。  
「あの…」  
「ダメっ!」  
遮るように、彼女は拒絶した。  
「…ダメだよ、井上。こんなところにいちゃ。遠子先輩を追っかけないと」  
彼女は虚ろな眼でこちらを見ずに、呟く様に言った。  
 
 ああ、一体ぼくは何度彼女を傷つければ気がすむのだろう。  
何度も傷つけたくないと思っていたのに。  
−でも今日で最後にする。  
 
「ぼくは君にずっと嘘をついていた。本当は遠子先輩はただの先輩なんかじゃなかった。ぼくを今日まで支えてくれた人で、遠子先輩はぼくにとって本当に大切な人なんだ」  
「…そうだよね。本当は気付いてた。遠子先輩が井上を好きなことも。井上のことを本当に誰よりもわかっているのは遠子先輩だってことも」  
「ずっと、そのことから逃げていた。遠子先輩が自分にとってどういう人なのか。そして自分と向き合うことからも」  
「…だ、だっ、たら、すぐ、遠子先輩を、追いかけなさいよ…っ!!なんで遠子先輩の告白を断ったのっ!!」  
それはだって…  
 
「ぼくが好きなのはななせのことだから」  
 
思えば、付き合い始めてからも、一度も好きだと言ったことはなかった。  
自分からも、遠子先輩からも、ななせからもずっと逃げ続けてきたから。  
自分がどういう気持ちでいたのか、全然向き合わなかったから。  
「なんでよ…あたし井上の気持ち全然わからなかったんだよ!小説だって井上は書いたじゃないっっ!!」  
「うん、あの時ななせがもう書かなくてもいいって、言ってくれたとき、すごく嬉しかった。本当に救われたんだ」  
ぼくがそういうとななせはまた俯き、力無く呟くように言葉を紡ぎだした。  
「…違うよ、あ、あたしはあの時、井上のことを考えて言ったんじゃないんだ。あたしは実はあの時嬉しかったんだ。  
井上を…縛ってるものは…小説だと思ってたから。井上が小説から離れれば、遠子先輩や、朝倉さんとつながる縁が切れると思ってたから。あたしだけを見てくれるようになると思ったから!」  
「…うん。実は気付いてた。あの時初めて、ななせは自分の為に動いたよね」  
 
−病院でぼくが暴言を吐いたとき  
−長い間雨に打たれながら、ぼくに謝りに来たとき  
−親友がいなくなったとき  
−そして、美羽と立ち向かったとき  
 
ずっと誰かのために動き、傷ついていたななせが初めてと言ってもいいほど自分のために言った言葉。  
その時になってようやく気付いた、ぼくがどれだけななせに好かれていて、そしてななせのことを好きだったか。  
だから決めた。  
ちゃんと向き合うことを。  
遠子先輩と、そして作家としての自分と。  
 
「…それだけじゃない。井上が…また小説を書き始めてたから、頭がおかしくなりそうで、書いてる小説に火をつけたいって思った!  
遠子先輩が悪いんだって思った!遠子先輩なんていなくなっちゃえばいい!て思った!  
今日、井上が教室に来ないで直接部室に向かったってわかったとき、気付いたの。  
…あたしはあのときの朝倉さんと同じだって」  
ぼくの方に向かって、いつもより強く、涙をこらえるように捲くし立てた。  
「あの時、あれだけ偉そうに朝倉さんに言ったのにね。あたしは自分勝手に井上を縛ろうとした、だからダメなんだよ、あ、あたしのこと好きだなんて言っちゃ…遠子先輩じゃないとダメだったんだよ、あたしなん…っ!」  
もうこれ以上ななせを傷つけたくなかった。  
だからななせが自分をこれ以上傷つけないように、口を塞いだ。  
 
「ぼくはななせじゃないとダメなんだ」  
そう言ってぼくはななせを抱きしめた。  
もう逃げない、だから今こそ想いをぶつけなくちゃ。  
「ぼくはななせが好きだ。不器用だけどまっすぐで優しいところが好きだ。照れるとすぐ赤くなってバレバレの嘘をつくところも好きだ。  
ぼくのことを自分が傷ついてでも助けてくれたことが嬉しかった」  
ななせが自分を傷つける暇なんてもう与えない。  
「ななせがぼくの為に作ってくれたお菓子はどれも絶品だった。校章や本代を保管していてくれたことを知ったときは正直嬉しい以上に恥ずかしかった。  
それにななせはプロモーションも最高だ。実は写真部の隠し撮り写真はネガごと全部買い取ってるし、是非ともそのおっぱいは揉みしだきたいと思ってる!」  
「ちょ、ちょっとバカ、何言って…」  
「そうやって照れながら怒る所も可愛い」  
ななせを抱きしめていた手を離し、お互いが正面を、ちゃんと向き合えるようにした。  
 
「もう二度とななせを傷つけたりしない。ななせとのデートは地球が滅亡しようともうすっぽかさない。  
ホワイトデーのお返しは情けないことに用意できてないけど、必ずななせが望むものをあげる」  
「で、でもあたし、井上のこと」  
「まだわかってないと思ってるなら、これからわかっていってほしい。ぼくももっとななせのことをわかりたい。  
今のままじゃ全然足りない。だから、この先何年、何十年かかったとしてもお互いにわかり合いたい」  
自分でも凄いことを言っているという自覚はある。ほとんどプロポーズだし、プロポーズのつもりだ。  
 
「だから、ななせ。今まで散々、傷つけておいて勝手な言い分だとは思うけれど」  
本当に勝手な言い分だとは思うけれど  
 
「ぼくのそばにいてくれないか」  
 
…うん、もうプロポーズだ。  
 
「あ、あたし…」  
「ああ、悪いけど返事はハイかイエスにしてくれないか」  
 
その時ぼくの目の前にいたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、真っ赤にしながらも、  
世界で一番可愛い笑顔を見せてくれたななせの姿だった。  
 
「はいっ!!」  
 
−言ったでしょ、ななせは可愛い。本当に可愛い。世界でいっっっちばん可愛い。って−  
 
なぜかそんな声が聞こえた気がした。  
 
 

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