ぼくは書きかけの原稿を保存し、ワープロソフトを閉じ、立ち上がった。
ドアを開け、部屋を出る。呼びにこようとしていたのだろうななせが、ぱたぱたとスリッパを鳴らして近寄ってくる。
「あっ、心葉、レモンパイできたよ」
にこにこと、高校生の頃には想像できなかった自然な笑顔で笑いかけてくる。
「うん」
ぼくもにこやかに微笑む。
リビングに入るとレモンの爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。 椅子に座り、ななせがレモンパイを切り分け差し出す。
食べてみると、酸味と僅かな甘味があって美味しかった。
遠子先輩なら、まぁ、なんておいしいのかしらまさに青春の味ね! 酸味と甘味が素敵なハーモニーを奏でているわ〜〜。なんて言いそうだな。
と、考えていたらななせがじぃ〜と見つめてくるので、その様子をいじらしいと思いながら、
「うん。とっても美味しいよ。腕あげたね」
と、微笑みながら言うと顔を赤くしてはにかみながら、「ありがと……」と呟いた。
この反応も高校生の頃とは全く違う。今は素直喜んでいると分かる。
けど、高校生の時は意地を張って
『別に井上のためじゃないからねっ』
とか言ってたんけど……
う────ん
それはそれでなんか寂しいかも。
その後、ぼくらは取り留めのない話をした。