ひどい、ひどい。あんまりだ!  
 自分の部屋に逃げ込んだ私は、ドアを閉めると、頭を押さえてうずくまってしまった。  
 彼はあの子を信じると言った。私に帰ってくれ!と言った。  
 開いたままの瞳から涙が落ち、ベットに崩れるように倒れこむ。  
 しんじられない、しんじられない。あの子は犬って呼んだ。彼を犬って呼んだ!  
 そして彼はあの子の差し出した足にキスをしようとしていた!  
 なんで、どうして?どうしてそんなことができるの!!  
 絶望と、くやしさがいっぱいで胸が張り裂けそうになる。  
 彼の素直で真直ぐな心を独り占めにして、なじり、おとしめ、汚したんだ。  
 身体中から大事なな何か搾り出され、引き裂かれるようなうめき声が知らず知らずに溢れ出してくる。  
 許せない、許せない。絶対に許せない!  
 許せない!!  
   
   
 激しく、暗い感情に押しつぶされてどれくらい時が経ったのだろう。  
 私はベットのシーツをまるで仇のように握り締めながら眠ってしまっていた事に気がついた。  
 のっそりと体を起こすと、頭がボーっとし、病院での出来事が本当にあった事なのかも良くわからなかった。  
 鏡の中の私はひどい顔をしていた。髪はぼさぼさで、頬は泣きはらして膨らんでいる。  
 とても、とても惨めな姿だった。  
 彼には絶対に見せられないな・・・  
 そう思うと不思議なおかしさがこみ上げてくる。私はきっと馬鹿なのだろう。  
 こんな目にあっていながら最初に考えたのが彼のことだなんて・・・  
 自分自身にあきれながら鏡の中の自分に問いかけてみる。  
 自分よりもあの子を信じた彼に腹を立てていたのだろうか?  
 それは違う。  
 彼の心を弄んだあの子がにくかったのだろうか。  
 それも違う。  
 私は・・・、私はあの子がうらやましかったんだ・・・  
 自分の感情をぶつけ、困らせて、おろおろとした彼を従わせる。  
 それはどれ程の事なのだろうか?  
 ちょっとした思い付きから、病院のあの子の様にベットから足を差し出してみる。  
 自分の足先にはうろたえた彼の姿がある。  
 困惑した彼、おずおずと差し出される手、そして神聖な儀式を行う為の様に近づけられる彼の表情。  
 
 彼の唇が触れるか触れないかの瀬戸際で思わず足を引っ込めてしまう。  
 駄目だった。駄目だった。  
 ありえない・・・!!  
 ただ、これだけの事で、心臓は張り裂けそうになり、顔が熱く、息は詰りそうだった。  
 そして自分が情けなくなる。想像の中でこれでは現実ではどうなのだ?  
 意を決してもう一度足を差し出す。  
 彼の手が私の足に触れる。そっと、やさしく。  
 ただそれだけのことで背中に軽く何かが走る。  
 心音を抑えながらじっと両腕を固める。  
 彼を、私だけのものにするのだ。  
 彼の顔が私の足の甲に近づき、穏やかに触れたとき、何かを堪える為に自分の人差し指を噛み締める。  
 暗く、黒い、しかし、どこか奇妙な思いが身体中をかけめぐった。  
 私だって、私だって・・・  
 彼が離れ、また私の足と交わる。再び、三度、四度・・・  
 ゆっくりと時間は流れ、そのたびに噛み締めた指の間からくぐもった息が漏れる。  
 自分が何をしているのか、自分が何をされているのか判らなかった。  
 足の付け根のあたりがぎゅっと閉じられ、自分の意思とは無関係に擦り合わされる。  
 おなかのずっと奥のほうがむずかゆくなり、痺れが広がってゆく。  
 駄目だ。駄目だ・・・何をやっているのだろう・・・最低だ。私は彼を汚している。  
 笑顔の彼、素直な彼、真直ぐな彼、しかし私は止めることが出来ない。  
 彼の手がふくらはぎから徐々に上がってくる。そんな事はさせてはいけない。いけないとと判っているはずなのに。  
 彼の指が、頬が、髪が、息遣いが、全てを包み込んでゆく。  
 駄目、駄目、駄目・・・  
 彼の手はすでにスカートの中まで達していた。  
 自分が恐れていることを、そしてどこかで望んでいることを彼にさせてはいけない。いけないのに・・・  
 足の指先がきゅっと糸をひいたようになる。  
 どんなに抗おうとも無駄だった。  
 彼がたどり着いた時、全てをあきらめた。  
   
 
 

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