あれから、僕たちの関係が、少し変わった。  
具体的にどう、という訳ではないのだが。強いて言うなら今までどこか隔てていた壁が崩れ、  
より気兼ねなく、親密になった気がしている。  
 
 
 
 
 
 翌日、嫌々ながらも門番の任務に付くと、相方になった委員長が僕を見ては、  
大口開けてびっくりしていた。  
が、次の瞬間勢いよく顔をそらし、「おはようございますっ!」と怒鳴られてから、  
ついに今の今まで避けられている。  
……やっぱり、丸わかりだよな。この跡……。  
 その後教室に行けば仲のいいクラスメイトに半分本気でどつかれたり、冷やかされたり。  
彼女の言った通り、結構大変だった。  
 
 
 
 そして。もうすっかり習慣となった放課後の訪い。  
誰もいない非常階段を上り屋上に辿り着くと、そこには彼がいた。  
 
「やあ」  
「おう。今日はマント着てないのか?」  
 いつも纏っている彼の象徴とも言うべき黒マントが、今日は何故かない。  
話しかけるその声と表情を見なければ、彼女かと思うところだった。  
 
「ああ。もう必要ないんだ」  
「どうして?」  
「危機は去った。だからだよ」  
「……そっか。それは、良かったな」  
 
 彼の言う「世界の危機」が結局判らずじまいだったが、解決したのならそれでいい。  
きっといつかみたいに台風の中傘も差さずに屋上に佇んだり、駅前で無茶な大立ち回りをしたり、  
なんて危ない事は控えてくれるに違いない。……控えて、くれるよな?  
でないと身体は藤花のものなんだ。何かあってからでは遅い。  
 過去の出来事を思い出しては苦笑すると、彼も珍しく口元を綻ばせた。  
 
「だから、僕も消えるよ」  
「――なっ!? ちょっと待て、何でだよ!」  
「僕はもともと宮下藤花の別人格、世界の危機が訪れたら自動的に浮き上がってくる  
 
 仮初の存在に過ぎない。――だから、危機がなくなれば僕も消えるだけだ」  
「そんなっ……」  
「君にも、いろいろと迷惑かけた。……君と宮下藤花の時間を、返すよ」  
「違うっ! 迷惑とかそんなんじゃない! 確かにお前が出てきてややこしい事になったなとは  
 思ったけど、でもお前といた時間だって俺には大切だった!」  
 
 らしくなく弧を描く唇が、まるで儚く微笑んでるみたいで、彼の言葉が本当だと知る。  
だからといって、いなくなってしまっていい筈がない。いつも面食らうような事を真面目に話す彼は、  
僕のかけがえのない友人だったのだから。  
 彼に詰め寄ると、ふいっと後ろにかわされる。縮まらない距離が、悪戯に焦燥感を煽る。  
 
「――ありがとう。僕も、君といて楽しかったよ」  
「っ、そんな最後みたいな事言うな!」  
「けれど、僕が浮かび上がる時は世界に危機が訪れた時だ。そんなのは、ないに越した事ないだろう?」  
「知るかよそんなの! おい、また会えるって約束しろ! でないと離さないからな」  
 
 さらに詰め寄って彼の腕を掴んでも、その希薄になっていく存在を繋ぎ止めることは出来ない。  
彼はただ僕に向かって淡く笑うだけ。急に突きつけられた現実が、鋭く心を刺した。  
 
 夕陽がまぶしい。掴んだ手が、するりと離れていく。  
駄目だ。消えるなんて許さない。僕はまだ――  
 
「竹田君。さよなら」  
 
 最後に見た彼は、黄昏でよく見えなかったけれど。きっと綺麗に笑っていた。  
今は、そう思う事しか、出来なかった。  
 
 
 
 
 
 突然の喪失に自分の心がばらばらになっていく。  
それでもいつまでも茫然としている訳にもいかなくて、僕は屋上を後にした。  
 僕はきっともう、ここへは来ない。ここへは彼に会うためだけに来ていたのだから。  
今、その意味を失ってしまった。  
 非常階段を降りていくと、隣接した倉庫の方から微かな足音が聞こえてくる。  
それに構わず校門へと向かおうとして、そこで意外な人物に出くわした。  
 
「せーんぱいっ。遅いですよー」  
「……藤花」  
「先輩がここで待ち合わせって言ったんじゃないですか。それなのに……まぁーた屋上で  
 良からぬ考えでもしてたんですか?」  
「ああ、いや……」  
 
 目の前の表情をくるくると変わるひとは、間違いなく藤花だ。彼ではない。判っている。  
判っている、当然だ。……本当に判ってる?  
 
