遠子姉が北海道へ出立して、1ヶ月。
色々愛憎入り混じり歪みまくっていた櫻井家も、あの頼りない作家のお陰で、
少しずつだが本当の家族になろうとしていた。
全てがオレの思い通りになったわけじゃねえけどが、その方が良かったのかもしれない。
心葉さんが遠子姉の作家にならなかったのは今でも残念だけど、
オレがまるで期待すら抱けなかった家族としての形が出来上がろうとしている。
オレたち3人が家族として笑いあって過ごせる日、そんな日が来るのも遠くないのかもしれない。
「はあ…」
「どうしたんだよ、母さん。ため息なんかついて」
母にして偉大なる大作家櫻井叶子が居間でなにやら眺めながら、溜息をついていた。
「ちょっとアルバムの整理をしていたのよ」
「アルバム?」
小さい頃から写真など撮られた覚えなんかないが、学生時代の写真かなんかだろうか。ちょっと覗き込んでみたらタイトルが見えた。
『遠子 成長記録集』
「…なんだ、これ?」
「見ての通り遠子の写真集よ」
いや、娘の写真を撮りためてる母親というのは珍しくねえけど、珍しくねえけど!
「色々問い質したいことはあるけど、いつの間にこんなの撮ってたんだよ…」
「主にあの子が気付かないときね」
写真のほとんどが寝顔で、残りの写真もただの1つもカメラ目線のものがねえ…
「あんた実の娘を盗撮って…」
「しょうがないじゃない、わたしは遠子に殺されなきゃいけなかったんだから。甘い顔なんて見せられなかったわ」
過去の桎梏から解かれ、遠子姉が遠くに行ってしまったことで、色々と箍が外れてきたとは思ってたけど、丸っきりの変態じゃねえか、うちの母親。
「それにしても年々結衣に似てくるわねえ〜」
およそ他の誰も見たことがないであろう蕩けた表情で遠子姉の写真を見ている。
ちなみに遠子姉は結衣姉さんの遺伝子は全く受け継いではいない。
「…てか、この写真高校時代のだよな。明らかに校内の写真なんだけど、まさか入ってたのか」
水着はおろか着替えの写真もある。うわ、これなんかほとんど裸じゃねえか、どうやって撮ったんだ。
「ああ、この辺のは、この前出版記念パーティで知り合った姫倉グループの娘さんからお近づきの印にって言われてもらったのよ」
とんだ変態同盟が結ばれていた。
「まだ若いのにシングルマザーを目指すとは思い切ったものね…お腹の子も随分大きくなってたみたいだけど」
ああ、その子あんたの孫です。
「他にも色々と遠子の学校での様子とかが聞けてよかったわ」
本当に嬉しそうだ。
「…今更言うのもなんだけどさ、そこまで大切に思ってるんだったら、なんでネグレクトをやめなかったんだよ」
遠子姉は言葉には出さないけれど、すごく傷ついていた。
母さんのネグレクトの原因は結衣姉さんへの贖罪の意識とかもあるんだろうけど、それにしてもあんまりだ。
母親としての愛を素直に表現できなかったんだろうか。
「…わたしは遠子から愛される自信なんかなかった。だから憎まれようと思ったの。
憎しみは愛情よりも強い感情、それで憎まれて殺されることがわたしの最上の望みだったわ」
今は違うけどね、と付け加えた。
憎しみは愛より強い、でも自分が愛する人間に憎まれて殺されたいだなんて歪んだ考え方
そんなこと一般市民のオレには到底理解できない!
「…今なぜか物凄く図図しい幻聴が聞こえた気がしたわ」
「ん、母さん、疲れてんの?」
〆切前の修羅場を過ぎたばかりだ、今までほとんど口にすることもなかったが作家というのも重労働だし疲れもあるだろう。
「まあいいわ、遠子の写真で癒されるから。流人目障りだからどこかに行ってなさい」
いつのまにやらオレがネグレクトされている。
まあ、今まで8年分溜まりに溜まったものもあるだろうし、これを機に、遠子姉と母さんの距離がずっと縮まればそれは本当に幸せなことだと思う。
やっぱり心葉さんには感謝してもし足りない。
「それにしてもこんなに可愛い遠子を振るなんて、何考えてるのかしらあのヘタレは」
母さんはそうは思ってなかったようだ。
まあ、遠子姉はちゃんと吹っ切れたみたいだし、母さんとの関係が快方に向かっている今となっては遠子姉が消えてしまうことはない。
遠子姉ならどんな素敵な人でも引く手あまただとは思うから、これもいい経験になればいいと思う。
それにしてもまだブツブツ言ってるな…
オレはまあなんとか折り合いもつけられたけど、母さんは大丈夫だろうか。まさかとは思うけど、
邪魔だからという理由で琴吹さんを襲うとかいう斜め上な凶行とかしないだろうな。
もしものことがないように常識人のオレが気をつけないと!
「流人、一度自分の人生を振り返ってみなさい」
オレの人生?
オレの人生はちぃへの愛で溢れている。
「まあ趣味嗜好は人それぞれだし、文句をつける筋合いはないのだけれどね」
「いやまあ趣味嗜好で片付けられる問題でもないと思うぜ」
流石に巨乳ツンデレ萌えで片付けたら、心葉さんにも琴吹さんにも悪いだろう。
「まあ、確かに覚悟はいるわね…相手の子芥川くんとか言ったわね」
・・・は?
「…誰から聞いたんだよ、その情報」
「勿論、遠子からよ。まあ確かにそういう趣味嗜好の人からすると遠子じゃうまくいかないのもしょうがないかもしれないわね」
ジョークなのか、負け惜しみなのか、八つ当たりなのか想像がつかないけれど、若干遠子姉が心配になってきた。
母さんとちゃんと会話が出来ているのは喜ばしいことのはずなのに。てか、何で何の疑問も抱かずに受け入れてんだよ!
「まあどちらにせよあんなどこの馬の骨か分からないようなヤツに遠子は渡せないわね」
なんか著しく不安が増大していくぞ。物事は信じられないほど上手く言ってるはずなのに。
「…あのさ、前言ってた彼女のことだけど、今度家に連れてきてもいいよな」
この独占欲の塊の変態には引き合わさない方がいいのかもしれない。
「ええ、別に構わないわよ。なんなら彼女をおいてあんたは家を出てもいいわ」
なんだろうこの扱いの差。
(終わり)
(おまけ)
「それはそうと、この子可愛いと思わない?」
と母さんが指差したのは、笑顔の遠子姉と一緒に写っている女の子。
女の子にしては長身だが、どこか憂いを帯びた表情ながら、綺麗な黒髪に可愛らしい表情。
胸は遠子姉よりはちょっとある、って程度だが、十分に魅力的な女の子だった。
「へえ、確かに可愛いな、遠子姉の友達か?聖条の制服着てるし。こんな子聖条にいたかな?」
こんな可愛い込みかけたら絶対忘れないはずなんだけど。
…でもどこかで会ったような気もするな。
「この子だったら、遠子の嫁に来てもいいわ」
「嫁かよ」