−3月23日、あの運命の日から1週間余りが過ぎた日、1通のメールがぼくの元に届いた−  
 
 「…あ、もしもし?うん…、実は…、うん。それで…、…そう。わかった。場所は…」  
 そしてぼくは今ななせと共に、再びあの地下室へと足を運んだ。  
 
 あの日と同様、図書館のドアにはクローズの札がかかっていた。  
 なんせ春休み中に図書室に足を運ぶ奇特な生徒もそうそういないので、問題はないだろうが。  
 ノブを回してドアを開け、地下へと進んだ。螺旋階段を呆れるほどゆっくり降りる。  
 ななせがぼくの制服の裾を無言でぎゅっとつかんだ。  
 大丈夫だよ、と安心させる為にぼくは微笑んだ。  
 もう二度と、危険な目にはあわせないから。  
   
「遅かったすね」  
 階段を降りると低い、彼の声が聞こえた。  
 
件名『話があります』  
本文『琴吹さんと一緒に、あの地下室に来て下さい』  
 
 流人くんがそこに立っていた。  
 
「…もう退院できたんだ」  
「まるで退院できなかった方が良かったような口ぶり、いや表情から何もかもがそう言ってますね」  
 何がおかしいのか、くぐもった声で笑った。  
「まあ実際にはもっと前に退院できてたんすけど、まあこっちも色々ありましてね。ちょうど今日が色々と都合が良かったからね」  
 そういうと、彼は笑みを消し、真剣な表情で問いかけてきた。  
「なにがあったかは大体わかってんすけど、一応心葉さんの口から聞かせてくれませんか。あの日遠子姉と何があったのかを」  
 
「…遠子先輩に会って、卒業祝いに小説を渡した。そして、2つの約束事をしたよ」  
「約束?」  
 どうやらこの話を、流人くんは聞いてなかったらしい。ななせも驚いたように、ぼくのことを見上げている。  
 そういえば、ななせが飛び出した後にした約束だったな。  
 
「まあいいや、その約束が何かはともかく、心葉さんは遠子姉の想いには応えなかったんすね」  
「ああ、そうだね」  
 
 そう流人くんの質問に応えながら、あの日のことを思い出していた。  
 実は、あの日、遠子先輩がぼくに告白したのは、ぼくに断らせる為じゃないか、と勘繰っている。  
 ずっと、全てのことから向き合わずに逃げ続けてきたぼくが、初めて遠子先輩の過去の事件と向き合ったことで、新たな決意を固めたこと。  
 遠子先輩は、ぼくの心残りを消し去る為に、あの日自分の気持ちとぼくの気持ちに決着をつけようとしたのではないかと。  
 あくまで、想像に過ぎないが、本当に遠子先輩には最後の最後まで世話になりっぱなしだった。  
 
「…あの日、遠子姉は帰ってから泣きじゃくってました」  
 流人くんは何かを堪える様に、そう漏らした。本当は遠子先輩のことだって傷つけるつもりなんか無かったのに。  
「やけ食いしながら」  
 …おかしい、罪悪感が少し薄らいできた。  
「やけ食いってもしかして」  
「…ええ想像の通りっす。凄えシュールな様子でした」  
 …うわあ、想像しちゃった。申し訳ないのに、凄く笑える。やっぱり妖怪じゃないか。  
「で、まあその際に、母さんの書斎にも、入っちゃって…うっかり食っちゃったんすよ」  
 えっ、母さんってまさか叶子さんの…  
「お陰で母さんがかんかんで。帰宅してから、正座で説教っす」  
「…叶子さんが、説教?」  
「ええ。とにかく何言っていいのか自分でもあんまわかってなかったけど、とにかく遠子姉に怒ってました」  
 そう言うと、互いにしばらく沈黙が続いていたが、流人くんは堪えていた感情が抑えきれなくなったようで、急に  
 