「……藤花、だよな」  
「んー? そうですよ。先輩どうしたんですか? 変な顔して」  
「……いや、いいんだ。何でもない」  
 胸に広がるのは落胆か、安堵か。それを悟られないように表情を作り、彼女へと向き直った。  
 
「まぁいいや。帰りましょう。今日は予備校なんで駅まで歩きます」  
「そっか。……じゃ、行こう」  
 手を伸ばして握れば、いつものように指を絡められる。それは彼女だけの行為。  
そのまま歩いてゲートが見える所に着いた時、彼女が慌てだした。  
 
「あ、先輩、放して」  
 ゲートの方を見れば見知った顔がいる。その中に委員長を見つけてちくりと痛みが走ったが、  
今はこの手を放したくなくて、僕は目をつぶった。  
 
「……いいよ。このままで行こう」  
「えっと……知らないですよ?」  
「いいんだ」  
 彼女と並んでゲートへと近付く。通り過ぎる時に委員長の物言いたげな視線が一瞬絡んだが、  
全て振り切って学校を出た。  
 
 
 曲がりくねった並木道をふたりで歩く。先程のゲートでの妙な緊張に彼女が気付いたのか、  
それとも別の何かか――言葉はなく、踏みしめる落ち葉の音だけが微かに響く。  
 
「あっ……」  
 風が一陣通り抜け、並木の紅葉を散らしていく。  
舞い落ちる朱は黄昏の光を受け、この瞬間を幻想的なものへと変えた。  
 目の前に落ちてきた葉を掴む。それは鮮やかな赤から深紅へのグラデーションが美しい、紅葉だった。  
 
「綺麗だね」  
「そうですね。でも落ちた後はぐちゃぐちゃになっちゃうから、どうかな」  
「ぐちゃぐちゃって……」  
「先輩は雨に濡れてぐずぐずになって排水溝に詰まってただのヘドロになってく現実を見ないから、  
 そう言うんですよ」  
「でも、綺麗なものは綺麗だろう」  
「まあ、そうですけど」  
 
 妙に突っかかってくる彼女の言葉に眉をひそめていると、彼女は手を放し、数歩先に駆けては  
ぐしぐしと落ち葉を踏みしめながら歩き出した。  
 
「……私も、彼女たちも、みんなこれと同じ」  
「――何?」  
「何でもないです。……ところで先輩。私に隠し事してませんか?」  
「へ? いや特には」  
「本当に? 絶対ですか? ……じゃあどうしてさっき手を繋いだままゲートを通ったんですか?  
 委員長がいたのに」  
 
 彼女が、じっとこちらを見つめてくる。……知っている筈がない。  
あの告白の事は彼女に一言だって漏らしていない。なのに、その眼差しが僕を的確に責めている。  
その内容に、ではなく、隠している事に。  
――きっと理屈じゃない。とにかく知っているのだろう。もしかしたら僕が知らない事も、全て。  
 
「……この間、委員長に告白されたよ。もちろん断った、というより向こうから  
 引き下がっていったけど」  
「……そう、ですか」  
「うん。……別に秘密にしてた訳じゃないけど、こういうのべらべら喋るのもどうかと思って」  
「まあ、そうですよね」  
 視線が僕の手の紅葉から足元の落ち葉へと移る。そして盛大に溜息を吐いては僕を見た。  
 
「これで、少しはモテるんだって自覚ができましたか?」  
「モテるっていうか、委員長がたまたま告白してきただけだと思うけど……?」  
「あーもういいです。先輩って結局そうですよね。なぁんにも考えてないのに  
 こっちがいろいろ悩んで、あー損したっ」  
「何だよそれ」  
「昨日も言いましたけど。先輩肝心なことは何にも教えてくれないし、妙にモテるし、おまけに『好き』の  
 一言もくれないような微妙に片思い的な感じだし、って、すっごく悩んでたんですよ」  
「そうなの……?」  
「でも実際はただの天然ヘタレだって判ったんで、もういいんです」  
 
 何だか随分な言われような気がしないでもない。  
それでも彼女の気持ちに気付かなかった僕は、確かに天然で、ヘタレな奴なのだろう。  
 微妙な顔をしている僕に向けて、彼女が悪戯っぽく微笑んでくる。  
 
「先輩」  
「ん?」  
「この前の日曜日。私、本当はデートだった、って覚えてました」  
「…………え?」  
「ごめんなさい。先輩のこと、ちょっと困らせてやりたかったんです」  
 それだけ言うと、彼女は僕の手を取りいつものように指を絡めた。  
 
 
 ふいにひとつの仮説が差し込んでくる。僕をさんざん困惑させ、そして大切な友人となった彼。  
彼は「世界の危機」のために現れたと言っていた。  
――もし「世界」を彼女、「宮下藤花」とするならば。彼女の安寧を脅かす「危機」とは――僕だ。  
 だから彼女が危機を覚えた瞬間には彼が浮かび上がり。そして危機の筈の僕が、  
実は取るに足らない存在だと気付いたからこそ……彼は役目を終え、消えたのではないだろうか。  
 
 だとしたら、倒されたのは、僕だ。  
 
 繋ぐ手を引き寄せれば、華奢な身体が触れる程近付き髪が揺れる。  
そして僕だけに見せてくれる満面の笑顔に、僕はあっさりと完全降伏をした。  
 
 
 
「藤花」  
「はい」  
「好きだ」  
 

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