 大笑いした。  
 ぼくもつられた。  
 
 遠子先輩のことがわかったことは嬉しかった。だが、遠子先輩の話をするだけなら、さっきから黙りっぱなしになっている彼女を呼ぶ必要は無い。  
 流人くんは笑みを消し、かつてないほど真摯な表情になり、  
「すいませんでした!」  
 涙ながらに叫び額を地面にこすりつけた。  
「オレがやったことを許してくれだなんて言いません。だけど出来ることなら何でもやるので、償わせてください!」  
 悲痛な叫びだった。あの日流人くんは一度死んで、また生まれ変わった。だからこそこうしてぼくらに頭を下げているのだろう。  
 
「何でも…?」  
 ここにきてはじめてななせが口を開いた。  
「じゃあ、あんたがあの日望んだように、あんた自身をナイフで刺して死ねって言ったら死ぬの」  
 これまで聞いたことが無いくらい平坦な口調で言うと、彼女はどこからかナイフを取り出し、一歩踏み出そうとした。  
 
「ダメだ」  
 そう言って、彼女を制した。そんなことをさせるわけにはいけない。もうこの場にいる誰一人として傷つけるわけにはいかなかった。  
「…すみません。オレはもう死ぬわけにはいかなくなりました。だから死ねません」  
 かつて憎まれることを望み、誰かに殺されたがっていた彼はもういなかった。  
ぼくとて彼のやったことを許すつもりは無いが、今ここにいる彼の想いは本物だと信じている。  
「あ、あの時、本当は凄く怖かった。図書館でいきなり襲われて、心葉に助けられた後も、ずっと怖かった!  
また、あんたがあたしに何かしてくるんじゃないかって、心葉を傷つけるんじゃないかって!」  
 今だって流人くんのことは怖いだろう。でもななせはここに一緒に来てくれた。  
今も涙をこらえて、必死に流人くんを睨みつけている。  
「今日だって本当は怖かった!でも!またあたしの知らないところで、心葉が傷つけられるかもしれないて思うと我慢できなかった!」  
 正直、ななせにこのことを知らせるかどうかは迷った。だけどもうななせに隠し事はしたくなかったし、  
流人くんが何を企んでいたとしても、もう逃げずに、立ち向かえる、そう思って2人でここに来る決心をした。  
「…すいませんでした!すいませんでした!」  
 流人くんは度々、地面に頭を打ちつけながら、ただこれしか方法を知らないとばかりに涙ながらに謝っていた。  
 そのまましばらく誰も何も言わなくなったが、  
「だったら、もういい。あたしはあんたを許すつもりなんか無いけど、あんたにしてほしいこともないから。  
だからせめてもう誰も傷つけないようにしなさい」  
 ななせはそう言って、顔を上げると、ぼくの方を見て微笑んだ。  
「じゃあ、もう用は済んだみたいだし、行こっか!ちょっと寄りたい店もあったし」  
と世界で一番かわいい笑顔で言ってくれた。流人くんはもう声も出せずにひたすら頭を下げ感謝の意を表していた。  
 ぼくはその言葉を受け、彼女に向かって  
「じゃあぼくらはもう行くから、そのナイフもしまってくれないかな」  
と、先ほどからななせがぼくを守ろうとしてくれていたのと同じように、  
流人くんを守ろうとナイフを握り締めていた彼女、竹田さんに呼びかけた。  
 
「…ありがとうございますっ!ありがとうございます」  
 竹田さんはナイフを取り落とし、掠れるような声で涙を流していた。  
 そこにいたのは、人懐っこい明るい女の子ではなく、人間の感情を理解できないと嘆く女の子でもなく、  
自分の恋人を心配し、かつ自分の過ちを悔いる、普通の女の子だった。  
 その涙が、本物であることは疑うまでもないだろう。  
 
 ぼくも2人がやったことを許す気にはならない。ただ、この2人が互いに支えあって、  
もう傷つくことが無ければいいな、とは思えるようになった。  
そう思い、帰ろうとするぼくの背中に向かって、流人くんの呼び止める声がした。  
 
「心葉さん!琴吹さん!あの…なんていうか、やっぱ二人、お似合いっすよ」  
 
 ぼくらは自然と笑顔になり  
 
「「当然だよ(でしょ)」」  
と答えた。  
 
 当然のことではあるけれど、その言葉は、色々と嬉しい知らせがあった今日の中でも、一番嬉しい知らせだった。  
 

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